ヅラ子のバイト大作戦


6.ベクトルが違う

「ん、なんだありゃ」

銀時はおかしなものを目にし、ふと足を止める。気のせいかと思って目をこすってもう一度見てみるがやはり幻覚ではなかった。口にくわえていた団子を取り落としそうになってあわてて手で持ち直す。
手が届くほど近く、目の前に立ち塞がるのは見慣れた化け物エリザベス。それだけならいいのだが、なぜか隣には真選組の沖田がいる。視点を変えれば少し離れたところには土方の姿も見える。

「ちわーっ」
「うん。こんにちは」

なぜかとてもご機嫌で元気よく挨拶をする沖田。明らかに距離を置いて歩いている土方は対照的に憮然として不機嫌そうだ。

「総悟君、この化け物は君の?」

銀時の言葉に沖田はふるふると首を振る。

「いや、今日からバイトに入ったヅラ子さんのペットでさァ」
「ぶっ」

今度こそ団子を吹き出した。



屯所に行ってみると本当にヅラならぬヅラ子がいた。柄の折れた竹箒で真選組の庭をせっせと掃いて枯葉を集めている。
ヅラ子の姿を見つけ、エリザベスはほてほてとそちらへ走って行った。沖田も一緒について行きたそうにしていたが、仕事があるのか土方に引っぱられて建物のほうへ消えていく。
周りに真選組がいないことを一応確認してから、銀時はヅラ子に言った。

「なにしてんの、ヅラ」
「ヅラじゃない。ヅラ子だ」
「ヅラ子さんなにしてんの」
「バイトだ」
「いや、それは見てわかるけどさ」

割烹着に竹箒、腰には外掃除にどう使うのか不明だがはたきが帯にささっている。どこからどう見ても完璧な給仕さんだ。

「ここなら幕府の情報も入るし最高のバイトだろう」
「お前、俺が言うのもどうかと思うけどもう少ししっかりしたほうがいいよ」
「何を言う。ろくに働いてもいないやつに言われたくなどないわ」

と、そこにヅラ子を探しにやって来た近藤が現れた。ヅラ子は銀時の反論を聞く前にくるりと背を向け近藤のほうを向く。

「ヅラ子さん何か困ったこととかありませんか」
「竹箒が壊れているので新調してほしい。あと冷蔵庫のあの様は何だ。マヨネーズとお菓子しか入ってないぞ。それと隊士たちに朝起きたら布団は畳んで部屋の隅に重ねて置くよう言ってくれないか。あれでは手間がかかって仕方がない。手間といえば洗濯物を裏返して脱ぐやつがいるようなのだがどうにかならないか」

この後もまだ延々とヅラ子の文句は続く。近藤はへらへら笑いながらそれを事細かにメモにとっていた。その間に仕事を抜け出してきた沖田にエリザベスが連れさらわれ、サボりの沖田を追いかけて土方が走りぬける。別のところでは山崎が一人ミントンをしている。

「ヅラ子さーん、俺また見廻り行ってくっからエリザベス貸してくれィ」
「てめっ総悟、お前今見廻り行って来たばかりだろうが! ヅラ子さんからも言ってやってくんねぇか。エリザベスと遊んでないで働けって」

どこからどう見ても完璧に溶け込んでいる。ヅラ子も立派にアホの、もとい真選組の一員だ。

「ヅラは昔からしっかりする方向性が間違ってんだよなぁ」

ま、俺には関係ないか。そう呟いて銀時は騒がしく平和な屯所を後にした。遊んでいても税金で食べていける人たちと違って自分は働かざるもの食うべからずの過酷な世界に生きているのだと改めて自覚しつつ。

「あ、でもやっぱこっちでご飯食べていこう。ヅラ子さん俺にもなんか食べさせて」

自覚は五秒もしないうちに跡形もなく消え失せた。



7.背伸びしたいお年頃

「ねぇなんで俺真選組の買い物に付き合わされてんの」
「旦那がヅラ子さんになんか食わせろって言ったからだろィ。働かざるもの食うべからず」
「お前たちにだけは言われたくねぇよ」

とかなんとか言いつつも、食べ物につられて沖田と二人、買い物籠を片手にスーパーで立ち往生。ホントもう何してるんだろう。神楽にばれたら殺されるよマジで。

「で、夕飯の献立どうするよ。ヅラ子はなんでもいいとか言ってたけど」

そもそもいつもエリザベスと外食しているような気がするのだが、本当に料理などできるのだろうか。ここは親切に冷凍食品でも買っていくのが昔馴染みへの優しさかもしれない。
しかしとりあえず真選組代表として沖田がついて来ているので(真実はあまりにうるさいので二人そろって土方に追い出された)、銀時は沖田の意見も聞いてみる。

「総悟君何か食べたいもんある?」
「ハンバーグ!」

無邪気に顔を輝かせ、笑顔で沖田は即答する。滅多に見られない表情だ。
こんな顔するんだなと銀時が少し意外に思っていると、沖田のほうも自分がおかしなことをしていることを自覚したのか、これまた珍しく顔を真っ赤にして首を振った。

「い、今のは冗談ですぜ。冗談だから」

そしてそのまま俯けがちに目を逸らし、照れ隠しなのか適当にあたりのものを籠に詰め込む。
銀時はそんな一連の行動を観察しつつ、真選組とはいえ沖田はまだ子供なのだということを知った。なんだかちょっと微笑ましいとか思って妙に和んだ気持ちになる。

「よし、ハンバーグならお湯で温めるだけのやつが売ってるから買占めに行くぞ」

沖田の頭をぽんぽんと叩き、わけのわからないものがいっぱいになりつつある買い物籠をかわりに持ってやる。

「そうだよなー。周りが大きい人ばかりだと背伸びしたくなるんだよなぁ。でもいいじゃん俺は真選組じゃないし、俺の前でくらい子供でいれば。ほらもう俺二児の父だからあと一人増えてもどってことないしー」

銀時がそう言いながら歩いていく後を沖田も少し後ろから着いてくる。顔はまだ俯けたまま。
マイペースに冷凍食品のハンバーグを詰めながら、ふと思いついて銀時は口を開いた。

「そうだ。ハンバーグといったら旗だよな。総悟君、旗作るから爪楊枝と折り紙よろしく」
「旦那、スーパーに折り紙は置いてませんぜ」

その言葉にようやく沖田は顔を上げ、くすくすと笑みをこぼした。

「俺、かわいー折り紙が売ってる店知ってるから行きましょうや」



8.お風呂に入ろう

夜も更け、近藤は着替えやタオルの入った桶を持って台所の入り口に立っていた。
ごくりと唾を飲む。吸って、吐いて、深呼吸。
そして中に一歩入り、勇気を出して声を張り上げる。


「ヅ、ヅラ子さん! 俺と一緒にお風呂に入りませんか!」


その声に食器を洗う手を止めて、ヅラ子が近藤を振り返る。
そして薄い笑みを浮かべて頷いた。


「ちょうどよかった。俺は遅くなりそうだからエリザベスを入れてやってくれないか」


カラカラと音を立てて、近藤の手から桶が落ちる。ヅラ子に呼ばれてエリザベスが、台所用付近を頭に乗せててふてふやって来た。ご丁寧に近藤の桶からこぼれたタオルを踏みつけて。

「あ、いーなー近藤さん。俺もエリザベスと一緒に入らせてくだせェ。ん、あれ? なんで近藤さん固まってんの?」

今までエリザベスと遊んでいた沖田もそこへやって来て、不思議そうに近藤を見上げる。しかし近藤はまるで失恋でもしたかのように固まって動かなかった。



9.おやすみ


今日の沖田は機嫌がよかった。今日もがんばって土方を虐められたし、夕飯はハンバーグだったし、屯所にエリザベスがやって来た。
エリザベスがすっかり気に入ってしまった沖田は今日は夜通しエリザベスで遊ぶつもりだった。両手いっぱいにメスや鎖、ノートに筆記用具といった沖田的遊び道具を抱えている。

おもちゃを落とさないよう気をつけながらふらふらと歩き、ヅラ子とエリザベスにあてがわれた部屋の前へたどりつく。ヅラ子はさっき別のところで繕い物をしていたので、今いるのはエリザベスだけである。障子越しにあのよくわからないエリザベスのシルエットが見える。
まずはどうやって動きを封じようかと考え期待に胸を躍らせながら、沖田は荷物を抱えたままなので足で障子を開ける。

「エーリザっベスー遊ぼ……――――

言葉は途中で凍りつく。
そこには沖田の脳の処理速度ではとても対応しきれない理解不能の光景があった。


エリザベスの口からなんかでてる。というか人がでてる。


中の人と5秒ほど見つめあう。しかし中の人はやがて無言でずるずるとエリザベスの中に戻っていき沖田のほうは何事もなかったように足で障子を閉めた。
まるでビデオを巻き戻したかのように、元の光景が広がっている。沖田的遊び道具を抱えた沖田、障子越しに見えるエリザベスのシルエット。
ただそれでも沖田の記憶まで巻きもどって消えてくれるわけではなく。

どれほどそこに立ち尽くしていたのかはわからない。ただ沖田は、ついでに障子の向こうのエリザベスも、ずっとそのまま静止していた。
その停滞した空間に足を踏み入れたのは土方だった。

「おい総悟、近藤さんの様子がおかしいんだけどお前何か……ってちょっと待て。なんで泣いてんだよ」

ぎょっとする土方に、沖田はおもちゃを投げ捨てて無言で抱きつく。

「お、落ち着け。誰だお前を虐める命知らずは」

しかしそれにも沖田は首を振るだけで、真実を語ろうとはしなかった。
語らなければ夢だったと後で自分に言い聞かせることもできる。


「……土方さん。今日土方さんの部屋で寝てもいいですかィ」
「え、は? いやいいけどだから何なんだよ?」


それでも沖田の心の傷が癒えるには少し時間がかかった。



10.君のため

一人で繕い物をしていたヅラ子はふとエリザベスの気配に顔を上げた。

「どうしたエリザベス。部屋で大人しくしていろと言っただろう」

しかしエリザベスはいやいやと首を振り、ヅラ子の傍から離れようとしない。ヅラ子にぴったりくっついて座り、上目遣いで見つめながら割烹着の裾を掴む。

「エリザベス……?」

ヅラ子は首を傾げるが、エリザベスはつぶらな瞳で見つめてくるだけである。
そういえば今日はエリザベスとあまり一緒にいなかったような気がする。忙しいばかりでこうして二人でゆっくりすることもなかった。エリザベスもそれを思ってヅラ子に会いに自分からやってきたのかもしれない。

「お前、もしかして寂しかったのか?」

ヅラ子の言葉に、エリザベスはこくんと頷く。
その仕草にヅラ子のむねがちくんと痛んだ。エリザベスに寂しい思いをさせていたことに気づかない自分に腹が立った。

「わかった。俺はこの仕事をやめよう。エリザベス、お前のために!」

その言葉に、エリザベスの顔がぱっと輝く。ヅラ子、いや桂も顔をほころばせ、エリザベスときつく抱き合った。



――後日、団子屋にて

「と、いうわけで真選組の仕事はやめたんだ」
「ふーん」

団子を咥えたまま銀時は心底つまらなそうに話に相槌を打つ。
しかし桂がそれに気づくはずもなく、エリザベスと目で会話しながら銀時に二人の仲睦まじさをとくと話し聞かせる。

「いまいち情報も入らなかったし、エリザベスに寂しい思いをさせてまで金を稼がなくてもいいからな。エリザベスも今の貧しい暮らしで満足してくれていることがわかったし」
「ああ、そう」

目の前を、真選組の山崎が通り過ぎる。しかしもちろん銀時の隣で団子を食べているのがヅラ子であることには気づかない。それどころか手配中の桂小太郎であることにすら。
エリザベスがこれだけ圧倒的な存在感を放っているのだからせめてエリザベスにくらい気づいていいようなものだと思うのだが、まったく気づかず雑踏に紛れて行った。ひょっとしたら無意識のうちに脳内で存在が遮断されているのかもしれない。

「まあ、あれだよね。やっぱりヅラはもうちょっとしっかりしたほうがいいって」
「ヅラじゃない桂だ。俺は十分しっかりしている」
「……いや仕事やめる動機からしてもうほんとしっかりしてって感じだから」

話している隙に桂の団子にも手を出しつつ、銀時は気づかれないよう溜息をついたのだった。




ブログ過去ログ単発集その2。
まさか銀魂サイトを作るとは思っていなかったしその頭にこんなしょーもないログを持って(略)。
テーマはエリヅラでエリ沖で銀沖でした。書いたことを途中で後悔した。屯所がなぜか襖でなく障子なのは見逃してやってください。

05/09/30-10/10