愛しい人ご立腹 寝巻き姿の沖田の首筋に口づけをする。引き剥がそうとする手を押さえ込むようにして強く抱きしめる。 「土方さん、ちょっ、やめ……」 「いいじゃねぇかたまには」 「よくねーよ、あんた酔ってるだろ酒臭いですぜ!」 それでもなおじたばた暴れる沖田を押さえつけ、片手で胸元をはだけさせる。今度はその露になった白い肌に口づけした。 「大丈夫。酔ってる方がこういうのは燃え――」 バシャっ 気がつけば沖田に水差しをぶっかけられていた。顔面が水でぐっしょりと濡れ、活けてあった花が頭からボトリと音もなく落ちる。 「目、さめましたかィ」 「……ハイ。さめました」 空になった水差しを手にする沖田は額に青筋が浮き出んばかりに怒っていた。そのまま水差しで殴り殺されてもおかしくないくらいに。 酔いがさめ、背筋が凍りつく思いだった。 「俺はもう眠いんでとっとと帰ってくだせェ。じゃねーと今度は斬りますぜ」 土方は返事をするよりも早く沖田に蹴り飛ばされて強制的に廊下へ追い出された。目の前で襖がぴしゃんと閉められる。しかももう来るなといいたいのか数秒もしないうちに襖のわずかな隙間から漏れ出ていた明かりも消えた。 「あれぇ、副長なにしてるんですかぁ。一緒に飲みましょーよぉ」 「……いや、俺今日はもう寝るから適当なところで切り上げろよ」 酒盛り相手が一人減って不満気な隊士を適当にあしらって、土方は自分の部屋に戻る。最後に一度振り返ったが、沖田の部屋は相変わらず沈黙を守ったままだった。 〜+〜 翌朝。沖田の機嫌は少しも直っていなかった。 「よ、よぉ総悟」 「おはよーございます」 「その、まぁ、なんだ。今日はいい天気だな」 「だからなんですかィ」 冷たい言葉。まるで視線を合わせようとしない。 まさか翌日まで尾を引くとは思ってなかった。内心焦りながらも土方は会話を続けようと試みる。 「総悟、あの、昨日は悪かった。酒入ってたからつい勢いで」 「別にもう過ぎたことは気にしなくていいんで。ウザいからもう消えてくだせェ」 「うくっ……」 やっとこちらを向いた沖田はすごい形相でこちらを睨んでいる。全身から殺気すら滲み出ている。 土方はここでようやく沖田を本気で怒らせてしまったことに気づいた。 〜+〜 「と、いうわけなんだ」 見廻りという名目で土方がやって来たのは万事屋である。犬の散歩や何かのファンクラブとやらで他の人間(と犬)は不在らしく、いるのは銀時だけだった。 「ふーん。で、なんで俺のところに来るわけ」 「だって他の隊士にこんなこと相談できねぇよ。総悟とのことは誰も知らねぇし」 「いや俺だって暇じゃないんだよね。そろそろ働かないと本気でやばいのよ。三食酢昆布どころか三食ゴミ漁りみたいな?」 どうせそんなことだろうと思ったので、土方は懐から用意してきたマヨネーズを取り出した。 「じゃあ依頼料はこれだ。てなわけで俺の話を聞け。というかどうにかしろ」 「なんだそれ三食マヨネーズ食えってのか」 「ゴミだってマヨネーズかけりゃ高級料理に変身すんだよ。知らねぇのかお前」 「え、そうなの? 俺信じちゃうよ? 嘘だったらハリセンボン奢ってね」 どうやら土方が思っているより食うに困っているらしく、最初は渋っていたものの銀時は思ったよりあっさりと土方の依頼を承諾した。 そしてそそくさと電気を止められてただの箱になっている冷蔵庫にマヨネーズを収納して戻って来た銀時はさっきの話を再開する。 「まぁ他の隊士に相談できないってのはわかるとして、そこで昔の男のところに相談しに来ちゃうのが君の駄目なところだよな多串君」 「お、俺だってお前に相談なんかしたくねぇよ!」 自分でも思っていたことを銀時に指摘されなんだか自分がすごく駄目な人間のように思えてきた。いや本当に駄目な人間なのだろうが。 「でもさ、あれだよ。酒の勢いで嫌がる総悟君を無理やり押し倒したってそれ最低だよね。普通嫌われるって。多串君この仕事は万事屋じゃちょっと荷が思いや」 「おいィィィ! 金払えばなんでもしてくれるのが万事屋じゃねぇのかよォォォ!」 「そうは言っても万事屋だって神様じゃないし? あ、あとうちクーリングオフはきかないから。マヨネーズは返さないよ」 「そこんとこなんとか頼むよ万事屋さァァん!」 泣きたい思いで胸倉を掴んでがくがくと揺さぶると、銀時はやれやれといった顔で溜息をつき、土方の手をほどいて言った。 「しょうがねぇな。まあでも引き受けちゃったわけだし。最低の彼氏にボロボロにされた傷心の総悟君は万事屋の銀さんが責任持って慰めてあげるよ。ねぇだからそろそろ離して多串君この服駄目になったら俺着るものないんだって」 「うるせぇ、服もろともお前を斬り殺してやるゥゥゥ!」 結局のところ万事屋に行ったところで事態はまるで好転することはなかった。むしろ悪化したかもしれない。 破局の一言が胸に重くのしかかった。 〜+〜 今日の万事屋は千客万来だ。一日に二人も客が来たのはずいぶん久しぶりである。 「やぁ、総悟君。お茶なら出せないけどマヨネーズ水なら出せるよ」 「いや余計な気遣い無用なんで普通の水を頼みまさァ」 午前中はストレス発散に山崎を虐めたり土方の部屋に罠を仕掛けたりしてだらだらと過ごし、沖田が万事屋にやってきたのはちょうど昼のことだった。 入り口で銀時に出迎えられ上がろうとする沖田だが、そこにちょうど定春の散歩から神楽が帰ってきた。 「ただいまー。あ、なんかウザいのがいる! お前なにしに来たアルか!」 「うっせーんだよあっち行け」 「それはこっちの台詞ヨ! お前が出て行けばいいアル!」 「あー待て待て。お前ら二人が暴れたら家なくなっちゃうから。神楽は家なくなったら酢昆布しまう場所なくなって困るだろ。総悟君は、えーと、そうだなぁ、たぶん何か困るはずだよ。うん」 臨戦態勢に入ろうとしている二人+定春の間に入って銀時は必死になだめる。二人の仲が悪いことは今に始まったことではないがそれで家が巻き添えになるのは遠慮したい。 「そうだ神楽。帰ってきて早々で悪いんだがお使い頼む。お金余ったら好きなもの買っていいから」 「本当アルか? わたし酢昆布食べたいヨ」 銀時のその言葉に神楽がぱっと顔を輝かせる。よしこれで神楽の気が逸れた。沖田は神楽が絡んでこなければ自分からことを構えようとはしないだろう。少なくとも今日は。 「じゃあこれ買い物メモ。知らない人見つけても定春けしかけんなよ。車とか壊すなよ」 「了解したアル。よし、行くよ定春!」 言うが早いが猛烈な勢いでメモも見ず走り去っていく神楽と定春。たぶん未来に向かって走ってるんだとか自分に言い聞かせてみる。果たしてきちんとお使いできるのだろうか。 「さて、まあ当分帰ってこないだろうしあがってあがって。今水入れるから」 「おじゃましやーっす」 客が多いのはいいことだが客質も選ぶべきかもしれない。 なんとなくこのとき銀時はそう思った。なにせ沖田が依頼料代わりに持ってきたのはペロキャンだったのだから。 「あー……で、多串君とケンカ中なわけ」 「そうなんでさァ。ひどいだろィ」 「無理やりは駄目だね。男は本能の中に理性を押しとどめなくちゃならないときあるよな」 「それは逆じゃねーですかィ旦那」 そんな感じで愚痴を聞かされること5分。思ったより短かいし土方と違っていじけているわけでもないので扱いが楽でいい。 「俺はもう怒ってはいねーんだ。ただこう酒の勢いで迫られたりすると不安になるっつーか」 「まあ多串君が酒飲むと変態狼に化けるのは昔からだから仕方ないよ」 「それは確かに仕方ねーかもしれやせんが、今にして思えば俺に告白したときも酒入ってたし、酒の勢いで言ってみただけなんじゃねーかなーとか思うんでさァ」 「たしかにあの日はずいぶん飲んでた。俺にくれるはずの酒を」 沖田の溜息に銀時の溜息が重なる。お互い土方に苦労させられているのである。無論片方は過去形だが。 「俺土方さんは好きだけど、こうしょっちゅうサカってんのはいい加減にしてほしいぜ。向こうはよくてもこっちは疲れるし」 「ああ、なるほどねー。じゃあさ、こういうのはどう?」 にやりと口許に笑みを浮かべ、銀時は本題を切り出した。 「そういうときはいっそ乗り換えちゃえばいいんだよ」 「へ?」 何のことかわからず首を傾げる沖田に銀時はじりじりと迫り寄る。口許に笑みを浮かべて。 〜+〜 「おーい。多串くーん。いるなら返事するアルよー。いなくても返事するアルよー」 聞き覚えのある少女の声は、沖田に構ってもらえずささやかとはとてもいえない陰湿な罠にかけられ、いじけながら一人で昼飯を食べている土方の耳にも届いた。どうしてあそこの連中はいつまでたっても自分を多串君扱いするのか。ここまでくると多串君本人とやらにぜひ一度会ってみたい。 「おい、なんか用か」 恥ずかしいので仕方なく屯所入り口で怒鳴り続ける神楽のところへ行ってやると、神楽はようやく怒鳴るのをやめた。これで近所から苦情がこないで済む。 「お前が多串君アルか?」 「違う」 「じゃあ用はないアル。わたしが用あるのは多串君だけヨ。おーい。多串くーむぐぅっ」 再び両手を口に当てて叫ぼうとした神楽の口を土方は慌てて塞ぐ。何事かと暇な隊士たちまで集まりはじめていた。 「待て待て。俺は本当は多串君じゃないが多串君と呼ばれているのは確かだからお前が用あんのは俺だろ」 「そうか。じゃあこれ多串君にお使いアル。お釣りは酢昆布買うからきっちり返すよろし」 と言って渡されたのは何の変哲もない丸められたメモ帳一枚。これでお釣りもくそもないだろうと思いつつ開いてみれば、そこには銀時の字で一言こう書いてある。 『総悟君は俺がもらった』 その一言で十分だった。 「なにィィィっ! 本気だったのかあの馬鹿パーマァァァァ!」 ぐしゃりとメモ帳を握り潰し、叫び終わる前にもう走り出している。抜き放った刀はいつでも銀時を斬れるよう構えて。 「お使い終わったからお釣り寄越すよろし」 「紙切れもらって何払えばいいんだよ! こっちはそれどころじゃねぇんだ」 「言われてみればそうアル。定春どうしよう。わたしお金もらってないヨ」 しかしもう神楽の言葉など土方の耳には入っていない。頭の中は銀時のメモ帳の言葉でいっぱいだった。 「くそっ、これでもう事後だったらあいつ叩っ斬る」 全力疾走の甲斐あってかいつもの半分以下の時間で万事屋に到着し、戸を開けるのももどかしく手にしていた刀で一刀両断した。 「総悟ォォォォォ!」 そして乗り込んだ万事屋には、銀時に腰を抱かれた沖田の姿。 「で、ここでこうきたらこう」 「ふんふん。じゃあこういうのはどうするんですかィ」 何かよくわからないことを話しながら、真面目な顔で沖田は銀時の手を自分の背中に回す。 「そ、総悟……」 どう見ても沖田は嫌がっている様子はなく、合意の上であるような状況。この場合いったい自分はどうすればいいのか。 そうだ。とりあえず総悟に手を出した馬鹿を斬り捨てておこう。 「というわけで覚悟ォォォ!」 「え、ちょっとなに多串君。危ないってそんなもの振り回しちゃ!」 「うるせぇ! 俺の総悟を奪いやがって許せねぇ!!」 怒りに任せて刀を振り下ろしたものの、さすがに相手が悪く木刀で受け流される。しかしそれで負けてはいられない。次の一撃をふりかざそうとした刹那―― くい、と小さく服の裾を引っぱられた。 「土方さん、土方さん」 振り返るまでもなく服の裾を引っぱったのは沖田だった。 機嫌の悪さはどこへやら顔には笑みが戻っていて。 「誤解だから。その辺でやめにしてくだせェ」 「誤解?」 それに頷いたのは沖田と銀時の二人。 正気に戻ってよく見てみれば、最初の体勢こそ怪しかったものの二人とも衣服に乱れもない。 「総悟君、これで満足したろ」 「ああ。お世話になりやした。例のやつも後でさっそく試してみますんで結果期待しててくだせェ」 なぜか不敵な笑みを浮かべ、総悟はぺこりと軽く頭を下げる。 「銀ちゃん大変。わたしお金もらってないヨ!」 「そうかじゃあお釣りもないから酢昆布も買えないな。でも喜べ。今日はマヨネーズとペロキャンを手に入れたぞ」 「すごいね! マヨネーズのペロキャンなんてわたし聞いたことないヨ!」 「いやそんな気味の悪いものじゃなくてばらばらだから」 「おい、総悟。どういうことだ?」 まだ話を飲み込めず、土方は沖田に尋ねる。 「つまり簡単に言えば土方さんを試したんでさァ。土方さんが俺を助けに来るかどうか」 「あー……なるほど。やっとわかった」 結局自分は銀時にはめられたということか。まあしかし、いつの間にか沖田の怒りも解けたようなので今回はこれでよしとしよう。 「土方さん、そろそろ帰りましょうぜ」 「そうだな。帰るか」 そして二人は土方が斬り壊した入り口を踏み越えて並んで階段を下る。 「ところで総悟。誤解なのはわかったんだが、俺が来たときいったい何してたんだ?」 「ああ、それは」 足を止め、こちらを振り向き、沖田はまた不敵な笑みを作る。 「万事屋の旦那に土方さんの弱いとこを教わってたんでさァ。あと酒の勢いで押し倒されたとき逆にこっちが攻めに転じる方法とか」 「は? ちょっと待て。マジかそれ」 「今夜さっそく試してみますかィ? 部屋に忍んで会いに行くから楽しみにしててくだせェ」 「何これ昨日の仕返しですか総悟君」 「いや、どちらかといえば俺の好奇心でさァ。ほら、ここに教わったことの覚書もちゃんと」 そう言ってポケットから取り出したメモ用紙を目の前でちらつかせ、沖田は土方を怯えさせては心の底から楽しそうに喜ぶのだった。 別サイトに行くはずだったのが次期を逃してこちらに来た小説その4。このころまさか銀魂サイトを作(略)。 向こうのサイトでやっていた土沖の続きのつもりだったので少し話が繋がっています。土銀は元セ○レという設定でした。 05/09/?? |