口を開けて


「食べ飽きた。土方さんあと食ってくだせェ」

 二本の割り箸を繋ぐどろどろした液体を、沖田は土方に突き出した。あんなにせがむから買ってやったってのに結局すぐ飽きるのか。土方がそう文句を言うと沖田は水飴はそういう味でそういうものなのだと手前勝手な反論を返してきた。

「土方さんも食ってみりゃわかるから。この歯に張り付くリスクを払う、最初の一口で十分なおいしさが」
「それはつまりまずいってことじゃねぇか?」
「違うってそれがおいしさなの。あんただってこの前山崎と話してたじゃねぇか。手に負えないほどタチ悪くても手放せないのっているよなとかなんとか」
「は? お前どこで聞いてたんだそれ」

 沖田の言葉にぎくりと土方は顔を引きつらせる。まさかあれを聞かれているとは思っていなかった。顔が火照るのを自覚し、ふいと顔を背ける。

 その視線に入ったのは見慣れた白髪頭だった。

「あー、総悟君いいもん食べてるじゃん」

 挨拶もなしに土方素通りで銀時の視線は水飴釘付けだ。今日はいつもの銀時の糖分摂取ストッパーたるメガネ少年は一緒ではないらしい。その手には既に駄菓子屋に売っている棒付きチョコが三本あった。手に提げている袋の中にはたぶん他にもいろいろ入っているのだろう。いつか死ぬぞこの糖尿病患者。

「じゃあ食い飽きたから旦那のチョコと交換しませんかィ」
「いいぜ。総悟君のは食いかけだから俺も食いかけのをやろう」
「俺新しいのがいい」
「うーん。仕方ないなぁ。じゃあ今回だけね」
「よっしゃ」

 うまく交渉がまとまり、沖田は飽きた飽きたと言いながらもまだぺろぺろやっていた水飴から口を離す。
 しかしそれを差し出そうとした横から土方が水飴をひったくった。

「あ、何するんですかィ土方さん」
「お前こいつより先に俺に寄越しただろうが」
「あんたいらないって言ったじゃねェか」
「いる。なんか今急にほしくなった」

 あと少しで棒付きチョコが手に入るところを邪魔されて、沖田は口を尖らせる。土方もまさか本当に水飴がほしかったわけではないし我ながらガキっぽい言い草だとも思ったが、この男にくれてやることだけはごめんだった。
 取り返そうと手を伸ばす沖田だが土方が水飴を持って手を高く上げてしまえばもう届かない。本気で取りたいならば土方を殴り飛ばしてでも取っただろうが、今回の沖田は珍しくあっさりと引き下がった。そのことに土方はおや、と眉を寄せる。

「あーあ。仕方ねーなァ土方さんは。旦那、少ないけどこれで勘弁してくだせェ」

 そう言うなり、沖田は少し背伸びして銀時の首に両手を回す。そしてそのまま顔を近づけ、ついには唇を触れさせた。

「…………っ!!」

 土方は声も出なかった。混乱しかけている頭でも舌を絡めさせる音ははっきりと脳に刺激として伝達され、しかもそれは長く続く。銀時は土方ほどではないにしろやはり意表をつかれて驚いており、しかし振り払う素振りはない。
 いつの間にか奪い取った水飴はべちゃりと地面に落ちていた。

 やがて酸欠するんじゃないかという頃、ようやく沖田は口を離す。

「これで足りますかィ。まだ口の中に残ってたから」
「んー、総悟君これ練り足りてないんじゃないの」

 銀時は自分の唇に軽く指を沿わせ、顔をしかめる。
 ついさっきまでいくつもの困難を乗り越えてきた恋人同士のように熱い抱擁を交わしておきながら、なぜか二人はまったくもって平然と会話していた。

「だって水飴って途中で練るの面倒くさくなるんでィ」
「いやいや急ぐのは禁物だよ。口に入れる前にもっと手でかわいがってあげないと」
「だいたいどれくらい練ればいいのかわかんねーし」
「じゃあ今度俺が実演してあげるからうちに遊びにおいでよ」
「あ、それなら俺明日オフだから土方さんと一緒に……ってあれ、土方さん?」

 気がつけば、土方の姿はなかった。ただその名残を残すように水飴が大地に食べられていた。
 突然どこへ消えたのかと沖田はあたりを見回すが、それらしい人影は見つからなかった。

「多串君いなくなっちゃったねぇ。からかいすぎたかな」
「いつもは勝手にどっか行くなって口うるせーくせに困った人だぜ」

 落ちている水飴を見下ろして、沖田は小さく吐息をつく。人から取り上げておいてこの仕打ちはないんじゃねーの。

「ところで総悟君。昨日夜のドラマ見たでしょ」
「あ、やっぱわかりましたかィ? 旦那ならわかると思ってたぜ」

 銀時のほうを振り返り、沖田はにやりと笑みを作る。
 銀時が言っているのは昨夜のゴールデンタイムにやっていたドラマのことだ。主演の男にやるはずのお菓子をなくして、主役の女がコンビニのチョコをこうして食べさせたのだ。

「でもこういうこと普通男同士でやらなくない?」
「そーなんですかィ? 俺はてっきり甘いものが好きな相手への挨拶みたいなもんかとてっきり」
「総悟君って国語の成績いくつよ」

 そう言った銀時はなぜか呆れ顔で、しかし沖田にはどうして呆れられているのか理由がわからなかった。沖田が首を傾げて尋ねても銀時は答えてくれず、そのかわり二本の棒つきチョコを沖田に差し出した。

「あげる。おもしろいもん見せてもらったしおいしかったし一本はサービスね。多串君と仲良く食べて」

 銀時は食べかけの棒付きチョコをくわえたまま手に提げていた袋から新しいお菓子を取り出し、まだきょとんとしている沖田を置いて一人楽しそうにに帰って行った。
 仕方がないので沖田も反対方向に向けて歩き出す。銀時が答えをくれなかったので帰ったら土方に聞いてみようと思った。

「あ、そーだ。土方さん拗ねるから今度は飽きないお菓子買ってもらお」




 土→沖で片思い中な話。銀沖が唐突に書きたくなっただけかもしれない。


05/10/12