下着騒動 大きく振り上げた竹刀はひょいと軽くかわされて、逆に首筋めがけて横に竹刀を振りぬいて攻めてくる。しかしこれはこちらも読んでいたので容易に受け止め、相手が非力なのを知っていてわざと力で押しにかかる。もちろん向こうもそんなことは百も承知で、こちらが力勝負に持ち込もうとしたところを軽く受け流し、逆に懐へ入り込もうと足を踏み出してきた。 「あ、ちょい待ち」 しかし沖田は更に踏み出しかけた足を押しとどめ、相手の竹刀に己のそれを絡めて上に突き上げた。 思わぬ動きのおかげで竹刀は相手の手から離れ、沖田のほうはわざと手を離して望むまま天井へ飛び立たせた。 二本の竹刀はもつれ合うようにして弧を描き、観衆の一人、山崎の鼻先を掠めて落ちた。カラカラという乾いた音が白々しく響く。 「さらし外れちゃった。巻きなおすからちょっとタイムね」 突然の試合中断にまったく悪びれもせず、沖田は土方と観衆にそう言った。 「おい、危ねぇだろが。もう少しましなタイムの取り方しろ」 「いいじゃん真剣じゃないんだし」 言いながら沖田はさらしを巻きなおすため上着を脱ぎはじめる。 床に転がった竹刀を拾おうとしていた土方はぎょっとして動きを止めた。 「ちょっと待て、お前そこで巻き直す気か!」 「そーだよ。だっていちいち更衣室戻るのめんどいじゃん。待たせちゃ悪いし」 「そんな気の使い方するくらいならもっと別のところに気ィ回してくれよ! おい、お前ら各自適当にやってろ。帰ってきてサボってたらしごくからな!」 既にシャツのボタンを外しかけている沖田を肩に担ぎ、土方はそれだけ伝えてその場を走り出た。その間にも担がれながら器用に沖田は服を脱ごうと試みている。 「脱ぎづらいからおろしてよ土方さん」 「却下。おろしたらお前ここで脱ぐだろが」 「うん脱ぐ」 「じゃあ却下。断固として却下」 どこでどう育ち方を間違ったのかわからないボケ娘を肩に担いでの移動は先ほどの試合以上に消耗した。間違ったのは育ち方より育てられた環境のほうだったかもしれない。 しかしようやく目的地に到達し、土方は沖田を畳に降ろす。入ってきた襖を閉めて大きく溜息をついた。 「ったく、お前はどうしていつもいつもこう恥じらいってもんが」 と、言いかけて口をつぐむ。振り返るともう沖田はシャツのボタンを外して脱ぎ捨てようとしていた。本当に降ろしたら速攻脱ぎはじめたよこの女。 何かを言うより前にまず襖のほうに向き直る。このまま出て行こうかとも思ったが、後ろの娘がこの状態なのにまた開けるわけにはいかない。 呆れまじりの、大きな溜息。 「……お前俺が出てってから脱げよ」 「なんで」 仕方なく襖と向き合って腰を下ろす。煙草でも吸おうと懐をまさぐるが、こんな密室で吸ったら沖田に背後から殴られそうなのであきらめてその手を離す。結局手は所在無さげに胡坐をかいた足の上に適当に投げ出された。 「今後公衆の面前で服を脱ぐの禁止。破ったら士道不覚悟で切腹だから」 「この横暴上司。大体どんな士道よそれ。」 「横暴で結構」 背後からシャツが飛んできて、土方の頭にぱさりとかぶさる。もし土方がこれ持って逃亡したらどうするのだろう。いや考えるまでもなく無心で追いかけてくるに違いない。何かの遊びと勘違いして満面の笑みをたたえながら。 またすぐ着るのだとはわかっていたが、なんとなく土方はそれをきれいに畳み直した。 その間にも、しゅるしゅると衣擦れの音が背後からはしている。 「近藤さんに言ったら給料どれくらい前借りできるかな」 「ほしいもんでもあんのか?」 畳んだシャツを指先で弄りながら、襖に向かって問いかける。 「うん。この腫れ物邪魔だから手術して抹殺しようかと」 襖が突然とんでもないことを言いやがった。 「って何考えてんだよこの馬鹿娘ェェェェ!」 思わず土方は後ろを振り返り、スパーンと頭を叩こうとする。 沖田に限って絶対後ろを向いてなどいないだろうなとは思っていたが、なぜか沖田は土方と同じ襖の方向を向いて着替えており、不機嫌そうに立ち上がりかけた土方を見上げている。 「だって邪魔なんだもん。これなきゃさらしなんていらないし」 ぷうっと頬を膨らまし、自分の胸をちょいとつつく。立ち上がりかけた状態でフリーズしている土方には目もくれず。 白い柔らかそうな肌に、それほど大きいわけではないが決して自己主張がないわけでもない胸がぐずぐずにほどけかけた晒しの隙間から見え隠れしている。 土方の視線が自分の胸にいっていることに気づいたのか、沖田はさらしを手でどけてそれを露にした。 その手の動きにはっと気づき、土方は慌てて襖に向き直った。 「ほら、土方さんもこんなのあっちゃたまんないと思うでしょ……って見ろよ土方この野郎」 本当に何を考えているのだこの娘は。普通年頃の男がいる部屋で半裸になったりあまつさえ自分から見せてくるか。 とはいえ、こういう育ち方をしてしまったのには原因がある。育った環境に男しかいなかったため誰も沖田に女としての恥じらいを教えてこなかったのだ。そのせいで沖田は自分が女であることは知っていてもそれを深く考えてはいないし、たぶん本人は周囲の人間も自分と同じように思っていると考えているのだろう。 できるかんなこと。できねぇよ。 本人がなんと言おうと沖田は女なのだ。小さい頃はただのガキだったのが、今ではこんなに女らしくなってしまって。しかもその女らしさが外見限定であるのが無性に泣けてくる。せめて逆であってくれたらどんなに楽だったことか。 「ああもう、また絡まった。土方さんちょっとかわりにやってよ。うまいんでしょ」 土方に無視されて黙々とまたさらしを巻きはじめた沖田だが、一分もしないうちに挫折する。どちらかといえば不器用なほうだし何より飽きっぽい性格なのだ。 しかしそれより後半の一言に土方は顔をしかめた。 「なんで俺がうまいんだよ」 たしかにうまいけど。自信あるけど。 「山崎が言ってた」 山崎の奴、後で半殺し決定。 「……自分でやれ」 「またそれかィ。この腫れ物がなければ平らで楽なのになー」 「そんなに言うならさらしなんてしなきゃいいじゃねぇか」 さらしは確かに刃物で刺されたときの簡易鎧として役に立ってくれるが、女性が胸を圧迫するのはよろしくない。なぜなら形が崩れる。 「駄目。つけないと揺れて邪魔。こんなものぶらさげて戦えない」 「さいですか」 結局土方が手伝わないので、沖田はもう一度自分で一から巻き直しはじめたらしい。しかしまだぶつぶつと文句は言っている。 「もう、これじゃあ稽古の時間終わっちゃうじゃん。さいてー。だからあそこで着替えるって言ったのに」 「そりゃ却下だ。お前マジでもう少し恥じらいというか女としての自覚を持ってくれ」 「何それ。戦場で服破れたら縮こまってろって? まず間違いなく死ぬよ」 「戦わなきゃいいだろが」 「は? ふざけないでよ」 後ろで沖田がすっと立ち上がる気配。 振り向いて身構えたいところだが、まだシャツは土方の手元にあるのでここで振り返るわけにはいかない。そもそもさらしが巻き終わったかどうかも定かではない。 「戦わないあたしは誰なの。真選組の沖田じゃなくなったらあたしは何して生きてくの」 「そんくらいてめぇで考えろ。どっか嫁に行くとか学校の先生になるとかあるだろ」 がっ 後頭部に強い衝撃を受け、土方は目の前の襖に突っ込む。襖はあっさり外れて廊下に倒れ、土方諸共派手な音を立てた。 起き上がろうとした土方の手から沖田が自分のシャツを奪い取って着込む。 「土方さんのばーか。さいてー。だいきらい」 おそらく沖田が思いつく限りの最大級の悪態を吐き捨てて、わざわざ土方の頭を踏みつけて沖田は廊下を走り去る。 土方は沖田が消えた方向を見て、大きな溜息をついた。 「大嫌い、か」 俺ってばちょっとだけ傷ついたかもしんない。 〜+〜 沖田が破壊した襖を片付けて一服して、道場に戻ったのはそれからだった。 「はい、次! 次は誰!」 てっきだらけているものだと思っていた隊士たちは満身創痍で床にへたり込んでいる。それらの中心に立って竹刀を引っさげているのは言わずともがな沖田だった。 状況を確認しようと入り口付近でへばっている山崎の胸倉を掴み目線の高さまで持ってくる。土方の顔を見て山崎は泣きそうな顔を浮かべた。 「おい、なんだこれは」 「それはこっちの台詞ですよ。もう大変なんですから。何があったんですか沖田隊長」 「その前にこっちの質問に答えろや。えぇ?」 土方に脅されて山崎はびくりと身をこわばらせ、ちらりと沖田のほうを見やる。へばっている隊士を無理やり立たせて相手をするのに忙しく、まだこちらには気づいていないようだ。 「なんか帰ってくるなり突然自分から一本取れたら何でも言うこと聞いてやるとか言い出して、誰もやりたがらないってのに無理やり挑んで挑戦料取るんですよ。これ慰謝料とか迷惑手当てでないんですかね」 「出ねぇよ」 状況は把握できたので山崎の胸倉を離してやる。山崎は重力に従ってボトリと床に落ちた。 そろそろ機嫌も直っているかと思ったのだが、どうやら凶暴なお姫様は相変わらずご機嫌斜めらしい。近藤でもいればいい宥め役になったのだろうが、今日は残念ながら出張に行っていていない。沖田の唯一のお気に入りはストーカー以外にもすることがいろいろあるご身分なのだ。 やはり自分が何とかするしかないらしい。もともと自分で撒いた種なわけなのだが、どうして自分ばかりこんな苦労をするのかという気ももちろんしないでもない。 「おい、そこの我侭娘。なーに隊士虐めてんだよ」 「いじめてないもん。賭けやって稼いでるだけだもん」 振り向いたその顔は明らかに不機嫌で、たしかにこれは他の隊士では手に負えそうにない。そもそも本気の沖田とやりあえば勝てるものなどこの隊には誰もいない 「そんで金溜めて手術でも受ける気か?」 「うん。あたしそれで男になんの」 このバカ娘。心中で毒づく。 「お前これなんていうか知ってるか。賭けじゃねぇよ恐喝だよ。隊士ども怯えてんじゃねぇか」 「だってお金ほしいんだもん。女のままじゃここにいられないなら男になるしかないじゃん」 「は? お前何言って」 沖田が動く。竹刀が耳元を掠め、ひゅうと風を切る音がすぐそこで響く。もし本当に真剣だったら本当に耳の一つくらい持っていかれていたかもしれない。 土方は咄嗟にしゃがみ、転がっていた竹刀を拾い上げた。それを見て沖田はがんがん剣を打ち込んでくる。 「邪魔しないでよ。土方さんはあたしのが女のくせに強いから嫉妬してるんだ。だからあたしを追い出そうとしてるんでしょ!」 「おい、待て。待てって」 脳天めがけて突き出された竹刀を弾く。その一瞬体勢が崩れた隙を突いて、普段はやらない蹴り技まで繰り出してきた。仕方がないので竹刀を片手に持ち替えて空いた手で受け止める。 「あたしが女だからいつもいつも特別扱いして意地悪するんでしょ。土方さんなんかだいっきら――」 小さく舌打ちする。 土方は相手の竹刀を自分のそれに絡め、上に突き上げる。二本の竹刀は宙を舞い、沖田の注意がほんの一瞬だけそちらに逸れる。さっき沖田がやってみせた芸だ。 土方は一歩足を踏み出して間合いを詰め、その頬をひっぱたいた。 乾いた音が道場に響く。その少し後に竹刀が床に落下する音が続いた。 呆然と、沖田はたった今叩かれた自分の頬に手をやる。土方はつい叩いてしまったことに自分でも驚いていた。手加減を忘れなかったのは不幸中の幸いだが、それでも少しは腫れるかもしれない。 「土方さんがぶった……」 やがてその目にじわりと涙が滲み、土方を含めその場にいた誰もがぎょっとした。 「ふえぇぇぇ、土方さんがぶったよぉぉぉ! 痛いようわぁぁぁん!」 突然声を上げてわんわんと子供のように泣き始める沖田に土方を含め隊士全員があっけに取られる。 沖田の予想外の行動に土方は動揺を隠せないまま慌てて駆け寄った。 「お、おい。なんで泣くんだよ。お前いつもどんなに竹刀で打ち込まれたって泣かねぇくせに!」 「違うもん心が痛いんだもん。だって今のは土方さんあたしが嫌いでぶったんだもん。ふぇぇぇん!」 「は? ちょっと待て。先に嫌いって言ったのお前じゃねぇか!」 「うわぁぁぁん! 近藤さーん! 帰ってきてぇぇぇ!」 勝手に暴れて勝手に大嫌いとか二度も言っておいて勝手に泣いてそれで呼ぶのは近藤さんか。小さい頃から面倒は俺のほうがよく見てやってるってのにさ。 俺ってばついてない。苦労すんのはいつだって俺なのにどうしてこう報われないんだ。 もうなんだかこっちが泣きたかった。 「あーもうわかった。わかったから。俺が悪かったごめんなさいほんとマジ謝るんで泣くのやめてくれませんか」 しかし結局この後もわんわんと泣き続け、真選組一番隊隊長がこれでいいのかという隊士の困惑と土方の報われない悲しみは近藤が帰ってくるまでこのままだった。 本当にまあ外側だけいろいろ大きくなっちゃって、中身はまだまだ子供なもんだから困る。 そしてさらしに端を発した今回の事件は土方の負けに終わり、しかしそれでも公衆の面前でしょっちゅう脱がれてはたまらないので妥協案が提案された。 「なぁ、さらしが駄目なら天人産の下着でどうだ。あれ後ろでホック止めるだけだし楽だぞ」 「そんなのあるの? それ邪魔くさくない?」 「まぁ、たぶん」 自分でつけたことはないのでわからないが色町の女たちがそう言うのでおそらく問題ないはずだ。 「じゃあ土方さん買って」 「は? なんで俺が」 「言いだしっぺだしあたしどんなのか知らないもん」 こうして一見幕を閉じたかのように見えた下着騒動は、新たなる展開を迎えるのだった。 これでいいのか初期沖田。もういろんな人にごめんなさいと言いたいです。 うちのサイトの銀魂キャラの中で初期沖田は一番頭が空っぽです。近藤さん大好き。土方さんはアウトオブ眼中。 05/10/?? |