汚れない鳥 その日、初めて真選組隊長として沖田総悟は人を殺した。 土方と共に長い後始末を終え、戻ってきた近藤は休憩もそこそこにすぐさま一足先に返っているはずの沖田の部屋へ向かった。 外の廊下から直接入ってきたらしく廊下の傍の地面にはひっくり返った沖田の靴が転がっていて、そこからなぜか点々と水の跡が部屋の中まで続いている。一瞬血の跡かと思ってぎょっとして、それからすぐにただの水であることに胸を撫で下ろした。 「総悟、いるか?」 「へーい」 襖の前で声をかけてみればいつも通りの気の抜けた返事が返ってくる。それを聞いて近藤は小さく安堵の息をつき、がらりと襖を開けた。 部屋の中まで続いていた水跡は沖田の足元で終わっており、脱ぎ散らかされた血と水に濡れた隊服が離れたところで水溜りを作っている。別の方向に目をやれば隊服へのぞんざいな扱いとは裏腹に刀はきちんと柄を下にして壁に立てかけられていた。 そして当の本人は、びしょ濡れになった頭をタオルでごしごし拭いている最中だった。日に透けるような白い肌にはもちろん掠り傷一つない。 「どうしたんだ?」 「水遊びしてた」 疲れていると思って先に帰らせたのだが、どうやら休息を取るより遊びを選んだらしい。たしかにそちらのほうが沖田らしいと近藤は思った。 「その、あれだ。今日はどうだった?」 本人が思ったより元気そうなので近藤も少し安心して、ここへ来るまでどう切り出そうかずっと悩みつづけていた話題をストレートに振ってみる。返ってきたのはやはり普段通りの気の抜けたやる気なさげな言葉だった。 「別に怪我もしてねーし俺にしちゃあ上出来な初陣だと思いますぜ」 そう言いながらも頭を拭く手を休めはしない。もしここに土方でもいたら上司に対する礼儀がどうのと小言を言い出すのだろうが、近藤はそんなこと今更だしどうでもよかった。むしろ真選組の局長と隊長という立場になっても何一つ変わらない関係というものをうれしいと感じていた。 「総悟、お前はそれでよかったのか? お前が望むならこんな血生臭い仕事以外にもやれることはいろいろあるんだぞ」 真選組結成以来、近藤はそのことをずっと負い目に感じていた。土方や他の人間はまだいい。もう大人だし自分の生き方くらい自分で決められる。しかし沖田は違う。まだ若く、また彼の真選組にいる動機が他の隊士たちと同じではないこともわかっていた。だからこそ近藤はずっと気にしていたのだ。自分のせいで沖田をこの道に引き込んでしまったことを。 沖田は濡れていない予備の隊服を引き出しから引っ張り出し、袖を通す。大きな仕事は終えたとはいえまだ日常的な些事は残っているのだ。私服に着替えるには少し早すぎると思ったのだろう。 シャツのボタンをとめながら、沖田は笑う。 「俺は後悔なんかしてませんぜ。たとえ汚れた仕事だろうが近藤さんの役に立てるならそれでいい。むしろ俺は幸せだと思ってる。チビのときみてーにいつも置いてけぼりの仲間外れより今の生活のほうがずっといいや」 そこまで言って、不意に沖田の顔がわずかに陰る。近藤もその視線を追ってみれば、話しながらだったせいかボタンがすべて一つずつずれていた。他の隊士同様に今までずっと和服で通してきたのでまだこの手の服を着慣れていないのだ。 近藤は子供じみた総悟の様子に笑みを漏らし、ボタンを一つずつかけなおしてやった。 「ありがとよ。お前がそう言ってくれるなら、俺も少しは救われる」 「それでもまだ引け目を感じるってんなら土方さんじゃなくて俺を副長にしてくだせェ。俺があの人の下ってのは唯一気にくわねーや」 「いやー、それはトシが怒るだろうしなぁ」 そう軽口を叩く沖田の後ろに回り、ついでに上着も着せてやった。 書いている間中近藤さんの顔が思い出せなくてずっと悩んでいるのですがやっぱりまだ思い出せません。駄目だもうキャラさえ違っている気がする。 ちなみにこれは「小さな雨の降る青空」と対になっています。 05/10/16 |