小さな雨の降る青空


 その日、初めて真選組隊長として沖田総悟は人を殺した。


 負傷した隊士たちの面倒を見るという名目で、一足先に返された。まだ現場では近藤と土方が後始末に追われていることだろう。
 木の枝に固定されて空を仰ぐホースから水がほとばしる。青空に降る小さな雨。
 ぼんやりと、沖田はそれを見上げていた。あとどれだけこうしていれば、この身に受けた赤い血とその匂いは流れ落ちてくれるだろう。
 そんな日は、いつまでここでこうしていようと永遠に来ないのかもしれない。


 初めて殺したときのことはもう覚えていないのに、なぜか不思議とこの小さな雨のことはいつまで経っても忘れなかった。

〜+〜

「うー……眠ィ」

 いつもない仕事への意欲が今日は輪をかけてない。自分の仕事もいつものごとく土方に押し付けて沖田は隣でごろごろしていた。時々睡魔に負けそうになると土方に関節技をかけてみたり土方の悪口を大声で叫んでみたりしてそれと戦った。

「いやお前そんなに眠いなら寝ろよ。なんてぇか俺が迷惑」
「やだ」

 土方のもっともな意見を沖田は断固として拒絶する。

「だってまた嫌な夢見そうだし」

 それが今日の頑ななまでに眠りを拒む理由だった。昨夜、思い出したくもないことを夢に見て目を覚まし、それから一睡もしないまま今に至る。いつもなら夜はぐっすり眠って昼は昼でやっぱり寝ている沖田なので本当は眠くてたまらなかった。

「昨日寝てねぇのか?」
「2時間くらい寝た」

 また睡魔に負けそうになって、土方の首に手を伸ばす。しかしどんなに眠くても技を掛け間違うことは絶対にないので土方に途中で邪魔されてしまった。最早抵抗する気力もなく、面倒になってそのまま素直に引き下がる。
 これ以上ここにいても畳の感触に負けそうな気がするので沖田は外へ出ようと立ち上がる。ふらふらとおぼつかない背中に土方の声がかかった。

「おい、どこ行くんだよ」
「んー……チャイナんとこでも行って遊んでくらァ」

 少し体を動かしたほうが眠気を払拭できると思い、沖田は歩き慣れた道を歩いて万事屋のほうへ向かった。途中で何度か転んだが意識は朦朧としたままだった。

〜+〜

 それからまもなくして沖田は帰ってきた。万事屋の銀時に担がれて。

「多串君にお荷物お届けしまーす」

 言いながら銀時は意識のない沖田をそっと畳みに寝かせる。軽い言葉に反してやけに丁寧な扱いだった。
 土方は仕事の手を休め、予想通りの状態で帰ってきた沖田の顔を覗き込む。

「どうしたんだこいつ」
「いやそれがね、神楽と遊んでて顎にもろ蹴りがヒットしちゃったわけよ。今日はなんか動きおかしいしどうしたのかなとは思ってたんだけどね」
「わたし悪くないヨ。今日のこいつが腑抜けてたのが悪いアル」

 銀時の後ろから顔を出して、最近の沖田の遊び相手は悪びれもせずそう言った。他人を昏倒させておいてその言い草はどうかとも思うが、たしかに今日の沖田はそう言われても仕方ない。いややっぱ腹立つけど。

「神楽、いいから謝っとけ。そのつもりで着いて来たんだろが」
「直接言いたいから目が覚めるまでこのままでいいアル」
「うんまあそんなわけでこいつも反省してるんで慰謝料請求はマジで勘弁してください」

 相変わらず金欠なのか神楽のかわりに土下座する銀時に呆れてものも言えなくなり、土方は気にするなと手を振って示した。見たところ怪我のダメージはそれほどなく、気絶ついでに眠っているだけらしかった。

「どちらかってーと気絶させてくれて助かったぜ。このままだと夜も徹夜しそうな勢いだったんでな」

 もしあのままの状態が夜まで続くようだったら土方が同じことをしていただろう。そうでもしないと自分から絶対に眠ろうとしなかったはずだ。夜まであの調子でうだうだされてはたまったものではないし沖田の健康にも悪い。

「で、総悟君どうしちゃったわけ」
「ただのちょっとした職業病だよ。お前も覚えがあるんじゃねぇの」

 職業病。土方も覚えはある。たぶん他の隊士たちも。目の前のこの男ならきっとそれ以上のものがあったのではないだろうか。
 その言葉にやはり銀時は思い当たることがあるらしく、ああと納得の声を漏らした。隣の神楽はわからないのか一人首を捻っていた。

「なるほどねー。若者は大変だ」
「保護者も大変だ」

 それからニ三適当な言葉をかわし、起きるまで待つと言いはる神楽の手を引いて銀時は帰っていった。この調子だとあと数時間は確実に起きそうにないが、それでも睡眠の邪魔になると気を使ってくれたのだろう。

 土方は眠りつづける沖田を抱き上げて本人の部屋に移し、布団を敷いて寝かせてやった。
 すぐに仕事に戻る気分ではなかったので、自分も寝顔を見下ろしながら一服する。

 沖田が眠らなくなることは今までにも何度かあった。最初のときは理由がわからずいろいろ苦労したのだが、今では本人自身もそのことに少し慣れてきたのかそれほど荒れることはなかった。物も壊さなくなったし人に当たらなくなったし大変な進歩だ。

「でも相変わらず俺に迷惑かけんのは変わんねぇのな」

 それは非難の言葉ではない。自分にだけ迷惑をかけてくれるということが、特別扱いされているようで少しうれしかった。

 それは土方だけが沖田が眠らなくなる理由を知っているからかもしれない。
 そういう時、沖田は絶対に近藤に顔を見せなかった。呼ばれても適当に用を作って誤魔化したり人に押し付けたりして断固として逃げつづけた。それも近藤が不審に思わないよう功名にカモフラージュを利かせて。その気持ちは土方にもよくわかったのでよく手を貸してやったものだった。

「うっ……」

 今まですやすやと眠っていたはずの沖田の顔が歪む。口からは呻きが漏れ、うなされているらしかった。ここで目を覚まされるわけにはいかない。それではまた眠らなくなってしまう。人に起こされるのが嫌いな沖田は夢に起こされることも嫌う。起こされるくらいなら眠らない。沖田はそういう人間なのだ。

 土方はその手を握ってやる。それから頭に手を伸ばし、そっと髪を梳いてやった。
 沖田の目蓋がわずかに開く。しばらく定まらず彷徨っていた焦点が結ばれ、すぐ傍の土方を見る。

「あれ、土方さん……」
「いいから寝てろ。ここにいてやっから」

 起き上がろうとする沖田をその一言で押しとどめる。
 沖田は少し迷うような素振りを見せたが、一瞬だけ微笑んでまた目を閉じた。握られた手を少し強く握り返してきたが、それもわずかの間だけで数分後にはまた静かに眠っていた。


「ここにいたけりゃ夢になんか負けんじゃねーよ」


 眠る沖田を起こさないよう、土方は小さく呟いた。




「汚れない鳥」と対。といってもほとんどリンクしてませんが。
本当は芹沢暗殺と絡ませたかったのですが芹沢さん本誌に出てこないので断念。こちらもいつかやりたいです。


05/10/16