海賊(倭寇)パロです。沖田が船長で土方が副船長。

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沈没船


 うちの船長は船長としての自覚がない。

「土方さん暇だからかまってくだせェ」

 当然のようにノックの一つもせずに無断で部屋に入り込んでくる。いつものこととはいえ一体何度教えれば目下の者への最低限の礼儀というのを学習してくれるのか。彼が生まれてから今日まで教育係を務めてきた身としてはもうこれ以上失うべき自信など欠片もなく、否、はじめからそんなものなかったが、とにかく憂鬱が溜息として零れ落ちるのだった。

「船長……ノックと挨拶はしような」
「俺が船長なんだから何しようが勝手だろィ。あと二人のときはちゃんと名前で呼んでくだせェ」
「なんかめっちゃ矛盾してんですけど」
「ねえ今何してんの?」

 聞いちゃいねえ。怒る気も失せて呆れ返る土方には気づかずに、あるいはそういうふりをして、沖田はひょいと机の上に散らばった異国の言葉の並ぶ書類を覗き込んだ。無数の英文字に目を走らせる数秒だけはちゃんと船長の顔をしているのだから、いつもこの横顔に意外さを覚えずにいられない。

 この船は海賊船といったって冒険小説のように宝の地図や浪漫を追いかけているわけではない。そんなもので飯が食えたら苦労しないのだ。かといって略奪なんて目立つことをそうしょっちゅうできるわけでもなく、この船も含め世に存在する海賊船のほとんどは密貿易で生計を立てている。今土方の机の上にあるのはその取引相手がほしがっている物品のリストで、船の誰もがわかる言語に翻訳しているところだった。

「これ、今の時期手に入りましたっけ?」
「あー……西の方に行きゃなんとかなんねえかな」
「えーやだ。西は政府の船が多くて面倒だもん。割に合わねえ却下」

 紙をぺしっと指で弾く。仕事への興味はもうそれだけで尽きたらしかった。このままでも問題なく読めるくせに、あとは翻訳できたら皆で考えやしょうと明日に押し付けてしまう。そうしてまたただの悪餓鬼に戻って土方の首に腕を絡めてくるのだった。

「土方さんちゅーしてくだせェ」

 ねだったくせにこちらの答えも待たず一方的に押し付けてくる。仕方なく祖国の砂浜の色をした髪に手を埋めると、潮の香りが漂ってきた。この辺りは鮫が出るからやめるよう言っておいたのに、どうやらまた泳いできたらしい。

「鮫いた?」
「おいしくなかった」
「……そりゃあ、うまかったらこのリストに載ってるだろうよ」

 まあ怪我がないならいいか。どうせ言っても聞かないのだしそういうことにする。ここのところよその海賊船とも全く出会わないので退屈しているのだろう。船内で暴れられるよりはいくらかましだ。

 唇にじゃれつくのを好きにさせ、海水でべたついた髪を痛くないよう気をつけながら指で梳く。こうやって沖田に触るのも触られるのも嫌いではなかった。むしろ好きな部類に入るといっていいだろう。

「土方さん、俺のこと抱いてくだせェ」

 髪を梳く手が止まる。またこれかと顔には出さず胸の内で溜息を吐いた。

「駄目だよ、総悟」
「なんで!」

 一瞬で上機嫌は低気圧に変わった。癇癪を起こしそうな気配がしたので巻き添えを食わぬよう、あいた手でこっそり書類を遠ざける。前に何度かこれで書類が駄目になったことがあるのだ。

「もう何度も言っただろう。俺はお前を抱いてやらない」

 どうしても子供に言い聞かせるような口調になってしまうのは土方が沖田の教育係だからだろう。この船の船長は世襲が慣わしで、前船長に戦で孤児になったところを拾われた土方は沖田の世話と教育の役目を与えられたのだ。そして代替わりして沖田が船長になった今は副船長として沖田を補佐する役目にある。
 それが二人の関係であり、決してそれ以外の何かになってはいけないのだ。

 だから。

「俺はお前を絶対恋人にはしないよ」

 頬に平手が飛んできた。避ける意思ははじめからなかったから、そのまま殴られてやった。

「土方さんなんか嫌いだ」
「俺は総悟のこと好きだぜ」
「それでも俺を抱かないくせに」
「…………」

 だって仕方ないではないか。沖田はこの船の船長なのだ。土方は船長である沖田のものだけど、沖田は土方のものではない。船員みんなのものなのだ。特定の一人に所有されていい存在ではない。ならず者の集団だからこそ、絶対の掟と秩序が必要なのだ。

「機嫌直せよ」

 膨れる頬に両手を添えてキスをする。それから頭を抱きしめて耳の付け根にも。

「土方さんの意気地なし」
「ああ、そうだな」

 恨み言は素直に肯定してやった。しかしそれが沖田に火をつけてしまったらしく、思いっきり突き飛ばされて椅子から床に転がった。怖い顔で見下ろす眼とぶつかる。

「やっぱりあんたが大事なのは俺じゃなくて船なんじゃん!」

 それならこんな船沈めてやる。顔を怒りで真っ赤にしてそう言い捨てて、沖田は出て行ってしまった。大きな足音と吼える声がいつまでも尾を引く。
 もうあの台詞も22回目だった。ひょっとしたらいつか本気で沈むかなとどこか他人事のように思いながら、備え付けの伝声管に寄っていって話しかける。

「おーい、船長がまた乱心だ。たぶん火薬庫か武器庫だろうから行ってくれ」

 了解、と慌てつつも呆れた風情の応答が返ってくるのを確認してまずはのんびり机の上の書類を抽斗に片付ける。どうせ少し冷めるまで他の連中に押し付けるつもりだった。

 船と沖田と、一体どちらが大切かなんて今更考えるまでもない。それでも潔く抱けずにいるのは沖田の言う通り意気地がないからだ。
 世襲であるということは、沖田もいつかは女との間に子をなさねばならない。そうでなければ我が一味は沖田の代でお仕舞いになり、150人の船員が路頭に迷う羽目になる。それに歴代の船長たちへの裏切り行為でもある。
 土方はそれだけの咎を負うのも負わせるのも恐ろしかった。沖田を抱くということはそれだけの犠牲を払わねばならないことなのだ。

 沖田だってそれを理解しているからこそ怒りのやり場がわからず船に当たるのだ。船長命令と言えば土方が絶対従うのをわかっていて、あえてそういう手段にも出ない。あるいは思いが強すぎて、出られないのか。

『副船長、俺らじゃやっぱ無理ですぅ!』

 伝声管から泣き言が届く。もしもこのまま放っておいたら本当にこの船は沈むのだろうか。たった一つの愛のために。

「あと78回……」

 伝声管を無視して小さく呟いた。
 土方は賭けをしていた。この船を沈めてでもほしいと沖田が百回願ったなら、その時は本気でこの船を沈めるのだ。たとえ誰がなんと言おうと二人の望みを叶えてやる。

「総悟の馬鹿、俺だって抱きたいっての……」

 真意はまだ、沖田にも他の誰にも聞かせられない。けれどちょっと、あと78回も自制心が続くかどうかはわからなかった。
 だってこのまま沈めばいいと心のどこかで期待している。

『副船長、聞こえてますかー!?』

 まだ、もう少しだけこのままで。




 主従逆転海賊パロでした。某少女漫画(畏れ多くて書けません……)に出てくる海賊さんに萌えたので。
 土沖じゃなくて沖土にすれば万事解決☆ とかはもちろん突っ込んではいけない。

08/12/20