燭光 2


 昨日酒を飲んでからの記憶がなかった。目が覚めたら自分の部屋で、敷いた覚えのない布団の中で一人きりだった。

 誰かを抱いて眠った気がしたのは夢だったのだろうか。たしかに手が昨夜の熱を覚えている気はするのだが、冷静になって考えてみればそんなことあるはずがない。
 理由その一。今は交友関係(性的な)が過去に例のないくらい狭く、そのたった一人にも先日お別れを申し渡されたばかりである。理由その二。いくら俺でも屯所に女を連れ込むことは絶対にあり得ない。なぜなら隊規や風紀云々以前に総悟がいるからである。何もわざわざ自分から「土方さんは男として最低でさァ死ねばいいのに」と真顔で言われる機会を増やす必要はない。全くない。

「……で、こっちがその件の資料です。あとこれは先日の事件の時の」

 長ったらしい山崎の話は右から左へ抜けていく。忙しすぎてもうどうにかなりそうだった。 いっそどうにかしてほしい。誰かあと俺を二人くらい増産してくれ。できたら酒に強いやつ。もっと真面目で潔癖で仕事が俺の10倍速で処理できて、抱いた女の顔も思い出せないなんてことのないやつ。

 はじめは二日酔いで頭が痛いので有給を取るつもりだった。しかしなんと本日の休暇希望者が10名を越えることが判明してそうもいかなくなってしまった。しかも全員一人残らず欠勤理由は二日酔いだそうだ。
 ああ、なんということだろう。うちはまだ出来立ての組織なので小学校の一クラス程度の人数しかおらず、そのため10人もいなくなれば簡単に機能停止しかねないのだ。学級閉鎖でもしますかという山崎の冗談は少しもおもしろくなかった。うちみたいな小さい組織、相手にもされちゃいないだろうがもし万が一のことがあれば間違いなく今日が真選組の命日になるだろう。

 しかもよくよく話を聞いてみれば、なんと全員俺を振った女を見に行って潰されたというではないか。もう登校拒否になりそう。というか登校拒否したい。みんなそんなに俺が振られたのが楽しいのか。そうかわかった一人残らず地獄に叩き落してやる。仕事が片付いたら速攻で、まずは発案者と思われる原田あたりから。

 とはいえそんなことに構っている余裕すらないのが現状で、馬鹿どもを地獄に叩き落すことも叶わず忙殺という日本語を心から理解して泣きそうになる。
 休みの奴が多いのでどいつもこいつも今日はいっぱいいっぱいだった。いつもより多くの仕事を強いられてひどい有様である。主に仕事の出来栄えが。そんでもってその皺寄せがなぜか全て俺に来る。やはりみんな俺のことが嫌いでたまらないらしい。それともこれは総悟の壮大なる嫌がらせだったりするのだろうか。言いたいことがあるなら直接俺に言いに来い。上等だそっちがその気なら俺も受けて立ってやる。

「大丈夫ですか副長。それ煙草じゃなくてペンですよ……」

 呆れを通り越して哀れむように山崎に教えられて初めて、なんてくそまずい煙草だとさっきから思っていたものがペンで、書類にぐりぐり押し付けているのが煙草であることに気がついた。ペン先はうっかり焼け焦げている。書類はなんとか無事のようだ。

「…………」
「……ええと、お疲れ様です」

 己の珍プレイに言葉もない俺に、山崎がとってつけたような慰めをくれた。やばいちょっと立ち直れないもう本気で登校拒否したい。

「でもまああれですよね。みんな副長の自業自得なんですからしっかりしてもらわないと。風邪引いてるのに文句の一つも言わずに働いている沖田隊長に怒られますよ。なんかバイオレンスな感じに」

 その一言にペンと煙草を机に置いてふと顔を上げた。

「……なんだって」
「だからバイオレンスに」
「違うその前。風邪だって?」

 そんな話は初耳だった。そういえば朝から一度も会っていない。もしかしなくてもやっぱりあいつも俺が振られたことを知っているんだろうか。ああ、これでまた「土方さんは男として最低でさァ死ねばいいのに」と言われてしまう理由ができてしまった。最悪だ。

「なんか今朝からずっと微熱みたいですよ。二日酔いで休んでいるのもいるんだし休んだらどうですかって言ったんですけど、なんか意地張っちゃってまして」

 これは何か。俺へのあてつけか。自分は具合悪くてもがんばるぜみたいな。そんな変なところで張り合わなくていいからこんな日に限って体調崩すのはやめてほしい。警察なんかでさえなければ、今のとどめで学級閉鎖に踏み切ったのに。

「わかった。とりあえず見てくる」
「そうですか、って仕事どうすんですか駄目ですよこれ一時間以内に処理してくれないと」
「がんばれ山崎。俺、お前ならできるって信じてる。はいこれ俺の印鑑」
「ちょっ、副長ォォォォ!?」

 かくして俺は焦がしたペンと転がっていた印鑑を山崎に押し付けて堂々と逃亡を図ることにしたのだった。微熱だろうがなんだろうが、そんな話を聞かされて仕事なんか捗るはずがなかった。急いでいるからこそスピードアップのためにも一度様子を見に行かねばなるまい。どうせ今頃今頃妻か秘書のごとく近藤さんにべったりで手伝っているに違いない。ああなんて忌々しいのだろう。

 追いすがる山崎を無情にも全力疾走で撒いて総悟を探しに行きながら、俺ははたと気がついた。蛍が馬鹿どもをもてなしていたということは、やはり昨夜に俺が抱いたのがあいつであるはずがないのだ。それなら俺はこの屯所で一体誰を抱いたのだろう。

 頭に浮かんだ一つの可能性は可能性ではなく願望と呼ぶべきもので、即刻否定した。まさか、あり得ない。






 どうせ近藤さんのところだろうと思っていたのだが外れだったらしい。心配されるのを嫌うあいつが熱のある時にあの人の側にいることなんてあり得ないということに俺はようやく気付いた。
 それではまずどこから探し始めようかと考えたがその必要はなかったらしい。一体どういう幸運か、ふらりと廊下を曲がると探していた後姿がすぐ目の前に現れた。

「総悟」

 名前を呼ぶと大きくバネ仕掛けの玩具みたいに肩が跳ねた。しかしそれだけで、数秒としないうちに何事もなかったように歩みを再開する。無視しやがったなこの野郎。
 それにしても具合が悪いというのはどうやら本当らしかった。世界で一番軽蔑している俺から逃げようと歩く足取りはちょっとぎこちない。もしかしたら隠しているつもりなのかもしれないがバレバレだった。

「待てって総悟」
「ひゃ……」

 追いついて、肩を捕まえたら変な悲鳴が上がった。

「え、何? もしかしてマジで気付いてなかった?」
「いや、そうじゃねぇけど……なんでもねえです」

 そう答える顔は真っ赤でとても微熱どころではなさそうだ。これでよく今まで働けていたものだと感心する。それにしてもどうしてそのやる気を常日頃から出してくれないのか。活動の原動力が意地しかないのはいい加減なんとかしてほしい。一体お前の反抗期はいつになったら終わるんだ。

「薬飲んだのか?」
「いえ、別にそこまでじゃねーし」

 思ったとおりの答えに大きく溜息を吐く。昔からこいつは俺が無理やりに飲ませない限り絶対に薬を飲まないのだ。やっぱりもう少し早く様子を見に来てやればよかった。

「そこまでって、お前顔真っ赤じゃねえか」
「! ちがっ、これは熱じゃなくて」
「なくて?」
「…………えっと」

 あうあう言葉にならない声を漏らして俯いて、やっぱ熱ですと訂正する。明らかに挙動が不審なのだが本当に大丈夫だろうか。なんで今まで誰もこいつを止めなかったんだ。いくら忙しいとはいえ、どう見ても無茶が過ぎるだろう。

「来い。お前もう今日は休め」
「でも俺、このファイルを監察室に」

 普段は率先してサボるくせに薬嫌いが真面目を装って逃げようとする。しかしもちろん見逃してやるつもりなんてないので言い訳の道具にされた汗と涙の結晶(ただし完成度はたぶん6割5分くらい)をみんなまとめて取り上げてやった。

「安心しろ。あそこも今大変なことになってっからというか山崎が今不在だから、これに手をつけるのは相当先だろうよ」

 そう、手を伸ばそうとしたのだが熱でも勘は鈍っていないのか一瞬早く悟った総悟はくるりと回り右をした。そのまま逃げ出そうと大きく一歩踏み込んで、そこで突然かくんと糸が切れた人形みたいに崩れ落ちそうになる。

「った……」

 倒れる。そう思ったら小さな悲鳴を飲み込んだ細腰に手を伸ばしていた。後ろから抱きしめるみたいな形で受け止めると、大人になりきれていない繊細な肩が怯えて強張ったのが布越しに伝わってくる。そんなに嫌なら頼むから、心配かけさせないでくれ。

「ったくもう、抱いてくぞ。強制連行な」

 一応断ってから肩に担ぎ上げた。頭は背中にあるのでどんな顔をしているのかはわからないが意外にも大人しい。しかしそれもはじめの三歩までのことで、四歩目からは予想通りの大暴れが始まってしまった。

「おい、降ろせテメー! 土方ァァァ!」
「はいはい部屋ついたらねー」

 叫び声に気がついた顔を出した隊士の一人に床に落ちたままのファイルのことを頼み、早足で総悟の部屋へ向かう。ボカスカと殴る蹴るの猛烈な抵抗を受けつつも基本は無視を貫いて歩き続けた。お前は一体いくつになったら大人しく自分から布団に入ってくれるんだと呆れて呟いたら少しだけ攻撃の手が弱まった。こっちだって二日酔いで辛いのだからあまり手間かけさせないでもらいたい。

 そうして総悟の部屋にようやくついたところで下に降ろしてやった。逃げるなよと釘を刺し押入れを開ける。乱雑に詰められた布団をきちんと敷いてやっても総悟は白い布地を見下ろすだけで動かなかった。相変わらず赤い顔でぼうっとしている。

「熱計るか?」
「いい」
「薬は?」
「やだ」
「医者は」
「呼んだら舌噛んで死にやす」
「そんなに嫌か……」

 熱で冷静さを欠いた今なら本当にやりかねない。それは流石に困るので溜息を吐き、せめて薬だけでも飲むよう強引に約束させた。基本的に効き辛い体質なので気休めにしかならないかもしれないが飲まないよりは幾分ましだ。少なくとも眠くなるやつで無理やり寝かしつけておけば、その間俺が落ち着いて仕事ができる。

「まあいいや。とりあえず着替えろ」

 引き出しから勝手に寝巻きを取り出して渡す。しかし総悟は手にしたままでいつまでたっても着替え始めることはなく、何故か無表情に俺を見上げるのだった。

「薬、取りに行くんじゃねえの」
「その間に逃げられたら厄介だからな。電話で人に持ってこさせる」

 とはいえいくら男同士でも着替えの最中の出入りされたら落ち着かないだろう。だから総悟が着替え終わってから呼ぶつもりだったのだが。

「それがどうかしたか?」

 そんな風に困られる意味がわからない。

「忙しいんでしょう。みんな色町に負けちまったから」
「そうだよ。……てか、お前までそれ知ってんのかよ」
「たぶんみんな知ってますぜ。昨日のレポ、回文になってるんで」
「マジでか……」

 この鬼じみた忙しさの中そんなものを拵えたのはどこのどいつだ。絶対見つけ出してあとでシメる。仕事も3倍に増やしてやる。そう復讐に燃える俺をざまねぇやと総悟は笑った。隊服の上着を脱いでごろんと布団の上に転がる。やっぱりその顔はちょっと熱っぽいが、先ほど受けた印象ほど高くはなさそうに見える。

「だから着替えろっての」
「疲れてるんでこのまま寝ることにしまさァ」

 さっきまであんなに嫌がっていたくせに、ばさりと布団を頭まで被ってすっかり寝る体勢である。やっぱしんどいんじゃねえのと口に出しかけて、せっかく大人しくなしくなったのにまた天邪鬼を発動させられても困るので飲み込んだ。
 これなら一人にしても逃げやしないだろう。そう判断して自ら薬と体温計を調達しに立ち上がる。部屋を出て行こうとしたところに総悟の小さな呟きが、俺の影を床に縫いとめた。

「俺も会ってみたかったな、蛍さんて人」

 心臓が凍りつくような心地がした。残念なほど出来のいい頭が総悟の呟きをものすごい速度で解析する。現実を押し付ける。

「お前、今、なんつった」
「え……」

 布団の中の総悟の声がわずかに緊張感を孕むのがわかった。だけど俺はそれ以上で、緊張感とかそんな生易しいレベルを当に越えている。信じられない思いで己の空っぽの手を凝視した。あの熱い温度だけは確かにこの手が覚えている。

「あいつの正しい名は蛍の子と書いてケイコだ。馴染みの客以外には絶対そう呼ばせねえ」
「……それ、は」

 布団の中の総悟が沈黙した。誰かが勝手に呼んでいただけだというのならそんな反応はしないはずだ。つまりこいつは、答えられないような恐ろしいことを隠していることになる。
 この体勢で逃げられるわけがなかった。布団の中に更に深く潜り込んだのを力ずくで剥ぎ取って、逃げようと起き上がりかけた肩を布団に縫いとめる。それでも暴れようとするので動くなと命令したら、たったそれだけのことで本当に動けなくなってしまうから余計に不安を煽られた。

「違ったら謝るから」

 違っていない方がもっと謝らなくてはならないのだけど。
 片手でタイを解き、少々力任せに襟を引っ張る。露にされた熱っぽい首筋には覚えのある痣が、一つ。

 あまりにも信じられなくて無意識に触れて確かめようと伸ばした指は、いやと小さい拒絶の声に踏み止まった。さっきからずっと様子がおかしかったのはみんな熱のせいではなく、このせいだったのだ。あるいは熱さえもおそらくは。

「昨夜のはお前だったのか……?」

 総悟は何も答えなかった。違うのなら簡単に否定できたはずなのに、視線から逃れようとするように目を逸らすだけだ。そのことが俺に昨夜の真実を確信させた。

 距離が近すぎることに気付いて衿から手を離し座り直した。布団の上に投げ出されたままの手にそうっと触る。怖がってはいない様子だったので袖をほんの少しだけ捲り上げた。意図が読めていないのか、不思議そうに総悟は目でその動きを追いかけている。

 手首はきれいなままだったので、たぶんそこまでひどくはしなかったのだろう。しかしそれはつまり総悟が全く抗わなかったということでもある。嫌なら嫌と、こういう時こそ暴れるべき時だろうに。残念ながら記憶はなくとも最後までいってしまった確信だけはあった。

 どうして俺はこうも馬鹿なんだろう。本当に大事にしたいから指一本触れるどころか、気持ちを伝えることすらせずにいたというのに、たった一度の酒のせいで全て無駄になってしまった。
 きっと見えないところにたくさん傷を拵えただろう。それどころか無数の古い傷口まで掘り返されてボロボロかもしれない。だとしたらそれはみんな俺のせいだ。

「総悟。すまねえ」

 謝って許される問題でないことはわかっていた。けれど謝らないで済むことでもなかった。両手をついて畳に額を擦り付ける。それでも俺がこいつに与えた屈辱は、こんな程度で足りるものではないはずだ。

「土方さん!?」

 総悟が起き上がる気配がする。俺は総悟が何か言いかけようとするのを遮って先を続けた。

「気の済むまで俺を殴ってくれ」
「なんで!」

 そんなこと望んでいない顔を上げろといわれても俺の気が済まなかった。そんな簡単に許されていいわけがないのだ。
 俺は顔を上げなかったし総悟は俺を殴らなかった。そのまま何分も冷たい沈黙だけが流れる。その間俺は総悟の体のことばかり心配していた。そろそろ薬を飲ませて休ませてやらないと熱が上がるかもしれない。そうでなくともあちこちに痛みは残っているはずだ。

「もう、そういうのやめてくだせェ……悪いのは、俺なんでさァ」

 やがて、死にそうな声が沈黙を破った。
 びっくりして思わず顔を上げる。そこには両手で顔を覆って泣き崩れる総悟がいた。

「総悟?」

 いつもの癖で手を伸ばしかけ、触れていいものかどうか躊躇った。大昔にもこんなことが一度だけあったかもしれない。この手は総悟にとって慰めになるのか刃でしかないのか、俺はもう長いこと一人で悩み続けている。でも今はそんなことよりもどうして総悟が泣くのかが知りたかった。

「土方さんは何にも悪くありやせん。俺が……俺が、誘ったんです」

 だから罰を受けるべきなのは俺の方なんだと掠れ声で告白する。あとはもう同じことを繰り返すばかりだった。こんな風に泣いてしゃくりあげる総悟を見るのは一体何年ぶりだろうか。

 本当に俺はこいつを抱いたのかと改めて不思議に思った。しかしどんなに試みたところで失くした記憶を掴むことはできないでいる。どちらがよりいけないとか今かけるべき言葉が思いつかないとか、そういうのを抜きにして純粋に知りたいと思った。こいつがどんな顔で、何を思い俺に抱かれたのか。

「総悟、……総悟」

 名前を呼んでみる。俺が困るからもう泣かないでほしかった。こんなに泣かせるまで追い詰めて、やっぱり俺がいけないんじゃなかろうか。

「好きだよ」

 ぴたりと止まる。呼吸までもが。
 総悟が何を言ってほしいのかわからなかったから、与えたい言葉だけ与えることにした。

「ずっと前から好きだった。お前にもっと触りたかった。蛍じゃなくて、お前に」

 恐々と、顔を覆う手に自分のそれを重ねて降ろさせる。拒絶はされなくて、曝け出された濡れた瞳が俺を捉えて揺れていた。

「お前は?」
「俺、は……」

 言い淀む。上から握り締めた手は熱っぽく湿っていた。

「許されるわけが、ありやせん」

 違う。そんなものが聞きたいんじゃない。

「俺はお前が許してくれればそれでいい」
「どうして……」
「本気だから」

 好きか好きじゃないのか、それ以外の答えは認めない。
 駄目ならそれで引き下がるつもりだった。でももしかしたら二度目はあるんじゃないのかと、どうしようもなく馬鹿な俺は幸せな期待をしている。


「……」


 小さな蚊の泣くような声がした。外で落ち葉が舞ったのだと言われれば納得してしまうほどの。声は届かなかったが確かに、唇はずっと望んでいた2文字を刻んでいた。

「総悟、俺のものになって」

 今すぐに抱かせろというんじゃない。ただ心を、許されないと一人で決めて殺さないでほしかった。残念ながら俺はお前ほど正しいことを正しいと信じちゃいないのだ。

「俺の命は近藤さんのものでさァ」
「今はまだな」
「でも他のものならみんな、あんたにあげたっていい」

 それは後になって思えば総悟にとって最大限の譲歩であり、己に課したただ一つのルールだったのかもしれない。この先どんなに熱に溺れようとこいつは絶対そこだけは一ミリたりとも曲げなかった。それが幼いこいつを組織に組み込み人を殺させた、俺への罰だったのかもしれない。総悟ではなく俺自身が俺に招いた。

 遠くで山崎が俺を探す声がした。そろそろ行かないといけない。しかしまだ戻る気になれなくて、かわりに総悟の顎に指を添えて少しだけ上向かせた。
 一度まやかしの中で奥まで繋がったはずなのに、白日の下ではこんな些細なことさえ神聖な儀式めいていて怯えている。臆病に、おそろいに震える唇がいとおしかった。
 目を開けたまま、罪を見届け今度こそ共犯になる。




 馴れ初めの話でした。時期としては真選組結成初期のつもりです。沖田は18歳未満のイメージ。17歳くらい?

09/04/30