拍手ログ51-55

51.本気の恋だった(土沖(初期) 「あたしと誰かのラブゲーム」の後)

「……どこに行ったかと思えば」

 山崎が姿が見えないというので探しに来てみれば一体どうしてこんなところにいるのか。
 屯所の敷地の隅の方、まるで何もないような場所に何故か沖田はいた。木の根元に蹲ってどうやら眠っているらしい。

 本当に、何を思ってこんなところにきたのだろう。顔を覗きこんでみると涙の痕がみつかって驚いた。何せもう夕暮れが近いので見間違いではなかろうかと前髪を軽く持ち上げたらむずがって睫毛が震え、今度は間違いようもない雫が伝った。

「ひじかたさん」

 不意に名を呼ばれて心臓が飛び上がる。しかし目が開く気配はなくどうやら寝言だったらしい。

「お前、どうして泣いてんの?」

 答えのないことをわかっていて尋ねてみる。一体誰のことを思って泣いているのか、泣いていたのか。
 誰かを好きになるということは心が成長した証だ。喜ばなくてはならない。それでも素直に喜べなくて冷たくしてしまったり避けてしまったりしたのは単に土方が弱かったからで、それだけこの少女に本気だったからだろう。

 無造作に垂れている沖田の髪を何気なく手に取った。それは想像していたよりもずっと柔らかい手触りで、土方のそれとは少しも同じではなかった。
 土方はずっとこの髪に触れたくて仕方なかったのだ。それでも何年しても頭を撫でるくらいしか許されず、それなのにあの男があっさりそれを飛び越えてしまったことにどれだけ土方が悔しい思いをしていたかきっと沖田は知らないだろう。

 土方の手の平の上を流れる茶色いそれに、最初で最後のくちづけをした。

「俺はお前のことがずっと好きだったよ」

 この告白がどうか夢の中にまで届きませんように。
 そして今度こそ終わりにしようと思った。この、苦しいだけの恋を。



52.忘れないで(土沖)

 知らないうちに約束を反故にされていた。

「え、マジで?」
「そうですよ。沖田隊長から聞いていないんですか?」

 山崎曰く。三日後に控えた近藤の出張についていくはずの隊士が数人インフルエンザにかかったらしい。その開いた穴にオフをもらっていた沖田が志願したのだという。
 確かに三日後から二日続けて沖田は休みだった。調整したのは土方だからそれはよく覚えている。しかしその日は土方が先に約束していたはずなのだ。たまには一日仕事抜きで二人でのんびり過ごそうと。

「……あの、副長。どうかしましたか?」
「なんでもねえ」

 おもしろくなかった。一ヶ月も前からずっと楽しみにしていたのだ。沖田だって指折り数えて待っていたくせに、まさかこうもあっさりと潰されてしまうなんて。

 怒りよりもむしろ、なんだかショックだった。



「何ふてくされてんですかィ」
「気のせいだ」

 見廻りの途中、一歩後ろからかけられた声にむっつりと返事をする。まだ沖田自身の口からはなくなった約束のことは何も聞かされていないし、土方も何も言っていなかった。

「じゃあなんで黙ってんの」
「気分がのらねぇ」
「……ガキの言い訳」
「ガキに言われたかねー」

 それきり沖田は何も言ってこなくなった。足音だけが規則正しく土方の後をついてくる。
 怒らせたろうかと不安になった。しかし振り向いたら負けだ。怒っているのは土方の方なのだから。そこのところをちゃんとわからせてやらないと気が済まない。

 そうして意地になって前だけ見つめ続けて5分ほど経っただろうか。むんずと上着を掴まれて無理やり足を止めさせられた。
 仕方なく振り返る。てっきり睨んだ目がこちらを見上げていると思ったのに、見たのはしょんぼり項垂れた茶色い頭で。

「言ってくんなきゃ、わかりやせん」

 がんばって考えたけどわからなかったと元気のない声が言う。でも俺のせいなんでしょうと重ねられて胸が痛んだ。たぶん、これは泣かせた。顔を見せないからおそらく。

 なんでこれくらいでと考えたけどわからなかった。それこそ教えてもらわないと永遠に辿り着けそうにない。ツーカーの仲には程遠いことを再確認し、がんばらなくてはいけないのだと理解した。何も言わずにわかってもらおうだなんて甘い考えなのだ。

「お前さ」
「うん」
「近藤さんの出張についていくんだろ」

 驚いて顔を上げる。日光に照らされて光るは一筋の。

「な、なんで知ってんの」
「山崎からメンバー変更の報告きたし」

 殺してやる。割と本気のような響きについ柄にもなくあいつも仕事なんだとフォローしてしまう。聞けばずっとそのことをどう切り出そうか悩んでいたらしい。それなのに話も碌にしてもらえず、途方に暮れていたのだという。しょぼくれていたのにはそういうわけがあったのだ。

「土方さんそれで怒ってたの?」
「ああ」

 勝手に反故にされてショックだったことを土方も告白した。沖田はそれを真っ直ぐに、さっきまで濡れていたであろう瞳で見つめている。
 その表情になんと名前をつければいいのか土方は知らない。この世界にあるどうしようもない天秤の話をするときはいつも沖田はこんな顔をする。

 そして同じことを言うのだ。

「確かに約束を守れなかったことは悪いと思ってます。謝ります。でも俺たちが一番に優先すべきなのは、自分のことでも互いのことでもありやせん。それだけは絶対、忘れないでくだせェ」

 わかっている。大将である近藤に万が一にも何かあってはならない。だからその出張のメンバーに欠員が生じて隊内で最強を誇る沖田が非番であるのなら、沖田がその穴に入るのは当然のことなのだ。つまりは沖田が正しくて、感情を割り切れずにいる土方が悪い。これはもう今までに何度も二人で確認してきたことだ。否、させられたことか。

「でもね、土方さん」

 何も言えずにいる土方に沖田は更に続ける。

「俺がそういう意味で好きなのは土方さんだけですから、そのことも忘れないでくだせェ」

 歌うように言葉を紡ぎ横をすり抜けていく。とっとと終わらせて帰りやしょうと早口で付け加え、足早に歩いていってしまう。呆気に取られる土方を待ってくれるつもりはないらしかった。あるいはさっきと別の理由で顔を見られたくないのかもしれない。

 もしも今追いかけて追いついて、背中から抱きしめたらやはり沖田は怒るのだろうか。それとも自分の言葉が嘘ではないことを証明してくれるのか。

 答えを知りたくて、足を踏み出す。



53.落とされる(土←沖)

 どうして自分ばかりがこんな目に合わされるのだろう。今日もいつものように沖田に堂々と暗殺されかけ、自分で怪我の手当てをしながら土方は思うのだった。

 一人だけあまりにも生傷が耐えないので土方の部屋には専用の救急セットが常備されている。はじめのうちは何かと周囲も同情し気遣ってくれたものだが今ではもうすっかり日常に溶け込んでしまって誰も手当てを手伝ってもくれない。ここまで執拗に狙われるのは土方にも何か悪いところがあるのではないかと疑っている者すらいる。

 そんな中、たった一人だけまだ土方の怪我に関心を示してくれる存在がいた。それはいつもいつも土方をこんなぼろぼろにする張本人だ。この世はなんて理不尽なのだろう。

 今日も今日とて沖田は何がおもしろいのか土方の手の動きを一心に見つめていた。まるでペットショップでガラスケースに顔を寄せる子供のようなきらきらした眼をしている。特に手伝いもしないくせに、いつも必ず沖田は手当てを見にくるのだ。

「お前さ、何でいつも俺の手当て見にくんの?」

 あまりにも気になって(あるいは気味が悪くて)ある日尋ねてみたら沖田はなぜそんな当たり前のことを聞くのかと言わんばかりにきょとんとした。

「今日の成果を確認してるんでさァ」
「……ああ、そう」

 知って余計落ち込んだ。聞くんじゃなかった。深々と後悔して黙々と手当てを続ける。
 しかしここまでくるとどうしてももう一つだけ知りたくなって、どうせなら絶望は一度で済ませてしまおうと更に質問してみた。繰り返される犯行の動機を。

「つかお前、なんでいつも俺ばっか狙撃したり罠に嵌めたりすんの? やっぱあれか、副長の座か?」

 これでもしなんとなくとかそういう十代の若者特有の曖昧な理由だったら明日からは徹底抗戦でいこうと心に誓う。

 しかし沖田が口にした理由はそれ以上にふざけたものだった。


「俺なりの愛情表現なんでさァ」


 この上なく真面目な顔で言う。その言葉は世界中を氷漬けにして全ての時間を止めてしまった。そんな、錯覚さえ起こさせる。

 だってそんなこと絶対に。

「いや、あり得ねえだろ?」

 やっとのことで返した言葉に沖田は微妙な表情をした。ことんと首を傾げる。

「どっちが?」
「……? お前どう考えても嫌いだろ俺のこと」
「ああ、そっちか」

 どちらも何もこれ以外の何と沖田は解釈を迷ったのか、今度は土方のほうが首を捻ってしまう。沖田はその様子を大きな猫の目でじっと興味深そうに見つめていて、やはりこれはガラス越しに見える人間という未知なる存在に興味を示す小動物のものだと自分の中で訂正をした。

 沖田はきっと土方がどんな失礼なことを考えているのかなど考えもしないのだろう。無邪気に手の平と膝を使ってこちらに寄ってきて、土方を苛める悪魔の指先が左頬の貼られてばかりの絆創膏を先ほどまで凶器を握り締めていた細く繊細な指先で触ってくる。

 爪を立てて引っかかれると思っていた。しかしされたのは全然違う、思いもよらなかったこと。

「信じねえなら、これからじわじわ信じさせてあげまさァ」

 近すぎて沖田が一つ音を紡ぐたびに吐息が唇にかかって、たった今くっつけけられたという現実を夢に変換するのを阻む。
 動揺を繕うことすら忘れている土方の顔を上目遣いに見上げ、沖田はにっこり天使のような性悪な笑みを寄越した。


「宣戦布告ですぜ」


 あるいは死の宣告か、呪いか。

 どこか遠くのほうからおそらく一番隊の奴だろう、己を探して呼ぶ声に沖田はおうと返事をし、そのままふらりと消えてしまった。何もなかった、そういうふりをして。

 まだ心臓がばくばくと鳴っていた。少しも笑っていなかった獲物を狙う野生の獣の目が脳裏に焼きついて離れない。何を馬鹿な勘違いをしていたのだろう。あれは猫は猫でもガラスの壁くらい簡単に破壊できるくせに気まぐれでそれをしない、ただそれだけの恐ろしく獰猛な猫なのだ。

 本気になった沖田に勝てる自信なんてとてもない。今この胸を焦がすのは焦りか嘆きか絶望か、それとも。

(もう手遅れかもしれない……)

 浅はかに軽率に開けてしまったパンドラの箱は、もう閉じるには遅すぎた。



54.本当に?(土沖)

 体を重ねてしまったせいだろうか。別にわかりたくもないのにどうしてだか、わかるようになってしまった。
 予感に突き動かされて部屋へ来てみれば、ほらやっぱり。

「……また出かけるんですかィ」

 着流しの上にもう一枚羽織ろうとしている背中に声をかける。沖田であることはわかっていたらしく振り向きもせず背中が肯定を返した。

「ああ。明日の朝には帰る」
「そうですか」

 どこへ何をしにとは敢えて聞かなかった。女を抱きにいくのだと知っていたから。

 確かに一度、好きだと言われた。だからたぶん、二人は付き合っているということになるのだと思う。それでも土方は女を抱くことをやめてはいないので、もしかしたら土方の言う「好き」や「付き合う」の定義は自分と違うのかもしれないと沖田は首を傾げていた。断じて悩んでなどいないけれど、それくらい不思議には思っている。

 そしてまた、いつも同じことを考えるのだ。もしも沖田が行かないで自分だけを見てほしいと言ったなら、土方はどんな行動に出るだろうかと。本当にやめてしまうのか、あるいは面倒くさい相手とみなされて自分は捨てられてしまうのか。

「なんて顔してんの、お前」

 出かける準備が整ったらしく出入り口に立っていた沖田の方を見た。おかしそうに小さく笑って髪に触れる。額に唇をくっつける。

「しょっちゅう付き合わせてたらお前、体もたねえだろ?」

 僅かな不調が生死を分ける時もある。だからあまりたくさんは抱かないのだと、最初のときに説明された。土方の場合行為を数える単位は回ではなく晩だから、確かにそれにあわせていたら仕事に差し支えるだろう。だからこれは仕方のないことなのだと、こういう夜はいつも布団の中で羊のかわりに唱えるのだ。

「好きだから、大事にしたいんだよ」

 子供にするのと同じようにくしゃくしゃと頭を撫でる。自分が大人にしたくせに、必要な時だけ子供でいさせようとする。

「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい。雨が降るらしいんで、気をつけて」

 部屋の明かりを消して玄関へ向かって歩いていく。見えなくなるまで背中を見送って、見えなくなってもまだ同じ方を見つめていた。
 これは沖田のためのことで、自分は大事にされているのだ。だからちゃんと朝になれば帰ってくるし、好きだと言って触ってくれる。愛されている。

 でもそれならこんなに胸が痛いのは、一体どうして?



55.二人だけの世界がほしい(土沖)

 どうして人が屯所を空ける時期に限って風邪で寝込むのだろう。万が一大きな事件が起こったとき対処に支障をきたしかねない。ついでに言えば気になってこちらの仕事にも支障が出そうだ。

 しかもめちゃくちゃ機嫌悪ぃし。

 人がせっかく出張前の挨拶に来てやったというのに、さっきから抱き込んだ枕に顔を埋めてうんともすんとも言わない。当分会えないのだから少しくらい別れを惜しんでくれたっていいだろうに。

「なあ、今逃したら次は十日後なんだけど」

 それでもやはり返事はない。もうかれこれ5分以上こんな調子で、結局一言も話せないまま顔を見ることすら叶わずタイムリミットがきてしまった。諦めて席を立つ。

「向こうついて落ち着いたら連絡するから。土産にほしいものあったら考えとけよ。あとあんま山崎とか他の奴に迷惑かけんなよ」

 仕方がないから一方的に伝えるべきことを伝えておく。別にこいつがこんな時期に風邪を引いたのもそれが俺の出張に重なったのも、俺はちっとも悪くないのに。それなのにこの態度はちょっとないんじゃなかろうか。寂しい。こういう時は別れのキスくらいあったっていいんじゃねえの。いや無理か。総悟だしな。多くを望んだところで無駄にへこむだけだ。

 そう、嘆いて部屋を出て行きかけた背中に不意に声が飛んできた。

「出張なんかやめて俺の側にいなせェ」

 風邪のせいでがさがさの上、枕越しで尚更はっきりしない。しかし絶対聞き間違いではなかったはずだ。
 振り向くと総悟は何事もなかったようにさっきと同じ姿勢のままぴくりともしていない。ちらと時計に目を落とすともう屯所を出なければならない時刻を指し示している。チクタクと針が半周するまで迷って、結局元居た場所に戻ってきてしまう。俺も大概馬鹿なのだ。座り直して、駄目元で寝癖だらけの茶色い頭に言ってみた。

「わかった。行くのやめる」

 今までが嘘のように、突然がばりと起き上がった。次の瞬間、片方の頬でパンと音が弾ける。

「土方さんの馬鹿! どこへでもいっちまえ!」

 叩かれて斜め前を向いた顔を元の位置に戻す頃にはもう、沖田は完全に布団にもぐって髪の毛一本すら残さず隠れてしまっていた。たった一瞬の面会。しかも平手つき。

 自分が言い出したくせに。どうして俺が殴られなければいけないんだ。ああ、腹が立つ。だから今すぐこの布団を引っぺがして、組み敷いてお前が目を逸らしていること全部突きつけてやりたい。ちゃんとわからせてやりたい。望んでいなかろうが、押し付けて無理にでも受け取らせたい。

 俺は望むならいつだって叶えてやりたいと思っているんだ。そのことを知っていて、望んでもいるくせに、絶対それを認めようとしないこいつは大馬鹿で、可哀相だ。俺が真選組よりも自分を優先することを総悟は絶対に許さない。仕事とどっちが大事かなんて言う奴もよろしくないが、常に二番目を望むのもやっぱりよろしくないと思う。だってそんなの絶対間違っている。本当の気持ちじゃない。

「馬鹿はどっちだよ、この馬鹿!」

 苛立ち紛れに畳を渾身の力で殴りつけた。音と振動に布団の山がびくんと震えるがそれだけだ。反論も二度目の面会もない。もう本当に時間がなかったので、そのまま部屋を出て行った。

 廊下をずんずん歩いていくと、見送りに近藤さんが部屋から顔を出す。

「おおトシ、もう行くのか? 気をつけてな。というか今なんか喧嘩してなかった?」
「してない。行ってくるから、あと頼む」

 むっつりとしたまま答えて先を急ぐ。こんなの一方通行過ぎて、喧嘩ですらなかった。
 俺たちの立場や課せられているものを考えれば、悪いのも間違っているのも俺の方だということは俺だってちゃんとわかっている。けれど時々ほんの少しだけ、どうしてもこの人のことが恨めしく思えてしまう時がある。総悟は俺のそういうところがたぶん許せないのだろう。そんな完璧を望まれたって、俺は神様なんかじゃないのに。

 もしも世界に存在する人間が二人だけだったなら、こんな風に悩むことも苛立つこともなかったのに。どうして俺たちは他の人間が当たり前のように叶えてしまう望みが、こんなにも遠いところにあるんだろう。

 ああ、気に入らない。




土方のことが好きなのにうまく伝えられない沖田が集まりました。もどかしい土沖がブームだったのかもしれない。

09/06/08