まだ眠らせて 肌を刺すようなあまりの寒さに目を覚ました。 感覚ではまだ眠りに落ちてから数時間と経っていない。当然疲れが少しも取れていないので頭といわず体まで黒い靄がずっしりと重くのしかかるようだ。 まだ眠い。 そう思い、何気なく寝返りを打つ。 すぐそこに土方の顔があった。 最初はぼんやりと違和感を感じ、それからすぐに違和感の正体に気づいた。そうだ土方さんがそこにいるからおかしいんだ。 たとえコトが朝まで及ぼうと、土方は時間になれば必ず起きる。隣で眠る沖田を置いて一人で勝手に仕事に行く。沖田が休みでないときでも土方は絶対に起こさない。たとえそのまま夜まで寝ていようとよほどのことがない限り放っておく。沖田が起こされるのが嫌いだということをよく承知しているからだ。それともう一つ理由としては無理やり仕事に連れて行ってもどうせ働かずに寝ているのが目に見えているからだろう。 ではその土方がどうしてまだ寝ているのか。 そう考えて、今日は二人そろってオフなことを思い出す。昨夜はそれで遊ぶ予定を立てているうちにこういうコトになったのだった。 つまり土方がまだ寝ているのは今日がオフだからであって、それでは普段の仕事の日はどうやって起きているのだろう。目覚ましの類は沖田が片端から破壊するので初めから存在しない。 一つ疑問が解ければもう一つ疑問が生まれる。起きてから本人に聞けばいいことに気づいた頃には完璧に目が覚めてしまった。まだ体は疲れているのに頭だけが正常に機能しはじめる。 鳥の鳴き声がするのでたぶん今日は晴れだろう。尋常じゃないくらい寒いけれど。 晴れているなら土方が起きるまで一人でどこかに遊びに行こうか。そう思い沖田はちょっと起きかけるが、布団から出ると思った以上に空気が冷たくて、みるみるうちにそんな気は失せてしまった。もしかすると昨夜のうちに雪でも降ったかもしれない。 寒さに負けて布団に顎まで潜り込み、他にすることもないので土方の顔を観察する。 そうしているうちに、まだ自分がガキだったころのことを少し思い出した。 近藤はどちらかといえば寝相も悪いしイビキもかくし、寝ていてもうるさかった。それに対して土方は自分の布団からはみだすことはないし(その代わりもぬけの殻だったことは何度もあったが)、いびきだってかかない。 だから時々夜に目を覚ました沖田は土方がひょっとしたら死んでるのではないかと不安になり、あの頃は長かった髪を引っぱったり、頬をつねったりして無理やり起こしてみてはその度に文句を言われたものだった。思い返してみるとなんだか懐かしい。 そこまで考え、ふと悪戯心が芽生える。布団に埋もれかけた口に笑みの形を作り、すぐそこにある土方の顔に手を伸ばす。今頬をつねったらどんな反応を示すだろう。 しかし指先がその頬に触れたところで、今までピクリともしなかったはずの両の目蓋が軽く持ち上がった。 「……何」 気だるげな土方の声。開きかけの目蓋はまだとろんとしていて、鬼の副長なんてあだ名がまるで似合っていない。こんな土方が見られるのは、たぶん世界で沖田だけだ。昔は別として少なくとも今現在は。 「あーあ。悪戯しようと思ったのに起きちゃ駄目じゃねーですか」 「んーまだ眠ぃ。つーか寒ぃ」 寝惚けているのか沖田の言葉にまるで答えず、さっきの沖田と同じ感想を漏らす。雪でも降ってるんですかねという沖田の言葉もやはり無視して、気だるそうに無言で腕をこちらに伸ばした。 その腕に引き寄せられ、懐へ招き入れられる。ついでに悪戯防止なのか腕ごとぎゅうと抱きしめられた。 土方の肌を通して熱が伝わってくる。さっきまであれほど寒かったのが嘘のように、冷え切った沖田の体はじわじわと温められていった。 「ぬくい……」 満足げに土方の漏らした言葉。向こうは向こうで沖田で暖を取っているらしい。しかしどうにも湯たんぽ代わりに使われているような気がして沖田としては少々気に食わない。 なのでちょっとした悪戯心で、焦点が定まらないくらいすぐ近くにある鎖骨をぺろりと舐めてみた。両手がふさがっているのでこれくらいしか悪戯が思いつかない。 どんな反応をするかと少し期待した沖田だったが、土方はよほど眠いのかもぞりとうっとうしそうに小さく体を動かしただけだった。そのことが悪戯っ子のプライドに火をつける。今度は首を伸ばして肩口に噛みついてやった。 「ってぇな、何すんだよ」 相変わらず眠そうでその声は少しも凄みがない。やっと期待通りの反応が返ってきて、沖田は小さくほくそえんだ。 調子に乗ってもっと噛んでやろうとすると、抱きしめられていた土方の両手が動く。手は沖田の背を伝って脇腹へ移動し、こちょこちょとくすぐりはじめた。 昨日と同じ手が昨日と違う手つきで動く。昨日と違う方法で沖田を可愛がる。 はじめは我慢していたのだがすぐに耐えられなくなり、沖田はどうにか逃げ出そうと身をもだえさせながら声を立てて笑った。 「あはは、ギブ。俺の負け。もうくすぐった……っ」 結局先に音を上げたのは昨日と同じく沖田で、土方のくすぐり攻撃から逃げるため沖田は芋虫のように這いながら少し布団の外に出てきた。ちょっと上を向く仕草をすれば触れられそうな位置に土方の顔がある。まだ眠そうに薄く開けられた目が沖田を見下ろしていた。 「なぁ、俺もうちょい寝てたいんだけど」 駆け引きも何もなく、素直にそう懇願されれば首を振ることなどできない。 いつもは見られない土方の気だるげな仕草にもう十分満足したし、これでこの顔をカメラに収められでもしたら完璧なのだが今回はこれくらいで許してやろうと思う。 沖田はそれに頷く代わりに、軽く唇を触れさせた。 「約束ですぜ。起きたら遊んでくだせェ」 唇をほんのわずかだけ離し、触れるか触れないかの位置で囁く。 それからまたごそごそと布団の中に潜り込み、抱き寄せられた最初の位置まで戻ってきた。それを見計らったように土方の手が沖田を軽く抱きなおす。 ちょっと首を動かして上を見上げると土方と一瞬目が合い、何か言おうかと思った時にはすっと閉じられていた。それから一分と経たないうちに、土方は再び静かな寝息を立てはじめる。 寝息が聞こえる。そんな些細なことがうれしくて、おかしかった。 死んでいるのかと疑おうにもすぐそこで心臓の鼓動までも聞こえるのだから疑いようがない。不安になることなんてない。 小さい頃の自分に会えたら一つ聞いてみたかった。お前土方さんのこと、どんくらい好き? たぶんお前がどんなに好きでも、今の俺には適わねーよ。 あの頃と自分は何が変わっただろう。あの頃の自分はまさか土方とこんなことになるなんて思ってもみなかったし、そういう感情を抱いたことだってなかった。そういう風に思うようになったのはいつからだったのだろう。この恋とこの愛はいつから始まったのだろう。誰に聞けばこの答えは出るだろうか。きっとこれは幸せな疑問。答えなんかなくたっていい。あったらきっとしらけちまう。 目を閉じれば土方の吐息と心臓の鼓動が聴覚を満たし、触れ合った肌からは心地よい熱を運んでくれる。そうしているうちに沖田もまたうつらうつらしてきてしまった。眠りに落ちる前、夢の世界の一歩手前。 今日は外があまりにも寒そうで、ここがあまりにもぬくいから、まだもう少し寝かせてやらァ。 起こしたらまたくすぐられそうなので、心の内でだけ囁く。 土方さんはたぶん起きようと思った時間に起きられる人だと思う。沖田は起こされると機嫌が悪くなる子だと思う。わたしは両方当てはまります。 沖田と起きたで恐ろしく混乱した。いっそ地の分もすべて「総悟」で統一してしまおうかと思った。 05/10/21 |