拍手ログ56-60


56.皮肉チョコ(土沖)

 無表情にはいと差し出されたのは深緑色の包装紙に包まれた長方形の物体だった。加えてダークブラウンのリボンで武装している様は何から何まで見覚えがある。
 そういえば昨日は丸一日休みを取って、どこかへ出かけていたのだったと思い出した。帰るなら一言そう言ってくれれば予定を合わせて一緒についていったのに。

「土産とかいいから誘えよ俺も」
「土産じゃねーですよ、それ」

 指を差し、何を考えているのかわからない無表情で沖田は言った。じゃあなんだ嫌がらせか、呪いの品なのかこれは。それかもしくは爆発物。
 おそらく自分はよほど胡散臭そうな顔をしていたのだろう。意思疎通できていないことを察して沖田は謎の物体を差していた指を今度は天井へ向けてふざけた口調で言った。ただし無表情だけはそのまま崩さずに。

「ヒントでさァ。今日は何月何日でしょう?」
「今日? …………あ」

 ようやくわかった。これは土産ではなくて、2月14日のイベントだったのだ。そしてその日付は遠い記憶の引き出しを開ける鍵に姿を変えて、頭の中でカチリと音が鳴る。沖田との、一番最初のバレンタイン。あの時はあげる側ともらう側が反対だった。バレンタインチョコがほしいとねだるから、女にもらった未開封の深緑に包まれたチョコをそのまま横にスライドしたのだ。予想以上に喜ばれて、後で罪悪感に苛まれたことまでよく覚えている。

「その様子じゃ、思い出しやしたかィ?」

 初めて無表情をやめて、意地悪くにやっと笑った。このチョコと思しき物体が背負う名は本命でも義理でもなく、もっと別の物なのだと悟った。数年越しの復讐だ。

「……念のため聞いておくけど、これは当てこすりか?」
「他の意図があるように見えますかィ」

 沖田の指が土方の手の中にある深緑色の包みをなぞる。子供だってちゃんといろんなことが見えているんですよと、懐かしむような遠い目をして言った。あの時は少しも気付いた素振りなんて見せやしなかったのに、本当は知らないところで小さな傷をこさえていたというのだろうか。

「悪かったよ……用意してなかったんだ。ちなみに翌年はちゃんとお前用に買ったんだからな」
「あんたが俺にチョコくれたの、その次の年で終わりでしたけどね」
「…………」

 よく覚えていらっしゃる。今更そんな大昔のことを持ち出すなんてどういう風の吹き回しだろう。尋ねてみたら心なしか上機嫌に教えないと突っぱねられた。その微笑が怖いのだ。

「ねえ、食わねえの?」

 楽しそうに、にこにこと笑って問う。土方がこの中身について嫌な想像を巡らせていることを知っていて楽しんでいるのだ。しかしどうやらこの場で開けて食さねば許してはくれないらしい。早く開けろとせっつかれ、嫌々ながら包みを開ける。小箱の蓋も開けると中身は、一応見た目はちゃんとチョコだ。少なくとも見た目だけは。

「なあ……何入ってんのこれ」
「原材料のとこ見てくだせェ。ほら、ここ」

 わかっていてわからないふりをする。バレンタインってこんなスリリングなイベントだったっけかと過去の悪行を棚上げして憂うのは、きっと間違いではないはずだ。食欲がないとか仕事が詰まっているとか、逃げ道を探したが全ては無駄だった。最後には食べないと斬り殺すとストレートな脅迫を受け、今やイベントはスリリングを通り越してサスペンスの域に踏み込もうとしている。

 まさか本当に命までとられたりはしないだろう。良くて腹痛、悪くて全治一ヶ月とか獣の耳が生えてくるとか、たぶんそんなところのはずだ。
 何度も自分にそう言い聞かせ、意を決して一つ口に放り込む。できることなら過去を修正したかった。あの日の自分の不義理と、その後の子供の育て方を。あとほんの少しだけ、しとやかな子に。



57.無鉄砲に攻めろ(土沖)

 まだ起きるには早すぎる時間帯に目を覚ました。そういえば今日帰ってくるのかと思い出して再度時刻を確認する。
 午前5時前。それでも一応今日は今日だ。そう思ったらあっという間にスイッチが切り替わって、一人の布団を抜け出した。凍てつくような寒さは少しも気にならない。

 冷静に考えれば確率は低かった。それでも起き抜けの頭は確信していて、自分の勘の良さには自信があったからなんの疑いもなかった。
 だってほら、ちゃんともう帰ってきている。

「おかえんなせェ。そしておはよーございます」

 まだスーツケースが部屋の真ん中で偉そうにしていた。隣には皺の着いた隊服。そういえば夜行列車に乗るのだと言っていたっけ。たぶんこのままクリーニングに出すのだろう。隊服から隊服に着替えている光景はちょっと奇妙だ。

「ああ、ただいま。つーかお前めちゃくちゃ早ぇな」
「目が覚めちまっただけでさァ。帰ってきて早々思い上がるのは止めてくだせェ」
「よく言うぜ」

 おかしそうに笑う。確かに寝巻き姿のまま顔も洗わず真っ直ぐにやって来たのは失敗だったかもしれない。これでは流石に説得力がなさ過ぎる。仕方がないから話題を変える作戦に出ることにした。

「ていうかあんた、帰ってきて朝からもう仕事ですかィ?」
「仕事詰まってるしな。列車で寝てきたからそんな問題ねえよ」
「ふうん。眠くねえんだ。ちゃんと寝れた?」
「ちゃんとって程じゃねえけどな、まあ仮眠レベルには」

 そうかそうか、それはよかった。内心で頷いて、沖田は部屋の真ん中を陣取っているスーツケースを部屋の隅に追いやった。お前の出番はもうお仕舞いだ。

「俺のいない間、なんかおもしろいことあった?」

 皺一つないきれいなシャツに袖を通しながら土方は尋ねてくる。おもしろいことというのはもちろん仕事の話ではない。その手のことは帰ってきて一番に山崎あたりから聞いているはずだ。だから沖田は仕事とは無関係のおもしろかったことを報告する。

「土方さんが前にうっかり見逃したドラマの最終回が再放送されてたんで、俺がかわりに見ときやした」
「は? 録画しとけよ。そもそもお前は前にも一人で見てただろうが」

 脱ぎ散らかされた隊服も適当に足でどかす。これでやっとスペースが空いたので、押入れに一週間眠っていた布団をずるりと引き出した。山崎が土方の不在の間も布団を干してくれていたのでお日様の匂いがする。

「今度続編が始まるらしいですぜ。あ、でもラスト見とかないとついていけねーかもなァ」
「マジでか。へこむんですけど。というかお前、何してんの?」

 布団を敷いて、枕はどうしようかと考えていた沖田に土方は怪訝そうに尋ねた。うん、枕はとりあえず脇に置いておこう。

「見ての通り、布団を敷いてるんでさァ」
「俺寝ないって言ったよな?」
「へい。だから敷きやした」

 寝るつもりなら、わざわざこんな親切なことをしてはやらない。むしろ嫌がらせを込めて全力で阻止するだろう。
 どうやらまだ土方は沖田がお帰りを言うためだけに寒い中やって来たのだと思い上がっているようだった。これはきちんと意志の疎通を図らねばなるまい。

「かまって?」

 誘い文句なんて生まれてこの方学ぶ機会がなかったもので知らなかったから、ストレートにおねだりをした。沖田におねだりなんて滅多にされたことのない土方は驚いて、それから至極当然の意見を口にした。

「ええと、疲れてんだけど俺」
「仮眠取ったんでしょう。それにまだ始業まで時間あるし」

 別に一週間会えなかったからとかそんな、少女じみた理由ではないのである。ただ朝起きてみたらそんな気分になったっていう、それだけだ。若いんだからそんな日だって当然ある。自然の摂理だから仕方ない。同性同士なあたりは不自然極まりないのだけど。

「ねえ、土方さん。いいでしょ?」

 ちょっとだけ背伸びをして土方の唇を舐めた。おねだりなら言葉を駆使するよりも直接口を使ったほうが得意だった。こっちの方ならちゃんと悪い大人にみっちり教育されている。何が好きで何が嫌いかも全部知っているのだ。

「俺と遊んでくだせェ」

 そんな悪いいけない子供に育てたのは土方なのだから、責任とって悪い遊びに付き合ってくれなくちゃいけない。
 唇を甘噛みしたらやり返された。白い皺のないシャツをわざと握り締めてくちゃくちゃにする悪さを働く。それはすぐに気付かれてしまってお仕置きに弱いところを触られたら、あとはもう二人とも白い海に溺れて遊びに興じるしかなくなった。
 ついさっきまで相棒を務めていたはずのスーツケースが悪い子供と悪い大人の、いけない遊びを見咎めている。でも遊びに夢中だから、そんなのは知らないふりだ。



58.7月9日(土沖 沖誕)


 昼間を思わせる騒がしい足音にふと、机の上のデジタル時計に目をやるとちょうど深夜0時を過ぎたところだった。薄々予想していたものの、やはり昨日の仕事が終わらないうちに新しい今日がやってきてしまった。

 そんな時間だというのにスパンと気持ちのいいくらいの大きな音で障子が開け放たれる。そこには一体何事かというくらいに血相を変えた沖田が立っていた。

「……何。なんかあったわけ」

 まるで幽霊でも見てしまったかのような蒼白の表情にびっくりして問いかける。しかし沖田はそれには答えず奇妙な謎かけをした。

「土方さん、今日は何月何日ですかィ」
「7月のよ……いや、9日だなもう」

 時刻をもう一度確認して途中で言い直すと沖田は土方の回答に重々しく頷いた。

「そうです9日です。7月8日はもう終わっちまいやした」

 まだ年を取ったことを嘆く年でもなかろうに、沖田はまるでこの世の終わりでも語るかのようにそう言った。確かつい先ほどまで祝いの宴会をやっていたと山崎から聞いたのだが、何か嫌なことでもあったのだろうかと首を傾げる。今もこうして仕事をしていることから明らかなように、多忙を理由に土方は一秒たりとも宴会に出席できていないのだ。

「なあ、話が見えねえんだけど。なんかあったわけ」

 もういい加減疲れたので一刻も早く仕事を終わらせて眠りたくて、もう一度さっきと同じ質問をする。しかしどうにも沖田はそれがお気に召さなかったらしい。信じらんねェと呟いて、それからまるで、年相応の子供みたいなことを大声で口にした。

「俺、土方さんにおめでとうって言われてない!」

「…………は?」

 近所迷惑な叫びに土方はぽかんと大口を開けて、一つ大人に近づいたはずの子供をまじまじと見返した。

 昨日一日を振り返ってみると確かに言っていない気がする。というのも仕事が詰まっていて、しかも近藤も似たような状況で、とはいえ年に一度の沖田の誕生日を二人とも祝ってやれないのは可哀相だということで近藤の分も土方が肩代わりしてやったのだ。おかげでほぼ一日中部屋に缶詰でおめでとうを言うどころか一度も顔を合わせることすらなかった。

 しかしだからといってこんな絶望するほどのことでもないだろうに。なぜなら土方以外の全員には、大好きな近藤も含めてちゃんと祝ってもらえたはずなのだ。それに一応簡単な祝いの品も近藤に託してあるので届いたはずだ。

「お前、そんなこと言うためだけにきたのか?」

 というか、もしかして一日中待っていたのだろうか。土方がおめでとうを言いに来るのを。

「そんなこととはなんでィ!」

 思わず口にせずにはいられなかったのだが、その言葉に沖田は更に拗ねたような口ぶりで続けた。

「俺、土方さんがおめでとうって言ってくんなきゃヤでさァ」

 プレゼントなんていらない。お祝いの宴会だってしてくれなくてもいい。でもそれだけはくれないと許さない。そんなにも、たかだか5文字の言葉をたった一人の相手からもらえる瞬間を待ち望んでいたというのだ。一日中待ち続けて、そしてついには日付が変わって、いてもたってもいられず部屋まで押しかけてきた。

 それはとても下らなくて、同時にとてもいとおしかった。一つ年を重ねても変わらず子供でいることを喜ぶことはたぶん間違っているのだろう。しかしそれでも構わなかった。沖田が自分を必要としてくれるのなら。

「おいで、総悟」

 手招きすると沖田は近くに寄ってきて土方の前にちょこんと座る。その頭をぽんぽんとあやすように撫でて、一日遅れの贈りものをした。

「誕生日おめでとう。一日遅れだけど」
「……ありがとうごぜェやす」

 でも来年は絶対当日中に言ってと、膨れっ面で少し照れくさそうに言う子供にこれから一年幸福が続きますよう。



59.欧米化(土+ちび沖)

 いつものように土方が玄関の戸をくぐると奥から総悟がパタパタとかけてきた。お帰りなさいと唱えて腰の辺りにぎゅっと抱きつく。そこまではいつもと全く同じだった。

「土方さん土方さん、もうちょっと屈んでくだせェ」

 何か新しい悪戯でも覚えたのだろうか。目をきらきら輝かせてねだる。何をするつもりかは知らないがここで聞いてやらないと拗ねて面倒くさいので、はいはいなんですかと素直に従った。

「こうか?」
「もっと!」

 ぐいぐいと着物を引っ張り屈ませる。中腰でも足りなくて最後にはその場にしゃがませられた。
 よしと満足そうに頷く。それから顔の側面に唇を寄せて、さては大声でも出す気かと仰け反ったら動くなと怒られてしまった。

「土方さん動いちゃ駄目ですぜ。また服ん中に蛙入れられたいんですかィ」

 それだけは真剣に勘弁してほしい。あれはとても気持ち悪い。
 ここで怒れないのが我ながら弱いと思う。とても思う。しかし結局のところはやっぱり怒れないので、覚悟を決めて歯を食いしばった。
 けれどその身に降りかかったのは小さな悪魔の吼え声ではなく、ちゅっという可愛らしい音色。

「は――?」

 予想外の出来事に硬直する。そんな土方に総悟はにこにこ顔で種明かしをしてくれた。

「テレビで今やってたんでさァ。外国の挨拶だって」

 言うなりこっちと土方の着物の裾を引っ張って歩き出す。土方は慌てて履物を脱いで後をついていき、そうして連れてこられた居間には明るい男女の声が響いている。

『テレビの前の皆さんいいですか。これが今流行の挨拶です。早速実践してみてください。特に女性の皆さん、モテない僕らにお願いします!』
『やだー、ちょっといい加減なこといわないでくださいよ』
『何を言うんです。ぼくの言葉は真実です!』

 ね、とテレビを指差して総悟は得意そうに言った。大体の事情は飲み込めたものの、さてさてどう誤解を解いたらいいだろう。

「……てぇか、どうして騙されちまうかな」

 はあと溜息を吐き出す。総悟はきょとんと大きな瞳でこちらを見上げていて、その目を見たら他人の言葉を疑ってみることも大切だなんて汚い大人の世界の一端を教えることなど、とてもじゃないができなかった。いつもこれで駄目になるのだ。

「土方さん、どうかしたんですかィ?」

 一体どう話せばいいだろうかと土方は頭を悩ませた。絶対にこんな遊びを町中で実践しないよう教えなくてはいけない。自分や近藤が恥を掻くだけならいいが、変な気を起こした変態に口八丁で浚われてはたまらない。人見知りが激しいことと普通の大人よりずっと強いことが救いだが、見ての通り性格が素直すぎるというか頭がカラっぽというか。

「ええとだな、総悟。そういうことはもっと大きくなって本当に好きな人ができるまでとっておこうな」
「本当に好きな人?」

 総悟は意味がわからないというように首を傾げた。

「俺、土方さんのこと好きですぜ?」
「いやそういう好きじゃなくて……」
「じゃあどういう好きならいいの?」

 純真無垢な瞳が土方を見上げて問う。まだおそらく初恋も知らない子供に「好き」という感情について教えることがとても難解であることに気がついて土方はまた頭を抱えてしまった。

 そこでふと、土方は大人になった総悟のことを考えた。いつかこの子供も誰か一人の女を愛し、この手の内から離れていくのだ。今のような幸せそうな笑顔を浮かべてキスをして、やがては子供を作って。そんな未来を想像したら急に寂しさが込み上げてきた。血の繋がらない同性の子供にこんな独占欲を抱くことは絶対に間違っているのに。

「ねえ土方さん。俺は土方さんにちゅってしちゃ駄目なの?」

 いつまでも返事を寄越さない土方に痺れを切らして総悟はぐいぐいと着物を引っ張って尋ねる。土方はその小さな体を抱き上げた。まだそれほど重くはないが、確かな成長が感じ取れる。

「じゃあこうしよう総悟、一つルールを決めようか」
「るーるって、約束のこと?」
「そう。この挨拶をしていいのは、その時のお前がこの世で一番大事なたった一人にだけだ。他にもっと大事な人ができたら相手は変えてもいいけど、一番じゃない人とはしちゃいけない。わかるか?」

 土方がそう言うと総悟はとても難しそうな顔をする。うーんと唸ってがんばって考えて、それから少しして総悟は確認するように尋ねた。

「じゃあ俺は土方さんが一番だから、土方さんにはしてもいい?」

 絶対に「近藤さん」と答えると思っていたので、土方はえっと声を上げたきりしばらく何も言えなかった。土方が固まってしまったせいで総悟は不安げに表情を曇らせる。

「だめ?」
「いや……一番っていうんなら、いい……のかな?」
「やったー!」

 総悟は嬉しそうに万歳をして、その手で土方にぎゅっと抱きついた。それからまた頬にちゅっと可愛らしいキスをくれる。一応これで誰彼構わずキスするような事態は未然に防げたわけだが、果たしてこれで本当にいいのだろうか。
 しかも総悟は更なる無理難題を吹っかけて土方をギョッとさせるのだった。

「ねえ土方さん、お口にしてもいい?」
「…………お口は、駄目」
「えー!!」

 いつか変な気を起こすとも限らないから、それだけは総悟の清く正しい未来のためにも絶対に譲ることはできない。
 自分の中に渦巻く独占欲の存在を自覚して、土方は嫌な予感を覚えるのだった。



60.こっちを向いて気付いて抱きしめてキスして(土←沖)


 山崎が渋い顔をしてやって来たのを見て、今日もかと嘆息した。

「あの、副長……」
「何日目だっけ?」

 報告を遮って先回りして尋ねると「五日目です」と返ってくる。自分でも記憶を辿って指折り数えてみると確かに今日で五日目だった。うちの斬り込み隊長様が謎の断食を始めてから。

「なあ山崎、最近の十代って何考えてんのかわかるか? 体力勝負、命がけの仕事やってて信仰以外で断食する意味が俺にはさっぱりわかんねぇんだけど」
「案外副長を呪い殺す儀式の一環だったりして?」
「あーなるほど」

 そうきたか。そうまでして俺に死んでほしいのか。山崎の言った冗談が一番本命くさい気がして俺は重い息を吐く。あいつが理解不能な生き物なのは十代だからではなくて、沖田総悟だからというシンプルな理由なのだ。
 十代とはいえもういい年ではあるのだし過干渉なのもどうかと思い今まであえて放って置いたが、流石に五日目ともなるとそろそろ放置しておくわけにもいかないだろう。呪いの儀式かどうかはさておき、このままでは総悟の体がもたない。

「仕方ねえからちょっと儀式を阻止してくる。お前は食堂のおばちゃんに消化にいいもの用意してもらっといてくれ」
「でもそんな簡単に食べますか?」
「そこは考えなくていい」

 お前は。いざとなったら俺が動けなくしてでも力ずくで食わせるから。




 訪れるのはずいぶん久しぶりだったせいでうっかり覗く部屋を間違えそうになってしまって、慌てて伸ばした手を引っ込める。あいつの部屋はもう二つ先だ。見ればちょうどそこだけ明かりが漏れている。

「総悟。入るぞ」

 声はかけたが返事はなかった。なので勝手に中に入る。久しぶりに目にした総悟の部屋はお世辞にもきれいとはいえなくて、特に部屋の中心を陣取っている布団が部屋の主を引き篭もらせる邪魔な家具であるように思えた。いっそ試しに没収してみようか。総悟改造計画案の中に加えておくことにしよう。

「何してんのお前」

 こっちに足をむけて布団の中に収まってはいるが、顔だけはこっちをちゃんと見つめている。まるで飼育小屋に入ってきた人間を観察する兎のようだと思った。しかし五日はやはり長かったのかその頬は少しこけている。

「エネルギーを節約してるんでさァ」

 ここのところずっと引き篭もりをしていたそうなので、もしかしたら誰かとまともに話すのは久しぶりなのかもしれない。声はちょっとカサカサしていて風邪でも引いているかのようだ。

「節約してねえで摂取しろよエネルギー」
「んー……」
「んーじゃねぇ言うこと聞きやがれ」

 そう言ってみても総悟の反応は鈍かった。本当に言葉を知らない兎みたいだ。五日も碌に食事をせずにいたら朦朧とするのも当たり前かもしれないが、むしろ本格的に病んでいるんじゃないかと心配になってくる。頭は空っぽのくせに、どうして変なところだけ複雑なんだお前は。

「お前さあ……なんで飯食わねえの?」
「別に全く食ってないわけじゃありやせん。ちゃんと死なない程度には栄養も水分も取ってますぜ」
「そういう問題じゃなくてだな……」

 とりあえず起き上がる気配がないので俺のほうが枕元までやってきて腰を降ろす。そうして近くで見るとやっぱりやつれていた。

「ねえ土方さん、人間って駄目ですよねィ」

 総悟は布団から近いほうの手を出して俺の膝に触ってくる。肉の落ちた細い指があんまりいとおしそうに撫でてくるものだからなんだか変な気分になった。まるで情交の後に女の戯言に付き合ってやっているような、そんよくないふざけた錯覚に陥る。

「食うものがないときはゴミだろうが鼠だろうが全力で飲み込むのに、食うに困らなくなると途端にそのありがたみを忘れるんでさァ」
「お前何の話してんの?」

 さあ何の話でしょう。そう茶化してずるりと布団の中から這い出す。やせてしまったせいか、それとも俺が変なことを考えたせいか、その様がとても艶かしく見えてどうしようと思ってしまった。だって総悟なのに。

 さっきまで膝を撫でていた手が首に絡みつく。そうっと遠慮がちに預けられた体重は思っていたよりも軽くて、ずっと布団の中にいたせいかちょっと熱かった。

「なんか急にめんどくさくなっちまっただけでさァ」

 気だるい声が耳元で吐息混じりに囁く。いつもなら馬鹿を言っていないで働けと小突いて突き放しておしまいのはずなのに、どうしてか今日はそれができない。しかし薄っぺらい背中に手を回してやることもやはり躊躇われて、まるで逃げ道を探すかのように問いかけた。

「どうして面倒になっちまったんだ?」

 ちゃんと理由を聞き出して原因となるものを潰してやらなくてはいけない。そうすればきっとすぐにこの馬鹿は元通りになって、俺も自分の勘違いを勘違いと断定できるはずだ。そうに決まっている。それなのに総悟はとても楽しそうに、それでいて少し壊れ気味の笑いを零して関係のない問いを返すのだった。

「ねえ土方さん。あんたが俺の部屋に来るのって何ヶ月ぶりでしょうね」

 考えたが、俺に答えはわからなかった。総悟もくすくすおかしげに笑うばかりで教えてくれない。しかしそれが理由で原因だというのなら、俺は総悟よりまず先に自分自身と話し合うべきなのかもしれない。どうしてずっとこの部屋を訪れることができなかったのか。どうしてこいつとの間に距離を置かなくてはいけなかったのか。

 そうやって悩む俺から総悟はくっついて離れようとしなかった。
 ああ、そうか。やっとわかったよ。お前を動かすエネルギーの正体が。それで俺はどうやってお前に充電してやればいい?





09/11/30