服従の獣

 対テロ特殊部隊とはまだ名ばかりで、田舎の芋侍たちがそっくりそのまま江戸に越してきただけみたいなものだ。江戸を騒がす有名攘夷浪士どころかその辺のチンピラたちにすら相手にされない幕府のお飾り組織で、だから幹部を含めた半数が一度に屯所を空けても何も問題なかった。どうせ機能していないので。今に見ていろ。

「おはよートシ。昨日はよく眠れた?」
「ああ、まあまあかな」

 朝食はバイキング形式で、皆初めての経験なものだからすっかり浮かれ騒いでいた。この旅行が旅行ではなく新入隊士獲得という名目の出張であることなど全員が忘れている。近藤さんの皿はあらゆるものを盛ったんじゃないかという有様で、言っちゃ悪いが残飯のようだ。

「俺はなんかベッドってのが落ち着かなくてさー。なかなか寝付けないから二人の部屋に遊びに行ったんだよ?」
「へえ、そりゃ知らなかったな。割とすぐ寝ちまったから」

 その言葉に間違いはなかったのだけど、実際には少し意味も理由も違う。たぶん近藤さんだろうとは思っていたけれど、それにしてもあの時の総悟のびびりようったらなかった。思い出し笑いをして近藤さんに変な顔をされる。

「総悟は? 何度かインターホン鳴らしたんだけど、総悟も気が付かなかった?」

 しかし話を振られても総悟に反応はない。総悟の前にはヨーグルトがあるだけで、総悟はさっきから碌に食べるでもなくそいつをぐるぐるスプーンでかき混ぜ続けていた。もうとっくに砂糖は溶けきっているだろうに、気付いていないらしい。

「なんだあ、総悟はやけに眠たそうだなあ」

 しょうっちゅう昼寝はするものの俺と違って朝は弱い方ではないので近藤さんも総悟の様子を珍しがった。俺も、近藤さんの声が届かないくらいぼんやりしている総悟を見るのは初めてだ。今日はこいつも働いてもらうつもりだったのに、これでは使い物になりそうになくて昨日の行いをちょっとだけ反省する。でもやっぱりそれはちょっとだけなのだ。

「総悟も夜、あんまり眠れなかった?」

 突然の再起動。弾かれたように顔を上げ、

「え……」
「あっ、馬鹿!」

 カチャン、とかわいい音を立ててスプーンが床を転がった。しかしその前に一度隊服の上を滑っていて、黒い布地に白がべったり付着してしまっている。やっぱり隊服だけじゃなくて私服も持ってこさせるんだったと昨夜に続き二度目の後悔を覚えるがもう遅い。

「あーもう、これどうするんだよ。今日これから仕事なんだぞ」
「すいやせん。その、ぼうっとしてて」

 とりあえず紙ナプキンを押し当てようと伸ばしかけた手がはたと止まる。総悟のくせに俺に素直に謝るなんてありえなかった。少なくとも昨日までは。

「まあまあ、トシいいじゃない。こんな時のために予備が一着あるんだし」
「いや……」

 まさかこれが予備で、もう一着は既に昨日別の白で汚して駄目にしているだなんて告白するわけにもいかなくて後に詰まった。こうなったらなんとしてもこの一着で乗り切らなくてはならない。
 赤い絨毯の上に片膝をついて必死にごしごし擦っていたら、スプーンを落とした手にぎゅっと握りこまれた。俯いているのを覗き込んだらとんでもない顔をしていたのでこっちまでつられそうになって困った。太腿だぞと突っ込みたくなったのを苦労して飲み下す。テーブルの下で何が起こっているのかなど向かいの近藤さんに気付かれてはいけない。絶対に。

「あ、パンが焼き上がったみたい。俺ちょっと並んでくるね」

 気がつけば今まで品切れだったらしいパンの登場に人が群がっていた。近藤さんは残飯だらけの皿を片手にいい加減な列の最後尾へ向かっていった。
 テーブルはやっと二人きりになって、ふうと息を吐く。

「お前な……足で感じんなよ」
「そんなんじゃねェもん。その、ちょっと、思い出しちまっただけでさァ」

 そう弁解する総悟は耳まで真っ赤で、手で隠してやりたくなったがそれもずいぶん不審なので今このテーブルを誰も見ていませんようにと祈るより他はなかった。

 予備とはいえ格好自体は昨日と全く同じで、眺めていたら昨日自分がどうやって乱して汚したのかまざまざと思い出してしまってこっちまで恥ずかしくなってくる。あの生意気な総悟が、いつも俺にばかり邪悪な牙をむく総悟が、あんな風になるなんて絶対反則だと思う。まるで女のように泣いてほしがる様は完璧に別人だった。ついさっきまで実は夢だったんじゃないかと疑っていたくらいだ。

「なあ、お前さ、本当に初めてだったわけ?」
「あ、当たり前だろィ」
「すんのもされんのも?」

 尋ねては見たもののこいつが女を抱くところなんて想像できなかった。昨日のこいつを見た後だから尚更かもしれない。しかしそれ以上にこいつの初めてが天敵といっていい俺であることのほうが遥かに信じがたいのだ。勢いだったとはいえ総悟も、最後には抵抗せずに受け入れた。この俺を。

「あんなことされたの、あんたが初めてでさァ。漠然とは知ってたけど具体的なことはよく知らなかったし、あんなに痛いだなんて全然……」

 朝から歩くのが辛そうなことには気付いていたのでたぶんそうだろうと予想はしていた。しかし実際に言われるとショックはでかかった。きちんと受け入れるようにできていないからだろうか。痛かったなんて言われたのは大昔の、それも最初の数人くらいのものだったのに。男相手は初めてだったのでいまいち加減がわからなかったのもあるが、やっぱりもう少し時間をかけてやればよかった。あの時はそんな余裕とてもなかったのだけど。

「痛かった?」
「へい。……でも、きもちよかった、から」

 ぽそぽそと、クラシックのBGMにすら紛れて消えてしまいそうな声でそう言う総悟はやっぱり別人だった。こんなに素直で可愛い総悟は俺の知っている総悟じゃない。

「あ、俺新しいスプーンもらってきやす」
「いいよ、俺行く。体、辛ぇんだろ」

 立ち上がりかけたのを手で制し、席を立つ。ついでに落ちっ放しだったスプーンをテーブルに戻して空になった総悟と自分のコップを持ってバイキングエリアへ足を向ける。

 あんなのはただの勢いで、ちょっとじゃれてからかうだけの一回こっきりのつもりだった。それなのに今はなぜだか次はどうすれば痛くしないで済むかあらゆる知識と記憶を総動員させている。飲み物のおかわりと新しいスプーンを代わりに取りに行ってやって、甲斐甲斐しく世話を焼いて。別人なのは俺も同じだ。

 昨日の夜、潤んだ瞳で夢中になって縋ってきたあいつを可愛いと思ってしまった時点でたぶん完敗だったのだ。もうどうしようもない。でもそれも悪くはないのかもしれない。なあ、総悟?





10/05/18