伝えたい言葉


 放課後の誰もいない、西日の差し込む教室で沖田は一人机に座っていた。
 担任に煙草がばれて今まで職員室に呼び出されていた土方は、少し驚いて沖田に声をかけた。

「総悟、何してんだ?」
「あ、土方さん」

 後ろから覗き込んでみると、それは語学の本だった。しかしどう見ても英語ではない。本当に何をしてるんだこいつはと思い、土方は怪訝に眉をひそめる。

「何語?」
「ドイツ語」
「なんで勉強してんだ?」
「俺はもう英語はあきらめた。だからかわりにドイツ語を学ぶんでィ」

 そこでふと土方は沖田が英語の追試に引っかかっていたことを思い出した。たしか今度は17点も取れたと自慢していた気がする。本人曰く根本的に英語と相性が悪いらしい。英語の羅列を見るだけで気分が悪くなるのだそうだ。

「てかドイツ語やるのは勝手だが、今度の英語の追試落としたらお前留年じゃね?」
「マジでか」
「だってこの前の試験って今年度期末だろ」

 どうやら本当にわかっていなかったらしい。この調子だと追試対策など何一つやっていないだろう。ちなみに追試は明後日なのだが、このままだと下手をすれば沖田だけ来年もこのフロアに駐留することになりかねない。

「どうすんだよ。明後日だぞ」

 その言葉に沖田は小さく首を傾げて難しい顔をしていたが、やがてけろっとして言った。

「今更考えてももう遅いし、落ちたら先生に色仕掛けでも使って進級すらァ」
「お前な……」

 土方は呆れの溜息をつく。しかしあの担任なら本当にやりかねない。じゃあ総悟君かわいいから特別だよとかセクハラ紛いの台詞を吐きながら。

「でも俺英語は駄目だけど、ドイツ語はおもしれーかも」

 まだ何か言おうとした土方の言葉を遮って沖田は言い、土方にも見えるよう本を大きく広げて見せた。
 土方も少し興味を引かれて本に目を落としてみたが、突然三章から読みはじめてもまったくわけがわからない。ただの意味不明なアルファベットの羅列だ。

「これなんて読むんだ? い、いち……れい……?」
「イッヒリーベディッヒ」

"Ich liebe dich."

 適当に目に付いたものを無理に読んでみようとして首を捻る。どうせ沖田も読めないのではないかと思っていたのだが、予想に反して沖田はすらすらとそれを読み上げた。といっても読めない土方にはそれが正しい読みなのかどうかなどわからないのだが。

「意味は?」

 その言葉になぜか沖田は苦笑めいた笑みを浮かべた。


「俺のあんたへの思いってとこかな」


 その笑みの理由を悟り、土方は顔をしかめる。なんとなく雰囲気で意味は理解できた。

「どうせあれだろ。英語で言うkill youとかそんな意味だろ」
「なんで斬るだけ日本語なんですかィ土方さん」
「違ぇよ本当に英語駄目なんだなお前」
「うん。あの科目は俺の中で丑寅の方角に存在するんだ」
「なんだそりゃ。俺んち来いよ教えてやっから」
「えー。めんど」

 本当に面倒くさそうな顔をする沖田だが、別に逃げることもなく割と素直に荷物をまとめて土方の後を着いてきた。どうせ夕飯目当てだろう。
 沖田が出るのを待って土方が教室の戸を閉める。下駄箱を抜けて校庭を歩きながらふと教室を振り返れば、開けっ放しの窓でカーテンがはためいていた。






"Ich liebe dich."

"俺はあんたを愛してる"




土方さんはアパートに一人暮らしだったらいい。あと留年したらフロア駐留云々は学年ごとにフロアが違うんだと思ってください。というかそうじゃない高校ってあるんですか。一階は全学年の1,2組とかあるのか。


05/10/25