続・下着騒動


 沖田の下着の件で揉めてから最初のオフ、土方は約束どおり沖田を下着専門店に連れて行った。
 色町の女たちから話には聞いていたとはいえ実際に来て見れば予想通りの光景が広がっている。右、下着。左、下着。前、下着。後ろ、沖田。

 華の休日に何をしてるんだ俺は。

 下着を買うくらいすぐだと思っていたのに、ブラを買おうにもサイズがわからず計るところから始める羽目になった。しかもそれを聞いた沖田は前回のことで何一つ学習していないのか早速その場で袴を脱ぎはじめ、仰天する女店員を無視してメジャーを手からひったくり、無理やり簡易更衣室に押し込んだ。普通なら店員に服の上から計ってもらえばいいのだろうが、沖田はさらしをしているのでこのまま計るわけにはいかない。

 そのまま立っているのも落ち着かないので更衣室前にどっかりと腰を下ろし、今に至る。

「ねー土方さん。メジャーって鞭みたいに使ったらかっこよくない? 真選組で使おうよ」
「使わねぇよ。とっとと計れ」

 ああもうほんと何してんの俺。恥ずかしいったらありゃしねぇよ。
 男一人で待たされてこっちは恥ずかしいってのに、カーテンの向こうのバカはこちらの気も知らずいつも通りで。やるせない気持ちでいっぱいの土方はせめて店員の視線から逃れようと片膝を丸めてそこに額を乗せた。

 目を閉じてぼんやりとしていれば、後ろからは衣擦れの音。冷たい大理石の床についた手には更衣室からはみ出した沖田のさらしがあたり、触っていいものやら戸惑いどぎまぎしながらとりあえず手の位置を変えてみたり。

 そうして三十秒もしないうちに、沖田の「ねー土方さん」攻撃が再び始まった。

「ねー土方さん。これって胸の谷間も計る? それともここは乳首から乳首の距離でいいの?」
「……後者が正解だ」

 早くしてくれないだろうか。ほんとマジ恥ずかしいんですけど。
 ますます居心地悪そうにする土方をさっきから横目でちらちらと若い女店員たちが見ている。耳を澄ませば話す声は割とよく聞き取れて。

 彼女は天然さんみたいね。あれは彼氏も大変そうだわ。でも下着屋まで着いてきてあげるなんてすごいわよぉ。うん、あれは男の鏡かも。

「……そんなんじゃねぇよ」

 後ろの天然彼女にも聞こえないよう小声で毒づく。
 彼氏も何も自分はまだ立候補すらしていない。相手のほうが土方をアウトオブ眼中で歯牙にもかけられちゃいない。

 それなのになんで俺ってばこんな尽くしちゃってるんだか。普段は女に尽くさせる側だってのに。

 もし色町の女たちが今の土方を見れば、十人中十人が真選組の土方はとっくに暗殺されて今いるのはよく似た影武者だと口をそろえて証言してくれるだろう。
 メジャーと格闘しているらしい音を背中に聞きながら、つい癖で煙草を取り出そうとしてここは禁煙なことを思い出した。そんなことしようものなら防火装置が作動して建物中に雨が降り、やかましく火消しと野次馬がやってくるに違いない。

「ねー土方さん。計るとき胸潰したほうがいい? ぷにって潰れるんだけど」
「いや潰すなよ。そのサイズでブラ買ったら窒息するぞお前」
「ふーん」

 なんだか面倒くさそうな声に土方はぎくりとする。過去の例から見てこのままだと「めんどいから土方さんが計って」攻撃がやってくるかもしれない。
 思わず対策を頭の中で瞬時に練り始めた土方だが、相手は土方の一枚どころか十枚くらい上を行っていた。

 なんと半裸のままカーテンからぴょこんと顔を出してきた。いやもうぴょこんなんてかわいらしいものじゃない。これはどこのチラリズム狙ったAVだといわんばかりにカーテンが危なげに揺れる。

「土方さん、なんかさっきから機嫌悪い?」

 こちらを心配するような、滅多に見せない少し不安げな顔で見下ろしてくる。
 ひょっとしたら土方が渋っていたのに無理やり連れてこさせたことを少しは気にしていたのかもしれない。

「ばっ、別にそんなんじゃ……」

 沖田の見当違いな心配を全力で否定しようと思わず顔を上げ、硬直する。真正面から目が合っただけで顔といわず全身がカーッと熱を持つ。俺ってばどこの処女だよと自分で自分に呆れかえって心の内で毒づいて、慌てて平静を取り繕った。つーかもっと色気のある体何十と見てきてるってのに何を今更こんな小娘の裸に狼狽しなくちゃいけねぇんだか。

「いいから戻れ頼むから。そんで終わったらお好み焼きでも食わしてやっから早くしてくれ」
「あたし、もんじゃがいい」
「わかったもんじゃの美味い店知ってるからとにかくお願い中戻って」

 最後にはもうたしなめというより懇願に摩り替わっている。さすがに店が店だけあって土方以外の男がここにいなかったのが救いだが、女店員のくすくす笑いが耳に痛い。

 何度教えても沖田に恥じらいの心は芽生えてはくれない。それは自分が女である自覚を持っていないからなのか、はたまた土方を男としてみていないからなのか。どちらにしろ憂鬱なのには変わらない。

「前途多難……」

 どうして俺はこんな女を好きになっちまったんだろう。
 口にできないこの愚痴もいつかいい思い出になってくれたりするのだろうか。なりそうにない。


 それから更に10分ほどしてからようやく沖田は更衣室から帰還した。今度はきちんと服も着てくれている。サイズも計ったしあとは買って帰るだけだ。

「じゃあこれ」
「お前黒はやめとけ。シャツが白なんだから透けるぞ」
「上着と色おそろのがかっこよくない?」
「よくねぇよ。こっちの白とかピンクとかのにしとけ」

 本当はベストを着るので何色でも問題ないのかもしれないが、この女に黒いブラは似合わない。
 結局沖田はブラの山の中から青と紫の2つを選んだ。

「あ、ついでにパンツも新しいのほしいな」

 何かの武器と勘違いしているのか両手にブラをびゅんびゅんと振り回していた沖田はレジへ向かう足を止めた。きょろきょろと見回しているのはパンツ売り場を探しているらしいのだが、なぜか彼女の目は下着売り場を素通りして何かを探し求めている。

「おい、何探してんだ?」
「土方さん、ブリーフどこに売ってんの?」

 沈黙。とんでもない聞き間違いをした。

「悪い、もう一度言ってくれ」
「ブリーフどこに売ってんの」

 同じトーンで同じ言葉をもう一度吐く。
 聞き間違いではなかった。

「って今何はいてんだよお前ェェェェ!?」
「だからブリーフ」
「いやそれ男ものだし!」

 その言葉にきょとんとして沖田は言った。

「え、違うよ。幼年期がフンドシで成熟期がブリーフで完全体がトランクスかボクサーでしょ」
「それどこの電子ペットだよォォォォ!」

 土方はつっこむ時間も惜しくて(なにせこの言い方だと現在進行形ではいているに違いない)沖田を片手で担ぎ、パンツ売り場の前まで連れて行った。

「ほら、お前のサイズはここ。買ってやるから選べ」
「なんで土方さんあたしのパンツのサイズ知ってんの」
「うるせぇ俺はもともと無駄なもんで締め付けてなきゃ目測でだいたいわかんだよ」

 余談だが沖田のウエストはよく触るので小数第一位まで自信がある。威張れない特技だ。
 たいていの人間はここで呆れるのだが沖田はなぜか感心し、大人しく下着を選びはじめた。

「あ、これかっこいい。土方さんあたしこれがいい」
「却下。勝負下着はお前にゃ似合わないから普通のにしろ」
「じゃあ近藤さんのお土産にしようよ」
「いや近藤さんもたぶん食べ物とかのが喜ぶって。頼むから早くしてください」

 そうして沖田と揉めに揉め、それでもなんとか普通の女物パンツを買わせることに成功した。
 その日は普通の仕事の日以上に疲れた。なんだこれ絶対休日じゃねぇよ。



――そしてその夜

「近藤さん見て見てー。今日、土方さんと買いに行ったの!」

 仕事の打ち合わせをしていたところにばたばたとやって来た沖田は予想通り下着姿で。

「このバカ娘ェェェェ!」

 鼻血を噴いて倒れる近藤含む隊士一同は放置し、土方は戦場ですら見せないのではないかという走りを披露する羽目になった。もちろん沖田を肩に担いで。

「なにすんの土方さん」
「そりゃこっちの台詞だ! いいかよく聞け。それ水着じゃないから。仕事オフで隊服着ないでいいからってその格好でうろついちゃ駄目だから。法律的にやばいから」
「警察は何しても許されるって土方さん言ってたじゃん」
「いやいやいやそれ例外。ストーカー以上に重罪。ほらあれだ土方法とかその辺で」
「つまり何も着なければいいと」
「全然違ェェェェェェ!」

 結局その日は夜遅くまで沖田の説得に費やした。
 一応どうにか理解してくれたらしいが、次のオフの日に暑いからという理由で水着を買ってきてふらふらしていたので少しもわかってもらえていないのかもしれない。
 清楚な女隊士を沖田の情操教育のために雇おうかという案がかなり真剣に真選組上層部で検討されたのはもう少し後の話である。



 現行沖田以上に苦労させられている土方ですが相手が腹黒でなく天然なので対処の仕様がありません。そしてなぜかやたら色町の女と付き合いのある土方(笑)。

05/10/28