言葉遊び 「危険です沖田隊長! 一度あの見張りをやり過ごしてからまず片方の見張りをざっくりやらないと」 「ちぇ、めんどくせーなァ。いいじゃねーかまた大立ち回りすりゃ」 「そんなこと言ってももうそんな体力残ってないでしょう」 さっきからあくまでも強行突破を主張する沖田に山崎が焦りと呆れの入り混じった溜息をついた。言われてみればなるほどたしかに体力がもうほとんどない。ここは悔しいが山崎に頼るほうがよさそうだ。 「それじゃあお前合図出せや」 「はい、わかりました」 ごくりと唾を飲み込み、山崎は真剣な顔で頷く。目だけはゲーム画面を見据えて。コントローラーを握っている自分がよそ見していたら意味がないことに気づいて沖田も画面に向き直った。 「ほぉう、いいご身分だなお前ら」 声は上から降ってきた。しかし見張りが急接近中で今にもこちらに背中を向けてくれそうなので、視認しなくても誰だかわかっている声は無視する。そもそも声を聞く前に酸素のごとく慣れ親しんだ煙草の匂いでわかってしまう自分が少しだけ嫌だ。 しかしもちろんそれは沖田だけで、相手の声に山崎は天井を仰いだ。条件反射なのか露骨に体を仰け反らせて。あーあ、この人部下に怯えられてるよ困った人だ。胸のうちで呆れて呟く。 「おい山崎、しっかり画面見ろや。その人今まで一人で難しい仕事片付けてて気が立ってるだけだから」 「つーか知ってんならもうちょい気遣えや、おい」 「あ、背中向けた。山崎こいつ斬っていい?」 さっきからずっと前に進みたくてうずうずしていた沖田は山崎の返事も待たず気配の一つも察知できない馬鹿な見張りを斬り倒す。土方は無視。ステージクリアまであと少し。 沖田はまだこちらに気づいていないもう一人の見張りに向かって主人公を走らせた。山崎も沖田が動いたのを見て隣ですぐに的確な指示を出す。 さっきからまるで相手にされていないことが気に障ったのかもしれない。土方は何を思ってか沖田の隣に勝手に座り、煙草の煙を吐き出した。 そして言葉を吐く。 「総悟ぉ、お前今日残業しろや」 がちゃんっ 音を立ててコントローラーが沖田の手を滑り落ちた。見張りに向かって一目散に走っていた主人公は間抜けにもあと数歩のところで、格好つけたまるで意味のないポーズで止まり、見張りが気配に気づいて振り向く。即座に増援を呼ばれ、哀れにも主人公は無抵抗のまま槍で突き殺されてしまった。 あくまでも画面を見続けていたのは意地だ。それでもたぶん表情はさぞかし引きつっていたことだろう。無意識のうちに頭は記憶を遡り、最後に『残業』してやったのはいつだったか思い返していた。 「俺、先週も残業させられたんですけど」 たった一週間前。聞かれても答えてやる意思はないが『残業』の内容まではっきりとまだ覚えている。 「一週間も経ってんじゃねぇか。仕事ってのはやらなきゃ溜まるもんなんだよ知ってっか?」 「その言葉そっくりそのまま返しますぜ。疲労は蓄積するものなんだけど知ってますかィ」 『残業』はただのキーワードにすぎない。『残業しろ』は沖田なりにわかりやすく通訳するならば『お前今夜ヤらせろ』だ。 最初に言い始めたのはどちらでいつだったかはもう忘れたが、周囲の目があるときに誘う場合は決まってこの言葉を使った。今ではすっかりお決まりの決まり文句。そろそろ新しい言葉にしてもいいんじゃねーの。 「何言ってんだ。ほど良い疲労ってのは良い睡眠に必要なんだぞ」 「いや俺そんなのなくても寝れるんで。つーかぶっちゃけ一人でやってくだせェ」 「は? 何言っちゃってんのお前。一人でやるより二人でやるほうが楽しくはかどるだろうが」 あ、この台詞セクハラだ。 どうでもいいことを頭でぼんやり考える。まだ目だけはそこに定めていたテレビ画面にはすっかりゲームオーバーの文字が出て、床に落ちたコントローラーに手探りで軽く指先を触れさせれば、画面はスタート画面に切り替わった。 「そんなに仕事たくさんあるんですか?」 「まぁな」 何もわかっていない山崎の言葉に土方はしれっと答える。いつまでも放っておかれたスタート画面が自動でオープニングムービーに切り替わった。まるで沖田の心境を表現してくれているかのような暗めのサウンド。 土方は煙草を指に挟み、自然な動作でテレビ画面に釘付けのまま動かない沖田の肩に肘を乗せた。そこに自分の顔を乗せ、耳元で囁きかける。 「とはいえ、総悟君がどうしても嫌ってんならいいんだぜ。他のやつに頼むから」 沖田を挟んで向こう側にいる山崎には絶対に見えない。たぶんそこまで計算の上で、土方は言葉の終わりに沖田の耳たぶを自分の舌先でくすぐった。 「っ……」 反射的に漏れそうになった声を無理やり飲み下そうとして、思わずその顔がこわばる。必死に平静さを保とうとする沖田を土方はすぐ傍でニヤニヤしながら楽しそうに見上げていた。駄目だこの人仕事疲れでなんかスイッチ入っちまってる。 「で、答えは?」 白々しい。聞かなくたってどうせわかっているくせに。 「……イエス」 沖田総悟、今夜は副長の個人的『残業』にお付き合い決定。 気がつけばオープニングムービーも一周したのか再びスタート画面に戻っていた。 土方は沖田の答えと自分のセクハラに満足したらしく、吸いかけの煙草を咥えなおして立ち上がった。用はそれだけだったらしい。 「じゃ、あとで来いや」 「副長、大変なら俺も手伝いましょうか?」 「お前、攘夷派浪士の潜伏先候補の報告書上がってねぇんだけど」 「あ、忘れてた! すいません必ず明日までに仕上げます! 沖田隊長、そんなわけなんで続きはまた明日ってことで」 山崎は言うなり沖田の返事も待たず、土方の脇をすり抜けてどたどたと慌しく自分の部屋へ戻っていった。土方もこちらに含み笑いを残し、何事もなかったように去っていく。 スタート画面が切り替わり、二度目のオープニングムービーが始まった。沖田は乱暴に落としてしまったコントローラーの無事を確認し、ソフトを入れたままゲームの電源を切る。サウンドがなくなって山崎とどっかのセクハラ上司もいなくなって部屋に静寂が戻ってきた。 あともう少しでクリアだったのにと思い、名残惜しげに暗いテレビ画面に目をやり、そこに転がっている風呂道具が映っているのを発見した。 まだ夜更けというには早い。どうせ今から行っても他の隊士が寝静まるまでだらだら過ごすだけだろうし、行くのはまだいいだろう。 沖田は使ってばかりの風呂道具一式を洗面道具の中に詰め込み、部屋の明かりを落とした。 別にもう一度風呂に入るのはセクハラ上司への気遣いとかそんなんじゃなくて今なら近藤さんの背中を流せるかもしれないからで、それ以上でも以下でもないんだわかったかざまーみろ。 自分の中で何かに必死に言い訳しながら、さっき行ってばかりの風呂場へもう一度沖田は足を向けた。 セクハラ土方が書きたかったんです。最初はもっといろいろセクハラ発言を考えていました。あと二人がやっていたゲームはたぶん天誅です。といってもあくまでそういうイメージってだけですが。 05/10/30 |