すぐ傍らにある酸素 土方が仕事をする傍らで、いつものように沖田は好きなことをして遊んでいた。あと一時間くらいしたら仕事が片付いて、見廻りという名目の遊びに連れて行ってもらえる。 仕事の邪魔をするのにも飽きて温かい陽光にうつらうつらし始めていた沖田だが、今から眠ると見廻りに置いていかれる可能性大なのでアイマスクは内ポケットにしまわれたままだ。 灰皿には底が見えないくらいに程よく積み重なったたくさんの吸殻。これだけの多くの煙を吸って吐いて、その間いつもこうして傍らにいる自分の肺もきっともう真っ黒なのだろう。 それでもまだ飽きないのか懲りないのか新しい煙草を取り出そうとして、土方が小さく声を上げた。何事かと尋ねる必要すらない。暇でずっと本数を数えていたので次の煙草を取り出すときにこの声が聞けるのはわかっていた。 「総悟、煙草買って来い」 「ご冗談を。あんたの瞳孔開いた目には俺が20過ぎに見えるんですかィ」 「じゃあ山崎あたりから取って来いや」 「土方さんその銘柄以外吸わねーじゃん」 「何でお前がそこまで知ってんだよ」 即座に切り返されて土方は顔をしかめた。これには沖田も少々ムッとして、それでも今日は天気がよくて機嫌がいいので笑みは崩さないまま言った。 「逆に聞きますが、どうして俺が知らないと思うんですかィ?」 暇さえあればいつもこうして一緒にいて、煙も匂いもまるで酸素のように当然のものになって、もうとっくに他の奴の吸う酸素との違いが五感でわかるくらいに記憶してしまった。そのことに気づいたのはそんなに昔のことではなくて、思い出して沖田は小さく苦笑を漏らした。 「今日は機嫌いいな」 「天気がいいですから」 「機嫌いいついでに煙草どっかで調達して来いよ。余った金使っていいから」 「この際あと一時間くらい禁煙すれば少しは肺もきれいになるかもしれませんぜ」 「ならねぇよ。なってたまるか」 しかし沖田が首を縦に振るはずがないことは土方もわかっていただろう。小金ほしさにそんな面倒なお使いを頼まれなくとも、どうせいつも見廻りの度に土方に金を使わせているのだから。 どうやらあきらめたようで、土方はしぶしぶ最後の一本に火をつけた。下らない問答の間に煙が開いた窓から逃げてせっかく澄みかけていた空気が、再び煙という名の酸素を取り戻す。これでまた呼吸ができる。ぼんやりとそんなことを考えて、普通は逆なのかなと思ったらおかしかった。 「そんなにおいしいんですかィ?」 煙草をくわえたまま目で「何が」と問い返してくるのに「煙草」と短い返答を返した。受動喫煙はしていても、沖田本人は一度も吸ったことがない。一度も吸ったことがないのに日に日に肺が汚されているのを思うとなぜだか微妙に腹立たしい。 「やめとけ。お前には10年早ぇ」 「何をばかげたことを。俺の肺は受動喫煙であんた以上にボロボロかもしれませんぜ」 「マジ?」 「気づくのが10年遅い」 言いながら、沖田は土方の口から煙草を奪い取った。すぐに取り上げられるかと思ったが沖田の言葉に納得してしまったのかその素振りはない。本当に気づくのが10年遅すぎる。 いつも身近に知っているこの酸素の本体はどんな味がするのだろう。初めての経験に少しどきどきしながら沖田はそっと唇の先で煙草をはさむ。しかしこれでは吸いづらいことにすぐに気づいてもう一度深く咥えなおした。 味を吟味するように視線を彷徨わせ、30秒ほど咥えていた。それから煙草を手に戻し、いつもとは少し違う感じに煙たくなったような気がする肺の中の空気を吐き出す。 「で、感想は? つーか返せ」 「別にわざわざお上に税金払ってまで吸う必要のない味でした。おもしろいから返さねェ」 取り返そうと伸ばされた手をかわしながら、沖田はつまらなそうに答えた。初めての煙草は大しておもしろくもなんともなかった。どちらかと言えば腹立たしい部類に入るような。 「お前にはわかんねぇだろうが俺には多少の代償を支払ってでも必要なんだよ」 「いや、俺が言ったのはそういう意味じゃなくて」 指に煙草をはさんだまま両手を土方の首に回した。人間の体構造からして絶対に届かない背後へ煙草を逃がされて、土方の手が困惑して空中で止まる。 少し驚いた風の土方に悪戯っぽい笑みを浮かべ、沖田はまだ少し煙たさの残る口を土方のそれに重ねた。唇の隙間から舌を滑り込ませ、その味を先ほどの煙草同様によく吟味する。 (だって吸っても土方さんの味しかしねェんだもんなぁ) 本当におもしろみがない。意外性の欠片もない。考えてみたら当然のことだったのだ。 もうこの味を得るための代償は十分に支払った。税金なんて納めなくてもいつだって味わうことができるほどすぐ傍らにある味。そこにあって当然で、なくては生きていけないもの。 「はい、これ返す」 唐突な口付けに動揺冷めやらぬ土方の口にかなり短くなった煙草を差し入れてやろうとした。火のついているほうを向けて。 しかしこれにはさすがに気がついたのか、唇に先端が触れたあたりで慌てて土方は後ろに身を仰け反らせ、、その手から煙草を奪い取って灰皿に押し潰した。 「てめっ、わざと逆にしたろ!」 「あーあ。最後の煙草だったのに捨てちまうとは困った人だ。これはもう仕事はあきらめて俺と見廻りに行くしかありませんねェ?」 にやりと口許に笑みを浮かべた沖田に、土方は苦い顔を作った。 「……なあ、今の一連の行動は最初からこれを計算してのことか?」 「さて、どうでしょう」 勝手に座布団代わりに使っていた土方の上着を拾い上げると、そこからも酸素のように慣れ親しんだ煙草の香りがした。 10年遅いと言いますが10年前だと沖田より若いしたぶん沖田と会ってないと思うのであくまでも言葉のあやですよ。タイトルは最初「恋愛中毒」にしようとしてあまりにも恥ずかしいのでやめました。 05/11/05 |