慰安旅行に行こう 2

5.マウス・トゥ・マウス

桂が溺れた。原因はエリザベスとの水中かくれんぼらしい。問題のエリザベスは銀時の釣竿で偶然釣り上げられてぴんぴんしている。
桂は意識がない。水を飲んでいるらしい。ついでにいえば医者はいない。プライベートビーチなので海に詳しい監視員さんもいない。

「おい、どうするよこれ」
「困ったきに〜、どうするぜよ金時」
「銀時だって。お前ら心臓マッサージできる?」

心配そうに覗き込む坂本と高杉の二人を銀時は交互に見た。覗き込んでいるエリザベスは論外なので除外。

「ああ、あれか? 心臓をマッサージするんだよな」
「そうそう」
「わかった。不慣れだが俺がやってみよう」

神妙な面持ちで高杉は頷き、立ち上がる。そして海パンに差していた刀を抜いた。

「ってちょっと待て何するのお前ェェェェ!」
「いや、だからまず心臓を取り出さないと」
「ちょっと坂本この馬鹿を押さえつけろ!」

坂本にも加勢を頼み、刀片手に暴れる高杉を二人がかりで羽交い絞めにする。高杉の目に冗談はなく、どう見ても本気だった。

「お前ら何をするんだ。時は一刻を争うんだぞ!」
「それやったら一刻すら争えなくなるぜよ!」
「もういいよお前らとりあえず海に潜ってタイムマシン探しに行くぞ!」

砂浜を転げまわって乱闘しているうちにとうとう銀時までわけのわからないことを口走り始め、事態は混迷の色を深めていく。そうしているうちにも桂の顔色はどんどん悪くなる一方だった。


そしてエリザベスが動いた。


桂の上に覆いかぶさるエリザベスに、三人とも動きが止まる。争っていたことも忘れ、ただただその様子を見つめた。
誰も声を発さない。高杉の刀がぽとりと砂浜に落ちる。波の音が耳に心地よかった。



それから数分後、無事に意識を取り戻した桂はほっと胸を撫で下ろした。

「ふう、危うく革命を為す前に三途の川を渡ってしまうところだった。誰が助けてくれたんだ?」
「溺れたのを見つけたのは坂本で……」

五秒の間。

「……人工呼吸?をしたのがエリザベス?」


砂浜に一人で体操座りしている銀時はまだ日の高い水平線を眺めて答えた。

「なんだそのクエスチョンマークは」
「うん……まぁいろいろとな」

いつもと様子の違う銀時に桂は首を傾げたが、助けてくれた坂本の姿がないことに気づいた。

「坂本は?」
「高杉が泡ふいて倒れたから別荘に連れて帰った」
「泡? あいつも溺れたのか?」
「現実という波に溺れちまったんだよあいつは」

どこか遠い目をしてわけのわからないことをのたまう銀時に桂は更に首を捻ったが、桂がその理由を知ることはなかった。
桂は隣で心配そうに見上げているエリザベスに向き直り、その頭を撫でてやる。

「エリザベス、お前は俺の命の恩人だ。礼を言う」

溺れる原因をつくったのもエリザベスだろという銀時の呟きは波に掻き消され、桂に届くことはなかった。



6.そこで何を

夜が更けて皆が寝静まった頃、銀時は物音を耳にして目を覚ました。
部屋は二人一部屋で、同室の新八は隣の布団で気持ちよさそうに寝ている。今日は風もないし気のせいかと、もう一度寝なおそうとしたその時、

ごと、ごとごとっ

音がした。今度は気のせいなどではない。
音は新八とは逆の真横から。確かめたくない。でも確かめないと寝られない。

「おい、起きろ新八」

すやすやと眠る頭を遠慮なしにべしべし殴ると3発目で新八は起き上がった。目を覚まさせるだけならたぶん一発目だけで十分だっただろうがとにかく体を動かして気を紛らわせたかった。

「なんですか夜中に。厠なら一人で行ってくださいよ」
「バカ違ぇよ。俺の真横っつーか今はこっち向いてっから後ろなんだけど、とりあえずなんかいんだよ」
「なんかって言ったってねぇ」

銀時の背中越しに新八は眼鏡をかけて目を凝らすが、そこにあるのは押入れだけだ。なるほど銀時の言うとおり何か物音がする。
ひょっとしたら押入れに何か動物か、最後まで二人と同じ部屋がいいと駄々をこねた神楽あたりが忍び込んでいるのかもしれない。

押入れの物音はだんだん激しくなっていき、内側から叩いているようである。入り込んだはいいが開けられず閉じ込められてしまったのだろうか。

「開けてみます?」
「おう。開けろや」
「鬱陶しいから背中に張り付くのやめてください」

愛用の木刀を片手に新八の背中に隠れる銀時にうんざりしつつ、新八は勢いよく押入れの襖を開けた。

ガラッ……ドサ

ガラは襖を開けた音で、ドサは中にあったものが落ちてきた音である。
ついでにいえば落ちてきたのは猿ぐつわ咬まされて簀巻きにされた高杉だった。

「何やってんですかあんたァァァァ!?」
「ひぃぃぃぃぃ!」

新八の背中から怖々顔を覗かせて落ちてきたものを確認しようとした銀時が、その声に驚いて情けない悲鳴をあげた。ついでに簀巻きの高杉を木刀で殴り飛ばしたため、高杉の口からそこで何をしていたのかを聞けるのは翌朝のことになる。


一方、隣の間では――

「エリザベス、高杉のやつを知らないか?」

エリザベスはふるふると頭を振る。桂は同室のはずの高杉がいないことにしばらく首を傾げていたが気まぐれなやつなのでどこかで遊んでいるのだろうと思って納得した。

「高杉はいないようだし、そちらの布団はお前が使え。いくら布団が足りないからってお前を床で寝かせるのは心苦しかったのでちょうどいい」

桂の言葉に頷いて、エリザベスはいそいそと布団にもぐりこんだ。
翌朝になって高杉が血走った目で桂にエリザベスに閉じ込められたことを語ったのだが、桂はもちろん少しも信じはしなかった。



7.ベッドイン

このホテルには二つの選択肢があった。

一。一人がダブルベッド、もう一人が予備ベッド。
ニ。二人でダブルベッド。

二人でダブルベッドも女の子同士なら微笑ましくて許せるものの、むさ苦しい野郎二人だとどうにも抵抗を感じる輩もいるものである。
これには真撰組も例に漏れず、大半のものはジャンケンか何かでどちらがダブルベッドを取るか決めるか、酔いつぶれて二人そろって床で寝ているかのどちらかだった。
しかし、唯一沖田&土方ペアだけが酒の勢いでもなんでもなくごく自然にダブルベッドを二人で利用していた。
もちろん沖田の我侭である。土方としてはもういっそ廊下の床あたりで寝たいところだった。

「総悟、言っとくが俺の寝首かくなよ」
「何言ってんですかィ。それが楽しみで俺はあんたと組んだってのに」

沖田はダブルベッドの片方の端に座って、今しがたシャワーを浴びてばかりの湿った頭をがしがしと乱暴にタオルで拭きながら答えた。

「旅行のときくらいゆっくりさせろよ」
「いけねーなぁ。真撰組の副長たるお人の辞書に平穏なんて言葉はねーはずだろィ」

そう言うなり拭き終わったタオルを後ろに投げつける。背中合わせにダブルベッドのもう片方の端に座っていた土方はそれを手で絡めとリ、溜息をついた。
これ以上何を言っても無駄だ。沖田はやると言ったときには必ず実行する。

「あーあ。しょうがねぇなー」

土方は履いていたスリッパを脱ぎ捨て、ダブルベッドに乗りあがって沖田の肩をつかまえた。
そしてそのまま引っぱる。油断していた沖田の体が何の抵抗もなくコロンと後ろにひっくり返った。

「ひゃっ?」

驚いて目をぱちくりさせている沖田の体をうつ伏せにし、両腕を無理やり背中にまわさせる。

「あ、何するんですかィ土方さん!」
「いや俺も旅行の日くらいくつろいだって許されるだろうよ」
「ひでっ、やめろこら土方!」

暴れる沖田を押さえつけ、土方は沖田の両腕を今しがた投げつけられたタオルを使ってがんじがらめに拘束する。沖田も負けじと抵抗するが、こうも体格差があって且つ背中をとられたのでは沖田には為す術もない。
それでも足をばたつかせて必死の抵抗を試みる沖田だったが、結局今回は土方に軍配が上がった。



――翌朝

山崎は困っていた。
点呼の時間になっても起きてこない土方と沖田を呼んでくるよう頼まれたものの、扉はオートロックだし部屋主はどんなに呼んでも出てこない。
仕方がないので隣の部屋のベランダから二人の部屋のベランダへと飛び移ることにした。

そしてそこで目にしたのはとんでもない光景だった。

広いダブルベッドの真ん中に寄り添うようにして眠る二人。
しかもその格好がすさまじく、なぜか沖田は両腕を拘束されていて更に上から土方に両手両足で抱きこまれるようにして眠っている。

「ちょっと何これェェェェェ!?」

近所迷惑顧みずつい叫んでしまうのも仕方がないというもの。
その声は窓ガラス越しにも届いたのか、沖田が小さな呻きを漏らして目を開いた。

「あれ、山崎だ。ん、もうそんな時間かィ」

反射的に目を擦ろうとして、自分の両腕が不自由なままであるのに気づく。
しかも土方に拘束されていて一人では起き上がるにも起き上がれない。

「土方さん朝ですぜ。これほどいてくだせェよ」
「……んー」

まだ目は閉じたままだが土方は一応返事をする。
そして何を思ったか、ただでさえ近いというのに更に沖田を抱きしめた。

「違うって逆だよ土方さん。離せって俺は言ってんの! ここは遊郭じゃねェですぜ!」
「……んー」
「だーかーらー、離せこの糞土方!」

その後も寝惚けている土方と沖田の格闘は続く。
ベランダには固まっている山崎の姿があった。



8.ふりだしへ戻れない

宇宙船の窓から見た懐かしき我が万事屋。しかし感動の再会は5秒ともたなかった。

「あっはっは、また失敗しちゃったぜよ〜」

再び意図的としか思えない操作ミスで万事屋は瓦礫の山に。直され損の壊され損だ。神楽の言葉ではないがこれだけしょっちゅう壊されては空飛ぶやつでも造ってもらわないと気が晴れないかもしれない。

「てめぇいい加減にしろよ辰馬。建物は直せても俺の心の傷は治らねぇぞ、おい」
「そうかっかしなさんな。今度は直るまで俺と京都巡りってのはどうだ?」
「む、それはいいな。ぜひ俺とエリザベスも混ぜてくれ」
「二人もこう言ってることだし許してやってほしいぜよ〜」
「いやいやお前のせいだからこれ全部」

他人事だと思って(実際他人事なのだが)どうでもよさそうな高杉と桂。悪気ゼロの坂本。
ついでに万事屋の住人までもがもうどうでもよさそうだった。

「じゃあわたしは仕事があるのでこの辺で」
「あ、僕は親衛隊のほうに顔出さないといけないんで」
「わたしちょっと野暮用あるヨ。京都行くなら帰るまで待っててネ」
「え、嘘。みんな行っちゃうの?」

お妙、新八に神楽までもが破壊された万事屋には目もくれずそれぞれの道を歩いていく。
定春だけが瓦礫の山を踏破して、新しい我が家の成れの果てにマーキングしていた。

「……八橋、食べに行こうかな」

一人だけ怒っているのが馬鹿らしくなって銀時は呟いた。
元の生活に戻れる日はいつになったら来るのだろうという思いを胸に抱きながら。



9.旅行写真

『真撰組慰安旅行写真焼増所! 戦のお守りに、日頃の憂さ晴らしに、寂しい夜のお供に(5枚1組2000円)』

屯所の一角に設けられた特設旅行写真販売所。特設というよりは私設に近く、山崎首謀のもと監察方一同で撮った旅行の写真の焼増しを一手に引き受けていた。
山崎は営業の声を張り上げて各隊士から金と写真の番号の表を受け取ってはそれを名簿に付け加えていく。この焼増しは密かに真撰組人気投票の意味も兼ねており、賭け事の対象にもされていた。

「で、一番人気は?」

背後から声をかけられ、しかし手は休めないまま山崎は答える。

「副長です。一歩遅れて沖田隊長、この二人がダントツでその後に局長が続きます」
「ふーん。ちなみにダントツの理由は何でィ」
「やっぱりトップは日頃の憂さ晴らしが大きいかと。あと沖田隊長は純粋に可愛いから目の保養に買っていく人が多いです」
「ほぉ、そうか人気者だとよ総悟」
「恨まれものの土方さんには負けるぜ。なあ、山崎ぃ?」

そこでハッと山崎は手の動きを止めた。その手からペンが零れ落ち、床に転がる。
局長はストーカー、副長隊長コンビは見廻りで今はいないはずだ。だからこそこんな特設所がたったというのに、この後ろの二つの声はなぜ彼の名を呼び合うのか。
ぎぎ、と軋む音がしそうな様子で山崎は後ろを振り返った。
そこにいるのは予想通りの二人組。

「お、お二人とも、見廻りは……」
「これからだよ。こいつってばゲームのセーブができねェとか抜かしやがって。しかしそのおかげでこんなおもしろいイベント見れたんだがなぁ?」

口調とは裏腹にその目はまったく笑っていない。気がつけば周りの客と仲間の売り子たちは皆遠ざかって他人のふりをしていた。

「あ、土方さん。写真一番人気の17番って俺と土方さんのツーショですぜ」

土方と違って純粋におもしろがっている沖田はしかし純粋におもしろさを追求しているが故に、わざと17番の写真の存在を土方に気づかせた。その写真は焼増し以来の隊士のほぼ全員がおもしろがって購入したもので、土方と沖田の寝起き姿のやつだ。沖田が拘束されている例の奴である。

ああもう駄目だ。と思ったらやっぱり駄目だった。

「山崎ィィィ! てめぇこれいつ撮ったんだ叩っ斬る!」
「これ俺の分焼き増ししといてくれィ。あと俺が土方さんの下なんて腹立つからどんな手使ってでも俺の人気をトップにしとけや」
「ちょ、ちょっと待ってくださ……ぎゃあぁぁぁ!!」

山崎の断末魔に周りの隊士たちが合掌を送る。
そこへストーカーからいつの間に帰ってきたのか近藤もやって来た。

「なんだお前ら楽しそうだな。ああ、総悟。チャイナさんが遊びに来てるぞ」
「チャイナ? んじゃあちょっくら行ってくるか。あ、近藤さん。これオススメですぜ17番」
「ぶっ」

去り際に沖田はまたも爆弾を投下していった。

「ト、トシこれはどういうことだお前俺の可愛い総悟をォォォォ!」
「いやそれ誤解だって何もしてねェよっつーか悪いの山崎だから!」

何はともあれ、真撰組の慰安旅行はこうして幕を閉じたのだった。
余談だが17番の写真はネガ諸共土方が没収してしまったため隊士たちの間では幻の写真として語り継がれることになった



わかりづらいですが万事屋&攘夷派旅行メンバーは銀時、新八、神楽、妙、定春、桂、エリザベス、高杉、坂本です。陸奥ちゃんもたぶん来たと思うけど出番ゼロなので除外。デッドオアアライブなスイカ割大会とかもっといろいろやりたかった。

05/11/04-11