ガラスの少年


 部活が終わってさあ帰ろうと思ったら、帰宅部のはずの沖田がなぜか土方の自転車の後ろに座って漫画を読んでいた。
 いったいいつからいたのかとあっけに取られる土方に気づいて沖田は笑う。
 それから「なんか奢って」と催促したのは最近バイトを始めたせいで、遊ぶ時間が減ったことへの密かな報復だったのかもしれない。

「何食いたいんだ」
「焼き鮭食べたい。塩かかってるやつ」

 普通ここはパフェだとかクレープだとかかわいらしいものを要求する場面なのではないかと言おうとして、相手が沖田なので期待するだけ無意味なことを悟ってやめた。どうせ頼んだものがフレンチだろうが中華だろうがデザートだけは必ず食べる人間だ。

「和食屋な。デザート込みで2000円までなら奢ってやるよ」
「あ、じゃあ二丁目の交差点にできたとこいきやしょうぜ。うまいって評判なんでさァ」
「少し遠いけど時間いいのか?」
「今日はオッケー。暇なうちに宿題埋めたんで」

 終わらせた、ではなく埋めたというところがなんとも沖田らしい。好きな教科は完璧にこなしてくるのに、嫌いな教科はいつも「不明」とか「土方に聞け」とかいい加減なことしか書いてこない。それでも他人のやってきたものを写したりはしないのだから少しはましといえるだろうか。どっちもどっちかもしれない。



 沖田の鞄と自分の鞄を無理やり自転車の籠に詰め、二人分+荷物のせいでやたら重いペダルを二丁目の交差点目指して走る。ここからだと20分近くあるし、人通りの多い道を通らないとならないのでそれなりに手間がかかる。

「ところで土方さん。2000円って税込み?」
「たりめーだろ。お前俺のバイトの時給知ってんのか」
「680円」
「お前の食費がなければ俺の生活はさぞかし裕福になるだろうよ」

 高校生のアルバイトなどどうせたかが知れている。その上こうしてしょっちゅう沖田に奢らされるので、沖田のためにアルバイトしているのではないかという錯覚さえ覚えた。いやむしろ錯覚ではなく明らかに沖田のために違いない。そう考えて、前を向いたまま小さな苦笑を漏らした。

「そのかわり時々ご飯作ってあげてるでしょう。あ、この前冷蔵庫にぶち込んどいたオムライスどうでした?」
「うまかった。俺の部屋の台所がインテリアでないことを改めて思い知った」

 沖田はものを作るのが好きで、完成品の出来は別の話になるが料理でも花火でも怪しげな薬でも大抵のものは自分で作る。料理もその一つで、偏食なので作っても自分で食べることはあまりないが、純粋に作るのが好きらしくよく土方の部屋に侵入しては勝手に物を作って置いていくのだった。

 もちろん他の奴には秘密。通い妻みたいだと言われるのがオチだから。それにもしそれを聞いて他の連中が飯を作ってくれと言えば沖田はほいほいついて行きそうなので、誰にも教えてなんかやらない。


 どこそこのスーパーが安いだとか今度おもしろそうなゲームが出るとか適当な雑談を交わしているうちに、ショッピングモール街に入り込んだ。ここを通り抜ければ目的地はすぐそこだ。人の往来が多いので間違ってぶつかったりしないよう、土方はペダルを漕ぐ足を緩めた。

 スピードの緩やかになった自転車の後ろで沖田はウィンドウショッピングを楽しんでいるようで、今通り過ぎたお店の内装がおもしろかったとか美人とすれ違ったとか、一つ一つ土方に報告した。土方も人にぶつからないよう注意して走るのに忙しいので簡単に相槌だけ打って答える。

 ショッピングモールの出口まであと少し。一番人の多いところは通り過ぎ、少しスピードを上げはじめた。それにしても部活の後にここまで二人乗りで来るのは失敗だったかもしれない。ペダルがやけに重く感じる。

 それでも少し余裕が出てきて、土方は何気なく前方のブティック店を見た。別に深い意味はなく、そこが一番カラフルで目立っていたからというだけだ。

 女性用の店らしくウィンドウにはかわいらしいコートから流行りのブーツまでセンスよく飾り立てられている。そういえばそろそろ冬用の服を押入れから引っ張り出さないと。服を見ていて思い出し、今日帰ったらバイト前にさっそくやろうと決心した。


 ブティック店とすれ違う。考え事をしていたせいで、視線はまだそこにあって。

 ウィンドウに移ったのは、自転車を漕いでいる自分と、土方の肩に手を添えて立ち乗りしている沖田の姿。


「ちょ、土方さん!」


 慌てた沖田の声を聞いた時にはもう遅かった。よそ見をしていてバランスを崩した自転車は派手に倒れ、籠の中の荷物を乱暴に吐き出す。自転車の下から這い出すよりも先に沖田の姿を探すと、倒れる前に飛び降りたらしく呆れた顔でこちらを見下ろすその顔と目があった。

「ばっかじゃねーの」
「……悪ぃ。怪我なかったか」
「こっちの台詞」

 言って沖田は土方の代わりに自転車を起こし、拾い上げた荷物を埃も払わず籠に押し込んだ。鞄の重みで首を曲げて倒れそうになる自転車は無視してブティック店のウィンドウに目線を移す。

「で、何に目ぇ奪われたんですかィ?」

 土方がウィンドウを見ていたのにはやはり気づいていたらしい。倒れないよう自転車を支えて服の汚れを落としながら、土方もそちらを見た。

「わかった。このエロい下着でしょう。あ、それともこっちの脱がしがいのありそうなドレスかな」
「違ぇよ。中坊じゃねぇんだから、んなもんに目ぇ奪われて自転車倒すかっての」
「それじゃあどうして転倒したんですかィ。窓越しになにかおもしろいもんでも見えました?」

 首を傾げて、尋ねてくる。自分が見たものを思い出そうとしているのかもしれない。それでも思い当たることはなかったようで、ますます不思議そうな顔をした。

「……俺には見えたんだよ。サイコーにいいもんが」
「だから何を」
「お前にゃ一生見えねぇかもな。おら、行くぞ」
「あ、置いてく気かテメー土方!」

 適当にはぐらかして一人で勝手に自転車に跨る土方の後ろに沖田も器用に飛び乗った。あれだけ派手に転倒した割には自転車は無事なようで、何事もなかったように走り出せて安心する。
 それでもまだ後ろの沖田は話題を変える気はないらしく、なおもしつこく聞いてきた。

「ねー教えてくだせェよ。笑ってやるから」
「っるせー。飯奢ってやんねぇぞ」
「よし、黙る。俺は亀のごとく黙る」
「あ? 亀って黙んの?」
「つーかあれ喋んのかな。浦島太郎でどうだったっけ」
「いやあれ昔話だし」

 下らないことを言い交わしているうちに、沖田所望の和食屋へ到着した。
 その頃には土方はある決意をしていた。今度ショッピングモールを通るときは沖田に自転車を漕がせてみようと。沖田が転倒するかどうか試すのだ。



 タイトルは古い曲名より。といってもテレビで耳にしたくらいでよく知らないんですが曲名が好きだったんで。今回はいろいろ不完全燃焼。精進してきます。

05/11/27