リトルフラワー 「今日から真選組に入隊した諸士調役兼監察の山崎退です。よろしくお願いします」 昨日から準備していた文句を口にして頭を下げる。 山崎は言葉にある通り今日から真選組の一員となる。 屯所についてはじめに通されたのは局長室で、早速局長の近藤と副長の土方に迎えられた。 局長の近藤はずいぶん陽気な人で、局長がこれで大丈夫なのかと心配になるほどだった。何せ挨拶の次に口にしたのが「彼女いるか」なんだから笑っていいのかいけないのか微妙すぎる。少し前までいたけれど今はもう別れたので素直にそう答えたら、今夜早速呑みに行こうと誘われた。 一方で副長の土方はこっちが局長なんじゃないかというような噂通りの鬼っぷりで、見た目と気配からして怖い人なのだろうという印象を受けた。 局長室にはこの二人しかおらず、陽気な近藤とは逆に土方は山崎が自己紹介をする前からずっと顔をしかめていた。近藤に山崎を案内するよう言われて、土方は不機嫌そうに口を開いた。 「ったく、こういう仕事こそあいつにやらせろよ。近藤さん、あいついねぇの?」 「さあなぁ。またどっかに落ちてるんじゃないのか」 「廊下あたりで拾ったら適当に餌付けしてこっち寄越してくれ。俺はとっとと仕事に戻りたい」 その「あいつ」というのが誰のことなのかはわからないが、土方はその「あいつ」の代わりにしぶしぶ山崎の案内役を引き受けた。 「ここが食堂。味はいまいちだが外に食いに行っても問題ない。ってこらてめぇら、さっきもそこで飯食ってただろうがいつまでサボってやがる!」 山崎に屯所の案内と隊士の紹介をしながらもサボっている連中を見つけては殴り倒していく土方。なんて暴力的な人なのだろうと思ったが天下の真選組なのだからこれくらい当然なのかもしれない。それに隊士たちも不満一つ言わないので(言い訳はするが)たぶんいつもこうなのだろう。二人の行く先々で悲鳴が上がった。 それからいろいろなところを案内されたが土方が何も言わないところを見ると、まだ噂の「あいつ」とやらは拾えていないらしい。まさか本当にその辺に転がっているということもないと思うのだが、一体どういう人なのだろう。これで猫とかだったら自分はこの先猫に案内されるのかと少々不安を覚える。 「で、ここがお前の部屋。同室のやつは今日は非番だから後で見かけたら挨拶しとけ。門限とか別にねぇから仕事に差し支えなけりゃ夜遊びもお咎めなし。ま、大体屯所はざっとこんなもんだろ」 そこで一度言葉を止め、苦い顔で舌打ちした。 「……あと残るはあいつだけか。俺の顔見たくなくて逃げ回ってんじゃねぇだろうな」 ぼやいてどこへ行くのかと思えば最初に通された局長の部屋で、しかし土方は近藤は無視して挨拶もせず机の下や戸棚の中などをごそごそ漁りだした。近藤のほうもいつものことなのか特に気にも留めず山崎に「迷子になったら動いちゃ駄目だ助けを待て」とか新入隊士へ向けるというより小さな子供に言うべきだろう助言をよこした。 そんな二人に、というか土方に、ぽかんとして入り口に立ち尽くしている山崎を振り返って本人の一言。 「覚えとけよ。ここは出現率40%くらいだから」 「……はぁ」 何の話をされているのかまるでわからない。ゴキブリでも出るのだろうか。仮にそうだとしてどうして山崎がわざわざ教えられねばならないのだろう。 「トシ、山崎が困ってるぞ。ちゃんと説明してやれ」 「ん? ああ、そうか」 近藤の助け舟で、土方はようやく自分の説明不足に思い当たったらしい。腰に下げていた刀で天井をごつごつ突付くのをやめて、山崎のほうに戻ってきた。 「歩きながら説明するから、とりあえず出ろ。ここにはいねぇ。あとは離れだな。マイブームとかぬかしてたし」 「……はぁ、そうですか」 山崎は首を傾げながら、また土方のやや後ろをついて行くかたちで廊下を歩いた。それから一度玄関にまわって靴を持ち、適当な縁側から庭に出る。 「お前、子守りのアルバイトとかしたことあるか? ガキの世話とかそういうの」 「こ、子守り? ないですけど、なんでですか」 ひょっとして真選組はベビーシッターの仕事でもあるのだろうかと訝しむ。しかしどちらにせよ子供は戸棚の中や天井裏にいたりはしないはずだが。 山崎の心中を悟ったのか土方は少し歩調を緩めて隣に並び、やたら上のほうばかり見上げて何やら苦い顔で言った。 「敵意があるわけじゃないんだが俺と近藤さん以外の奴にはいまいち懐かなくてな。いや俺はどっちかっつーと殺意もたれてるだけっつーか」 何の話をされているのだろう。とりあえず害虫の類ではなさそうなことだけははっきりした。 「まあ軽い運試しみたいなもんだ。もし万が一にも気に入られるようなことがあったらあきらめろ俺らにはもうどうしようもない」 「あの、本当にさっきから何の話を」 そこでちょうど屯所とは別の建物の前に来て、土方は足を止めた。 「ここが離れな。客の接待とかに使うつもりで造ったんだろうが今のところ物置だ。監察方は仕事がないときはほとんど雑用係だから月に何度か暇を見つけて掃除してくれ。サボるといつの間にかあいつに荒らされてることがあるから要注意な。そうなると掃除の手間が三倍に膨れ上がる」 あいつ、と言ったところで土方は彼方を指差した。まだ若葉の生い茂る、銀杏の木の上。青々とした葉に混じって、黒い物体が見えた。一瞬巨大なゴキブリかという思いが頭をよぎったがもちろんそんなはずはなく、真選組の隊服を着たただの人間だった。木の枝に寄りかかって静かな寝息を立てている。 珈琲にミルクを落としたような柔らかい茶色の髪がやけに目を引く。顔の半分は変なアイマスクで覆われていてわからないが、たぶんずいぶん整った顔立ちをしているだろうということは残り半分から容易に察せた。 言われずともすぐにわかった。この人が近藤と土方の言っていた「あいつ」なのだ。確かにこれではある意味落ちていたと言う形容が近い。 「あの、この人は……」 「待ってろ今捕まえるから」 山崎の言葉を聞かず、土方はおもむろに石を拾い上げ「あいつ」目掛けて全力投球した。 石は顔面目掛けてすごい速さで飛んでいき、ぶつかる、と思ったときには「あいつ」のほうが動いていた。アイマスクをしているので見えているはずはないのに、そんなことをまるで感じさせない素早い動きで石を片手で受け止めた。 そこまではよかったのだが自分が木の上にいたことはすっかり忘れていたのか、ぐらりと体が大きく傾いて枝から落っこちる。 「あっ」 声を上げたのは山崎のほうで、落ちている「あいつ」本人も落とした土方も何も言わなかった。そのかわりに土方はいつの間にか「あいつ」の落ちてくる地点に立っていて、地面と衝突する前にその体を両腕で受け止めようと待ち構えていた。向こうもそれをきちんと予測していたのか、はたまた見捨てられても自分で着地できる自信でもあったのか、それはよくわからないがその体はすぽっと土方の腕に収まってしまった。 しばらくして気だるげにその手が動き、アイマスクを首までずり下ろす。それから柔らかく欠伸をして土方の顔を見上げた。 「あーあ。寝起きに見たくない顔見ちまった。この寝覚めの悪さ、どう責任とってくれるんですかィ」 「とらねぇよ。ほら、これ新顔の山崎」 顎で示されたほうを見やり、不満気に口を尖らせた。 「んー、なんだ目が二つ鼻が一つ口も一つ、昔ながらの顔じゃねぇか土方さんの嘘吐き」 とろんとした目を擦りながら、いろいろ衝撃的なことがありすぎて絶句している山崎の顔をぼんやり見上げる。目を擦っていた指をそのまま山崎に突きつけて、土方が紹介しただろうにまるで聞いていなかったのか彼は言った。 「お前誰でィ」 その言葉に山崎は我に返った。今日はもう何度となく繰り返した言葉を口に乗せる。 「きょ、今日から真選組に入隊した諸士調役兼監察の山崎退です。よろしくお願いします」 土方の腕から逃れ自分の足で立ってから、彼は不思議そうな顔をした。しばらく考えていたようだが答えは出なかったのか、後ろの土方を振り向いて尋ねる。 「土方さん。ここって俺という例外を除いて全国津々浦々のおっさんを集める組織じゃなかったんですかィ」 「違ぇよ。ここはおっさん友の会とかそういうんじゃないから。つーか俺もまだおっさんじゃねぇ」 「そういうこと言ってるあたりがおっさんでさァ」 それから山崎に向き直り、一言。 「えっと、そんで誰だっけ。忘れたからもう一度自己紹介プリーズ」 「諸士調役兼監察の山崎退です」 「あー、かんさつ。朝顔とか好きなんだ? それとも動物専門?」 「いや別にここ生態調査とか目的とした組織じゃねぇから。さっきからわざとかお前、いい加減目ェ覚ませ」 本当に隊士かという惚けっぷりに土方が心底呆れた溜息をつきながら、小さな頭を軽く小突いた。 「ほら、お前も自己紹介しろ」 「へい」 頷いて、彼はいままでの眠そうな顔を改めて笑みを浮かべた。右手を差し出して、自己紹介する。 「俺は沖田総悟。ふくちょーじょきんね。副長を除外するため勤めてんの。趣味は土方さん暗殺と寝ることと遊ぶことと食うことと暴れることと他いろいろ。ま、よろしくしてくれや」 「は、はぁ。あの、よろしくお願い……」 そこで言葉が止まる。後半はどうでもいいとして、前半の言葉がようやく頭の中で記憶とつながりを持つ。しかしそれは信じられない情報と繋がってしまった。 「……副長助勤の沖田って、もしかしてあの?」 まさか、という半信半疑の思いで聞いてみるとあっさり頷かれた。 「うん。たぶんその沖田であってる」 信じられなかった。噂に聞く真選組随一の剣客沖田総悟がまさかこんな子供だったなんて。若いということは知っていたがこれではただのマスコットではないか。しかも堂々と昼寝していたし。 「で、山崎。お前も自己紹介しろや」 「え? もう二回もしたんですけど……諸士調役兼監察の山崎です」 「違うだろそんなんじゃなくてさ、趣味とか好きなものとかそーゆうの」 不満気な顔で両手を腰に当て、山崎を見上げてくる。身長差とか女の子のような顔立ちとかに相手が男だとわかっていても嫌でもどきりとさせられて、動揺を悟られないよう取り繕うのに必死だった。 「趣味は、えっと、ミントンですけど」 山崎がそう言うなり顔を輝かせて、沖田は言った。 「みんとん。それおもしろい? 早速やろうぜ」 「え、ちょっと、あの」 早く行こうとぐいぐい手を引っ張る沖田のペースに流されそうになって困ったように山崎は土方を見た。しかし土方はあきらめたように銀杏の木に寄りかかって煙草の火なんぞつけている。 「土方さん、俺んとこ連れてきたってことはこいつ連れてっていいんですよね」 「気に入ったんなら持ってけ。屯所の案内だけしたから生活面とか教えてやれ。あ、くれぐれも抜け道とか俺の弱みとかどうでもいいこと漏らすなよ。あとお前の分の仕事残しとくから」 「よし、行くぞ山崎。ミントンっての教えてくれや」 「ちょっ、そんな引っ張らないでくださいってちゃんと行きますから」 沖田に連れまわされながら、遅ればせながら山崎は土方の言ったことを理解した。子守りというのは本当に文字通りの意味だったのだ。 「よーし、山崎行くぜー!」 それはそれで悪くないか。 あの噂に名高い沖田が無邪気に笑いながら自分と遊んでいるのを見て、山崎はそう思った。 入隊時から山崎が監察方だったかどうかは知りませんが沖田とのこのやり取りがやりたかったので間違ってても見逃してやってください。 沖田が副長助勤とか言ってるのでかなり初期の真選組。沖田はやりたい放題です。 05/12/11 |