籠鳥 〜転変〜 一見すればただの二階建てのぼろ宿で、入ってみれば完全会員制なのだから不審なことこの上ない。しかしあまりにぼろすぎることと客引きどころか看板すら出ていないせいで、全く宿に見えないのでそういう意味では今まで不審に思われなかったのも頷けるかもしれない。 「お客さん、大変申し訳ありませんがこちらは会員制でしてねぇ」 「総悟ォォォォ! どこだァァァァ!」 「あー俺たち客じゃねぇから。近藤さんうるせぇ」 放っておけば一人で無鉄砲に突っ込んでいきそうな近藤の首根っこを捕まえて、自分もはやる気持ちを抑えながら店員の男に尋ねた。 「俺たちガキを探してんだけどよぉ。ここに茶髪の総悟ってガキがいねぇか」 「いやぁ、知りませんね。そんな名前のお客様はこちらには泊まっておりません。どこかとお間違えでは?」 「じゃあ店のほうにいねぇか?」 その首に、すらりと引き抜いた刀の白刃を突きつける。へらへら笑いを浮かべていた顔が途端に恐怖に歪んだ。引きつった声が喉の奥から漏れる。 「もう一度聞くぞ。茶髪の総悟ってガキを知ってるか?」 刃が少しだけ動き、首に赤い筋が走る。それは切っ先を伝い、汚い木の床に新たな染みを作った。 「しし知ってる、知ってます。午前中におやっさんたちが確かそんなガキを」 「場所は?」 「しら、知らない。俺は本当に下っ端で、ここの連中の思想なんか関係ないし金がいいからいるだけで、だから頼む、命だけはぁぁっ」 入り口の騒ぎを聞きつけて、他の客や店員たちが集まり始めている。否、むしろ散り始めていた。腕利きの連中を呼びに行ったのか逃げ出すつもりなのかはわからないが、とにかく急いだ方がよさそうだ。 土方は男を殴って気絶させ、近藤のほうを振り仰いだ。 「近藤さんは二階を頼む。俺は一階を見て回る」 「よし、わかった。気をつけて行けよ」 「そっちもな。後で落ち合おう」 打ち合わせはそれだけで十分だった。近藤は向かってすぐのところにある階段へ、土方は脇の廊下を走り出した。 戦意のないものは無視してすれ違う。力量の差もわからず挑んできた愚か者は容赦なく斬り捨てた。力の有無に関わらず、刃を構えた瞬間から己の身を守るため目的を遂げるため、少しも躊躇うつもりはなかった。今までもこれからも土方はずっとそうして剣を振るう覚悟でいる。 襖を見つけるたびに力いっぱい蹴り開ける。大広間二つ、厨房一つ、トイレ一つを廻ったがどこにも総悟の姿はない。子供の姿は何度か見かけたがどれも黒髪の別人だった。 そろそろ全部廻り終えるだろう。そう思ったら廊下の向こうに入ってきた入り口が見えてきた。この店はぐるりと周りを一周できる仕組みらしい。 まだ開けていない部屋は二つあり、どちらも襖ではなくなぜか扉だった。 まず先に手前の扉を調べる。鍵がかけられていたので刀を突き刺して一度脆くしてから思いきり蹴りつけて破壊した。これで強盗傷害殺人に器物破損の罪が追加された。早く用を済ませて逃げないとこちらがしょっ引かれそうだ。 最後の部屋には明かり一つなく、土方が破壊した入り口から漏れ出る明かりだけが唯一中を照らし出した。 最初は希少価値のある生物の闇取引でもしているのかと思った。 しかしよく見れば小さな檻に入れられているのはどれも人間の子供で。 息を呑み、絶句した。 埃っぽくて明かり一つない衛生的も精神的にも最悪と思われる空間の、ところ狭しに檻が並べられている。床だけでは足りないのか棚が設けられていて、そこに檻ごと入っている者もあった。 その視線という視線全てが、土方に集まっている。 はっきり言って怖かった。あまりいい光景とはいえない。 「僕を買って。お腹が空いたよ。なんでもするから餌を頂戴」 「お侍さん。俺にしてよ。ここはとっても暗いし狭いんだ。広い外の部屋に出たいよ」 「僕を」「どうかお願いだから」「俺を買って」「言うこと聞くから」「せめて何か食べ物を」「なんでもするから」 檻から小さな手を伸ばし、口々にさざめく子供たち。よく見れば皆整った容貌だが、痩せこけている者や痣だらけの者も少なくない。 言葉と外見から普段彼らがどういう扱いを受けているかは想像に難くなかった。 こんな生き方を強いられている子供がいたのか。総悟もその一人だったのか。もし自分がと考えたらぞっとした。考えたくなかった。 「黙れ!」 彼らの言葉を何一つ聞きたくなくて、力いっぱい傍の壁を殴りつけた。音は部屋中に反響し、驚いた子供たちは一斉に口をつぐんだ。それでも視線はそのままで、じっと土方を見つめて次の言葉を待っている。 「俺は客じゃねぇ。かといって店の人間でもねぇ。ここにはガキを一人探しに来ただけだ。たぶんお前らと同じような奴だ。見たところこの部屋にはいないようだが、沖田総悟ってぇ茶髪のガキを知らねぇか」 一刻も早くこの場を去りたくて早口で一気にまくし立てる。 首を傾げる者、隣の檻の子供と顔を見合わせるもの、お腹が空いたと啜り泣きを始める者。これは駄目かと諦めかけたその時、やっと「知ってる」という声が上がった。 「あの喋らない子でしょ? 僕見たよ」 「一番強い子、今日帰ってきた。ぐったりしてたけど生きてる」 他にも何人かが声を上げる。生きていると聞いて、土方は少しほっとした。ここに来たのは無駄ではなかった。 「場所、わかるか」 「地下のほうへ連れてかれたよ。大切だからどこにも行かないように一人で閉じ込めて飼うんだって話してた」 「地下?」 「廊下を出て、ちょっと右」 一番入り口の近くにいた子供がポツリと呟いた。 「助かった。ありがとよ。全部ケリがついたらお前らもここから出してやっから大人しく待ってろ」 部屋中を見渡して全員に聞こえるように言って、土方は背を向ける。 走り出そうとした背中に、そのうちの一人が声をかけた。 「お侍さん、神様?」 振り返り、顔をしかめる。声の主を探したが誰だかわからなかったので、適当に声がした方を見て言った。 「神は誰も救わねぇよ。人を救うのは人だ。それに俺はお前らのために来たわけじゃない」 もう一度背を向けて、走り出す。 「神様が救うんじゃなくて、救ってくれれば神様なんだ」 追いかけてきた声に、今度は振り返らなかった。 入り口を出て右。すぐのところ。たしかにそれらしきものがあった。 慌しい。せっかくの酒が台無しだ。空になった杯をからからと転がす。中にほんの少しだけ残っていた雫が畳を濡らしたが誰も咎めはしなかった。 「で、誰だよ暴れてる奴ぁ。幕府の連中じゃねんだろ?」 「なんか子供の保護者とか自称してるみたいですよ」 へ、と鼻で笑う。そんな冗談を言う奴がいるとは思わなかった。 「あいつらに連れ戻しに来る親なんざいるわけねーだろ。それよりあいつぁどうしたんだよ。久々に構ってやろうと思ってわざわざ足運んだってのに」 「いやなんか殺しの仕事やってそのまま行方不明だったらしいんですけど、今日帰ってきたみたいですよ」 「じゃあ連れて来いよ。店の主人は酒の追加も持ってこねぇでどうしたってんだ。あぁ?」 ぶつぶつと言いながら、寂しくなった口許に煙管を咥える。開け放った窓から下を眺めやれば、近隣の住人が集まって通報がどうのと相談しあっていた。騒ぎが外に漏れているらしい。 「あーあ、つっまんねぇの。このアジトももう終わりか。次はもうちょいましなアジトに引っ越すぞ俺は。大体ここじゃあいくら呼んでもあの馬鹿は来ねーしいるのはガキばっかときたもんだ」 彼が立ち上がると他の者も立ち上がった。転がっていた杯を軽く蹴って壁に追いやり、さぁてどこから逃げるかねとのんびり周囲に視線を廻らす。 「手ぇ貸さなくていいんですか? ここの主人にゃそれなりに世話になったしガキも役に立ったでしょうに」 「言っただろ。ここは俺の趣味じゃねんだよ。俺ぁガキに暗殺術仕込めって頼まれて来てやっただけだからな。それに」 言いかけて、薄い笑いを浮かべながら耳を澄ます。様々な声に混じってひときわ大きく、やかましい声が聞こえた。 「総悟ォォォ、いたら返事しろォォォ!」 声はすごいスピードで最奥の部屋、つまりここに近づいている。剣戟の音がするので戦いながら向かっているようだが結構な速度である。相手はどうやらそれなりの使い手らしい。 「次に会う時は俺と殺り合えるくらい強くなってりゃおもしれぇんだがな」 「は? 誰のことを」 「いいから行くぞ。パターンBで各自同志を回収しながら西のアジト集合。明朝までに来なかった奴ァ見捨てるからそのつもりで」 それだけ言って、ひらりと窓から飛び降りる。集まって相談していた近隣の住民たちのど真ん中に着地して、振り返りもせず走り出す。その姿はあっという間に闇に紛れ、低い笑い声だけが余韻として残された。 外が騒がしい。何気なく天井(といっても檻があって見えないのだが)を仰いで総悟は首を傾げた。上のほうで何かあったのだろうか。あったとしても自分にはたぶん関係ないのだろうが、全く気にならないわけでもない。 そんなことを思いながら、することもなくぼんやりしていた。薄暗い部屋に放置され、既に時間間隔は心許なくなっている。 ガチャガチャと鍵穴に鍵を差し込む音がしたのは、騒がしくなってしばらく経った頃だった。店の主人と、雑用をこなしている下っ端の男たち。指折り数えて計4人だと確認する。最近数の数え方を近藤に教わって、10まで数えられるようになった。 「急いでこいつを外に出せ。逃げられるなよ」 「へい」 血相を変えてやってきたかと思えば総悟を出しに来たらしい。もう仕事の時間だろうか。今更抵抗する気も起きなかったし腹も減っていたので、総悟は大人しく檻が開くのを待っていた。 「畜生、あいつら逃げやがった。散々よくしてやったってのにちょっと面倒になれば切り捨てんのか。でも俺ぁ諦めねぇぞ、こいつを人質に使えばいいんだ。そうだ、簡単じゃねぇか! おら、とっととしやがれ、ぐずぐずすんな!」 主人は雑用を急かしながら喚き散らす。話からしてどうやら仕事ではないらしい。総悟は頭が悪いので状況は飲み込めないが、自分を何かに利用するつもりらしいことはわかった。 それにしても彼らはよほど慌てているのか、鍵束の鍵の中からいつまで経っても総悟の檻の鍵を見つけられない。この檻の鍵は16番で、総悟の方が先に16と書かれたシールの張られた鍵を束から見つけてしまった。しかし教えてやる気はないので黙って16が鍵束に埋もれていくのを見送った。 ふと、顔を上げる。他にも誰かがこちらへやってくる音を聞いた気がして。 しかしそれを感じ取ったのは総悟だけらしく、4人は誰も顔を上げない。 それでも総悟だけは見ていた。見るはずのない人がそこに現れるのを。 「よぉ、遅くなって悪かったな」 ひじかたさん、口を開きかけて声が出ないことを思い出す。それでも形だけを作って、無性に懐かしさを覚えるその名を呼んだ。 「来やがったか!」 4人が同時に振り向く。主人以外の3人が短刀を取り出し土方のほうに構えた。 遅い、と土方が呟く。総悟も心の中で同じことを口にする。 そこから先はあっという間だった。たった一歩で間合いを詰め、最初の一人を刀の鞘で殴り飛ばす。横から短刀を振り上げた男の顎を蹴り上げて、最後の一人は蹴られた男が吹っ飛ぶのに巻き込まれてバランスを崩し、土方が投げた鞘が脳天に直撃して気を失った。 抜き身の刀は血で濡れてこそいるものの、それを使わず一瞬で3人を昏倒させてしまった。 初めて会ったときに一戦交えて強いとは薄々思っていたが、これほどとは思わなかった。総悟に殺し方を教えた男とどちらが強いだろうか。 「こいつに血ぃ見せんのは気が引けるんでね、大人しくそいつを返してくれりゃあ殺しはしねぇ」 刃を真っ直ぐ主人に向けて、どすのきいた低い声で言う。土方の強さに圧倒されたのだろう。主人はぺたんと檻の脇に腰を抜かしていた。 「言っとくが助けは来ないぜ。今頃連れが二階は制圧しちまってるだろうからな」 その言葉はたぶん正しい。いつの間にか上のほうはさっきまでの騒々しさが抜けていて、静寂とまではいかないもののそれなりの静けさを取り戻していた。 ひょっとして、自分は帰れるのだろうか? 総悟の胸に小さな希望の灯が灯る。 総悟はこの店で土方と同じかそれ以上に強い人を知っている。 しかしあの人はここが好きではないらしいのでたぶん命を張ってまで守ろうとはしないだろう。よく総悟に「俺は早く帰りてぇんだ」と心底つまらなそうに漏らしていたのを覚えている。 帰れる? 本当に? ガチャリ、金属音が耳元で響いた。 こめかみに冷たい感触。 「動くな。お前はこいつがほしいんだろ。来れば撃つぞ。撃つからな!」 拳銃だ。横目で見てそれを確認し、総悟は体が強張るのを感じた。腰を抜かしたままでも引き金は引ける。 覚えのない恐怖。今まで死んだって構わないと思っていたのに。殺しのターゲットや近侍にどんな武器を向けられようと、今まで一度も怖いだなんて思ったことはないはずなのに。 ちっ、と土方が舌打ちをする。向けていた刀をゆっくりと降ろした。 土方の腕ならば一瞬で主人の首を刎ねることくらいたぶん造作もないだろう。しかしそうすればその反動で引き金を引きかねない。だから動けないのだ。 「動くなよ。こいつの命が惜しけりゃこの場で自害しろ」 「腹でも斬れってか」 「やり方くらいは選ばせてやるさ。そうすれば総は生かしといてもいい。なんだかんだいってこいつの暗殺技術と体は使えるからな」 土方がもう一度舌打ちして、主人はにやりと笑みを浮かべる。総悟はただ状況を見守っていた。 自分はどうしてこんなに足手まといなのだろう。力があるのに、それを使うことすらできず今もこうして迷惑ばかりかけている。 頬を涙が伝う。何か言いたいのに、言葉は何も出てこない。どうしていいのかわからない。無意識のうちに懐に手をやって、あのかんざしを握り締めていた。 「総悟よぉ、お前はまた泣くだけか?」 こんなときなのに、いつもと変わらぬ口調で。総悟が一人で帰ろうとしたのを引き止めたときと同じ顔で。 「黙れ! 黙らないと今すぐこいつを」 その言葉を無視して遮って、土方は真っ直ぐ総悟を見ていた。 「前にも言ったはずだよな。てめぇのことはてめぇで決めろ。お前の世界を回すのは他の誰でもないお前だけだ」 おれのせかい、小さく口を動かして形だけを作ってみる。 この世界に楽園なんてないのだと思っていた。 楽園を見つけて、自分はここにいてはいけないのだと思った。それでもこの人は総悟がそこにいることを許してくれた。近藤も温かく迎えてくれた。 ここにいたい。かえりたい。 それは思っているだけでは駄目なのだ。願っているだけでは足りないのだ。 動かなくては駄目なのだ。 檻の隙間から差し込まれた拳銃の筒を両手で押さえ込む。狙いを逸らそうと渾身の力でそれを上向けた。 「てめ、このやろ! 離せ!」 主人も両手で応戦し、二人で揉み合う。ヒュウ、と土方が口笛を吹いた。はっと驚いて主人の注意がわずかに逸れる。 その隙を見逃さず総悟は急に両手を離した。せめぎあっていた力の片方が急になくなって銃口が上向く。 バン! 激しい音が鼓膜を震わせる。銃弾は檻の天井部分に当たって跳ね返り、外の床にめり込んだ。 今だ。総悟は懐からかんざしを取り出して、力いっぱい主人の右手の甲に突き立てた。 「ぎゃっ!」 悲鳴を上げ、握力が緩んだのを見てさっと拳銃を奪い取るや否やまったく逆方向に投げ捨てた。 からからと埃っぽい床を滑る拳銃を目で追って、主人の顔が絶望の色に染まる。 総悟はその顔に向けてざまーみろという意味を込めて笑みを送った。 「上出来だ。やっぱお前に籠の鳥は似合わねぇよ」 声と共に疾風のごとく間合いを詰め、白刃が行き過ぎる。赤黒い汚れを浴びてなお光るその輝きは妖しいほどに美しかった。 刃が肉を貫く音も、血の雨が降る気配もない。 土方の刀は主人の首の皮一枚を切っただけで、さっきの拳銃の暴発のせいで聴覚が麻痺しかけていた総悟の耳には主人の醜い叫び声しか聞こえなかった。 大して斬られてもいないのに主人はだらしなく気絶していた。 総悟はもう一度指折り数え、倒れている人数を確かめる。1、2、3、4。これで全部だ。 土方はふうと息を吐いて血を払ってから刀を鞘に収めた。床に落ちていた鍵束を拾い上げ、檻の前にやってくる。 「ったく、危ねぇ真似しやがって。下手したらお前撃たれてたぞ。で、これどの鍵で開くんだ?」 あんたが唆したくせに。そう言ってやりたかったけど言えないしどうせ言わなくてもわかっているような気がして、とりあえず檻から飛び出して一番に総悟はその首に抱きついた。 それからすぐに近藤とも合流し、誰かが呼んだらしい警察と鉢合わせする前に三人は逃げ出した。近藤の話だと二階にいた連中の大半は他所に逃げて行ったらしい。 今、三人は宿を取巻く野次馬の輪から離れた物陰から様子を窺っている。 逮捕された店の主人や浪士たちとは別に、総悟のように檻に入れられていた子供たちが手を引かれて外へ出てくる。 くい、と土方の服の裾を引っ張って尋ねたら「問題ねぇよ」と短い答えが返ってきた。 「総悟ぉ、本当に無事でよかった。すっごい心配したんだぞ。ううっ、ぐすぐす」 近藤は再会してからずっとこんな調子で、今も総悟を抱きしめて頬擦りしたまま離れない。土方は呆れて近藤を見ていたが、総悟は別に悪い気はしなかったのでそのまま放っておいた。 これでこの宿はお終いだろう。長いこと総悟や他の子供たちを養い、苦しめてきた宿はたった二人の浪士によってあっけなく潰れてしまった。 これでもう自由なのだ。どこへでも好きなところへ行くことができる。青い空と白い雲と明るい太陽の下で。 「総悟、お前はこれからどうするんだ?」 総悟を見下ろし、土方は問う。近藤が「決まってるだろこいつは俺の子に」と言いかけたところでそれを小突いて黙らせた。 「あのガキどもはたぶん幕府の施設に送られる。あそこなら幕府の金で大人になって働けるようになるまで養ってくれるだろ。医療だってきちんとしてるはずだから、町医者なんかじゃなくてもっと大きな病院で見てもらえるぞ」 「そうだな。そちらのほうが総悟の声はよくなるかもしれん。でも総悟が施設に入っても絶対遊びに行くからな。毎日通うぞ俺は」 近藤も頷いてそれに同意した。 自分はここにいてはいけないのだろうか。少し前の総悟なら、そう思っていたかもしれない。それでも今はもう違う。ちゃんと答えは決まっている。 ここにいたい。 真っ直ぐに二人を見て、はっきりと口を動かす。迷惑だといわれようが、そう決めたのだ。うんざりするほど迷惑かけまくってやる。 「よし、じゃあここにいろ」 「といってもあれトシの家じゃなくて俺の家だから。総悟は俺んちの子になるんだもんなー?」 頭を撫でながらの近藤の言葉に、総悟は笑って頷いた。隣から手を出して土方が総悟の頬を引っ張る。そうしてじゃれあいながら、三人は仲良く近藤の家に帰って行った。 総悟はまだ声を取り戻せてはいない。 それでもいつか、自分はまた話せるようになるだろうと漠然と思っていた。 いきなりは無理でも、少しずつ止まった時間を動かすのだ。ゆっくりゆっくり世界を回して、きっとやがてその日は来る。 とりあえず今はやっと手に入れた楽園のような世界を楽しもうと、自分で決めた。 ここまでやって結局総悟は喋れないままなのかという話ですがそれはまた別の機会に。心の傷がそう簡単に癒えるはずないと思うので。 ここまでお付き合いくださりありがとうございました。 05/12/30 |