あとどれだけ


 ゲームの敵に無限沸きという奴がある。倒しても倒してもキリがなく、どこからともなく同じ敵が何度も何度も湧き出てくるのだ。
 たぶんこの始末書も無限沸きなんじゃないかと思う。だってさっきから書いても書いても減りやしない。無限沸きじゃなければあれだ。隣でおんなじことしてる土方さんが、俺への嫌がらせをこめてこっそり増やしてるんだ。そうに違いない。

「土方さん、さっきから書類が減らねぇんですけど嫌がらせはやめてくだせェ」
「してねーよ。そりゃお前の作業が遅いだけだろ。俺はもう半分終わったぞ」
「じゃあ俺のも半分頼みまさァ」
「い・や・だ・ね」
「けちー」

 俺よりずっと年上のくせに、こういうとこだけガキっぽい。変なところにこだわるのだ。俺が書類仕事苦手なのわかってるくせに。戦いよりそっちのほうが得意そうな土方さんと半分こなんて絶対間違ってる。よくわかんないけどロードーサンポーとかその辺きっと引っかかってるんじゃねぇの。

「大体この始末書の半分はお前絡みだろ。毎回毎回派手に暴れやがって」
「土方さんも割とよく一緒に暴れてんでしょう。そういえば土方さんへ色街の女たちから時々慰謝料請求が来るって本当ですかィ。あれも被害届けだされたらやっぱ始末書?」
「ノーコメントだ。って、これ山崎のミントンラケットじゃねぇか。なんで始末書回ってきてんだよ、んなもん弁償するかっての」

 ノーコメントってことは本当に来ているのだろうか。よくもまあこんなマヨネーズしか愛せない可哀想男のことを愛せる女がいるものだ。俺が女だったら絶対に嫌だね。土方さんと結婚するくらいならマヨネーズを婿にもらったほうが幾分ましだ。これもちょっと嫌だけど突然サカりださない分、土方さんよりかはまだ。

「それにしても今月はずいぶん暴れたな」
「チャイナのやつが喧嘩売ってきたもんでつい」
「ついじゃねぇよ壊すときは隊服脱いで壊せ。そんでもって見つからないよう逃げて来い」
「へーい」

 普通これ違うこと言うんじゃねぇの。教育方針間違ってねェ? なんてちょっと思ったけどありきたりなお説教なんて聞いたら耳が腐っちまうから、もちろん言わない。次から暴れるときは仮面でもかぶろうか。たしか昔なんかのお祭りで近藤さんが買ってくれたお面くらいならあったかもしれない。

「それと壊した分で経費でおりないのは、つーかほとんどだけど、お前の給料から引いとくからな」
「げ。マジでか」

 俺ってばそれで先月も給料が半分くらいしかもらえなかったのに。半分の給料で生きてくのって結構辛いんだってことをこの一ヶ月で十分に学習した。でも半分にしない方法まで一度で学習できるほどできのいい頭じゃないから、来月もどうやら給料は雀の涙らしい。あーやばいよこれ。マジで俺生きてけないって冗談抜きで。死んじゃうんじゃないの俺。

 俺は今の自分の所持金と来月の給料と、近いうちに入用になるものの金額を書類の裏に書いてちょっと計算してみた。万年筆で書いちゃったもんだから土方さんに小突かれた。でももう書いちゃったから不可抗力ってことで二人で見なかったことにしとく。

「土方さん再来月に返すんで二万七千円ほど貸してくだせェ」

 計算の末に出した結論はこれだった。どう考えても二万七千円ほど足りない。給料出たらその日のうちに口座から全部下ろしちゃうからもちろん貯金なんて一円もない。これが噂のゼロ金利政策ってやつかな。

「いいけど、お前そんなに何に使うんだよ」
「食べ物」

 嘘は言ってない。断じて言ってない。最近の俺の給料の大半は食べ物に持ってかれてる。おかげでおもちゃもゲームも前よりあんまし買えなくなった。

 俺の簡潔な答えに驚き混じりの呆れ顔を浮かべながらも、土方さんは特に渋る様子もなく懐から財布を取り出した。土方さんは俺と違って金持ちだから、数万くらい財布からぱっと出てくる。副長って隊長より給料どれくらい多いんだろ。でも俺が副長になったらやっぱりゼロ金利政策だろうな。たぶんこれは給料の差じゃなくて計画性の差なんだろうから。

「助かりやした。再来月には山崎から借りてでも返すんで」
「そんな返し方するくらいなら物壊すんじゃねぇよ」
「せいぜい気をつけまさァ」

 一応感謝しているので、お礼くらいは言っておく。そして今日から物を壊すのを控えようと心に決めた。この金銭事情はマジでやばいから。

「しっかし、そんなに食べてよく太らねぇな。つーかむしろ痩せてねぇ?」
「そうですかね」

 土方さんは言いながら俺の腕とか腰とかをべたべた触り始め、やっぱり細くなったと不満そうにブツブツ漏らした。
 触っただけでわかるほど俺が痩せているのか、触っただけでわかるくらいこの人がしょっちゅう俺に触っているのか。なんかどちらにしても情けないというかアホらしいというか。

「お前何食ってるんだよ。それとも秘密でダイエットでもしてんのか?」
「してるわけねーでしょう女じゃあるめぇし」

 敢えて何を食べているかの質問はスルーして、後者の質問だけに答える。
 土方さんに嘘は絶対通用しないけど、こういうのは割と通用することを俺は知ってる。俺の読んだとおり土方さんは自分の質問の答えをはぐらかされたことなんかぜんぜん気づきやしなかった。

 土方さんは俺に触るのにすっかりはまっちまったらしく、万年筆は始末書と一緒に机の上に放り出して、まだ俺で遊んでる。頭の天辺に乗せられた手が頬を滑り、肩から腕、腰へと動く。
 気がつけばいつの間にか抱きしめられていて、こんなところで真昼間から始める気かと思うと誰か来やしないかと少しドキドキした。こんなところを見られたら何を言われるか。やっぱこれもばれたら始末書かね。つーかこれマジで始めるわけ? うっそマジで?

「始末書どうすんですか」
「飽きた」

 一度腕を緩めて正面に抱きなおし、まだ何か言おうとしていた俺の唇を塞ぐ。
 言葉で言わなくても目と舌が口を開けろと言っていて、まあ誰か来ても俺の悪戯ってことで誤魔化せるかなと思って素直に口を開けてやった。どうせ気が済むまで放す気ないんだろうし。


 何度も何度もキスをする。角度を変えて舌を絡めて深く深く狂った二匹の獣のように。


 あとどれだけそうすれば、俺たちは満足するのだろう。
 あとどれだけ罪を重ねれば、俺たちは気が済むのだろう。


 誰にも秘密の恋をして、愛し合っているような行為をして、俺たちはあとどれだけ夢を見続けていられるのか。


 なんとなくそんなことを思って、キスの合間に聞いてみた。

「土方さん、俺たちは生きてる間に後どれだけこういうことするんでしょうね」
「あぁ? んなもんしたいだけに決まってんだろ。……それとも嫌かよ」

 楽しそうだった顔がちょっとだけ不機嫌そうになって、それが気に入っちまったもんで俺は自分から触れるだけの軽いキスをしてやった。

「好きですよ」

 でも愛してはいない。
 大好きなだけ。失ったら世界がぶっ壊れちまうくらいに大切なだけ。

 言ったらきっと変な顔するから、絶対に言わないけど。

「なんだよ突然」
「別に深い意味は」
「ちょっと待てないのかよ深い意味。そこは深い意味持たせるべきところだろ」

 なんと言い返そうかと思ったそのとき、俺のズボンのポケットで携帯のバイブが鳴った。バイブレーションタイプC。どこからかかってきたのかすぐに察知して、俺は土方さんの腕をよっこらせとどかして立ち上がった。

「ちょっと用があるんで抜けさしてもらいまさァ」
「っておい始末書はどうすんだよ」
「だって飽きたんでしょう」
「いや俺はそれでも半分片付いてんだって」

 いつまでやっても減らない無限沸きと戦うなんて馬鹿らしい。無限沸き攻略の鉄則は逃げなのだ。
 ズボンの上から鳴り続ける携帯をそっと触って、俺は部屋を出て行こうとした。

「総悟、続きは夜な」
「へいへい。りょーかい」

 もちろん始末書の話をしてるんじゃないってことはわかっていて、ちょっとうんざりしたけど始末書押し付ける代わりに少しくらい付き合ってやることにした。

 あとどれだけ、そんな行為を繰り返すのかと、どこか他人事のように思いながら。






 その辺に誰もいないことを確認して、俺は自分の部屋の障子をぴっちり閉めた。
 ズボンのポケットからもうとっくに切れてしまった携帯電話を取り出した。パカっと開けば着信履歴には予想通りの番号が表示されていて、俺はすぐにリダイヤルボタンを押した。
 向こうもすぐにかけ直してくるだろうと踏んでいたのか、2コール目ですぐに繋がった。

「もしもし沖田です。すいません仕事中だったもんで。嫌だな元気だったら医者通いなんてしてませんぜ。はい、えっと前回のより副作用軽いんでそういう意味じゃ楽ですけどあとはいまいち変わらないような」

 携帯電話が入ってたのと反対のズボンに手をやって、そこにあるものを確認する。
 これの前に飲んでたやつはとにかくひどかった。治せる可能性があるなら非合法のやつでも構わないって言ったのはたしかに俺だけど、あれは非合法なのが当然ってくらいひどかった。まずいし眩暈と吐き気はするし全然効かねぇし。

「明日? はい、わかり……いややっぱ今日で頼みます。明日非番なんだけどちょっといろいろありまして」

 今夜お呼ばれされたから明日は人に見せられる体じゃないんですとはちょっと言えなくて、適当に言葉を濁して誤魔化した。どうせあの人きれいに抱いてって言っても聞いちゃくれないんだ。

 そんな感じで電話を切って、俺はため息をついた。これから病院に行くのかと思うとなんだかちょっと気が重い。病院は前から好きじゃなかったけど、最近は行く度に余命いつですかみたいな感じだし山ほどまっずい薬もらわなきゃいけないしお金かかるし、前よりもっと嫌いになった。

 まずい薬、面倒くさい病院通い、忘れたころにやってくる鬱陶しいほどの咳。

 あとどれだけ、こんな生活続けるのか。
 あとどれだけ、薬にすがって生きられるのか。


「好きですよ。でも愛しちゃいない」


 さっき言った言葉、言わなかった言葉、言わなくてもきっと気づかれている真実。それらを全部吐き出して。
 押入れに背を持たせかけ、そのままずるずると畳の上に座り込んだ。役立たずで足手まといの胸を服の上から鷲掴みにして、このままこいつだけ闇に葬れたらいいのにと半ば本気で思う。



 愛してない。愛さない。絶対にそう誓うから、だからどうか俺のことをもうこれ以上は愛さないで。
 俺がいなくなってもあんたが壊れちまわないように、どうか俺を愛さないで。



「…けほっ……、ごほっ…けほっ」


 ゆっくりゆっくり、見えない何かが俺の体を侵していく。ああまたかと頭の隅のほうで冷静に思いながら、震える手で、ポケットから薬の入った紙包みを取り出した。身をよじって押入れを開けて倒れこむような形で、いつもそこに置いている水筒に手を伸ばして蓋を開けた。



 ねえ土方さん、俺たちはあとどれだけ同じ夢を見ていられるんでしょうね。
 あと、どれだけ――――




 たまには一人称で。というか一人称小説のリハビリ特訓。
 結構病状は進行しているけれど、ぎりぎり血は吐いていないかなくらいの時期だと思ってください。

06/01/27