贈答合戦 目下のところ土方にとって最強最大の敵は、ヤクザな熊のぬいぐるみである。 というかはじめはヤクザでもなんでもないただの熊のぬいぐるみだった。ずいぶんと昔、喧嘩したか何かの折に土方が沖田に買ってやったものである。 気に入っているのかいないのか判断はつかないが、とにかく結果から言えば沖田は現在もこのぬいぐるみを所持しており、そしてなぜかヤクザに改造してしまった。 最初に被害にあったのはかんざしだった。 「ねー土方さん。ほら見て、昨日もらったやつ武器にぴったしなの!」 「……っておい、マジで?」 うれしそうに顔を輝かせて走ってきた沖田は両腕で抱きこむようにして例の熊のぬいぐるみを抱いていた。聞いても教えてくれないので理由はわからないが、とにかく既にこの時点で熊はヤクザになっていた。なぜか安物のグラサンをつけていたのである。よく見ると片目がなくなっているようである。 そして土方が昨日ボーナスが出たついでにくれてやったかんざしは、ぬいぐるみの右手を貫通して刺さっていた。 「ちょっと飾りが邪魔かもしんないけど戦ったら強そうでかっこよくなったの。ってなんで土方さん悲しそうな顔してんの?」 使い方は渡すときに教えたので理解しているはずなのだが、何がどう間違ってこういう使い方に走ってしまったのだろう。 とにかく土方はこの時決意したのだ。来月の給料日こそ贈ったものを沖田に使わせてみせると。 そんなわけで次はピアスを買った。これならば小さいから邪魔にもならないし、つけてくれるだろうと思ってのことだった。 しかし翌日、先月の今日を連想させるようにまた両腕でヤクザ熊を抱きしめてうれしそうに走ってきた。 「見て見て土方さん! 肩当てができて防御力も上がったの!」 この熊は何と戦うのだろう。何よりもまず土方はそう思った。 次に送った女物の靴はヤクザ熊の乗り物にされてしまった。反物は切り刻まれてヤクザ熊のマントにされてしまった。リボンは命綱にされてしまった。決死の覚悟で送った指輪はヤクザ熊のアンクレットにされてしまった。 ネックレス、巾着、帽子、ブローチ、鏡台、ブレスレット、その他諸々。とにかく男が女にプレゼントするようなものはあらかた贈った。しかしどれも例外なくヤクザ熊の備品にされてしまい、本人が興味を示すものは一つとしてなかった。 そんな感じで気がつけばヤクザ熊はずいぶんと豪勢になっていた。ごてごてしいと言ってもいいくらいに。武器は多種多様にそろえられ、防具も状況に応じていろいろなものを装着できる。さらには乗り物や基地まで手にし、何と戦っているのかも不明なうちにヤクザ熊はずいぶんとリッチな生活をしているようだ。 「いい加減あきらめたらどうですか。そんな無駄金使う余裕があるんならかわいい部下を飲みにでも連れてってくださいよ」 「うるせー。お前に何がわかる。あきらめねぇぞ俺は」 馬鹿にしたような山崎に仏頂面で言って、土方は一人ヤケ酒を煽った。 あんなヤクザな熊のぬいぐるみのために贈ったのではないというのに、本当に贈りたい相手にはまだあのぬいぐるみ一つしか受け取ってもらえていない。 沖田の部屋は汚い。本人にもそれは自覚がある。 「足の踏み場なくなってきたなぁ。ねぇ、お前もそう思うでしょ?」 作戦総本部、もとい鏡台の上にちょこんと座った熊のぬいぐるみに沖田は語りかけた。 土方がいろいろなものをくれるせいで部屋がとんでもないことになりつつある。寝場所は既に確保できなくなっているので押入れで寝ている。 掃除に来るたびに困り果てる山崎に言わせれば、普通は逆なのだそうだ。つまりは沖田が床で寝て、物が押入れに入る。しかしそれではもらったものを見たいときに見られない。遊びたくなったときに遊べない。そして視界に入らないとすぐに存在を忘れる。だから現状維持。 この部屋は汚い。しかしそれでも毎週欠かさず掃除してくれる山崎は偉い。その誠意に感謝の意を込めてせめて布団を干すのに運び出しやすいように部屋の入り口から押入れまでくらいは足の踏み場でも作っておこうか。 そんなことを思い、沖田はぐるりと物に溢れ返った自分の部屋を見回した。 「お前、あたしよりいい生活してんじゃないの。あたしの部屋は実質上押入れだってのに」 しゃがみこんで鏡台に座るぬいぐるみを正面から見据え、ぴんと人差し指ではじく。ぬいぐるみはこてんと後ろにひっくり返り、アンクレットもとい指輪がかちゃりと音を立てた。 「あたしはきっとこういうの似合わないから、お前がかわりに使ってね。そのたびに土方さんにお前を見せてあげるから」 沖田は土方にもらったものをどうしていいのかわからなかった。使い方を聞いたところでとてもじゃないが自分なんかに似合うとは思えない。町ですれ違う女たちと自分ではずいぶんと違いすぎるのだ。 沖田は彼らを軽蔑こそしてはいないが、ああいう風になりたいとは思わなかった。なれるとも思わなかった。 「それに土方さんがくれるもの、お仕事するのに邪魔なんだよなぁ」 しかしいらないと言ったらたぶんものすごくがっかりするだろうし、別にうれしくないわけではないのだ。使うのは似合わなくてがっかりしそうだから嫌だが、眺めているのは結構好きだ。土方がくれるものはどれもかわいくて、沖田の趣味に合うものばかりだから。 「そーだ。今度さ、土方さんにおねだりしてみよっか。お前のお友達。それともお嫁さんがいい? あ、でもお前は土方さんみたいに女たらしになっちゃ駄目だからね」 倒れたぬいぐるみを手にとって抱きしめて、沖田はどんなぬいぐるみがいいかと考えを巡らせた。 最近はどんなぬいぐるみがあるのだろう。こいつみたいにかっこよく強そうなやつに改造しがいのあるやつがいい。 「名前はどーしよっか。やっぱいさおかな。 さがる……は弱そうかな。あ、ぎんときとかどう? あの人強かったよねぇ。土方さんやっつけちゃったんだもん。今度あたしも手合わせしてもらおっかなー」 とりあえずまずはおねだりだ。そんなに値の張るものではないし来月何もいらないからって言えばきっとこれくらい買ってくれるだろう。そうしたら土方からもらったものを使う機会も二倍に増えて土方も喜ぶだろう。 「よし、ちょっと行って来るからいい子にお留守番してるんだよ。とーしろー!」 鏡台の上に戻されたぬいぐるみの名を呼んで、沖田は小さくバイバイと手を振って障子を閉めた。 この時間なら土方はきっと部屋にいる。そうだ今度は土方に名前をつけさせてあげようか。いつもいろいろもらっているのだし名付け親にしてあげてもいいかもしれない。 「ひーじかーたさんっ、入っていい? あのね、あたしほしいものがあるんだけど」 ぬいぐるみのサングラスは、せっかく土方からもらったのに目がとれてしまったことを隠すために使っています。ヤクザへの第一歩。土方はもちろん熊の名前は知りません。 06/02/24 |