恋人宣言

 休日のゲームセンターにて。人気は既に過ぎ去ったが沖田は変わらずご執心の落ちゲーの台に向かい合って二人で真剣勝負。しかしどちらの台も同じ財布からコインは出てくるこの不条理さ。

「はい俺の勝ちー。これで10連勝ですぜ」

 しかも払わされている割に全く勝てないところがより一層の空しさを誘う。沖田は頭が悪い分こういう感性でやるようなものは天才的にうまいのだ。それに土方はゲーム音痴なので基本的に相性が悪い。

「ったく、おもしろくもねぇこんなもん。そろそろ行くぞ」

 これ以上ここで負け続けていても精神衛生面に悪影響及ぼすばかりなので、土方はコンティニューを求めてくる画面を無視して立ち上がった。
 向かい側の台からこっちを覗き込んでニヤニヤしている沖田の腕を引っ張って無理やり立たせる。不満そうに小さく口を尖らせたが土方が勝手に歩き出すと後をついてきた。

「もう行くんですかィ。俺もっと遊びてェのに」
「金がねぇんだよ。これ以上遊んだら夕飯買って帰れねェ」
「あーあ。貧乏人は大変でィ」
「お前が言うな」

 その貧乏に大きな一役を買っているのが自分だということを重々承知の上でのこの台詞。倍の食費をかけさせているのも沖田だし、暇さえあれば遊びに連れて行ってとねだるのも沖田である。そして毎回ほいほい答えてしまう自分も相当の馬鹿で、かなりの重症じゃないかと思う。

 ゲームセンターを出てあてもなくぶらぶら歩いていたところで、沖田は突然下らないことを言い出した。

「土方さん、さっきゲームでぼろ負けしたから罰ゲームしましょうぜ」
「罰ゲーム?」

 話の種に持ち出すにはあまり聞こえのいい言葉ではない。少なくとも土方にとっては。
 しかし沖田は土方がそんな感想を抱いたことは表情を見て一瞬で悟っただろうに、尚更笑みを濃くするのだった。

「何がいいですかね」
「せめて金のかからないやつにしてくれ」

 どうせ罰ゲームなんかと拒否したところで、沖田はどんな手を使ってでも強制執行させようとするだろう。なので最低限の条件くらいはこちらでつけさせてもらうことにした。とりあえずこれ以上金を持っていかれたら本当に生活がままならない。給料日はまだ一週間も先なのだ。

 沖田は土方の要求を聞くつもりがあるのかないのか、楽しそうに笑いながら「何がいいですかねェ」と言ってしばらく考えていたが、しばらくして最大級にいいものが思いついたのか、寒気がするほどきれいに笑みを浮かべてみせた。

「よし、決めた。今から一番最初に会った知り合いに俺のことを恋人ですって紹介すること」
「は!? ちょっと待ておい!」

 狼狽する。立ち止まって沖田の顔を見て今の言葉が本気かどうか確かめる。駄目だこの目は間違いなく本気だと自覚して、今度は困惑が押し寄せてきた。土方の金を使わないという希望は取り入れられているものの、なんだってこんな洒落にならない罰ゲームをしなければならないのか。

「冗談に取ってくれそうな連中ならまだしも、ろくでもない奴だったらどうすんだよ」

 そうなれば困るのは土方だけではない。それどころか変な目で見られるのはおそらく沖田のほうだろう。男を抱く男より男に抱かれる男のほうが物好きな視線にさらされるにきまっている。
 それなのに沖田は涼しい顔をしていて、本当に頭が空で何もわかっていないのではないかと土方は不安になってきた。

「そのときはそのときでしょう」
「いやどうするんだって」

「あら、トーシローじゃない!」

 二人の言い合いに突如割り込んできたソプラノの声。なんとなく覚えがあって、土方はぎくりとした。罰ゲームに関して言うならばこれはきっと間違いなくろくでもない奴の基準内だ。

「……よお、久しぶり。こっち来てたのか」
「ええ、先週で試験が終わったからちょっと帰ってきたのよ」

 それは土方の昔の恋人だった。といっても一年も前にとっくに終わっているし、相手は今では現役女子大生で、都心のどこかで一人暮らしをしているのだと聞いている。土方とのことは向こうも終わったものとして割り切っているだろう。

「そちらの子は?」
「あ、えーっと……」

 マジでこれ言わなきゃ駄目なのかとアイコンタクトを送ってみれば、沖田の瞳は早く言えよこの野郎と語っている。そればかりかせかすように背中を指でつついてきた。

 どうやら本気で言わせる気らしい。うまくはぐらかせないかとも考えたが、ここではぐらかしても次に持ち越されるだけだろう。ここまできたらもう相手が沖田を女だと誤解してくれることを祈るしかなかった。何よりこの頭空っぽの馬鹿のために。

「こいつは俺のこ――
「友達の沖田です。初めましてー」

 土方の言葉を遮って、沖田は営業スマイルを顔に張り付けてきっぱりはっきり自己紹介した。
 驚いたのは土方一人だけではなくて、女のほうも驚いていた。もちろん土方とは別の理由で。

「あら、ごめんなさいね。あんまり整ってるからてっきり女の子かと」
「まっさかー。俺嫌ですよこんな胸のない女いたら」
「ふふふ、たしかに言われてみればそうねぇ。年いくつ?」
「土方さんと同学です」

 そうして二人で勝手に話を進め、一段落したところで女は二人に手を振って去っていった。相変わらずの営業スマイルで沖田もにこやかに手を振ってそれを見送る。土方は呆然としてしまって、最後まで話に適当な相槌くらいしか返すことができなかった。

「……てめぇ、自分から言い出しておいてなんなんだいったい」

 女が消えたところでようやく土方は口を開く。沖田もかわいくもなんともない営業スマイルを取り消して、馬鹿にしたような顔で土方を見上げてきた。

「あんた馬鹿でしょう。まさか本当に言うなんて思いませんでしたぜ」
「なっ、お前が言えっつったんだろうが!」
「俺は土方さんが悩み苦しむ姿が見たかっただけでさァ。大体相手選ばないとまずいって言ったの土方さんでしょうに。いくら俺でもさすがに本気で言わせやしませんよ」

 なんで俺怒られてんだ。これこそ不条理なんじゃないか。土方の胸に怒りが湧き上がってきた。
 確かに沖田の言うことは筋が通っているのだが、からかわれて振り回されたこっちとしては納得いかない。それもこんな中途半端な試され方は不愉快だ。

「ちょっと来い!」

 土方は乱暴に沖田の手を掴み、引きずるようにしてずかずかと大股で歩きだした。怒りに任せて力の加減をしなかったので沖田がすぐに抗議の声を上げる。

「痛い、痛いって土方さん! どこ向かってんですかィあんた!」
「っるせぇ黙ってろ」

 短い一言で沖田を黙らせて、それでも少し握力だけは緩めてやって、土方はさっきの女を雑踏の中に探した。沖田はひきずられまいと、土方の歩調に合わせようとしてほとんど走るようにして後ろをついてくる。

 女の姿は割とあっさり見つかった。なぜかって沖田の喚き声のせいでこちらが目立っていたので向こうが先に気づいたのだ。女の前で土方はようやく足を止めた。

「あら、どうしたの二人とも」
「なんなんですかィ離してくだせェ!」

 口々に言う二人は無視し、土方は肩で息をする沖田を胸に抱き寄せた。

「訂正しに来た。こいつ俺の恋人だから」
「はっ!?」

 驚きの声が二人分重なった。一つは正面から、もう一つは腕の中から。

「用はそれだけ。じゃあ元気でな」

 呆然とした女に不敵な笑みを浮かべて別れを告げ、引っ張るより楽なので沖田を肩に担ぎあげて早足で去っていった。



 そうしてしばらく沖田を抱えたまま無言で歩き続け、沖田も無言でされるがままにしていて、10分くらいした頃にさすがに少し疲れたので小さな公園で足を休めた。

 ずっとあの体勢でいるのもある意味疲れただろうと思い、沖田をブランコの椅子に下ろして座らせてやる。土方はこの時やっと沖田の顔を見られたわけだが、予想通り怒ってこちらを睨んでいた。

「謝らねぇぞ俺は。元はと言えばお前が言い出したんだからな」

 とりあえず先手を打って言っておく。土方は言われた通りに罰ゲームを遂行しただけだ。何もやましいことなんてない。嘘を訂正しただけなのだから。
 それでも沖田はしばらく睨みつけていたが、やがてあきらめたのか大きな溜息を吐き出した。

「あんたほんっとうに馬鹿。公衆の面前で大声で宣言しちゃってさ。恥ずかしいったらありゃしねぇっての」

 拗ねた顔でぷいとそっぽを向いて、ぶつぶつと小さな子供のように言う。

「まあたぶん大丈夫だろ。あの人今東京で一人暮らしだからすぐ帰るだろうし、学校から離れてるから噂になる心配もねぇよ」
「……俺が怒ってんのはそういう理由じゃねぇってわかってんでしょうに。本気で怒りますぜ」

 俯いて、土方のセーターの裾を弱い力で引っ張る。甘えたいけど甘えられないからこれが最大限といったその仕草があまりにもかわいくて、さっきの営業スマイルなんかより万倍かわいくて、土方はついその頭をぎゅっと抱きしめてしまった。また不満の声が上がるがもちろん聞いてなんかやらない。

「お前がそんな気ぃ回さなくていんだよ。それともお前が嫌か?」
「やじゃないけど……土方さんが俺のせいで変な目で見られんのはやなんでさァ」
「俺もお前と同じだ。でもお前に友達とか言われんのはもっと気にくわねぇ。だから次また下らない嘘ついたら怒るぞ俺は」

 二人の体重を支えようとしたブランコがゆらりと揺れて、沖田が落ちてしまわないように背中を支えてやった。その腕の中で沖田が小さく返事をした。もうしないから。



 そのまましばらく二人でそうしていて、やがて思い出したように沖田が言った。

「ところであの女誰ですかィ」
「え」

 そういえば向こうに沖田の紹介はしたが、向こうが土方とどういう関係かは話していなかった。
 この後今度こそ土方は沖田の機嫌を損ね、ご機嫌取りに一週間分の生活費を注ぎ込む羽目になった。そして本格的に給料日まで生きていくことができなくなり、マンションの下の階に住む担任の家に嫌々、本当に心の底から嫌々、沖田共々一週間世話になったのは後日談である。




 どっちもお互いが変な目で見られるのは嫌だけど、土方は関係を否定されるほうが嫌で、沖田は関係を否定しても真実は変わらないと思っている。そんなバカップル3z土沖。

06/03/05