血みどろギャンブラー 沖田の剣は早い。また才能と努力により洗練された技は見惚れるほどに美しく、戦場のそれは敵の血飛沫の中を舞うかのようだ。 きれいだと、誰もが思ったことだろう。殺されゆく人ですら。 そしてまた誰もが思ったことだろう。 恐ろしい、と。 艶やかな微笑をたたえて舞う様は美しくも恐怖を宿し、人の形を取った鬼のようにさえ見えた。 戦が終わると適当な理由をつけて土方と近藤は沖田をすぐに屯所に返した。 沖田の疲労を考慮してのことでもあるが、土方個人としてはこれ以上沖田をここにおいてはおけないと判断したからというのが大きい。部下たちの隠しきれない畏怖の視線に沖田をさらすのはいろいろとよくないだろうと思ったのだ。 そしてやがて後始末も終わり、一人だけ近道をしてこっそり土方は他の者より早く帰った。 雨が降っている。局所的に。 「あ、土方さんお帰りなせェ。もう終わったんですかィ」 「ああ。まあ大体は。もうすぐ他の奴らも帰ってくる」 てっきり着替えているものかと思えば、沖田は何を考えているのか外で水遊びをしていた。 木の枝に先を軽くつぶすようにホースを固定して空を向かせ、雨のように降らせた地面に座っている。もちろんまだ血塗れで、こんな小さな水ごときでは服や髪に染み付いた血臭も色も消すことはとてもじゃないができそうになかった。 「何してんだ?」 「落ちないんです」 「風呂行けよ」 呆れて勧めてやれば「そっちのがよさそうですねェ」といつものように笑って言った。 沖田の足元には赤い色をした水溜りが形成されていて、まるで全て沖田の体の中から流れ出たようだった。しかしこれは全て沖田とはろくに面識もないままこの世界から強制的に追放されてしまった多くの人間たちの血だ。沖田のものは一滴もない。 「お風呂、今は他の連中がたくさんいるんです」 「そりゃそうだろうな」 今日はほとんどの隊士が動員されたのだから今頃風呂はとんでもない混み具合だろう。その様を想像して沖田がこんなことをしているのも少し頷けるような気がした。想像するだけで余計疲労が増えそうだ。 「帰ってから誰も俺と目ぇ合わせてくんないんですよ。なんか怯えてどっか行っちまうの」 沖田にしては珍しく少し困ったような笑みを浮かべ、顔にかかる水で話し辛かったのか犬か何かがするようにぶるぶると首を振った。それでも局所的土砂降り地帯から出てこようとはしない。 「俺、そんなに怖かったですかね」 隊士たちが今ばかりは沖田を遠ざけたくなるような気持ちもわかる。戦場での沖田はそれだけ恐ろしかった。ある意味では敵方よりずっと。 誰よりも多くの人間を斬りながら、笑みを浮かべている人間を人間と認めるのは少々難しい。土方も相手が沖田でなければ他の隊士と同様の態度を取ったかもしれなかった。あのときの沖田はそれほどまでに人間離れしていたのだ。技術より何より雰囲気というか身にまとうオーラのようなものが。 「ちゃんと覚えてんのか」 「ええ、一応は」 他人の態度に耐え切れずこんな小さなバリアー作って避難している人間と、心から楽しそうに大量殺人をやってのけた人間が同一人物とは思えなくて、実は覚えていないんじゃないかと思っていた。しかしどうやら記憶はきちんとあるらしい。ひょっとしたらないほうが幸せだったかもしれないが。 沖田は困ったように笑いながら、額にかかる濡れた前髪を掻き上げた。毛先からうっすら赤い水滴が細いしなやかな指先を流れ、いまだ赤い隊服の袖に吸い込まれていく。その袖からは更に強い赤みを帯びた雫が大地に降っていた。 「俺、楽しかったです。たまらなく楽しくて楽しくて、あんなに興奮したの初めてだった。俺はたぶん人を殺すのが好きです。大がつくくらいに」 見てればわかる、とはきっと傷つけるだろうから言わない。そのかわり土方は黙って次の言葉を待っていた。 「でも、そう思ってる自分は嫌いでさァ。人を殺すのが楽しいって思う自分が大嫌い。嫌で嫌で、たまんなくなる」 今更もう遅いことはわかっている。それでも土方は後悔していた。やはり沖田をこの道に引きずり込むのではなかったと。 本人がどんなに強くせがもうと断固として却下して、あるいは適当に言いくるめるか閉じ込めるかしてここに縛り付けておけばよかった。戦場になど連れ出すのではなかった。 こんな血生臭い世界を知る必要はなかったのだ。それなのに腕がたち、本人が望むからというだけの理由で許可を与えた。あのときの自分はどうしてこうなることを予期できなかったのか。そうすれば何も問題はなかったのに。 このままでは沖田は壊れてしまうかもしれない。 土方はそんな予感さえしていた。 大好きと大嫌いが共存して、長く正常な意識を保っていられるのは難しい。天秤が大好きに傾けばただの殺人マシーンと化し、大嫌いに傾けば最悪の場合自分を殺しかねないだろう。 「総悟、お前はもう戦うな。戦わなくていい」 それでももう賽は投げられてしまった。時間を巻き戻すことはできない。土方には今はもうこれ以上どうしていいかわからなかった。 「嫌だな土方さん。それじゃあ俺はここにいられないでしょう」 「監察でもやりゃあいい。あとは近藤さんや俺の小姓とか」 「あんたに使われるのなんざごめんでさァ」 こっちは真面目に話しているのに沖田はふざけて軽口を叩いて笑った。 土方だってわかっている。沖田は今のまま、近藤の助けになれるように近くにいたいのだ。それでも沖田をこのままにもしておけない。しておきたくない。 「俺は隊長を降りる気はありやせん」 「でも、お前」 「だから土方さん、一つだけお願いがあるんです」 局所的な雨の中から手だけを陽だまりの世界に差し出した。びしょびしょに濡れ、しかしまだはっきりとわかるほど血がこびリついている指先が、土方の頬に触れるか触れないかの所で止まる。 「いつかもし俺が暴走するようなことになったら、あんたが俺を殺してくだせェ」 いつもとは全く反対のことを、滅多に見せない泣き笑いのような顔で吐く。 水溜りはいつの間にか広がっていて、土方の靴までも濡らしていた。 いつか沖田は壊れてしまうかもしれない。それとも強い心を持って、今のままでいるかもしれない。 人間にわかるのは過去と現在だけで未来はわからない。だから沖田がこの先どうなるかもわからない。 「いいぜ。その時は俺がお前を殺してでも止めてやるよ」 ならばせめていつも傍に置いておこう。いずれどんな未来が訪れようと誰よりも早くそれを知るために。片時も離さずに、沖田がこのふざけた賭けに答えを出すまで見守っていよう。 「約束ですぜ。俺が見境つかなくなったらちゃんとあんたがその手で」 「わかってるよ。おら、風邪引くからそろそろ出て来い。風呂空くまでたまには遊んでやるよ」 尚もしつこく念を押す沖田の手を引っ張って、土方は偽りの陽だまりに溺れた世界へ連れ出した。 この陽だまりの下で今日はたくさんの人間が殺された。それでもなんでもない風を装って汚れていないふりをして、きれいなハリボテのような世界は存続している。 だから大量殺人鬼だって自分は純真なガキなのだと信じていたって誰も責めやしないだろう。誰であろうとそんな奴がいたら許しておかない。 「ふくちょーってお仕事いっぱいあるんじゃないんですかィ」 「俺だってシャワー浴びてから仕事してぇの。だからそれまで仕事はサボり」 「この給料ドロボー。サボるんなら俺に副長の座譲れっての」 「万年サボりのお前にだけは言われたくねぇ」 これはゲームなのだ。コインを投げて表が出るか裏が出るか。チップは人の命二つ分。ゲームの過程でなくなっていくものに比べればとてつもなく軽くて、それでもそれなりに重い。 「いつかそのときが来たら、俺が息の根止めてやるよ。それでその後は――――」 できることならそんな日が来なければいい。 しかしもしその願いが叶わないなら、そのときはあの世とやらでこいつが退屈しないで済むように、遊び相手になってやろうと土方は決意していた。眩しいばかりの太陽に照らされて、二人分の影を映す赤い水溜りを見下ろして。 「汚れない鳥」の前の話。近藤と土方の微妙な意識のずれ。どう違うかというと土方のほうが恥ずかしい思考回路を持っています。過保護すぎて気持ち悪い土方が好き。 06/03/25 |