おかえりなさい 八橋各種、チョコは少し多め。生と焼いたやつをそれぞれ3:1くらいの割合で。それと地域限定お菓子各種。 言われたことを事細かに書き記したメモを見て、買い忘れがないことをもう一度確かめた。 沖田は出張に行くとなると必ず山のように土産物を頼む。しかも土方のときにだけ。なぜって近藤は言わなくても山のように買ってくるからだ。ストーカーに財を投げ打っても沖田に金を使うことだけは絶対に忘れないらしい。 そんなわけで出かけのときの身軽さとは打って変わって大荷物で(八橋は最近は種類がずいぶんと豊富だ)こんなことなら荷物持ちに山崎あたりを連れて来るのだったと少し後悔した。無論そんな理由で貴重な人材連れて行くわけにもいかないのだが。 屯所を留守にしていたのはほんの10日くらいだが、それでもやはり帰って来たのだと思うとほっとするような少し懐かしいような感じを覚える。一年の大半はここで過ごしているのだから当然といえば当然だ。 「副長お帰りなさい! もう遅かったじゃないですか」 屯所の入り口にはなぜかイラついた山崎がいて、怒られながら出迎えられた。今日帰ると連絡していたのでわざわざ待っていたらしい。色町の女なら別として男に待たれる趣味はないのだが。一応一人だけ例外はいるがあれは待ってくれないので除外する。 「時間通りだろうが。仕事なら出かける前に片付けたはずだぞ」 「とか言って予定より二日も遅いじゃないですか。どうせあっちで京女でもひっかけてたんでしょう」 「うるせ。俺だってたまには羽伸ばしてぇんだよ」 言いながら無意識に視線をめぐらせた。こんな会話をどこかのヤキモチ妬きに聞かせるわけにはいかない。そうなれば京にトンボ帰りしてこの倍の八橋を買って来なくてはならなくなる。 「で、なんだ急用は」 土方は当然のように山崎に沖田への土産を全て預け、自分は身軽になった肩を軽く揉みながら歩きだした。それからようやく手が開いたのでさっきからうずうずしていた気持ちを満足させるため煙草を一本箱から取り出し火をつける。 荷物の多さに渋面を作った山崎だが文句は後回しにして先に要件を切り出してきた。 「沖田隊長が風邪引いて寝込んじゃって、何も食べてくれないんですよ。医者にも行きたがらないしなんか喉をやられたらしくて全く会話できないんです」 「熱は?」 「微熱が少し。薬は飲むように言っているんですがゴミ箱に捨てています」 「もったいねぇな。つーかあいつ用の薬どうした? たぶん薬箱に名前とウサギのシール付きのがあったと思うんだが」 「あ、そういえばありましたねそんなの。でも一ヶ月くらい前から見てませんよ」 どうやらどこかの薬嫌いが葬ったか不埒な輩が盗んだかして紛失したらしい。もし後者なら切腹ものなので近いうちにはっきりさせておかねばなるまい。かえって早々仕事が一つ増えた。山崎の。 沖田は医者も薬も嫌いだ。医者はいろいろ体を調べられるのが好きではないそうで、薬は子供用のシロップなど本人がうまいと認識したもの以外はいまいち口にしたがらない。そのせいで昔から沖田が風邪を引くと近藤と一緒によく手を焼いたものだ。ほとんど焼いたのは自分だった気もするが。 「とりあえずリンゴすりおろして持って来い。酸っぱくないやつな。あとそれ総悟の土産だから他の奴に食われないよう保護しとけ」 「は、はいよっ」 よく見れば山崎の顔は少しやつれているようだった。そういえば近藤も土方とは別口で長期の出張に出ていて屯所にいないのだった。さぞや飼育員不在の猛獣放し飼い動物園のような状態だったに違いない。 山崎のやつれようから見てこれは相当ご機嫌斜めのようである。土方は覚悟を決めてかかろうと思った。 すれ違う隊士に投げやりな挨拶を返し、早足で沖田の部屋へ向かう。しかしいざ部屋に辿り着いてもすぐには入らなかった。 まずは入り口のトラップ確認。障子の上のほうににカッターが刃を下に向けて挟まっている。黒板消しならまだしもこれは洒落にならない。やはり警戒しておいて正解だった。沖田は機嫌が悪いと無差別に悪戯を仕掛ける習性があり、おまけに熱で理性も吹き飛んでいるのか凶悪度当社費ニ割増といったところか。かくいう土方も以前何度か悪意のない罠に命を奪われかけたことがある。 障子を開ける。カッターがトスッと乾いた音を立てて床に突き刺さった。見るとそこだけ床に新しい穴が開いていたり傷ができたりしている。凶悪な割にはワンパターンらしい。凶悪度は上がっても残念ながら頭の中身は変わらないようだ。変わっても気味が悪い気もするが。 次は正面から何か飛んできて、こちらは半歩横にずれて避けた。足元にバナナの皮が落ちていたがこちらは危ないところでどうにか回避する。これに引っかかったら心のダメージが計り知れない。 「よお、ずいぶん楽しそうじゃねぇか」 攻撃がやみ、土方はようやく部屋の主を見ることができた。 てっきり山崎が来ると思っていたのだろう。馬鹿みたいに口をぽかんと開けて、沖田はこちらを見上げている。 「熱あんだって?」 尋ねるがしきりに首を振って否定する。そんな必死に否定しても誤魔化せないことくらいわかっているだろうに。 土方は新たにトラップを発動させないよう注意して部屋に踏み入り、布団の上で上体を起こしかけている沖田の隣にやって来た。嫌がる手を払いのけて額に触れてみればけっこう熱い。微熱とか言って山崎の奴、うまく騙されやがったらしい。 「ったく、この馬鹿。機嫌悪いからって山崎苛めんなよ。やつれてたぞあいつ」 言ってやると少ししゅんとなって、一応悪いとは思っていたのだろう。これでも沖田は山崎のことを気に入っているようなのだ。 土方はその辺に落ちていた布を拾い上げ、一度絞って容器の中の水を軽く染み込ませた。自分で捨てたのだろうに額に当ててやったら気持ちいいらしく、わずかに目を細めてみせるのだからよくわからない。相変わらず理解不能な生き物だ。 「土産、言われたもの全部買ってきたぞ。最近の八橋はイチゴやらチョコやらもう伝統文化もへったくれもねぇな」 沖田は少し笑って頷いた。そのせいで布が落ちそうになり、手で押さえているとぬるくなるのが早そうなので横に寝かせることにする。置いていかれると思ったのか嫌そうな顔をしたが、「いてやるよ」と言うとすぐ素直になった。その上から足元のほうでぐしゃぐしゃになっていた掛け布団を被せてやる。これでひとまず寝かせておけばいいだろう。 土方も重い荷物を持ってここまで帰ってきたばかりでくたくただった。ようやく腰を落ち着けて、やれやれと溜息をつく。 何気なく見回してみれば部屋は荒れ放題で、土方の部屋は別として自分の部屋をここまで壊滅的状態に追い込むのは珍しい。どうやらよほど機嫌が悪かったと見える。 おそらく原因は熱だけでなく喉のほうもあるのだろう。床に筆談を試みようとしたらしき紙が丸めて落ちているが、たぶん字が汚すぎて解読してもらえなかったのではなかろうか。沖田の文字が読めるのは土方と近藤くらいなもので、沖田と仲のいい山崎でさえ半分も解読できない。暗号はお手の物でも根本的に字が汚いとあってはさすがの監察もお手上げだ。 座って3分もしないうちに落ち着かなくなった。汚すぎる。普段自分の部屋が片付いているからというのもあるが、大抵の人間はあちこちにカッターの刃やら抜き身の刀やらが転がっていたら落ち着かないのではなかろうか。 そんなわけで土方は休んでばかりの腰を再び持ち上げて、のろのろと片付けにかかったのだった。 京都での女絡み以外の土産話を語って聞かせてやりながら荒れた部屋を片付けていたところでようやく山崎がやって来た。 「あの、これリンゴすりおろしてきました」 どうやら丸々一つすりおろしてきたらしく、皿に山のように盛ってある。 山崎は土方のいない間にすっかりトラウマができあがってしまったらしく、部屋に入るのをためらって頭上や足元を気にしてずっとそわそわしていた。哀れだ。 一向に部屋に入ってこない山崎に痺れを切らした土方が部屋の入り口まで出向いてやり、受け取った皿を一度適当なところに下ろして懐から手帳を取り出した。それにさらさらと用件を書き綴ってページを破る。それと財布から紙幣を一枚取り出して一緒に渡してやった。 「これ軍用金な。で、こっちのメモにメーカーと商品名書いておいたから薬局で聞いて買って来い。このシロップ以外はこいつ何があろうと飲まねぇから。あと余った金でこいつが好きそうな本もな。ちゃんと読み仮名振ってあるやつ」 言ったところで背後から新聞が飛んできた。土方が避けたせいで山崎の顔に直撃し、山崎が変な悲鳴を上げた。振り向いてみれば沖田はしまったという顔をしていて、土方に避けられるとは思っていなかったのだろう。何はともあれこれで山崎の沖田へのトラウマがまた一つ増えたことになる。そんなことで山崎がへこたれるとも思わないが。 土方は軽い苦笑を漏らしつつ新聞を拾い上げ、その中から沖田がいつも見ている番組を探して印をつけて、すっかり遠くへ行ってしまった山崎を手招きで呼び戻して押し付けた。 「帰ったらこれとこれ、3倍でいいから録画しとけ。野球延長の可能性も考えて余裕持って録れよ」 「は、はい……」 「総悟、あとなんかほしいもんは? いや副長の座とかそういうの見舞いにやるもんじゃねぇから。菓子も却下。余計に飯食わなくなるだろ。じゃあ山崎、半刻以内で戻って来い」 山崎のほうに向き直って指示するが、山崎は一向に動き出さずぽかんとした顔で土方を見上げるばかりである。何かあるのかと思って自分の顔を触ってみるが額に玩具の矢が刺さっていたり落書きされたりしているような気配はない。 「なんだ。どうかしたか?」 「いや、なんでわかったのかなって」 「は、何が?」 山崎の言いたいことがわからず土方は首を傾げた。ちらりと後ろを見てみれば沖田もよくわからないといった顔をしている。山崎も一緒によくわからないという顔をした。 「だから沖田隊長、喉痛めてて喋れないじゃないですか。なのになんで新聞投げられたりしただけでわかっちゃうんですか? あと副長の座とか」 「いやだってこいつに新聞とくればテレビくらいしかないし、片手で俺指差してもう片手で首斬る仕草してたらそりゃあ副長の座だなってわかるだろ普通。あまりわかりたくもねぇが」 何を当然のことを、と言いかけて途中でやめる。なんとなく沖田が山崎をやつれさせてしまった原因がわかった気がした。これではイライラがつのるわけだ。 「山崎、いいからとっとと行って来い。半刻以上かかったら吊るし上げだぞ」 「はいよ!」 まだ納得していないようだったが、土方がだんだん鬱陶しがってきたのを悟って山崎は慌てて走り去って行った。土方はようやく静かになった廊下を一瞥し障子を閉じ、すりおろしたリンゴを持った皿を手に沖田の布団へ戻って行く。 「なあ、俺以外の奴って本当に意思疎通できねぇの?」 沖田はこくんと頷いた。具合が悪くて意思疎通もできないのではそれはたしかにストレスがたまるというものだろう。山崎からすればいい迷惑以外の何物でもないだろうが。 土方としては沖田はずっと黙っていてくれた方がわかりやすい。口をきくと饒舌な言葉に惑わされて何を考えているのかまるでわからなくなる。ただでさえ理解し辛い生き物がわざわざ理解できないよう仕向けているのだからこちらのほうが混乱して当然ではないか。 しかしそういう意見なのはどうも土方だけのようで、唯一同意してくれそうなのはこの猛獣自身だけである。 「まあいいや。山崎が薬買って戻ってくるからそれまでになんか口に入れとけ」 考えるのが面倒くさくなってきたのでとりあえず沖田に食事を取らせることにした。何か食べさせないと胃に負担がかかって薬は飲ませられない。 スプーンで一口分リンゴをすくってやり、口元に運んでやる。沖田ははじめ嫌そうな顔をしたが、我侭を貫こうとすれば土方が実力行使に及ぶことを知っているので結局素直に口を開けた。嫌がってくれてもそれはそれで楽しいことになっただろうに少々残念だ。 沖田が風邪を引いたとくればいつもきまってすりおろしたリンゴ、ヨーグルト、プリンといったお子様メニューが並ぶ。そして薬はシロップしか飲まない。いい加減いい年なのだから改めさせねばと思いつつその度に近藤が具合悪いのにかわいそうだと言うのでずるずる習慣が続いてしまっている。 「早く治せよ。八橋にカビ生える前に」 すりおろされたリンゴをよく噛みながら、沖田は何度も頷いた。目をきらきらさせていて、よっぽど楽しみにしているらしい。あんな伝統文化ぶち壊しの甘いだけに成り下がったお菓子のどこが、と思うのだがあえて言う必要もないので黙っている。 一分くらいかけてようやく飲み込んで、沖田は土方に口だけ動かして囁いた。 いつもそんなこと言ってこないくせにこういうときだけ口にしたがるのだから、やはり沖田は今のほうが理解に苦しむ生き物だと思う。土方はそう考えて苦笑を浮かべ、くしゃくしゃに絡まった寝癖だらけの茶色い頭をぽんぽんと軽く叩いた。 「風邪治ったら言いに来いよ」 だから返事は声に出さず、沖田のまねをして唇を動かすだけで返してやった。伝わったかどうかは知らない。 それから一週間くらいして、沖田は見事に全快した。土方から言わせればシロップなど飲んでいるから治りが遅いのだそうだが、沖田としては他の苦い薬は食べ物と認めたくない。 「あ、あ、あ」 ためしに声を出してみれば風邪を引く前と同じ声が喉からやって来て、ああまた喋れるようになったと少し安堵した。喉を壊すたび、自分は馬鹿だから話し方を忘れてしまうのではないかと不安に駆られるのだ。前科あるし。 山崎がきれいに洗濯しておいてくれた隊服に久しぶりに腕を通し、枕元で飾りになっていた刀もきちんと腰に差す。向かうは副長室だった。 いつもどおりノックも声かけもせず、何の前触れもなく戸を開く。 そこでは沖田の思った通り、いつもの調子で部屋を煙で汚染してしかめ面で書類に目を通している人がいた。 沖田が入ってきたのに気づき、土方が顔を上げる。目が合って、一週間持ち越しになっていた宿題を提出した。 「おかえりなせェ」 「ああ、ただいま」 それは短い一言だけど、言えてよかったと思った。だってきっとそれは幸せなこと。 病気ネタと気持ち悪いくらい通じ合ってる土と沖が書きたかったんです。それだけです。 本当は土方がヨーグルトを手ですくって食べさせるというマニアックなことをやりたかったけど話の趣旨変わりそうでやめました。 06/04/23 |