魔法使いの敗北

 理由はわからないが、どうやら自分は彼女に気に入られているらしい。
 そしてそれが彼にとってははらわたが煮えくり返るくらいに気に入らないらしい。
 銀時はそのことを楽しんでいて、嫌がらせのネタになる程度にしか考えていなかった。

「はい、できた。今日はうさぎちゃん」
「あはは、万事屋さん器用ー」

 沖田は鏡の中の自分を見て楽しそうに笑い声を上げた。今日はウサギの人形がついたゴムを持ってきたので上のほうで二つに結んでやったのだ。
 何が楽しいのか知らないが沖田は遊びに来ると決まって銀時に髪を結ばせる。以前雨宿りに寄らせたときに気まぐれに結ってやったのがお気に召したようで、今ではすっかり恒例の遊びになってしまっていた。

「でもこんなしょっちゅう遊んでてこわーい副長さん怒らないの?」
「なんかねぇ、万事屋さんのとこに遊びにいったときだけ怒るの。なんでかな」

 ふと思い出して聞いてみたら沖田は少し表情を曇らせた。銀時は思わず苦笑を浮かべてしまい、沖田に見られないよう少し顔を背ける。

 純真というか無垢というか鈍感というかアホというか。沖田という人間はそういう言葉で作られた生き物で、ことに色恋沙汰は輪をかけて疎い。それが銀時の読み取った沖田像で、たぶん間違ってはいないと思う。

 銀時の目から見ても土方が沖田に懸想していることはすぐにわかった。それなのに沖田本人はまるで無自覚ときている。
 土方とはいろいろ因縁があるしこうして沖田と遊ぶのはちょうどいい暇潰しの種になるので割と気に入っているのだが、時々土方が不憫になることがある。自分が土方と同じ立場だったらやるせなくて涙が出るだろう。まるで脈はなく気持ちに気づいてももらえず、挙句の果てに万事屋とかいう胡散臭い仕事をしている男のところに遊びに通っているとなっては。かわいそうだねぇ多串君。ざまーみろ。

「あ、そろそろ帰らなきゃ」

 それからしばらく雑談をかわしているうちに、いつのまにか夕方になっていた。茜色の空、烏が鳴いたら帰ろうの時間。
 沖田はいつものように今しがた結んでばかりの髪をほどいた。ズボンのポケットにウサギのぬいぐるみを首がもげるんじゃないかってくらい乱暴に押し込む。ちなみにこれも土方のプレゼントらしい。

 それにしても毎度ながら思うのだがどうして帰る頃にはほどいてしまうのか。せっかくの手間暇かけた芸術品を。

「そのままで帰ればいいのに」
「まっさかー。だって似合わないもん」

 ご冗談を、って顔で言われた。しかしそれはまず間違いなくこちらの台詞だ。似合っていないとは思わない。むしろ似合っているんじゃないかと。そもそも似合わないと思うなら端からそんな髪形作ってやらないし。
 しかし沖田は本気でそう思っているようで。

「この前万事屋さんにやってもらった頭で帰ったらね、なんかみんな振り向くし土方さんは書類燃やすし、やっぱあたしにはこういうの似合わないんだなって改めて自覚したの」

 それ絶対見惚れてるんだよ。よっぽど言ってやろうかと思ったが、言ったところでこの少女の頑なな勘違いは拭いきれない気がしてやめた。若い頃の思い込みってやつは結構厄介なのだ。ことに頭がカラな子に関しては。

 だからかわりに別のことを言ってやることにした。

「そう? 俺は似合ってると思うよ。沖子ちゃんかわいいし。女の子なんだからもっといろんな髪型楽しんだっていいんじゃない」

 好みだとかそういう話はまた別だけど、一般的な枠にはめればそういう分類になると思ったので素直に言ってみた。しかしやはり信じてはもらえなかったらしい。沖田は一瞬きょとんとして、それからケラケラと笑い声を上げた。

「やっだーそんなわけないじゃん。かわいー女の子は剣振り回したり銃ぶっ放したりしないよー」
「いやそれちょっと偏見じゃないの」

 これ言っているのが男だったら立派な差別発言で袋叩きにされたって文句は言えない。なぜか志村姉がにこやかな表情を崩さずに男の頭蓋骨割ろうとしている様が頭に浮かんで来て、発言者が女で今ここに志村姉がいないことがとても幸運だと思った。自宅で殺人は勘弁してもらいたいので。

「あたし本当にかわいくないよ? だっていっつも女の子らしくしろって土方さんに怒られてるもん」

 女の子らしいとかわいらしいは微妙に違うのではなかろうか。よっぽど言ってやろうかと思ったが、しかしもう何をいっても無駄な気がして、銀時はこれ以上言葉を重ねるのを諦めた。もうなんかめんどくさい。それにこれを教えるのはたぶん自分の役目ではないのだろう。

「あ、でもねー万事屋さんに髪結んでもらうの好きだよ。なんか女の子になったみたいで」
「そーかいそりゃよかった」

 投げやりな返事。ひょっとしたら本人もいつも同じ髪型でいるのに飽きているのかもしれない。それでもその髪型を貫くのは女という存在への抵抗感からか、はたまたアホな勘違いからか。もしかしたら両方かもしれない。

 沖田は帰るために来たときと同じ髪型に戻そうと髪を上の横のほうで一つにまとめ始めた。銀時はこれは多串君も相手が悪いなと他人事のように思いながら粗茶をすすって何気なくその様子を見守っていた。

「女の子らしいとかそうじゃないとか、つまりそういうのが嫌なの?」

 今までの情報を総合すると、沖田の言う女の子は戦わなくてかわいい髪型をした生き物で、周囲の人間からそうあれと強要される対象である。しかし同時にこうして髪を結んでやれば女の子になったみたいだと言って喜ぶ。結局女の子でいたいのかいたくないのか矛盾だらけだ。わけがわからない。

「うん。嫌い。というかだめなの。だって女の子じゃ、あそこにいられないもん」

 髪を結う手を休めぬまま、こともなげに沖田は答えた。
 あそこ、とはたぶん真選組のことだろう。たしかに普通のしとやかな女では真選組の隊長は勤まらない。しかしだからと言って女の子らしくしてはいけないという道理もないと思うのだが。

「女の子らしくしなさいって言われると、なんか女はこんなところにいるんじゃないって言われてるみたいな気になるの。だからそういうこと言われるの嫌い」
「ふーん。なるほどねぇ、いろいろ考えてるわけだ」

 今遠まわしに土方を嫌いだって宣言したような気もするが聞かなかったことにしておく。土方からすれば当然のことを言っているつもりなのだろうが、沖田からすればそれが苦痛で仕方ないといったところか。どちらも相手の思惑の深いところにまるで気づいていないところが愉快を通り越して哀れだ。

 沖田は髪を結び終わり、いつものスタイルに戻った。ずっと上げていた手を下ろしてお茶の最後の一滴まで飲みきり、でもね、と言葉を続ける。

「万事屋さんにかわいいって言われるのは好きだよ。髪結ってもらうのも好き」

 色町の女にはきっと作れない、含みも艶もない純粋な笑みに一瞬目を奪われた。駆け引きも何もなく、ただただ素直に無邪気に正直な気持ちを口にする、子供だけが持つ花のような美しさ。

「また遊びに来てもいい?」
「いいよ。いつでも遊びにおいで。多串君には内緒でね」
「うん。またね!」

 髪を結んでいる間に茜色はすっかり遠ざかって淡い紫色がやって来ていた。本当なら屯所まで送ってやるべきだったのだろうが土方に見つかると面倒なので下まで見送るにとどめることにする。沖田は何度も振り返って手を振って、見えなくなるまで銀時は小さな背中を見守っていてやった。

 そろそろ中に入ろうかというところで、ちょうど別方向からスーパーの袋片手に新八がやって来た。

「あれ、銀さんまた沖子ちゃん来てたんですか?」
「うん。今帰したとこ」

 二人でカンカンと音を鳴らして階段を上りながら銀時は答える。

「あの子絶対銀さんのこと好きですよね。かわいそうだし本気じゃないくせに思わせぶりな態度取るのやめたらどうですか」
「んー、さっきまでは本気じゃなかったんだけどねぇ」

 口の中で呟いて、もう見えない背中を探して彼方に目をやった。もちろんそこに黒い隊服に身を包んだ彼の少女の姿はなく、空を深い藍色が紫色に引きずられて歩いてくるだけだった。

「え、今なんていったんですか?」
「今日のドラマの再放送見逃さないようにしなくちゃなーって」
「もう、そんなのいいからたまには掃除の一つでも手伝ってくださいよ」

 ぶつぶつと言いながら新八は先に玄関をくぐった。銀時はまだ彼方を見下ろしていて、そこにやはり探す姿はないけれどそれでも目の裏側にははっきり姿が焼きついていて、耳の奥では声が何度もリピートしていた。

「魔法、かかっちゃったかな……」

 ちょっとこれマジ洒落になんねぇ。つーか絶対、多串君に殺される。
 なぜだろう。その始まりはひどく気が重かった。




「無自覚の魔法」とリンク。というか続き。
うちのサイトの万事屋はいつも銀さんしかいません。定春くらいはモブでいるのかもしれない。


06/04/27