エンドレスゲーム

 大学生という生き物に進化して、もうすぐ一年が経つ。
 昼間にぶらぶらしていても怒られないし代返したってばれないし単位さえ落とさなければ生きていることを許される、そんな奇妙な生き物。

 携帯のアラームを止め、眠い頭でもぞもぞとベッドから半ば落ちるようにして脱出。床に転がってたっぷり5秒沈黙し、それからようやく起き上がって手を伸ばし枕元の煙草とライターを掴んだ。

 口にくわえて火をつけて、習慣に従い余った手で部屋のカーテンを開け放った。
 さっと部屋に光が差し込み、一瞬だけ目が眩む。気だるさをまとった闇が洗われて光に部屋が包まれて、窓から見える景色には目もくれず部屋の中を振り返る。

 いつものようにそんな一連の動作を行ってしまう自分に嫌気が差して舌打ちしようとするのもやはりその一連の一つだ。煙草をくわえたままではできないことに気づき、舌打ちのかわりに煙草を噛み潰すのも。

 この時間が嫌いだと、はっきりと自覚している。

 それは眠いとか学校行くのが面倒とかそんな下らないものではなくて、むしろどちらかといえばそれ以上にずっと下らないもので。
 沖田がいない。ただそれだけの事実に未だになれることができないなんてみっともなくて笑いがこみ上げてくる、なんかそんな類のもの。

 そんな思いを振り切ろうとでもするかのようにそれまでの緩慢な思考と動作とさよならして、テキパキと出かける準備を始めた。今日は朝は早いが午後の講義が休講になったので午前中だけで帰れる。それだけが唯一の救いだ。






 横文字ばかりがやたらと出てくる難解な講義を右から左に聞き流し、土方は机に頬杖をついてぼんやり黒板を眺めていた。
 そういえば高校に入りたての頃、沖田と一緒に気に食わない教師の受け持っていたクラスの黒板にクレヨンでそこはかとなく卑猥な落書きをしたことがあったような。あの頃は若かった、なんて思うほどの時間は経っていないのかもしれないけれどやっぱりそんなことを思う。

 今、沖田は何をしているだろうか。卒業してからも時々連絡を取り合っていたのというのにここ半月まったく音沙汰がない。
 メールを出しても届かずに返ってくるし電話をしても通じない。携帯を変えたのならば連絡くらい寄越せばいいものを。それとももう沖田にとって自分は『携帯変えても連絡しないレベルの人』に格下げされてしまったのだろうか。

 それってなんかすっげぇ腹立つんですけど。

 一方的に関係を解消されたような気がして(事実そのとおりなのだが)腹が立ってきた。文句の一つでも言ってやろうかとほんの一握りの希望を込めて電話帳から沖田の番号を呼び出しコールしてみる。これで通じたなら通じたで授業中なので結構まずいのだが、さて自分は慌てるような事態に陥ることができるだろうか。

『この番号は現在……』

 机に突っ伏して眠るふりをして携帯に耳を当ててみれば聞こえてくるのはすっかりお馴染みの機械音声。その先の言葉は一言一句間違えないくらいしっかり記憶してしまっているのでそこで切ってしまった。やはり残された唯一の繋がりは切れたままということらしい。

 そんなことをしている内に、何も学ばないまま講義は終わってしまった。






 高校を卒業してもうすぐ一年が経つ。十代最後の瞬間まであと少し。
 法律違反はともかく進んで体を駄目にしにいくなんて馬鹿のすることだと高校時代あれほど豪語していたのに、一体いつから自分は煙草を嗜むようになってしまったのか。なんて思いに耽ってみるが実のところ去年の6月頃だったことを記憶しているので馬鹿らしい物思いだ。

 最初はけむいだけでうまいともなんとも思わなかったし、今でも正直な感想としてはそれほどうまいとも思わない。それでも吸い続けてすっかりヘビースモーカーとなってしまったのは、ただ単に足りないものを代用品で補おうとする行為の果てに行き着いた結果でしかないのだろう。

 電車を下りて改札を抜け、住み慣れたマンションの一室に向かってだらだらと歩を進める。後ろへ流れていく煙草の煙をぼんやり眺めながら、非喫煙者からすればかなりの迷惑行為だろうと思い当たってすぐに捨てた。靴のかかとで踏み潰して火が完全に消えたことを確認し、もう一度拾い上げて近くにあった公園のくずかごへ放り込む。そういえばここも昔に沖田と一緒に来たっけ。たしかクラスの奴らと花火に興じて通報されたのもここのはずだ。

 馬鹿馬鹿しい。過去を振り返っていたって現実は何も変わらないのだ。

 毎日のように同じ思考を繰り返す自分の馬鹿さ加減に嫌気が差し、無意識のうちに取り出しかけた煙草を指で奥へ押し込んで、再び誰もいないマンションの一室へ向けて歩き出す。
 歩きながらふと思いついて空メールを送信してみたが、一分もしないうちにやはり戻ってきてしまった。これだってもう半月も、毎日のように繰り返している馬鹿げた行為の一つだ。

 ひょっとして何かあったのだろうか。何度も尋ねに行こうと思ったけれど、考えてみれば沖田が今どこに住んでいるのか知らなかった。卒業時に教えてもらった住所は既に暑中見舞いが届かなかったので住んでいないはずだ。沖田のことだからそれから更に何度か住処が変わっているなんてこともあるかもしれない。

 所詮高校時代の友人(どちらかといえばそれ以上だった気もするが)との関係なんて、こうしてあっけなく切れていくものなのかもしれない。そうやって一つ一つ繋がりをなくして、その度に新しい繋がりを見つけて、まるでエンドレスゲームのような。

 不通ばかりの電話やメールを馬鹿みたいに毎日毎日繰り返して、とっくに千切れてしまった鎖を無理やり繋ぎとめようとしている。そんな自分の下らない習慣も馬鹿さ加減も、いい加減嫌気が差してきた。それでもやっぱり自嘲気味の苦笑いとため息をいつものように繰り返し、誰もいないマンションを目指す。

 しかし不意に、機械的に動いているだけだった足が止まった。頭より先に体が反応して、理性で理解する前に本能的な何かが電気信号めいたものを送ってくる。

 首筋にかかる少し長めの茶髪、その隙間から覗いて見える耳についた金色のリング、あるものを適当に着ているだけみたいなセンスのよくわからない出で立ち。

 なぜだろう。
 それらはすべて土方の知らないもののはずなのに。
 それらのすべてを懐かしいと思ったのは。


「総悟? 何してんだお前」


 ものすごい動揺していたくせに、大声で呼んで抱きしめたかったくせに、わざと平静を装ってみせるのはただの意地だ。こちらだけ毎日のように相手のことを考えていただなんて思われるのは悔しいから。

 以前とは少し変わったなりをした沖田が振り返る。ふわりと茶色い髪が揺れて、その顔に浮かんだ表情は、以前のまま少しも色褪せていなくて。

「これはお懐かしいことで。元気してますかィ土方さん」

 喋り方も昔のままで、本質は何一つ変わっていないのだと知った。

 どうしてここにと尋ねるよりも沖田がうんざりするくらいの文句を言ってやりたかった。まずは何から言ってやろう。メールが届かなかったこと、電話が通じなかったこと、おかげで講義に身が入らなくて単位を落としそうなこと、言いたいことは山ほどある。

 それでも最初に口から飛び出てきたのは、どうでもいい他愛もない世間話の一つだった。



 「ノスタルジア」とリンク。こちらは土方バージョンです。
 土方は頭のいい私立大学に行っているんじゃないかと思います。特に夢とかもなく打算まみれの大学生活を送っていそうだ。


06/09/24