拍手ログ26〜30 26.非常識少年(土+沖+銀 3z) 「あー、来週にテストをします。記憶力を試すものじゃないので持ち込みは自由です。ノートでも教科書でも好きなものを持ち込むようにー」 と、授業の終わりに言ったのは既に先週の話。 「それでは先週に予告したとおり試験を始めます。しかしその前に総悟君、君は一体何を持ち込んでるわけ」 銀八が尋ねたのは無理もない。教卓の前のアリーナ席に座る沖田の机の脇には、学生カバンと一緒に両手両足縛られて猿ぐつわをかまされた土方が転がっていたのだから。しかもご丁寧に首輪までつけられてそこから伸びる鎖の先は沖田の手に握られている。 「多串君でさァ」 「いやそれは見ればわかるんだけど」 まさか自分から望んでこうなったわけでもあるまい。その証拠に土方はさっきからじたばた暴れ続けている。 「だってせんせー、先週好きなものなんでも持ち込んでいいって言ったじゃないですかィ。だから俺は俺のかわりに多串君に問題解いてもらうんでさァ」 「そうは言っても多串君も一応自分の試験受けなきゃならないからさ」 「問題ありやせん。多串君は俺のためになら自分の単位くらい平気で投げ打ってくれるって俺は信じてやす」 勝手に信じられているが、本人は涙目でぶんぶんと首を振って必死に抗議活動を続けている。そういうところが沖田の嗜虐心を煽っていることにどうして気づかないのか。 「可哀想に、泣いてるよ多串君。森に帰してあげなって」 「嫌だ。俺が飼う」 「だーめ。学校はペット持ち込み禁止だから」 「大丈夫でさァ! こいつはトイレの始末も自分でするし、餌もマヨさえあれば大丈夫だし、夜行性だから昼間はきっと大人しいはずでィ!」 「何言ってんの。こういう類のケダモノは夜も昼もかまわず活動するんだよ。悪いこといわないから君のためにも早く捨ててきなって。今にマヨだけじゃ飽き足らずもっと大きな餌を力ずくで要求してくるよ」 論点は二転三転してだんだんとわけのわからないものになっていくが、ツッコミ本人が現在拘束されているためどうしようもない。議論の終着点にはいつまで経っても辿り着けない。 結局試験は教師が存在を忘れ去ったためなくなって、他の生徒は一時間好きなことをして過ごした。 その日一日中土方が首輪をつけてペットとして上機嫌の沖田に飼われていたことは、卒業アルバムの一ページに微笑ましい思い出として残されることに後日決まった。 27.小さな腹いせ(銀+土沖) 「知ってましたかィ、俺より足遅いんですぜ」 「君が早すぎるんだろ。で、誰の話?」 「土方さん」 よく鉢合わせする甘味屋で、今日もやっぱり鉢合わせ。万事屋の旦那と俺。 俺はここで土方さんからスった金で甘いものを食べ、ときどきは旦那にも奢ってやる。俺たちはこれを甘味屋デートと呼んでいて、そう呼ぶ理由はお互いに一つしかない。マヨラーいじめだ。 「それなのに体力はずいぶんあるようで。今日も朝帰りでそのまま接待行っちまったィ。あのままきっと今夜もどこかいいとこしけこむんですぜ」 「んー、まあ体力ないと仕事務まらないんだろうねぇ。だから今日は一人でこんなところにいるわけ?」 「へい」 今日はどれだけサボっても怒りに来る人がいないから、一日中適当にダラダラ過ごそうと思っていた。屯所に爆弾でも投げ込まれない限り今日の俺の出番は来ない。俺にデスクワークをやらせること以上に無駄な仕事を増やすことは他にないので山崎や近藤さんも何も言わない。ちょっとだけ寂しい。 「寂しいんだ?」 「まっさかー。冗談よしてくだせェよ」 からかうみたいに言われて俺は、努めて平静を装って否定した。本当は心を読まれたのかとちょっと焦った。いや違うそんなんじゃない。寂しいのは山崎や近藤さんに対してであってあのマヨラーは果てしなくどうでもいいんだ俺は。 「あの人が性欲の塊なのは今に始まったことじゃねーし」 土方さんが俺に黙って夜遊びに出かけるのはもう慣れた。あれが土方さんにとって情報収集と性欲処理くらいの意味しか持たないことはよく知ってる。だからそれを不服に思うことなんて間違ってる。 「健気だねぇ。それでも愛しちゃってるわけだ」 「……旦那、今日はヤケに絡みますねィ」 直球で言われるとさすがに辛くて、俺は旦那から顔を背けた。別に健気とかそんなんじゃなくて、これは割り切ってるってだけのことなのだ。そんな風に解釈されると恥ずかしい。だってそんなんじゃねぇし。 「で、本当に寂しくないの?」 しつこい。どうやら余程暇人と見た。一人でこんなところに来ているということは今日はかまってくれる人がいないってことなのだろう。年寄りの話は長い。もういい加減ウンザリきたので、俺は本心を言ってやることにした。 「……俺が一番だって信じてるんで」 そうとも、信じるだけならきっと自由だ。そうでも思っていられないと割り切ってなんかいられない。自分がものすごく可哀想になる。なんであんな人と付き合っちゃってるの、と。 「かーわいいねぇ。なんか青春しちゃってるって感じ?」 「あんたいくつの親父ですかィ」 ニヤニヤ笑いを浮かべながら馴れ馴れしく肩に手など回してくるので、その手をペシリとはたいてやった。警察官に堂々とセクハラとはいい度胸だ。これで逮捕したらきっとマヨ摂取過多の副長殿が滅多に見せない笑顔で斬り捨ててくれるだろう。やらないっつーかできないけど。この人はきっと俺の手にも余る。 と、そこで俺はポケットから携帯を取り出した。バイブが鳴ってる。サブ液晶画面を見てみればそこには「土方」の二文字が。今は接待中だろうに、俺がサボっていないかと探りを入れにきたらしい。全くご苦労なことだ。切っちゃえ。着信拒否にしちゃおう。 「切るなら貸して」 「いいですけど」 隣から携帯を覗き込んで旦那が手を伸ばしてきたので俺は素直に貸してやった。これでサボっていることはばれるだろうが、携帯に出なくてももちろんのことばれるのでどっちだっていい。こっちのがおもしろそうだからってだけだ。 「あ、もしもし土方君? あー俺俺、いや番号は間違ってないよ。うん、今甘味屋デート中。二人で一つの団子を仲良く分け合ってラブラブモード。でもこれから気持ちよくお昼寝できそうなところに移動するから。あ、もう切るね。電源もついでに切っちゃおっと。じゃーねバイバーイ」 隣で耳を澄ましていた俺の耳にも土方さんの怒鳴り声がしっかり聞こえてきた。こりゃそうとう怒ってんな。旦那は相変わらず土方さん怒らすのがうめぇや。俺以上なんじゃねーの。 「ほら返す」 返ってきた携帯は本当に電源が切られていて、このままにしておいたほうがきっと静かなので今日一日このままにしておくことにした。何か本当に用があれば山崎でも寄越すだろう。 「ま、節操のない彼氏に嫌がらせしたくなったらいつでも依頼ちょうだいよ。万事屋銀ちゃんが全力でもって手伝わせてもらうからさ」 「そいつはありがてぇや。今度ぜひ使わせてもらいまさァ」 俺の皿から奪い取った最後の団子を口に放り込んで、もぐもぐいいながら旦那は立ち上がった。それから数歩歩き出して、俺のほうを振り返る。でも少なくとも団子代を払ってくれるわけではなさそうなのは確かだ。 「おいでよ」 「どこ行くんですかィ」 「電話聞いてなかった? 気持ちよくお昼寝できるとこ。この前いいスポット見つけたんだよ。河川敷の方なんだけどさー、橋の下がそれはもういい昼寝スポットで」 果たして本当にただの昼寝スポットなのか。そんなこと言って目当てはたい焼きの屋台か何かじゃないかとちょっと疑って、それでもおもしろそうなので俺はついてくことにした。 たまにはこういう気晴らしだって、たぶん悪くない。ざまーみろ土方め。せいぜいヤキモキしてろっての。つーかしろ。してくだせェ。 28.ハカナイヨル(土沖) 味気ない電車のアナウンス。しかしその中で一つの単語を拾い目を覚ましたのは、奇跡というよりもむしろもっと別の単語を拾っておくべきだという自分へのツッコミしか生まなかった。 「おい起きろ総悟」 とりあえずまず先に隣で爆睡している馬鹿の頭をペシリと叩くことにする。 本来降りるべき駅の名前はとうに素通りしてしまっていて、次は終点なのだからそれが最善の行動のような気がした。 「……暴力はんたーい」 「それは忘れろ。乗り過ごした」 「は? 今どこ?」 「次で終点」 「マジでか」 そんなことを話しているうちにも電車は終着駅に到着し、誰もいない明るい車両から暗い外へと二人してのろのろと降り出した。ホームにも誰もいない。当たり前だ。今のが終電だったのだから。 「ったく、駄目だなァ土方さんは。これからまた電車乗り直しですかィ」 「いやこれ終電だから無理」 「マジでか」 「お前それ二度目」 仕方なしに乗越し清算をしようと思ったら無人駅だった。改札もほとんどあってないに等しい。駅員は寝ていてこちらに気づきもしなかった。それらに無駄に沖田が感動して携帯で写真を取っていた。 どこのド田舎だここは。そう思って駅名を見たらまるで知らない地名で、江戸からどれだけ離れているのかも謎である。ついでに携帯は圏外。 「……ありえねー」 「すっげーや見てくだせェ土方さん。山がある。ビルがない。あっちに見えんの畑ですかねィ?」 「……そんでもって誰もいねぇな」 「ホテルもなさそうですぜ。これもしかして田舎に泊まろう計画?」 「……あのさ、お前なんでそんなうれしそうなわけ」 寝起きでハイなだけかもしれないが、沖田はこのタイムスリップしたかのような田舎町が大層気に入った様子ではしゃぎ通しだった。ネオンも街頭もない暗い町(村というべきか)に、沖田の声だけがしんと透き通った空気を震わせる。そんな静かな夜と最後に出会ったのはいったいどれだけ昔のことだったろう。 「だってこういうところに来るのってずいぶん久しぶりでしょう。なんか懐かしくてうれしくなりませんかィ?」 沖田も同じことを考えていたのか、月と星の明かりだけに照らされた夜の空に両手をかざして楽しそうに笑った。昔を懐かしむように、暗闇に少しだけ眩しそうな顔をして。 「うれしいのはわかったがとりあえずこれからどうする? 早く決めちまわねぇと確実に野宿だぞ」 直接の返答はせず、土方は今後の方針についての意見を求めた。 田舎の人間は寝るのが早い。朝日とともに起き、日が沈んだら眠るという自然体な生活を送っているからだ。携帯で時刻を確かめてみれば終電の終点だっただけあってかなり夜は更けていて、今からでも家人を叩き起こすしかないのではないかという予感がする。 「家建てましょうぜ。あの山の天辺あたりに」 「は?」 彼方の山を指差して沖田は言った。まさかこういう返答が返ってくるとは思っていなかったので土方は少々面食らう。真面目に考えろと怒ろうかと思ったが、沖田の目を見てその言葉は飲み込んだ。真剣な、本気の顔。 「木とか草や土で建てるんです。ご飯は山の恵み。テレビもゲームもないけど猪追いかけたり魚捕まえたりして毎日サバイバルゲーム」 「じゃあ火を熾す練習から始めねぇとな」 「川の近くがいいな、俺」 それきり会話がなくなって、自然がもたらす静寂だけが流れていく。背中のほうで回送電車が走って行ってその明かりもなくなって、今まで以上に自然に満ちた本当の暗闇が訪れた。 「二人でなら、なんにもなくてもきっとやっていけますよ」 だと思う。はじめからお互いだけでそれ以外に何も持っていなかったら、それはきっと絵空事ではなかっただろうと。 しかし今の二人にはそんなことが不可能なこと、土方もそして沖田もわかっていた。わかっているはずだった。 「本気で言ってんのかそれ」 それでももし、ここで沖田が本気だと言ったならたぶん自分は今から山に登っただろう。刀で乱暴に木を切り倒してどう組み立てるのかに頭を悩ませて、最初の夜は明けたはずだ。 「嫌だな。冗談に決まってんでしょう」 返事は思ったよりもずっと遅くて、声は小さく掠れていて、聞かなければよかったと少し後悔を覚える。あともう少し夢を二人で見ていたってよかったのだ。夜明けまでまだ時間はあったのだから。魔法が解けるその瞬間まで。 「で、とりあえずゴミ箱探して新聞紙でも入手しますかィ?」 きょろきょろと周囲を見回して尋ねる沖田。今にもどこかへ理由をつけて走って行ってしまいそうな気がしたので、左手を捕まえて、引き寄せて抱きしめた。 「ごめんな」 左手から滑り落ちた携帯がガチャンと大きな音をたてる。その音に掻き消されてしまいそうな声。耳元で囁いたからきっと届いたと思う。 「……あんたが謝ることじゃねーでしょう」 その証拠に返事が返ってきて、もう一度「ごめんな」と囁いた。顔は俯いたまま見えなかったがどんな顔をしているかはなんとなく予想がついた。 お互い以外に何も持っていなかったらよかったのに、二人とももっとたくさんのものを抱えていて、夢を夢で終わらせることしかできない。大切なものが多いということは幸せなはずなのに、どうしてこんなにもそれを悲しく思う夜があるのだろう。 「あれは本当に冗談ですから。俺たちの帰るとこがどこかくらい俺だってちゃんとわかって」 「夜が明けたら始発で帰るぞ。考えてみたら月末だってのに忙しくて来月の隊士のシフトも組んでねぇや」 沖田の言葉を遮って、それから続けてこう言った。 「頭の方に俺とお前、一緒に休みいれるから。そしたらまた来ようぜ。サバイバルゲームしに」 顔を上げる沖田。驚いた顔はすぐに取り繕われて、しかしそれが意味のない行動だと気づいたのかやがてうれしそうな微笑を浮かべた。 その顔の耳と髪の隙間に指を差し入れて、長い長いキスをかわす。 誰も二人を知らない、二人も誰も知らない、静かなタイムスリップしたかのような田舎で。 日の出とともに終わってしまう儚い夜だと知っていても、今だけは確かに世界中でたった二人だけだったから。 29.太陽をくれた(土+沖 「籠鳥」設定) 昨日の七夕に引き続き、屯所ではどんちゃん騒ぎが続いている。土方は耳でそれを聞きながら、蒸し暑くも静かな屯所の廊下に一人座ってぼんやり空を見上げていた。 宴会の名目は例年の事ながらいまいち謎で、近藤曰く昨日は「七夕兼総悟の誕生日前夜祝い」で今日は「総悟の誕生祝兼七夕二日目祝い」だそうだ。七夕二日目って何だ。間違ってるだろ。もう今更ツッコム気も起きないが。 「あーあ。せっかくの一日遅れで顔見せた天の川が煙草の煙で台無しでィ。ちょうど値上がりしたことだし煙断ちしたらどうですかィ」 「うるせぇよ。主賓がサボって何してんだ」 そんなわけで宴会に嫌気が差してサボっていたところに、そろそろ来るかと思っていた相手がやって来た。かなり深刻に気にしていることをわざわざ口にして。 「あれだけできあがってちゃ主賓なんかいようといまいと関係ないでしょう。煙草税分俺らの給料上がらないですかねィ」 「試しにとっつぁんに今度掛け合ってみっか?」 土方は少し笑って、隣に座るよう手で示した。沖田は大人しくそれにしたがって土方の横に腰を下ろす。わざと足をぶらぶらさせて、爪先で土を軽く引っ掻いた。 そんな沖田の横顔を見ながら、土方は短い一言を口にした。 「おめでとう」 何がという問いはもちろん返ってこない。土方もあえて言わない。 そのかわりに沖田は毎年そうしているように、まるでそれが儀式の一つだと信じているかのように、沈黙でもって答えた。 土方が煙草を吸い終わるまで、決して気まずくはない柔らかい沈黙は続いた。言うなればこれも儀式の一つで、二人が毎年していることの一環なのだ。 「ありがとうございやす」 灰皿の上に捨てられた煙草。そのタイミングにぴったり合わせて発せられた言葉。 一つ一つの動作を二人は、毎年と同じように馬鹿みたいに繰り返していた。 土方が「おめでとう」を言って、沈黙がおりて、煙草を捨てるのと同時に沖田が「ありがとう」を言う。毎年繰り返されている奇妙な儀式。 沖田が土方の腕に甘えるように擦り寄ってきたので土方は煙草を捨てて空いてばかりの腕で軽く抱いてやった。 「あそこは真っ暗だったんです。星は一つもなかったんです」 沖田は土方の胸に額を押し付けて、ぎゅっと着物を握り締めて縋りついた。少しくぐもった沖田の声が体温と一緒に胸に伝わってくる。 「外の世界はきらきらしてて、俺みたいな汚れたガキはいちゃいけない気がしやした。でもあんたがいてくれたから、あんたがいていいって許してくれたから、俺は生きていけたんです」 ありがとうございやす。言葉の終わりにもう一度、掠れた声で沖田は言った。 いつもの態度のでかさは鳴りを潜めて、年に一度のこの日だけは少し時間を巻き戻して。あの日を忘れてしまわないように、毎年行われる儀式。二人だけの最初の秘密。宴会の騒ぎも二人の耳にはもう届いていない。 「お前が生きてこれたのは、俺のおかげなんかじゃねぇよ」 沖田の後ろ頭を撫でてやりながら、夜に溶けてしまいそうな低い声で土方は囁いた。瞼の向こうに焼きついて離れない、数年前の今日に初めて出会ったときの沖田の姿を思い浮かべて。 「忘れたのか? 選んだのはお前だぜ。お前は自分で踏み出して、俺の手を取ったんだ」 出会ってばかりの頃の沖田は感情をうまく表に出せず言葉も話せなかったので、本当に人形のようだった。それが今は、こんなにもよく笑うようになった。 それは本当に奇跡のようだけれど、土方はそれが沖田自身の力だということを知っていた。誰も知らないところでこの少年がどれだけの苦難を乗り越えてきたのかを、ずっと見守っていたから。 「俺はそういうお前の姿に救われたんだ」 おめでとう、ともう一度土方も繰り返した。 年をとったことにではなく、きらきら光る世界を手に入れたことに対して。 それからありがとうと、かけがえのない大切な光をくれたこと対して。 土方にしがみついて肩を震わせる沖田をきつく抱きしめた。いつか小さかった沖田にそうしたように。 一日遅れの天の川の下、毎年繰り返される儀式。二人の間の最初の秘め事。 出逢えたことに「おめでとう」と「ありがとう」を二人で何度も繰り返す、それはとても些細で神聖な儀式。 30.ずっと前から好きでした(土沖) 夜が更けても尚そこにいたことに深い意味はない。 ただ今夜は満月で空がとてもきれいだったから、ついぼんやり見上げてしまったというだけのこと。 それでももしかしたら心の底では期待していたのかもしれない。彼の人物がふらりとやってくることを。 「あれ、土方さんまだ起きてたんですかィ?」 「まぁな。ってかお前も起きてるんじゃねぇか」 もうかなり夜も遅いというのに沖田もまだ起きていたらしい。どうやら風呂上りらしく前に洗面用具を抱えていた。 「ゲームしてたらすっかり遅くなっちまって風呂場が貸切でちょっとハッピー」 「泳ぎ放題か」 「もち。このまま行けばじきに犬掻きで驚異的なタイムを出せるようになりまさァ」 そんな下らないことをやたら真剣な顔で言うものだから、土方はつい少し吹き出してしまった。見た目は大きくなったっていつまでたっても頭の中は子供なのだからおかしい。 「来いよ。まだ頭濡れてる」 土方が呼ぶと沖田は素直にやってきて、隣に座ればいいものをわざわざ膝の上に乗ってきた。ふわんと石鹸の匂いが漂ってきて少しどきりとする。 「何乗ってんだよ。ガキかっての」 「へへー、たまにはいいだろィ。あんたもなんか若返った気持ちになりませんかィ」 「年寄り扱いすんな」 沖田はすっかりご機嫌で、土方の上で足をぷらぷらさせてはしゃいでいた。そんな沖田に呆れの溜息一つついて、洗面用具から濡れたタオルを取り出す。頭を固定してがしがし拭いてやれば、猫のように身を縮こまらせて大人しくなった。 「早いもんだな。今年でもう14か?」 「へい」 こうして膝に乗せてみるとずいぶん成長したのがわかる。昔は膝に乗せてもつむじが土方の鎖骨の辺りに見えていたのに、今では鼻の位置より上くらいにあって少し顔を上向けないと見えない。 「背もずいぶん伸びましたぜ。いずれ土方さんを追い越して2mくらいになってみせらァ」 「そうかい。そいつは楽しみだ」 あまりにも想像ができなくて笑えてしまう。 いつだって誰よりも近くでその成長を見届けてきた。あんなに小さかった子供が自分を追い越していく日などいつか来るのだろうか。それはうれしいような、少しだけ残念なような。 「なあ、総悟」 「はい?」 頭を拭いてやっていたタオルを横に置き、土方は沖田の耳元に唇を寄せた。そうすると沖田の頭で隠れていた空が見えるようになり、少しだけ視界が開ける。しかし土方は空よりも沖田の横顔の方を見ていた。 「お前がもう少し大きくなったら、伝えたいことがあるんだ」 低い声でそっと耳打ちする。吐息が耳にかかるのがくすぐったいのか沖田は小さく身震いした。 「今じゃ駄目なんですかィ?」 「そうだな、まだもう少し」 まだもう少し、このままの生ぬるい関係を保っていたい。 もしも言葉を口にしてしまったなら良くも悪くもこんな時は思い出に変わってしまうだろうから。 「じゃあ早く大きくなりますかね」 土方の言葉に何を思ったのかその横顔から窺い知ることはできない。ただ沖田は子供のときの笑い方そのままに無邪気に笑って言ったのだった。 「がんばって成長するからちょっと待っててくだせェ」 「いやゆっくりでいい。お前ががんばって今まで何かいいことのあった試しがねぇ」 「あっ、ひっでー」 言うなり何を思ったか身を屈め、そして突然反動をつけて仰け反った。無論、沖田を膝に乗せていた土方は沖田の後頭部とキスする羽目になる。勢いがあったせいでかなり痛い。あまりの痛さに低く呻き、舌打ちをする。 「てめっ、総悟何しやがる!」 「へっへー、年寄りの足で捕まえられるものなら捕まえてみろってんでィ!」 捕まえようとした頃にはするりと腕をすり抜けて、沖田は裸足で庭に飛び出していた。土方も同じく裸足で沖田を追いかける。 やがて土方が沖田を捕まえて小突き、沖田は反撃してまた逃げ出す。その繰り返し。二人の歩みは今までずっとこんな感じだったのではないかと思う。近づいては離れ、また近づいて。近づこうと必死なのは本当はどちらの方なのか。 満月の下、息が切れるまで馬鹿みたいに笑いあって鬼ごっこを続けていた。 今というこの時を大切に大切に過ごそうと誓いを立てて。 後半は夜の話ばかりです。たぶん月夜が好きなんだと思います。土沖には夜がよく似合うと思う。 それでもってうちのサイトの土沖は暇さえあれば二人でお月見をしています。 06/10/23 |