優しい天邪鬼


 数人の隊士が死んだ。明らかに命令を下した土方のミスだった。
 誰もがそのことを理解していて、内輪だけで行われたささやかな葬式の最中にも隊士たちは恨みのこもった眼差しを土方に送り、陰口を叩く者さえいたことに沖田は気づいていた。

 土方もきっと気づいていたと思う。
 気づかないふりをしていただけで。






「土方さーん、入りますぜー」

 副長室の戸をいつもながら足で蹴り明けて、入った後に遅すぎて何の意味もなさない断りをいれた。沖田が無断で入ってくるのはもういつものことなので土方は顔も上げずに黙々と仕事を続けている。

「どうぞお茶です。俺が淹れたんでまずいですが」
「山崎の奴はどうした」

 土方の隣に腰を下ろし、気まぐれに淹れてみた盆の上の二つの湯飲みのうち一つを机の空いているところに置く。もう一つは盆ごと自分の膝の上に持ってきて両手で包んで持ち上げた。ちょっと渋かったかな、飲んで心の内で呟く。

「死んだ隊士たちの部屋を片付けてまさァ。遺品だけでも実家に送ってやるそうで」
「そうか」

 そう短く返事をする間も仕事の手を休めることはない。ついでに吸殻を量産するのも。お茶も渋いがこの部屋も苦いなあとうっすら霞ががった天井を見上げて思う。

「殴りにいかないんですかィ。山崎サボってんのに」
「別に用もねぇしかまわねぇよ。部屋きれいにしとかないと新入隊士を受け入れるときに困るしな」
「あっそ」

 まるで隊士など消耗品であるかのような口振り。重症だな、といつも以上に高く積みあがった吸殻の山を見て思う。天井の霞も吸殻の山も、どちらも土方のストレスの象徴だ。

「お茶、飲まねぇの」
「だってまずいんだろ」
「うん、まずい。渋すぎた」

 それでも退屈しのぎに空にした湯飲みをカタンと盆に戻し、まとめてその辺の畳に下ろした。吸殻同様、山のように積みあがった書類やファイルの片隅で、もう一つの湯飲みが寂しそうに湯気を上げている。まるで飲んでと訴えているみたいに。

「それ、今回の件のやつ?」
「ああ。もう一度情報洗い直して一から作戦立て直す」
「ふーん」

 土方はさらっとそう言ってのけたがそれがどれだけ大変なことかは沖田もよく知っている。いつもこうしてサボりがてら隣で観察しているから。
 この前の作戦だって何日も寝ないで労力費やしてやっと形になったのだ。結果は隊士数名死亡の上、標的にも逃げられるという大失敗だったけれど。

 だからきっと今回の一件で一番悔しい思いをしているのはこの人だ。だってこの人は一人でみんな責任被って非難浴びて、そのくせ一人だけずっと休みもない。
 この人は可哀相だ。だってそんな自分を可哀相だなんて少しも思っていないのだから。そこが何より、可哀相だ。

「副長ってなんで一人なんでしょうね。あと一人か二人くらいいてもいいのに」

 そうすればきっとこの人は人並みの睡眠を取り、人並みに煙草の量を減らすだろう。そう思って口にしてみただけなのに、土方はくすりともせず無表情でつまらなそうな返事を寄越した。

「俺を殺せねぇからって妥協案か? 許可しねぇからな絶対」

 そうきたか、それは考えたことがなかった。何せ自分の目的は土方を副長の座から引き摺り下ろして自分が上に立つことなのだから。同じ高さじゃまだ足りないのだ。

「じゃなくてさ、いやそれもあるんですが、土方さん一人じゃ力不足なんじゃねぇかと」

 仕事ばかりを続けていたロボットみたいな人の動きが、その時ようやくぴたりと止まった。どうやら地雷を踏んだらしい。確信犯だったけど。

「わかってる。俺が全部悪いって言いたいんだろ」
「へい」

 長い長い沈黙の後、ようやく重苦しそうに口を開いた。その表情は怒っているというよりも事実を認めているだけのようで、相変わらずの無表情だ。
 それが気に食わなかったからこう重ねて言ってやった。


「土方さんのせいで死んじまった人たちの未来はなくなっちまいやした。あんたがどんなに努力していたとしてもそれは事実だから、俺も他のみんな同様あんたが悪いと思ってまさァ」


 それは沖田の本音であると同時に他の隊士たちの言葉の代弁でもあった。葬式が終わるまでずっと大人しくしていたのだけれどいつまで待っても誰も面と向かって言おうとしなかったから、自分がその役を買って出てやったのだ。誰かが言ってやらないといけないような気がしたから。この人だって直接言われる方が影でこそこそ何か言われるよりずっと気分が良いだろう。

 土方はそれを神妙な態度で聞いていた。そしてその後に紡がれたのは言い訳でも責任転嫁でもなく、

「今度は誰も死なせねぇ」

 実に土方らしい率直な意思表明だった。

 きっとこの言葉どおり、土方は沖田には想像も及ばないほど緻密な作戦を、それはもう沖田なら言われただけで即ボイコット起こすくらいの労働時間費やして立てるのだろう。
 しかしそれでは駄目なのだ。だって今回の作戦だってこの人は少しも手を抜いてなんかいなかった。そのことを知っているから。

「土方さん、人ってのは死ぬようにできてるんですぜ。常に誰も死なないようにするなんざ、土台無理な話なんでさァ」

「だからって死んでもいいように作戦を立てることもねぇだろ。可能な限り被害を最小限にとどめるのはいいことのはずだ」

「俺が言ってんのはそうじゃなくてっ」

 あまりにも頭にきて沖田はそこで言葉を切った。
 書類に視線を落としたままさっきから一度もこちらを見ようとしない、わからずやの口から煙草を乱暴に奪い取って灰皿に投げ捨てる。それから胸倉を両腕で掴み上げると心底嫌そうな顔と目が合った。

 その目を睨みつけて、唾が飛ぶくらいの勢いで言ってやった。


「俺の顔もまともに見らんないくらい落ち込むなって言ってるんでィ!」


 葬式の会場を誰よりも先に出て行ったのは周りの視線に居た堪れなくなったから。馬鹿みたいに仕事に打ち込んでいるのは死者への餞でもなんでもなくただ単に気を紛らわしたかったから。伊達に長い付き合いしているわけじゃないから、それくらい見ていればわかる。

 だから落ち込んでいるのにうまく感情を処理できないこの人が可哀相で、そして腹立たしかった。誰にも頼らないことを強さだと勘違いしているみたいな言動が。


「だって、俺のせいであいつら死んだんだぞ。俺がもっとしっかりしてりゃあ死なずに済んだかも知れねぇのに」
「そうですね。全部みんなあんたが悪い。でもだからって誰か死ぬたびにこんなになってたらキリがねぇでしょう。俺たちが選んだのはそういう道なんですから」

 そのことをかつて自分に告げたのはこの人だったはずなのに、この人は相も変わらず鬼になんてなりきれないで苦しんでいる。可哀相なほどに人間らしさを残したまま。

 胸倉から手を離し、その頭を抱きしめる。反射的に逃げようと暴れたから、ぎゅっと捉えて絶対離してやるものかと思った。
 そして、よしよしと子供にするそれみたいに撫でてあげた。

「悪くないよ。土方さんは悪くない」

 大人しくなるまで何度もそう繰り返しながら。さっきとまるで反対のことを、馬鹿の一つ覚えみたいに。

「……さっきと言ってること逆じゃねぇか」
「ええ逆ですよ。ほら俺天邪鬼だから」

 土方にも同じくことを指摘され、しれっとそう言ってやった。
 本当は悪いと思っているけどこの人がどれだけがんばっているかも悔やんでいるかも全部ちゃんと知っているから、そんな自分一人くらい反対のことを言ったっていいのではないかと思う。それが少しでもこの人の救いになるのなら。

「ねぇ土方さん。あんまり一人で重いものばっか背負い込まないでくだせェ。俺は茶もうまく淹れられない人を斬ることしか能のない奴だけど、ちょっとくらい荷物分けてくれたっていいだろィ?」

 抱きしめたまま黒い髪に指を差し入れ撫でるように優しく梳いてやる。いつも沖田が落ち込んだとき、土方がそうしてくれるように。

「当分この部屋には誰も近づかないよう言っときやした。それに俺は眠いんでこのまま寝ようかと思ってます」


 だから泣いてもいいですよ。


 真っ黒い後ろ頭にこつんと顎を乗せて優しく優しく囁いてあげた。人前でも一人のときでも泣けないでいる、不器用で可哀相な天邪鬼に。

「っ……、……!」

 腰に腕が回ってきて思いっきり抱きしめられた。このまま骨でも折られるんじゃないかというくらいの力で。
 悪くない、悪くない、そしてこれは寝言ですよ。まるで子守唄でも謡うみたいに頭を撫でてやりながらずっと囁いてあげた。


 たくさん泣いてたくさん眠って、それから冷たくなったまずいお茶でも飲んで元気を出して。

 そして、これくらいしかできない俺をどうか許して。



 弱い土方とそれを哀れんでいる沖田の話でした。沖田は土方の負担を減らしたくて副長になりたいのだったらいいなという妄想。
 それでもってうちのサイトの近藤さんは一体何をしているんでしょうね。

06/10/23