サンタクロースの部屋 いつもは閑静な佇まいを見せているはずの場所にそれがあるのは、沖田にとってかなりの違和感だった。 「とっつぁんもどうせなら腹に溜まるものでもくれりゃーいいのに」 夜中だというのにチカチカと眩しいきらびやかさが気に入らず、ついそう一人ごちてしまう。一緒にそれを見上げていた土方が聞きとがめ「そう言うなって」と軽く窘められた。 しかしそれ、クリスマスツリーはこの屯所において明らかに異物だった。色鮮やかな飾りや明滅を繰り返す電飾といったものたちはどうも調和を乱しているように思えてならず、沖田はそこが気に入らないのだ。 「お前って本当にクリスマス嫌いなのな」 「俺は自然物を人工物で飾り立てるのが嫌いなだけでィ」 「……動物愛護団体がうるさいからな。S星王子としては不満かもしれないが代用品で我慢しろ」 「何もそこまでは言ってやせん。俺も動物は労わるべきだと……つーかあれはマジネタなんですか」 「知らね」 代用品か否かはさておきやはりその存在が気に食わず、むぅっとしかめっ面を作る沖田の頭に土方はぽんと手を置く。まるで子供の機嫌を取るみたいにぐしゃぐしゃと撫でられて、ますます不機嫌さがつのった。 「あんま文句たれんなよ。とっつぁんはただの気まぐれだろうが近藤さんはお前が喜ぶと思ってやってんだぞ」 「……わかってまさァ」 だからこうして土方しかいないときに愚痴をたれているのだ。いくら沖田でも近藤の気持ちを踏みにじってまでどうこうしたいとは思っていない。 頭の上に居座ってしまっている手を持ち上げて投げ捨てて、手の主に尋ねてみた。 「ねぇ土方さん。何で俺たちは異教の神の誕生を祝うんですかィ?」 「さぁな。お祭り好きな連中の多い国だからじゃねぇの? あとはあれだ、幸せなガキどもに夢を植えつけるためとか」 「夢、ねぇ……」 胡散臭げに呟いて、改めてツリーを見やる。人工物ばかりで彩られたツリーの光と雪の中を赤服に白髭の老人やソリを引くトナカイが踊っている。そういえばそんな御伽噺もあったっかと、土方に言われて思い出した。 「そういえばお前はサンタをまるで信じないガキだったな」 「へい。おっしゃるとおりひねくれたガキでしたとも」 子供のことを思い出し、少し苦い顔をして頷いた。 しかし沖田としては信じようにも信じるに足る根拠があまりにもなさ過ぎたのだから仕方ないだろうと思う。何せ沖田は土方と近藤に教わるまでそんな存在知らなかったし、それまで一度もそれらしき人物だか天人だかに何かをもらったこともなかった。それなのに生活環境が変わった途端「サンタが来るよ」と言われても、いくら子供だって戸惑ってしまうというものだ。 「幸せな子のところにしか来ない『いい人』のことなんか俺は信じやせん」 それはあの時の沖田が下したサンタクロースに対する結論だった。 この考えは今でも変わっていないし相変わらずにクリスマスを好きになれずにいるが、こう宣言したときの二人の顔は今でも忘れていない。その点だけに関しては、申し訳ないことをしたと思っている。 「結局俺も近藤さんも、お前の中に空想を住まわせてやれなかったな」 沖田の言葉から間を置いて、しばらくしてから土方はぽつりと零した。その拍子にふわ、と作り物の雪よりもずっと雪らしい白い気体が土方の口から天を目指して溶け消える。 確かに沖田はこれらの御伽噺の類を一切信じなかった。絵本を読んでもらうのは大好きでも、それは架空の物語であることをはっきりと悟っていたのだ。たとえ稀に信じたとしても、短い期間ですぐに夢から覚めてしまった。 「土方さんと近藤さんは俺に夢見る子供になってほしかったんですかィ?」 「子供ってのはそういうものを喰って成長していくもんだろ」 もしかしたら土方は沖田が夢を見ることなく大人になろうとしていることを、自分のせいだと感じているのかもしれない。沖田本人が純粋にそれを欲しなかったことがいけないだけなのに。 「それは俺が勝手に育ち方を間違えちまっただけでさァ。あんたや近藤さんが気に病むことじゃねェ」 哀れむ必要も、ましてや謝る必要なんて何もないのだ。沖田は今の自分の境遇を少しも可哀相だとは思っていないのだから。むしろ、とても感謝している。 「それにあんたは夢のかわりに俺に現実をくれた」 実際に触ることのできない空想より、今ここの方がずっと大事だ。そう思い続けてきたからこそ沖田は夢でなく現実を追いかけてきたのだ。子供の頃から、ずっと、ずっと。 「お前はそれで幸せなのか」 最高に幸せ。そう笑んで答えたらこの人はまた自分を哀れむだろうか。 目に見える確かなものしか信じられない人だから、きっと何も持たないし持とうとしない沖田の幸せなんてものはおよそ想像もつかないのだろう。 だから少しだけ、嘘を吐いた。 「少なくとも土方さんが思っているほど不幸じゃありやせん」 本当は不幸だなんて感じたことが一度もないほど幸せで眩暈がしそうなくらいなのだと、いつか言える日は来るのだろうか。ちらりとそんな考えが胸を掠めた。もしあるとしたらそれは永遠の別れを告げる時かもしれないと、土方の頭の硬さを思って心の内で苦笑する。 そんな沖田の態度に土方が何を思ったかは知らない。しかし雪色をした嘘の回答には満足したらしく、「ならいい」とだけ口にして背を向けた。 「ついて来い。仕事だ」 「あー、そういうこと。俺が可哀相な子じゃないから安心して聖なる祭りの夜も仕事に連れて行けると。そうですよねー今頃みんな宴会で潰れちまってて、使えるのなんざ仕事馬鹿と未成年のお子様くらいですもんねー」 「うるせぇ。黙ってついて来い。片付いたら俺も飲むから酌でもしろや」 「へいへい」 しかし面倒くさそうに返事をして後をついていく沖田の表情は口振りとは正反対のものだった。 こうして土方の後ろを歩くことができることに感謝する。あの嘘のおかげで自分はこれからもこうして後ろをついていくことを許されるのだろう。その許しさえあれば、他にはもう何もいらない。 沖田は着いて行く途中で一度だけクリスマスツリーを振り返り、「ごめんな」と心の中で呟いた。自分の中のどこにも住まわせてやれなかったことに。 たぶん自分はサンタクロースを知るのが少し遅すぎたのだ。その存在を知った頃にはもう別の神様が沖田の中に住んでいて、サンタクロースの住む部屋は残っていなかったのだ。だから沖田はサンタクロースのかわりにその神様を食べて成長し、今も尚それは続いている。 そういう意味では沖田から空想を奪ったのは、やはり前を歩いているこの人なのかもしれない。 「籠鳥」設定だと思って読んでいただいたほうがすっきりするかもしれません。 たぶん二人が出て行った仕事は優しかったお母さんの娘の通報だと思います。そして暴かれる現実のサンタクロース。 あと二人が話している代用品云々は昔は動物を殺して吊るして食べたのだという噂のことです。本当かどうかはわたしも知りません……。 06/02/28 |