姫一夜

 上司から私的な手紙が来た。正確には上司経由で詩的な手紙が。

「えーっとですねぇ、たぶん今度栗子さんをお祝いするパーティを開くのでぜひ来てくださいみたいなことを伝えたいのではないかと」
「……そうか。ご苦労」

 そこそこの教養は持ち合わせているつもりだが、最近の若者の嗜み(乱れる白鳥の羽がどうとか夜空に散りばめられたダイヤモンドがどうとか)は理解できず、理解できたものといえばせいぜい宛名が「マヨラ13様」とあることくらいだった。そんなわけで監察の山崎に暗号解読の依頼をしたら、以上のような答えが返ってきたのである。

「で、行くんですか副長」
「行くしかないだろうな。一応上司の娘だし」

 ちなみに手紙には一緒に書き殴ったメモ書きが添えられていた。「来い。ただし来るだけだそれ以上不可」なんともわかりやすい。

「で、日時は?」

 郵便事故か何かで実はもう過ぎていたという結末を密かに期待しつつも望みは淡く消え去って、それどころかそんなことを願った罰なのか最悪の返答が返ってきた。

「7月8日です」

 この日だけは嫌だったのに。

「ん、なんでィ土方さん遊びに行くの?」
「ちげーよ。強制参加だ強制参加」

 隣で山崎が解読し終わった暗号文をおもしろそうに眺め回していた沖田が顔を上げ、土方は渋い顔で答えた。

「ふーん。そりゃあいい。あのお嬢さんに伝えておいてくだせェ。マヨラ13様を俺の視界の外に葬ってくれるなんて粋な誕生日プレゼントをありがとうって」
「……てめぇ」

 ちょっとムッときて睨むが沖田はどこ吹く風だ。
 山崎がいるのでそれ以上の言葉を重ねることはできなかった。しかしたとえ山崎がいなかったとしてもきっと言えなかっただろう。お前、俺がいなくていいわけ。だなんて恥ずかしくて、無駄に高いプライドが許すわけない。






 壮麗なる音色を奏でるオーケストラ。天井のシャンデリアに赤い絨毯、机の一つ一つや壁にこれでもかというくらい飾りつけられた花々。豪勢な上に見目まで研究され尽くした食事。
 流石は警察庁長官の主催するパーティである。当然といえば当然だが、真選組の宴会とはえらい違いだ。

「よう土方、悪かったな来させちまって。あ、言っとくけど栗子に指一本でも触れてみやがれ。婦女暴行の罪で殺すからな」
「……はいはい、わかってるよ」

 招いておいてその言い草はないだろう。手を出す気などもとより毛ほどもなかったが他の用事すっぽかしてまで来てやっている身としては少し腹立たしかった。

「で、今更なんだがこれは何のパーティなんだ?」
「栗子が小学生のときテストで初めて満点を取った記念パーティだ」
「ああそう。まあ俺は適当に食ったら帰るんで安心してくれ」

 最早ツッコミを入れるのも馬鹿らしく感じたので、それだけ告げるとこちらから会話を打ち切り背を向けた。
 過去のテストの点数ごときでこれだけ派手なパーティを催してしまう時点でもう他人が何を言っても無駄だろう。松平の病的なまでの過保護は今に始まったことではないが、何故よりにもよってこんな日に満点を取ってしまったのかと娘の方まで忌々しく思えてくる。せめてあと一日でもずれていれば何も問題はなかったのに。

 見たことのないものばかりで食欲がわかず、土方は人ごみを避け壁に背を凭せ掛けた。その拍子に黒いサングラスがずり落ちて指で元の位置に戻す。無性に煙草が恋しかったが、どうもここは禁煙らしく吸っている人間は周りに一人もいなかった。

 今頃屯所の方ではもう沖田の誕生パーティが始まっているだろうか。安酒片手に料理をつまみ、山崎あたりがケーキを均等に切り分けている頃かもしれない。ロウソクに火を灯して吹き消すのは昨年沖田が照れて嫌がったのでたぶん今年はやらないだろう。照れでバズーカなど発射されてはたまらない。

「帰りてぇ……」

 自分はどうしてこんなところにいるのだろう。いるべきはあそこであるはずなのに、こんな小奇麗な壁から生えた雑草などになっている場合ではないはずなのに。だって今日というこの日は一年に一度しか来ない。沖田の18歳の誕生日は一生に一度しか来ない。

 しかしパーティは残念ながらまだ始まって間もなかった。定刻に達したのはつい5分ほど前で、これから様々なイベント(幼少の栗子のスライドショーなど)が催されるらしい。まさかメインイベントを見ないで帰るわけにもいかないだろう。見たくもないが、流石に時間が早すぎる。

「あ、あのマヨラ13様……!」

 気がつけばすぐ目の前に栗子が立っていた。直接会うのは遊園地の時以来だが、今日はあの時のような着物ではなくドレスを纏っていて化粧も少し雰囲気が違う。たぶん会場が洋風なのでそちらに合わせたのだろう。

「今日は私のパーティに来てくださって、ありがとうございまする」
「いや、こちらこそ招待感謝するよ。えっと、テストで満点取った祝いだっけ?」

 適当に受け答えて尋ねると栗子は頬を染めた。顔に手をやって、恥ずかしそうに俯く。やはり本人もこの意味不明なパーティは大層恥ずかしいらしい。ならば親にやめるよう言ってくれればこんなところに来ずに済んだものを、と思ったが口には出さない。

「そ、それは父が勝手に……私はただ、あなた様とお話が――

 栗子の言葉を遮るように、後ろの方でどよめきが沸き起こった。栗子は何事かとそちらへ目をやる。土方も少し気になったのでそれに倣った。

 どよめきの原因は一人の女のようだった。栗子の視線がそちらに向いていることを確認して、土方は少しだけサングラスをずらして色彩を取り戻した視覚で女を見る。

 見て、仰天した。

 まるで血の色のような情熱的な赤い着物と、質素ながらも美しさを十分に引き立てる同色の花かんざし。結い上げられた薄い茶色の後れ毛が歩くたびにふわりと揺れる。洋に彩られたこの会場で唯一和を纏ったその女は、たとえ贔屓目でなくともこの場の誰よりも美しかった。

「お嬢さん、困ります。本日招待状のない方はちょっと」

 後を追いかけてきた係員の声に女は足を止めて振り返った。
 土方の位置からは女の表情を窺い知ることはできない。しかしきっと薄く優美に笑んだのだろう。まるで土方に攻撃を仕掛ける時のように、無邪気さと残酷さを一緒くたにした笑みを。

 そして次の瞬間、係員は後方へと吹っ飛んでぴくりともしなくなった。
 おそらく何が起こったかその場で理解していたのは当人と土方くらいのものだろう。他の者は、顔面に繰り出された裏拳を目にすることはできても、咄嗟にそうと理解することはできなかったのではないかと思う。

 何事もなかったように女は歩みを続けた。真っ直ぐ土方へ向かって。

 女が一歩近づくごとに土方の確信は強まっていく。化粧や着物でどんなに飾り立て欺こうともこの目だけは誤魔化されない。どんなに姿が変わろうと見間違えるはずがない。

「お前、なんで――

 ついに目の前まで歩いてきた女、否、沖田に向かい土方は問おうとした。しかし問いが最後まで発されるよりも早く沖田の手が土方の首へと伸び、やや強引に俯かされる。ここまで来ればもう何を要求されているか理解できたので、諦めて乱暴に重ねられた唇に吸い付いて腰を抱き寄せた。一層大きくなったどよめきも無視して。

 主賓がいなくて今頃屯所はどうなっているのかとか、この後沖田はどうするつもりなのかとか、この着物とかんざしは監察の備品じゃないかとか、そんなことを考えた。そうしたら集中していないのがばれたのかくちびるに噛み付かれ、小さく唸って角度を変えてやり直す。微妙にずれたままのサングラスがさっきから邪魔で仕方なかった。

 どれだけの時間、などということは最早どうでもいいことだったが、とにかく沖田が満足して解放してくれるまでそのキスは続いた。
 ようやく唇を離した沖田はまだ土方の首に腕を回したまま、ある方向へと視線を向ける。そこには状況から完全に取り残された、パーティの主賓たる栗子が顔面蒼白で立ち尽くしていた。

 栗子を見つめるだけで沖田は何も言わない。その代わり口の脇から零れた雫を艶美な仕草で拭い、勝ち誇ったような微笑を浮かべた。ざまあみろとでも言うみたいに。
 一方栗子のほうはショックで何の反応もできないらしい。哀れ、とは思ったがもしここで一言でも栗子に慰めや弁解の言葉を吐こうものなら情熱を纏った偽の美少女は土方をボロ雑巾にすることを厭わないだろう。なので土方はすたすたと早足で帰り始める沖田に黙って手を引かれて行くのだった。

 こうして迎えが来たのだから、たとえ誰が引きとめようとここに残る理由はない。






 そうして二人でパーティ会場を抜け出して長いこと無言で歩き続け、誰もいない真夜中の公園でようやく沖田は足を止めた。手を引かれ続けていた土方も足を止め、今までずっと我慢していた煙草をポケットから取り出す。
 ライターで火をつけて胸いっぱいに煙草を吸い込む動作を物言いたげな表情で沖田が見上げていたので、気がついて土方は言ってやった。

「もういいぞ。喋っても」
「へい」

 土方の言葉に沖田は素直に返事をした。その声を耳にして、いくら外見は騙せても声は流石に騙せないかと苦笑した。いくら他の男たちほど低くはないとはいえ、やはりそれは男の持つ声色をしている。

「で、どうしたんだその格好」
「自分のはそこの公衆便所に隠してありやす。着物はたぶんお気づきとは思いますが監察の備品でさァ。髪は流石に合うのがないんで買いやした」
「ふーん。ウィッグ?」
「へい。見ます?」

 尋ねると沖田はかんざしを外し、結っていた紐を解いた。はらりという音でも本当に聞こえてきそうなほど優雅に髪が本来あるべき姿へと重力によって広がる。
 胸の辺りまである艶やかな髪は触ってみると微妙に感触が違った。明るいところで見ればきっと色も少し違うのだろう。あのきれいな色は沖田だけが持てる色だろうから。

「でもお前、女装とか嫌いだろ」

 土方は不思議に思って尋ねた。
 沖田は女装が嫌いというよりもむしろ女として見られることを嫌っている。それにそんな外見にコンプレックスを抱いていることもよく知っている。だからこそ沖田が自分からこんな格好をしたことに土方は驚いていた。

「嫌いでさァ。でもやっぱ、あんたが俺の誕生日の日に別の女を祝いに行くなんてもっとやだ」

 土方の服をぎゅっと掴んで、俯き加減に沖田は言った。
 たぶん、照れているのだと思う。顔を見られまいと土方の胸にぐりぐりと額を押し付けて必死に隠そうとしている。おもしろいので両手で頭を捕まえて無理やり上向かせようとしたら、「うー」と子供じみた抗議が返ってきた。

「や、やっぱあんま見ないでくだせェ。たぶん化粧とか変だし、そうだ俺トイレで着替えて」

 とにかくこの場から逃げ出そうという魂胆が見え見えな、背を向けかけた手を捕まえる。反射で振り返ってしまった顔と目が合って、この暗さでもはっきりとわかるくらい狼狽していたものだからつい口から笑みが漏れた。それにあんなに擦り付けるものだから前髪はぐしゃぐしゃで、とてもじゃないがパーティ会場まで土方を奪い返しにやって来た女と同一人物とは思えないほど今の沖田はいとけなく見えるのだ。それが、たまらなく愛しい。

「今から屯所戻ってもパーティやるには遅すぎるぜ」

 もう時間は夜の十時をまわっている。朝早くから仕事の者もいるため、おそらく沖田の誕生祝いは後日に持ち越されるだろう。

「そうだけど、戻らないでどうするんですかィ」
「今日の残りの時間、全部俺にくれよ」

 逃げ出そうとする抵抗がぱたりと止んだ。驚いて、ぽかんとこちらを見上げている。弱い風が作り物の髪の毛と着物の袖を揺らした。

「俺に祝ってほしくてわざわざそんな格好までしてきたんだろ。たまには二人きりで祝ってもいいんじゃねぇ? ――恋人らしくさ」

 最後に付け足された言葉に反応して、沖田は顔を真っ赤にする。夜でなかったらもっとよく観察できたのに。少し悔やんでまだ捕まえたままだった腕を引いて抱き寄せて、薄く紅を引いた唇にキスをした。

「ちょっと、土方さん、ここ外っ」

 さっきあれだけ派手に人前でしたくせに、今更恥ずかしがる理由がわからない。おかしくて可愛くて仕方なくて、調子に乗って土方はもっと強く抱きしめた。

「時間遅いし夜で暗いし、お前のその格好なら問題ねぇだろ」
「お、俺が気にしまさァ! あっ……手ぇつっこむなこの痴漢!」

 調子に乗りすぎた手は流石にぴしゃりと叩かれた。少しからかい過ぎたらしい。それでももう逃げる意思はないのか、大人しく立っている。
 真っ直ぐに土方の瞳を見上げ、試すみたいな口ぶりで沖田は言った。

「残りの時間、あげたらあんたは俺に何してくれる?」
「こんな時間だしな。とりあえずホテル?」
「結局それですかィ。本当にあんたは色情魔だなァ」
「仕方ねぇだろ夜遅いんだから。どこか行きたいところがあるなら次の休みまでに考えておけ」

 次の休みがどれだけ先をさしているのか知っているから沖田は唇を尖らせて、「やだ」と文句を言った。しかしこればかりは仕事柄どうにもならないので、ちゅっとキスをして機嫌を取り手を引いて歩き出す。さっきとは全く逆に今度は沖田が土方に引っ張られ、連れて行かれまいとガリガリ踵で土を削って体重をかけ無理やり止まらせる。迷惑げにそちらを見やると、沖田は後ろを指差した。

「ってあんた待ちなせェ。俺まだ着替えてないんですけど。そして俺の拒否権は」
「ねーよ、んなもん。いいだろどうせすぐ脱ぐんだ。あと2時間ねぇぞ今年の7月8日は」

 それに沖田がせっかく土方のために着飾ってくれたのだから、もう少しこの姿をこの目に焼き付けておきたかった。たぶんもうこんな機会はないだろうから。というか、そうするつもりだ。

「ごめんな。来年からは絶対お前の誕生日をちゃんと祝うよ」

 今夜のような思いをもう二度とさせはしない。沖田にそれを誓うつもりで、その白い手の甲に唇で触れた。

「……わかりゃいいんでィ」

 沖田は突然の気障ったらしい行いに面食らったのか少し気恥ずかしそうに、自分の手と土方を見下ろして言った。



 それから二人で手を繋いでホテルへ入り、途中のコンビニで買ったケーキでささやかなお祝いをした。その初めての二人きりの誕生パーティの最中、松平から闖入者についての電話がかかってきたので、

「俺の恋人」

 とだけ答えて切ってやった。これできっともう二度とパーティのお誘いはこないだろう。
 二人でくすくす笑みを交わし、もう一度「おめでとう」とキスをした。




 付き合い始めてばかりの土沖のつもり。ちょっと沖田がまだ照れがある感じで。土方はいつだって恥ずかしくがモットーです。

07/04/08