お兄さんと一緒 <1> それはごく普通の朝だった。 隣で眠っている総悟、もつれ合って散らばっている二人分の寝巻き、それとは対照的にきれいに並べられた二本の刀。 そう、全てはいつもどおりで、いつもと違うのはむしろ俺のほうなのだった。 「なんだこれェェェェ!?」 ぷよぷよした小さな自分の手を見下ろして俺はありったけの声で叫んだ。しかしその声もボーイソプラノである。なんたることだ。 そして慌てて鏡を覗いてみると、薄々予感はしていたもののそこにはなんと子供姿の俺がいた。大体5,6歳といったところか。 「んー……なんですかィ土方さん。朝っぱらからうるせーなぁ……」 俺の叫びで眠りを妨げられたのか総悟はもぞりと寝返りを打った。こっち側に体を向けて、うっすらと目を開く。しかし寝惚けているのかそのまま再び夢の国へ帰ろうとして、そうはさせじと俺は必死に揺り起こした。 「起きろ総悟! 俺ちっちゃくなってる! お前の土方さんがちっちゃくなってるゥゥゥゥ!」 「うー……何言ってんでィ。寝言なら死んでから言って……あれ?」 ようやく起き出した総悟はそこで凍りついた。目をまん丸に見開いて小さな俺を凝視して。 「えェェェェェェェ!!」 先程の俺と同じく屯所中を揺さぶるようなでかい総悟の叫び。 総悟が状況を認識したからと言って何が変わるわけでもないが、これでもう一人で悩まないで済むと思い俺はわずかに安堵した。 ……したのだが甘かった。 「山崎、山崎ィィィィ!」 なんと恐ろしいことに、何を思ったかは知らないが総悟は突然俺を小脇に抱えて部屋を飛び出したのである。 しかしちょっと待ってほしい。昨日はナニがアレだったわけで、つまり俺も総悟も服なんか着ちゃいなくて、というか総悟に関してはまずい痕とかもいろいろ残っているわけで。いやつけたのは俺なのだが。 「おっ、オイ待て総悟、止まれ! つーか部屋戻れ! 聞けや総悟ォォォォ!」 しかし総悟は俺の声などまるで聞こえていないらしい。ついでにすれ違う隊士という隊士が振り向くのにも気づかず、山崎の姿を発見するまで屯所中を猛烈なスピードで走り抜けた。……近藤さんに会わなかったのが不幸中の幸いだな。卒倒しちまうよこんな姿(俺でなく総悟の方な)見たら。 そしてようやく山崎を見つけ総悟は言ったのだった。 「見ろ山崎、俺子供産んだ! しかもパパの純度100%!」 「産めるかアホォォォォォォ!」 もちろんツッコンだのは山崎でなく俺だ。 確かに生のまま挿れるのなんてしょっちゅうだが何しろ総悟は男である。万が一にも孕めるわけがない。というか普通の子供は生まれたときから5歳児(推定)ではない。もうなんだかいろいろありえない。 「え、っていうか副長? 純度100%で副長?」 「待てィ山崎。土方のヤローが死んでも勲悟2号が完全体に進化するまでは俺が副長だろィ」 「ちょっと待てテメー。イサオゴってなんだ誰と誰の子だそれは」 「だから近藤さんと俺の」 「ふざけんなお母さんは一体どっちだコノヤロー」 「すいません二人とも落ち着いてください」 よくわからない言い合いを始めた俺と総悟の会話に山崎は割り込んで、ほとほと困り果てたようなあるいは呆れ果てたような様子で言った。落ち着かなさげにきょろきょろと辺りを見回して。 「とりあえずみっともないんで服着て仕切り直しませんか」 「あ」 ようやく己の姿に気づいた総悟に、抱きかかえられていた俺はぼとりと床に落とされた。というか渾身の力で叩きつけられた。幼児虐待がもしうちの管轄だったらよかったのにと心底思った。 まあなんかそんな感じで事態は何一つ進展せぬまま、はじめに決まったことは服を着ようということであったりしてとにかくは仕切り直しとなったのである。 ……大丈夫なのか俺。 <2> 「まさかこの俺をあんあん言わせたごん太なすびがカッパエビセンになっちまう日が来るなんて」 好奇心に満ち満ちた顔をして総悟は小さくなった俺を爪先から頭の天辺まで眺め、ちょいと指でそれを突付いた。 「やめろ突付くな」 「いーじゃんどうせたたねーんだし。あ、それとも握ってほしいんですかィ?」 それを指で弄びながらドSな笑みを浮かべる総悟。こいつは間違いなく状況把握に欠片ほどの関心も抱いちゃいねぇ。しかもおそらくは俺を新しい玩具とみなしてしまっている。最低だ。俺は一刻も早く山崎が子供服を調達して戻ってきてくれることを切に祈った。 「それにしても本当にあんたの子かと思いましたぜ。俺が産んだかは別として」 「アホか。そんなヘマしねぇよ。どうせ今回もまた天人産の奇病か何かだろ」 「マジでか。どうしよう昨日ゴムつけなかったってのに」 「いや性病じゃないと思うし」 何せ感染者が片端から子供になってしまうのでは性感染などそう簡単にしないだろう。……いや待てよ、ある程度の潜伏期間があると仮定すればありうるか? と、そこで俺の思考は強制終了を余儀なくされた。総悟が俺のかっぱえびせんを口に咥え込んだから。 「ちょ、何してんのお前ェェェェ!」 「いやちょっと味見を」 再び俺への虐待に目覚めてしまったらしい総悟は短い返答を寄越すや否や、小さな俺の両手を片手で押さえ込んで丹念に舌を這わせ始めた。未熟な体にとってそれは気持ちよくもなんともなく、ただひたすらに恐怖心が増すだけである。どうせなら大人のうちにそういうことをしてほしかったんですけど。 「離れろ総悟! マジでやめろってやめてください!」 「日頃俺がそう言って、あんたが聞いてくれたことありましたかィ?」 「わかった謝る! 謝るから許してくださいィィィィ!」 しかし俺の懇願にやめる気になったのかと思えばそうでなく、先っぽを甘噛みしたまま困ったように上目遣いで俺を見上げた。こっちはもう涙目だってのにその辺は気にするつもりはないらしい。 「どうしましょう土方さん。俺のほうがたっちまいそうなんですが」 「知るかァァァァァァ!!」 そんなことを尋ねられても困るので俺は力の限りそう答えるしかなかった。 いや、だって俺たたないし。 <3> そんな感じでトラウマ確実のハプニングを交えつつ、山崎が調達してきた子供服を着こんで俺は出かけることにした。少し外の空気を吸って気分転換でもしようかと、それと見廻りを兼ねて。五歳児の見廻りに何の意味があるのかは甚だ疑問であるが。 「土方さん、歩き疲れたらいつでも言ってくれていいんですぜ。俺が抱っこしてあげまさァ」 「うるせぇガキ扱いすんな」 総悟はどうも俺が子供になったことがうれしくて仕方ないらしい。今朝からずっとご機嫌で、ことあるごとに俺にちょっかいかけようと狙っている。 しかし逆に俺はといえば落ち着かなくてたまらない。何もかもが大きく見えるし、なんといっても煙草が吸えない。さっき当然のように吸おうとしたら山崎に全て没収されてしまった。大人は子供に冷たい。 「あ、見てくだせェ土方さん。あっちで風船配ってますぜ。開店セールかな」 「買わねぇぞ。どうせすぐ飽きるか飛ばすかするんだから」 18にもなりながら物欲しそうな顔をするので先回りしてぴしゃりと言ってやったら、総悟は案の定つまらなさそうに唇を尖らせた。あんなものもらって何がうれしいんだ。 「つっまんねーなァ。子供ってのはああいうの欲しがるもんですぜ」 「生憎と頭の中は二十代のままなんでね」 「ちぇー」 と、不満そうにしていた総悟だがそのまま三歩くらい歩いて足を止め、はたと俺を見下ろした。何かよからぬことでも思いついたのか突然ニヤリと不敵な笑みを浮かべて。 その表情に嫌な予感を覚え、俺はつい身構えてしまうのだがたぶん無意味だろうとも同時に思っていた。 「そんなに童心に返れねぇっていうんなら土方さん、大人のあんたの落とし前つけましょうぜ」 「は?」 意味の理解できない俺に総悟の腕が伸びてくる。俺は逃げようと抵抗したが、体格が違いすぎてまったく太刀打ちできない。そしてひょいとあっけなく軽々と抱き上げられてしまった。 そして顔の高さまで俺を持ち上げて、にっこりと笑って言う。 「あんたの彼女の皆さんにあんたを見せに行きやしょう。驚くでしょうねィ、あんたに瓜二つのややがいたなんて。あ、もうややって年でもねぇか」 「はぁっ!?」 そこまで言われて俺はようやく総悟の企みを悟った。俺(子供)を俺(大人)のガキと偽って愛想を尽かさせるつもりなのだ。 「てめぇ総悟、俺に何の恨みがあるってんだ」 「そりゃあもうたんまりと? つーか前から言おうと思ってたんですが、俺抱いた後にこそこそ外行くの不愉快極まりないんでやめてくれませんかィ」 「げっ……なんで知ってんだオイ」 絶対寝てると思ってたのに。ばれない自信あったのに。そんなものは所詮、俺の自惚れに過ぎなかったというのか。というかもしかして何気にピンチじゃないのか俺。 「一番隊隊長の沖田様を甘く見ないでくだせェ。きっちり後尾けて全部調査済みですぜ。まああんたへの報復は後でじっくりってことにしといてあげますんで、まずはかぶき町お住まいの女性からー」 「誰かー! この人は人攫いですよ助けてー!」 「嫌だなあ土方さん、あんまり騒がしいと口も聞けなくなるくらいのトラウマ生みつけちゃいますぜ?」 「うぐ」 その一言で俺は沈黙を強いられ、死刑台へ上らされる囚人のような心境で総悟に連れて行かれるしかなくなってしまったのだった。 総悟は抵抗を諦めた俺を片手に抱きなおし、パチンと携帯を開く。画面を覗き込んでみれば俺と今付き合いのある遊び相手たちの名前がずらりと羅列されていて、本当に全て見抜かれていたのかと背中を冷たい汗が伝った。 「これ全部当たんの?」 「トーゼン!」 なんだかやけに張り切って、総悟は元気よく答えた。 ……そんでもって俺は友達がいなくなった。 <4> 子供というのは本当に不便だ。リーチが短いから喧嘩するのに不利だし、刀だって重くて持てやしねぇ。こんな体のときから俺らと同じように剣術を学んでいた総悟ってのはやっぱ大物なのかもしれない。 「ん? どうかしましたかィ」 「いや何でもねぇ」 目が合ったことに気付いて俺の顔を覗きこむ総悟に適当な返事をして前に向き直った。 現在俺が何してるかってぇと、ただの事務作業である。しかしこの事務作業というのが結構大切で、こいつを処理しねぇと全部の仕事がストップしちまうなんて日もある。 しかもうちは大将がゴリラ、もといストーカー、もとい現場主義の人なんで俺がこれをやらねばどうにもならない。そんなわけで俺は子供になっちまってもこうして変わらずデスクワークに追われているのである。非常に悲しい。 唯一いつもと違うことといえば、総悟の膝の上に乗っているということだ。なぜかって、まあ、あれだよ。つまりは簡潔な理由を述べると、小さすぎて座ると机の上が……まあそういうことだ。 「あー、早くでっかくなりてぇ」 「土方さん二次性徴はまだ何年も先ですぜ」 「違ぇよそっちじゃねぇよ! 身長だっての!」 「ああ、なんだ。そっちか」 ったく、これだからガキは。どうしてすぐシモの話に結び付けたがるかね。 と、そんなことを思って俺はあることに気がついた。 「そういやお前、俺が元に戻るまでどうすんだ?」 「何が?」 「このまま当分俺が元に戻んなかったらどうやってヌくわけ」 俺に言われて総悟はようやく思い当たったらしい。きょとんとして少し考えて、そして何かを理解したようにポンと手を叩いた。 「そうか、だから旦那さっき『困ったら俺んとこおいで』って耳打ちしてったんだ!」 「マジでかオイ!」 あの野郎、今度会ったら買春と淫行の罪で絶対逮捕してやる。俺はそう固く胸に刻んだ。普段の自分のことはすっかり棚上げして。 「つーか行くなよ? 行ったら減給だからな」 「職権乱用はよくありませんぜ。それに俺、一人でヌくの好きじゃねぇしー?」 こっちの焦りを見て取って、からかうように総悟はニヤニヤ笑っている。それがカチンときて俺はムキになって言った。 「俺が相手してやるよ」 「あんた今フノーじゃん」 「不能じゃねぇ、未発達なだけだ!」 「どちらにせよたたないのは事実でさァ」 「うぐっ」 総悟の野郎、痛いとこつきやがる。傷ついて、俺は話しながらも今まで休めることのなかったペンを握る手を初めて止めた。 あまりの悔しさに泣きそうになり、堪えようとした肩がふるふると震える。じわじわと目尻に浮かぶ涙はもう止められなくて、総悟がぎょっとして顔色を変えた。 「げ。ちょっと土方さん? 駄目ですぜ男の子は泣いちゃあ。ほら、ぎゅってしてあげますから。泣かない泣かなーい」 「うぅ……っ、ひっ、うぇ」 ガキ扱いされたことに余計に傷ついて、俺は更にうるうると瞳を潤ませる。総悟は俺を泣き止ませようと必死にあやしだし、抱きしめたりキスしたりとオロオロしながら必死である。 しかしそんな状況を楽しむでもなく、俺はこのままでは総悟を万事屋に取られてしまうということで頭が一杯だった。総悟の腕の中で、そうならないで済む方法をガキなりに一生懸命考える。 確かに一番大切なものはたたないが、手と口は健在なのだしこれでどうにかならないだろうか。いやしかしこの小さい手だと持つだけで結構苦労するだろうな。それに口だって丸ごと咥え込めるか怪しい。 ……やはり難しいか。いや待て考えろ。考えるんだ土方十四郎! 真選組一の切れ者と言われるこの頭を、今使わずしていつ使うんだ! そして俺は唐突に思いついた。最高の妙案を。 「手、中に入んじゃねぇか……?」 手。小さい手。いつもの俺の手なら指の数本が限界だ。しかしこの小さな手なら、がんばれば指といわず手首まで入れられないだろうか。もしそんなことが可能ならぐっと世界は広がるはずだ。俺たちはきっと新世界へ旅立てる。 「え……待ちなせェ土方さん。それは一体何の話ですかィ。あんた、まさか」 総悟はあやすのをやめて、さぁーっと血の気の引いた顔で信じられないといったように俺を見る。 「そのまさかだよ。いけんじゃね、これ」 「いやいやいや。いけんじゃね、じゃねーよ! マジ無理! 絶対無理ですから! そんなの奥まで突っ込まれたらいくら俺でもやばいって! ……つか、冗談ですよね!? ね!?」 冷や汗をダラダラ流して狼狽する総悟に俺は手を伸ばし、耳を引っ張って顔を近づけさせる。そして子供になってから初めて自分からキスをした。 「大マジだよコノヤロー」 そう言って不敵に笑う俺。 しかし、ああ悲しいかな。子供の体のままの俺はこのあとわずか5秒のうちにボコボコにされ病院へ搬送されるのだった。 子供になって得た教訓。セックスは合意の上で行いましょう。命に関わります。 <5> そして総悟にしばき倒されやや生死の境を彷徨っていた俺は明日を迎えた。幸いなことに、病院の白いベッドの上ではなく屯所の布団の中で。 あれでも一応子供相手ということでかなり手加減されていたのか体はあまり痛くない。そのかわり両手はきつきつに縛られているらしく自由に動かせなかった。あの野郎、児童虐待で訴えんぞ。 そんなことを思いながら俺はもぞもぞ両手を布団の外に出し、そして唖然とした。 「おお!?」 その手は見覚えのある俺の手だった。5歳児の手なんかじゃなくて、20代の男の手だ。 慌てて跳ね起きてまじまじと調べてみれば手だけでなく全て元に戻っている。服がつんつるてんで非常に窮屈だが、そんなことはこの際どうだっていい。元の姿に戻れたことの方がずっと重要だ。 「戻ったー!」 「たぁーっ!」 感動に打ち震え一人で万歳する俺。しかし隣から飛び込んできた声に、姿に、そんな感動はあっという間に消滅した。 そこにいたのは、そこはかとなく見覚えのある淡いきれいな茶色い髪の、宝石のような瞳をした……赤ん坊だった。 「えええェェェェェェ!?」 いやいやちょっと待て。これは小さすぎるだろう。ハイハイすらできるか怪しいくらいの小ささじゃねぇの。つーかこれマジで総悟か? 隠し子とかじゃなくて? って誰と誰の子だその場合。あいつが産むのか? あれ? 「……総悟?」 「あぃ」 なんて返事をしてかわいくおててを挙げちゃう総悟君(推定二歳未満)。あいつにもこんな愛らしい時代があったのか……なんて感慨に耽っている場合じゃねぇな。 「おい、お前俺のことわかるか?」 「ぅー、ひじー?」 「そうそう。じゃあ今度自分の役職言ってみ?」 「にゃ?」 「いや、にゃじゃなくて」 「あぅー?」 「……いや、そうじゃなくてさ? なあ総悟君?」 なんだこれ。もしかしてマジで意思疎通できてない? ってやばいんじゃないかこれ。一難去ってまた一難というか新たなるシリーズ? マックスハート!? スプラッシュスター!? 最終的には五つ子とかそういう流れかコノヤロー! 何はともあれ、俺は少しでもこの状況を打開すべく一つの手段に出ることにした。即ち、山崎を呼ぶこと。困ったときの万能パシリに全て押し付けてしまおう。そして俺はもう一度寝て夢から覚めるんだ。 「山崎ィィィィ! 山崎君ちょっと来てェェェェ! 3秒以内に来ねぇとぶっ殺す!」 「ぶっころろー!」 しかしもちろん山崎を呼んだところで状況は少しも好転せず、ここが夢の世界ではないことを再確認するだけに留まった。 ……どうか今日が少しでもいい日になりますように。 このまま赤ん坊沖田を一から育て直す、土方の光源氏計画がスタートしたらいい。ちなみに赤ん坊沖田にとって「ひじー」と呼ぶのは実は土方さんの股間であって上半身は固体認識すらされていないという、どうでもいい裏設定があります。 07/04/28 |