100円の対価

 朝、郵便物が3つ。登校中、二人乗り自転車が信号以外で止められること8回。下駄箱にトラップが5つ。教室の机とロッカーの中に学問と無関係な没収最有力候補物があわせて13個。不吉のサーティーン。後は女子生徒から直接手渡しでオクリモノが15個。男子生徒から呪いのアイテムが4個。マヨに見せかけたケチャップは思いのほかダメージを与えたらしい。グッジョブ。

「で、どうすんですかィそれ」
「……捨てるわけにもいかねぇだろ」

 男子生徒の目が痛いのとこれ以上荷物を増やしたくないのとでベランダに逃げ込んだ土方さんを俺は内側から教室の窓に頬杖をついて見下ろして、今月のお菓子業界の売り上げについて思いを馳せた。
 まさかこの救いようのないマヨ好きがこれほどまでにお菓子業界に貢献するとは思わなかった。瞳孔は開き気味だがそれなりに見た目はいいし成績もいいし、性格と食の好みと下半身が非常に元気なことを除けばたしかにこの人はいい男かもしれない。あとエッチうまいし金持ってるし。この二つはポイント高い。

「こんなことなら土方さんにしとけばよかった」
「何が」
「トトカルチョ。主催はセンセー。うちのクラスで誰が一番チョコもらうか。ちなみに俺は桂に入れやした」

 ばかばかしい、呆れて土方さんは溜息をついた。
 全国津々浦々の女性たち(野郎も?)にとって神聖なこの行事をその一言で片付けてしまえるこの人は罰当たりで、それでいて幸せなのだろう。近藤さんなんかこの日に人生全て賭けてるってのに。そして現在は文字通りこれから先の未来を賭けた戦いに挑んでいる。というか暴力により保健室送り。

 荷物が増えただとか臭いに酔いそうだとか、ぶちぶち文句たれながら土方さんは乱暴にかわいくラッピングされた包みたちをさっき食堂でもらってきた燃えるゴミの袋に投げ込んでいく。ゴミ袋にとは言っても別に、いくら土方さんが最低の男とはいえこのまま捨てようってわけじゃない。覚悟して持ってきた紙袋が重量に耐え切れなくて崩壊したってだけだ。

「大変ですねィ、モテる男は」
「お前だって結構もらってただろ。なんでそんな身軽なんだ」
「そりゃあもらった先から胃袋に収めてるからに決まってまさァ」

 そもそもに俺はこの人と違ってもらうのは大抵義理チョコだ。その場で開けて食っちまっても何も問題はない。だから土方さんと違って苦労することもないし男子生徒を敵に回すようなことだってないのだ。一つ問題があるとすれば近藤さんの想い人からもらっちまった義理チョコくらいで。申し訳ないとは思ったけどあれだけは男子トイレで速やかに処分させてもらった。つまりは捨てて流した。

「ところで総悟」
「へい」

 ゴミ袋の口をきゅっと縛って一作業終えた土方さんは、俺が頬杖をついている窓の真下に背を預けたまま顔だけこちらに上向けた。

「お前は俺にくんねぇの」
「うん」

 もしかしてベランダに隠れたのはうざったい連中の視線から逃れるためでもなんでもなく、俺にそれを聞くためだったりするのだろうか。即答してからふとそんな考えが頭に浮かんで、そんなわけないかとすぐに考え直した。だってこの人は甘いものにはとんと興味がないし今日という日を面倒くさがっているってことは30秒前に証明済みだ。

「あげませんよ。いらないでしょう?」
「ほしいよ。お前のなら」
「マジでか」

 すぐさま返ってきた予想外の答えに俺は唖然とした。その俺の反応を見て「ねぇの?」と甚だしくがっかりした様子で土方さんは肩を落とした。
 土方さんは普段甘いものなんか大して食わないし、しかも今日はそれこそゴミ袋に詰めてサンタクロースごっこができるくらいに既にもらっている。それなのにまだほしいという。しかも俺限定で。
 なんてぇかそれはよくわかんねぇけど、うれしい、ような。なんとなく幸せな気持ちになるというか。
 だから俺はそんなにほしいならと思って一つの提案をした。

「金くれたら今すぐ購買で買ってきますが」
「嫌だ。それは何か違うと思う。つかさ、デパートとか専門店とかだろ普通」
「嫌でさァ俺男ですぜ。そんなとこでこんな日にチョコなんか買えるかっての。わがまま言うな。死ね」

 俺の精一杯の譲歩は速攻で拒絶されて、二人揃って顔をしかめた。
 俺がこんなに気を使ってやってるっていうのに土方さんは少しも感謝の気持ちなんか抱く気はないらしい。なんて野郎だ。たかがチョコ一つ、甘いものなんて好きでもなんでもないくせに。そんな人のために俺がそこまでの労力をはたいてやる必要がどこにあるだろうかいやない。今ないと俺が決めた。
 そもそもに男と付き合うことを決意した時点でその辺は諦めてもらいたい。なんなら校内放送で叫んでやってもいいが、俺は土方さんのためにモロッコ(じゃなくても今はいいんだっけか?)へ旅立つような意思はないのだ。土方さんのことは好きだけど、できることできないことがある。

 頭の中でいろんなことをもやもや考えて俺はどんどん不機嫌になっていった。そんな俺を見上げて、土方さんのほんのわずかに残っている良心ってやつでも疼いたんだろうか、ちょいちょいと指で俺を招いた。

「なんですかィ」
「いいからちょっとこっちこい」
「はぁ」

 わけがわからないまま、言われた通り窓から少し身を乗り出す。ちょっと背伸びして足を床から離して上半身だけベランダへ。

 と、そんな不安定な姿勢でいた俺の頭を突然土方さんはガシッと両手で捕まえた。その手に思い切り引っ張られ俺はバランスを崩し、床を見失った足が空しく空気と、おそらくはその辺を通りすがった山崎あたり(悲鳴がそれっぽかった)を蹴っ飛ばす。

「わ、ちょ、あぶっ――」

 危ねぇ、そう言おうと開きかけた俺の口に土方さんはかぶりついた。

「……っ! ……!!」

 あまりの不意打ちに俺は何の反応もできず、ただただベランダへ頭から落ちてしまわぬようにすることしかできない。掴んでしまった窓がたとえ外れたとしてもきっと俺は悪くない。弁償するのは土方さんでいいに決まってる。
 ってーか何考えてんだこの人。ここどこだかわかってますか学校ですよ土方さん教室には生徒がたくさんいるんですよ。よっぽど言ってやりたいと思ったが、残念ながら現在俺の口は言葉を話す機能を封じられ、ただの土方専用おしゃぶりと化してしまっている。そして解放されたのは俺が肺の中の酸素を全部使い切る頃だった。

「あ、んたっ、何やって、ここどこだと、思ってるんでィ!」
「きょーしつ、のベランダ?」

 俺がぜえはあと息を切らしているのに比べ土方さんは涼しい顔だ。これだから手馴れてる奴は嫌いなんだ。畜生マジ死んでほしい。毒入りチョコにあたって死んでしまえ。

「くれないのなら奪うってのが俺の信条でね」

 言ってかっこよく笑うその人に一瞬でも見惚れてしまった自分にまで腹が立って俺は、たぶん酸欠で(断じてそれ以外の理由はない!)真っ赤だと思う顔を見られるのも誤解されそうで悔しいので、身を起こして体を教室に戻しぴしゃんと壊れんばかりの勢いで窓を閉めてやった。もちろんその後にはガチャリと鍵を、開いていた全ての窓だけでなく忘れずにベランダへの出入り口たるドアにもかけた。
 窓を叩いて土方さんが何か喚いているけれどそんなものはもう聞いてやらない。くるりと背を向けて教室の喧騒の中に紛れて無視を決め込んだ。たぶんすぐに隣の教室の窓から入って復活してくるだろうけど、当分口なんか聞いてやるものか。

「痴話喧嘩か沖田ァ」
「うるせ。消え失せろ。死ね」

 ニヤニヤ笑いでこっちを見ている高杉の机をガンと蹴り飛ばす。しかし俺の暴言はいつものことなので高杉は笑って相手にもしない。それが更に俺の気に障ったが、結局馬鹿らしくなって最後には気がつけばやっぱり同じように笑っていた。
 別に仲が悪いわけでもなんでもなく俺と高杉はいつもこんな調子である。本当に理由はそれだけで、チョコがほしいと言われたことがうれしくて顔がにやけちゃうとかそんなのじゃない。絶対ない。……駄目だ、もう誰に言い訳してるんだかわかんなくなってきた。

「高杉、100円貸して。土方さんが10倍にして返すから」
「いいけど何、バレンタイン?」
「まあそんなとこ」

 ちらりとベランダに目をやって俺は言いにくそうに答えた。ベランダではまだ土方さんがこっちを見ている。ああしていると捨て犬みたいだ。

「つーかお前のあれへの愛情は100円なんだ?」
「俺は愛に金はかけねェ。かけさせるほうが好きだから」

 それにあげる前に自分で奪っていったんだから、あげるのなんか100円未満の板チョコ一枚で十分だ。それを溶かして土方さんとこのキッチンに残っていたホットケーキミックスに混ぜて、チョコホットケーキでも作ってあげることにしよう。もちろんマヨ抜きで。

 これが俺の精一杯の努力なので、これでもまだ文句を言うようならもう死んで詫びてもらうしかない。それでもってホワイトデーにはフルコース期待してますんで、頼みまさァ土方さん。
 心の中で呟いて、俺はうきうきした気持ちで教室を飛び出した。



 実際土方はあんなにチョコもらうほどモテるのかとちょっと疑問です。この後沖田を本気で怒らせたと勘違いして謝り倒したらいい。

07/05/15