人生最悪のバースデー <1> 「おめでとうございます」 早朝、それはいつもの沖田であればまだ間違いなく寝ているであろう刻限である。それなのに早々と隊服に身を包んでえらい機嫌のよさそうな顔で、寝ている土方の顔をしゃがんで覗き込んでいる。 「……おう?」 とりあえず返事をして土方は考えた。沖田の口にした台詞の意味ではなく額に押し付けられている拳銃の意味を。起きてばかりなので当然だが、今日はまだ沖田にこんな仕打ちを受けるようなことはしていないはずだ。 「土方さん、今日は何の日か覚えてますかィ」 「夕方からとっつぁんの接待」 寝る前に面倒だから理由をつけてサボれないかと真剣に策を考えていたので間違いない。そのはずなのに、沖田は顔の前で両手をクロスさせてバツ印を作った。それでも器用に土方の額を狙い続ける銃さばきはもはや神技といってもいい。 「ブー。外れでしたー。正解は、土方さんの誕生日でさァ」 「いや知らねぇよ。人の誕生日なんざお前と近藤さんのくらいしか把握してねぇ」 そもそもに土方なんて名前の隊士がいた記憶はない。それとも有名人か何かかとも思ったがそれで自分が起こされるいわれもなく、じゃあ結局誰なんだ土方とやらは。絶対に心当たりはないはずなのだがなんだかやけに親しみ深い名前のような。 「……って俺か。俺が土方か」 「そうですぜ目ェ覚めましたかィ土方さん」 ふわふわと漂っていた思考がようやく少しだけ重みを手にし始めていて、これだから低血圧はよくないと思った。自分の名前すら忘れることのできる自分が恐ろしい。 「ということはなんだ。今日が俺の誕生日だって?」 「へい。子供の日だろィ? 土方のくせに」 「俺のくせには余計だ。沖田のくせに」 「改めまして、おめでとうございます」 「……おう」 まさかそんなことを言うためにわざわざ早起きしたのだろうか。沖田にしてはかわいいところもあったものだと感心しかけ、撤回した。考えてみればこの言葉は頭に拳銃を突きつけて言うようなものではないんじゃなかろうかと。 「まあそんなわけで、いつもお世話になっている土方さんのためにプレゼントを用意しやした」 にっこり微笑み、拳銃を持っていないほうの手の指をぱちんと鳴らす。すると手に手に様々なものを持った隊士たちがどやどやと部屋の中に乗り込んできた。もちろんそれは可愛くラッピングされたプレゼントたちなどではない。 「え、おい、なんだお前ら。勝手に何してやがる!」 「副長、おはようございます」 「あ、俺らみんな沖田隊長の指示で動いてるんでそこんとこ忘れないでくださいねー」 土方が止めるのも聞かず隊士たちはそれぞれ持って来たものを着実にセッティングし始めた。 ちなみに持ってきたものは手枷、足枷、首輪(土方のネームプレート付)、おまる(アヒル型)、マヨネーズ。拘束具の類は速やかに土方自身に装着され、おまるは部屋の隅へ、マヨネーズはその中へ。 「っておいコラ総悟、これは一体何の真似だてめぇ」 「俺からの誕生日プレゼントでさァ。今日一日副長の仕事は俺に任せて、土方さんはゆっくり休んでくだせェ。食料とトイレもちゃんと用意したんで」 「え、トイレってあれ? 食料トイレの中に入ってね? つか両手両足拘束されてどうやってしろってんだオイィィィ!」 ツッコミどころが満載過ぎてもうどうしていいのやら。とにかく一つだけ確かなのは、沖田が本気だということだ。このまま放っておけば間違いなくこのまま一日放置される。なんて最悪のバースデーなんだろう。 「よーし野郎ども撤収ー! 今日は無礼講だ好きなだけ暴れろィ。責任は明日、副長がみんな取る」 「はい副長!」 「はいじゃねーよ! 副長は俺だっての! おい、誰か話聞けよ! てめっ、総悟ォォォォ!」 未だかつて見たことのない仕事へのやる気に満ち満ちた表情で、ぞろぞろと帰っていく隊士一同と偽副長様。残された真の副長は、追おうにも両手両足を拘束されていてどうにもならない。おまけに声を張り上げると首輪に締め付けられて苦しい。 「あの、すいませんっ、みなさん? もしかして今日一日俺はこのまま? ちょっとォォォ! 誰かァァァァ!?」 しかし何を叫んでも、誰も戻って来てはくれない。談笑の声はどんどん遠ざかり、やがて聞こえなくなった。 トイレに行きたくて膀胱が破裂しそうな危機を迎えた土方を一人残して。 <2> 「おまるでしなせェ」 鬼の副長と恐れられる土方であろうとも生理現象に勝つことはできず、泣き叫び助けを請うという屈辱的行為の結果がこれだった。足枷のせいで碌に立つこともできずみの虫のように転がって内なる欲求と死闘を繰り広げている土方を、沖田は楽しそうにしゃがんだ膝に頬杖をついて見下ろしていた。まさにどSモード全開である。 「この年でおまるになんざできるかァァァァ! つかガキの時だってしたことねぇよ!」 「またまたそんなこと言ってぇ、土方さん実はちょっとマニアックなプレイ好きだから本当はしたくて堪らないんだろィ? ほら、下半身はもうさっきから落ち着きがありませんぜ。いやーん、えっちぃー」 「いやーん、じゃねェェェ! トイレ行きたくて落ち着きねぇんだよ! ってかそもそもこれ足枷されてたらおまるですらできなくね!?」 はじめからわかりきっていたことだったが、このままではおまるすら無理だった。そして更に言うならば手枷を後ろ手にされているので下着を下ろすことはおろかブツを取り出すことすらできない。 「安心してくだせェ土方さん」 これもう漏らす以外に手はないんじゃないかと弱気なことを考え出した土方に沖田はにっこりと微笑んだ。 「俺だってもう寝たきりの夫を介護する覚悟はできてるんですぜ」 「いや……え?」 夫という予想外のうれしい言葉に一瞬胸が喜びに満たされそして、次の瞬間速攻で奈落に突き落とされた。沖田の言外に込められた何が何でも枷を外さない意思を理解して。 「いやいやいや、俺まだ全然元気だから! その覚悟はまだ先まで取っておいてくれませんかマジお願いします!」 「大丈夫。俺がちゃーんと手伝ってあげやすから」 「嫌だァァァァァァ!!」 最早説得は不可能だった。考えを巡らすだけの時間も冷静さも、土方にはもう残っていなかった。 この後の出来事は真選組の裏歴史として語り継がれているとかいないとか。 <3> 誕生日という言葉の意味を土方は考えていた。昨日までならその答えは容易く出せただろうが今はもう駄目だ。まるでわからない。 頭を畳に擦り付けるようにして懇願し、ついでに哀れむように見ていた山崎を眼光で脅して味方につけ、どうにか軟禁放置プレイだけは勘弁してもらえたがその頃には身も心もズタズタだった。 しかも自由にするかわりになぜか今日一日「犬」の役割を与えられた。 諸悪の根源、無邪気を装った悪魔曰く。 「今日は俺が副長なんで、土方さんは犬にでもなりなせェ」 本当に、誕生日とは一体何だろう。人権という言葉は一体いつから架空の世界の言葉に成り下がってしまったのだろう。 ともあれ土方は現在そういうわけで「犬」として「副長」様に飼われている。首輪から伸びた鎖は沖田の手の内で、二足歩行が許されたことは今の土方からすればとてつもない慈悲のように思えて今朝の少しの時間だけで果てしなく価値基準が下がっていることに泣きそうになった。 「なあ、あれ真選組の副長だよな?」 「え、でも首輪してるぜ……?」 全てを理解している屯所の連中は哀れみの視線を投げかけるばかりであったが、一歩外に出ればそこには困惑とドン引きの眼差しが溢れていた。 「よかったですねィ土方さん。これで江戸の皆さんの土方さんへの好感度は鰻上りですぜ」 「……いやあ、どうだろな」 もう反論するのにも疲れてトボトボと土方はついて行く。何もこのまま見廻りに出なくてもいいだろうにと嘆く以外のことをする気は起きない。 「あの、お気を確かに副長。町の人々にはあとで監察が総力を上げてパフォーマンスということで説明しておきますんで」 「それもどうなのか微妙だな……」 買出しついでに心配してついてきてくれた山崎の励ましが心の支えになっているあたりもう駄目かもしれない。 それでもまだ何かやれることはあるんじゃないかと現実逃避を兼ねて考えた。沖田の気を他に逸らす方法か、土方のかわりにそれをしてくれそうな人物はいないかと。 「……近藤さんだ!」 土方はひらめいた。懐いている近藤の言葉なら沖田は素直に聞くはずだ。そうすれば土方はもう涙で袖を濡らさなくていいのだ。トイレだってちゃんと行けるのだ。 「山崎、近藤さんを助けに呼んでくれ。大至急だ」 「すいません無理です副……お犬様」 「即答ゥゥゥ!?」 「諦めなせェ土方さん」 前を歩いていた沖田が振り返る。ご機嫌顔で懐から取り出されたのは一枚の紙。しかしその内容を目にして土方は愕然とした。 『右のものを本日一日、真選組の一日副長に任命する』 ご丁寧にも真選組局長及び警察庁長官より発行された正式な文書であることの証に二人のサインが添えられている。もちろん右には沖田の名前が書かれていて、土方を絶望の海へと華麗に突き落としてくれた。これでもう最後の希望の糸すらもなくなってしまった。 「まあそういうことなんで、今日一日あんたは俺の犬でさァ。てなわけで早速ちょっとあそこの電柱にマーキングでもしろよ土方」 満面の笑顔でもって副長様は仰った。 「するかァァァァ! つかお前、いつまで排泄ネタで引っ張る気ィィィ!?」 「じゃあ太いのひねり出してるところでいいです。妥協してやらァ」 「それどんな優しさァァァァ!?」 「えー。見ーたーいーにゃー」 「んなひっくいテンションでにゃーとか言われたって全然かわいくねぇんだよ! この悪魔! いや、お前は魔王だ!」 さっきあれだけ人を苛め抜いておいてまだ苛め足りないなんて一体どれだけSなんだ。そしてこれに権力なんて恐ろしいものを与えて、上司二人は一体何を考えているのだろう。いやきっと大して何も考えずノリでサインしたに違いない。土方は勝手にそう判断した。 とにかく、これ以上沖田の犬になっていては土方家末代までの恥だ。上司への文句よりまず先にこの状況を何とかしなくてはならない。 もう誰も頼れないとわかり土方は初めて本気で立ち上がった。それはさながら、極悪非道の魔王と対決することを決意したか弱き勇者のように。 「俺は立ちションも野糞もしねぇ! 俺は、お前と戦う!!」 服従の象徴たる首輪をなんとかの馬鹿力でもって引き千切り土方は宣言した。そして世界平和をかけて拳を振り上げる。対する沖田は特に構えるでもなくそれを興味深そうに見上げていた。 ぽつりと呟く。 「上司に背くのって士道に反するんじゃないですかィ」 土方の拳は沖田の鼻先すれすれのところで止まった。まるでそうなることがはじめからわかっていたかのように沖田は微動だにしていない。 士道に背くこと、それは即ち死を意味していた。たとえ一日だけの上司といえどこの掟は絶対で、唱えた土方自身がそれに反するようなことは決してあってはならない。そんなことをすれば隊の秩序を乱すことになるからだ。 つまり今の土方には運命に抗う術はまさにゼロといえた。 「あの、副長……俺、がんばります。監察として精一杯がんばります」 山崎にすら見放され土方は今日何度目か知れぬ深い絶望に打ちひしがれた。 <4> 山崎と別れた副長様(沖田)と犬(土方)は、今度は松平の車に乗って移動していた。 「町の平和を守るため見廻りして一人で偉いなあ総悟。おじさん感心しちゃったよ」 「いやー、それくらい副長として当然でさァ。いやいいんですよお小遣いなんてそんな、俺もらえやせん」 二人の会話を聞き流しながら土方はふて腐れていた。 先の恐怖のマーキング事件で土方が(人としての尊厳の)死を覚悟したところに松平の車がやってきたのだ。当初の予定では夜に大人のお店で接待だったはずなのだが沖田が一日副長になったせいで予定が変更されたらしい。 偶然かそれともあの電柱のところで待ち合わせていたのかはわからないが、結果だけを述べるなら警察庁長官と副長と犬は現在黒塗りの外車でデパートへ向かっている。目的は知らない。犬はワン以外口にしてはいけないと銃を咥えさせられて脅されたので聞こうにも聞けないのだ。 「ところで総悟、俺たちはこれからデパートで買い物とランチなわけだが犬はどうすんだ? 一応繋いでおくかと思ってこいつの馬鹿力でも引き千切れなそうな丈夫な鎖を持ってきたが」 というかこのオッサンは本気で自分を犬扱いしていないか。なんだこれ、恨まれる様なことしたか俺。考えて土方はすぐに思い当たった。遊園地でのあの一件だ。 「俺もそうしようかと思ったんですが、それもいまいち芸がないと思ったんでちゃんと手配しときやした。あ、でも鎖はもらいやす」 「そうか、ならいいんだ。おじさんはこの犬がひどい目に合えばそれでいいからね」 「へい。任せてくだせェ。な、土方ー?」 「…………ワン」 そして、デパートに着くなり連れてこられたのはペットショップだった。 「すいやせーん。カットとシャンプー予約してた沖田と犬のトシでさァ」 「は……?」 真顔で言う沖田と首輪(スペア)で繋がれた土方を交互に見比べ店員はなんともいえない表情をした。まあ何を言いたいのか気持ちはわかる。 「……ええと、こちらが大型犬雑種のトシ君で?」 「へい。年中発情期なんでできたら男の中年以上の人で頼みまさァ」 困ったように店員が土方を見つめてくるのを、視線に耐えられなくなって顔を背けた。どうせ今日の自分に選択権などないのだ。もうどうにでもしたらいい。 困り果てた様子で店員は何も言わずに立ち尽くしていた。しかしやがて「少々お待ちください」と言い残して奥に消える。5分後に戻ってきたときには今度は店長らしき男も一緒だった。 店長も土方を見て店員と同じ顔をした。同情と困惑と、ひどく迷惑そうな。あるいはそれは軽蔑だったのかもしれない。変態プレイは家の中だけにしろという。それなら大いに同感だ。 しかし流石は店長というべきか。そんな表情を見せたのは一瞬だけで、すぐに卑屈なまでの営業スマイルと揉み手という腰の低い姿勢で二人に向けて言った。 「あの、お客様。大変申し訳ございませんがうちは犬猫専門でして、人間はちょもがっ」 たぶん店長は「ちょもがっ」ではなく「ちょっと」と言いたかったのだろう。しかし口に松平の銃が突っ込まれ、もう店長は「もが」しか喋れなくなった。可哀相に。 「だから犬だっつってんだろ? それともあれか、お前らにはこれが犬に見えねぇってか?」 「もが、もがもがっ」 「て、てて店長はどこからどう見ても見紛うことなき犬だと申し上げております!」 びしっと敬礼して代弁する店員。店長も口に銃を突っ込まれたまま必死で頷いて肯定の意思を伝えようとしていた。ここにまた哀れな犠牲者が、とは思ったが土方にはどうすることもできない。だってワンしか言えないから。 「よーし、じゃあしっかりやれよ。命がかかっていると思え」 「2時間くらいしたら迎えに来るんで頼みまさァ」 「かしこまりました! どうぞいってらっしゃいませ!!」 店長と店員は90度に腰を曲げて二人を送り出す。そうして悪魔とヤクザが居なくなった後にはひどく気まずい沈黙が流れた。 「あの……すいません。放って置いてもらっていいんで。あと、できたら煙草を吸わせてもらっていいですか?」 土方にはこの哀れな人々にそれくらいしかかけられる言葉が見つからなかった。 それにしても二人はランチと言っていたが、土方の食事はどうなっているのだろう。朝から何も食べさせてもらっていないことに今頃になって気付いた。それでも店員が恐る恐る差し出してきたジャーキーは丁重にお断りした。 なんていうか、悲しくなった。 <5> 様々なトラウマを経て、土方は沖田と共に屯所へ帰ってきた。 はっきり言ってもう当分外に出たくない。誰もいない山の奥深くで霞を食って生きていきたい。 「……つか、腹減った」 しょんぼりと呟く。ネガティブなのはきっとそのせいもあるだろう。なぜなら土方は朝から何も食べていない。やはりあの時意地を張らずにジャーキー(犬用)を頂いておくべきだったかと今更に後悔していた。 「そいつァよかった土方さん、もう夕飯の時間ですぜ」 土方の一歩前を歩いていた沖田は振り返り、ニヤリと笑う。いい予感はしなかったけれどこの空腹を満たしてくれるのなら鼻からうどんだって喜んで食べそうな自分が素直に恐ろしかった。 「……もうどうにでもしてくれ」 他に言うべき言葉はない。なぜなら土方に選択権はないのだから。 そんな土方を見て沖田は少しだけ、驚いたように言った。 「土方さん、なんか今日一日でやつれました?」 「いや、素で驚くなよ」 誰のせいだと思ってるんだ。恨み言を吐くと沖田は首を傾げる。 「ちょっとやりすぎましたかィ?」 「かなりな」 「まあでも次は苛めないんでゆっくり傷を癒しなせェ」 沖田は足を止め、明かりのついた大部屋の障子を勢いよく開けた。 パパァン、とけたたましい音。一瞬銃声かと身構える。しかしそこにいたのは大勢の隊士たちと、ご馳走だった。 「副長、誕生日おめでとうございます!」 銃声かと思ったのはクラッカーの音だった。どういうことなのかわからずに隣の一日副長に目で尋ねる。あんたのことですよと言われ、改めて部屋を見回した。折紙だかチラシだかで作られたワッカを連ねた飾りが壁中に画鋲で巡らされ、既に割れたクス玉には『祝土方誕生』と近藤の字の垂れ幕が下がっている。隊士たちはそれぞれクラッカーやら円錐型の帽子やら酒瓶やらを装備してすっかりお祝い&宴会仕様になっていた。 「どうだトシ、びっくりしただろ。総悟が考えたんだぞこれ」 「え、マジ?」 近藤に褒められて沖田は照れ笑いをした。どうやら本当に沖田が発案者らしい。沖田が土方のために何かしようとしてくれるなんて、あまりにも信じられなくてちょっと感動した。 「まあそんなわけで準備してるのがばれないよう総悟にお前を外に連れ出してもらってたんだが。どうだ、たまにはいい息抜きになったんじゃないか?」 やっぱり前言撤回しようと思う。まだ首についたままの鎖にかけて。 しかし近藤は本当に善意で沖田に土方を任せたらしいのでこの場では何も言わないことにした。というより空腹でそれどころじゃなかった。 「見てください副長、これ有志のみんなで作ったんですよ。副長専用マヨネーズケーキ!」 「おお……!」 近藤と沖田に背を押され席につくなり土方は目を輝かせた。なんと生クリームのかわりに全てマヨネーズでデコレーションしたホールケーキが土方を待っていたのだ。しかも蝋燭は煙草である。火をつけたらどうなるのかは謎だ。 「ほら土方さん、好きなところから食べてくだせェ。腹減ってるんだろィ」 隣に座った沖田がマグカップに並々と酒を注いでくれ、ぐいっと一口やってケーキに取り掛かることにした。適当なところをフォークとナイフで崩し、口に入れる。うまい。幸せの味がする。隊士たちはみんな土方をじっと見つめていた。 沖田がにんまりと笑う。 「食べやしたね」 ぞくりと背中に寒気がした。何か、そう、何かがおかしい。土方の本能が悪い予感を告げていた。 「おい……まさか」 「そのまさかでさァ」 沖田は徐にポケットから四つ折の紙を取り出して土方に渡した。 開いてまず目に入ったのは四つの項目。下剤、媚薬、女体化、猫耳。それから一口1000円という文字と隊士たちの名前、おそらくは口数と思われる数字が順に目に入る。 隣で沖田は悪びれもせず酒を注ぎ足しながら親切にも種明かしをしてくれた。 「そのケーキ、4箇所に4種類の薬が仕込まれてるんでさァ。ちなみに俺は猫耳に3口なんでよろしくお願いします ……絶望的だった。 「お、俺ら悪くないっすよ! あくまでも沖田隊長の指示ですからね!」 「そ、そうそう。こういうお遊びがあったほうが盛り上がるって総悟が言うからさ、なあ総悟?」 「ちなみに山崎は媚薬に2口、近藤さんは女体化に5口かけてまさァ」 「……最悪だ」 下剤コールやら猫耳コールやら、確かに場は熱く盛り上がっている。主役のはずの土方を完全に置いてけぼりで。しかも逃げようにも犬仕様の首輪と鎖がまだついているせいでどうしようもないし、既に一部は腹の中だ。沖田のことだから薬も液体か粉末状でまんべんなく仕込まれているだろうから何も起こらない幸運は期待できない。 もうこうなったら自棄だ。命までは流石に奪われないだろうし、とことん食って飲んでやる。ついに土方は決意を固め、空腹の向くままに素手でケーキを掴み取った。酒瓶も沖田から奪って直接口をつけて派手に流し込む。土方の自棄に周囲は更にヒートアップして、飲めや食えやの馬鹿騒ぎが幕を開ける。回復したら一人最低10発はぶん殴ると固く誓った。 「その調子で盛り上げてとっとと全員潰しちまってくだせェ」 騒ぎの中、土方にしか聞こえないような声で沖田は囁く。酒瓶を奪い返してかわりに自分の飲んでいたオレンジジュースを持たせる。 「静かになったら二人きりでお祝いしやしょ?」 「え……」 何か聞く前に沖田は近藤の酌をしに行ってしまう。気付いてみればもうケーキを半分は食べたはずなのに、今のところ体に異常はなかった。 沖田が何かを仕込んだのはケーキかイベントそのものか。ケーキを残らず平らげれば答えは得られるかもしれない。 できることならこの予想が当たってくれることを願う。そうして二人きりになったら絶対言うのだ。来年はもっとソフトな策を考えてくれと。本当に、頼むから。 土方最大の不幸は、書き始めてからサイトに載せるまでの間に一年と数ヶ月の時が流れていることです。 あまりにも土方さんが不憫になって、最後でちょっと救いを持たせてみました。プロット段階ではそれすらもなかったんだよごめんね土方。 08/07/29 |