箱入り生娘


 それはもう小さい頃からの癖で、習性みたいなものなのだろう。屋根裏とか床下とか、とにかくそういう狭くて暗い、人目につかないようなところによく沖田は入り込んだ。そして体が大きくなってそういうところに入るのが少し辛くなった今は、時折こうして押入れに引き篭もる。

 そして出てこない。

「なあ、腹減らねえの?」
「うるさいあっち行け。俺はこれから春まで冬眠するんです」
「今まだ夏なんですけど」
「夏だけどいいんでさァ!」

 冬眠というのは一部の動物だけができることで人間がそんなことをしようとしたら餓死するだけだと、冷静に忠告してやってもまるで聞く耳はない。それでもひどい時は延々だんまりなので、それよりかはましな方だ。

「なあ、出て来いって。皆心配してるよマジで」
「ぐー」
「おーい、本気ですかー?」

 それきりぐーしか返ってこなくなり、自然会話が続かなくなる。途方に暮れてとりあえず煙草。これで火をつけたら流石に出てくるだろうかと考えて、あまりにも恐ろしい自分の思考に疲れを自覚した。立て籠もり犯の説得なんかは我らが大将の得意分野で、土方はといえばいつも必ず最悪の結果を招くので今じゃ誰もスピーカーに触らせてもくれない。

 どうしたものかと開かない押入れに溜息を吐く。ちょうどそこに山崎がやって来て、同じように苦い顔して押入れを眺めた。

「冬眠するってよ春まで」
「本気っすかそれ」
「だからこれでちょっと火ィつけて春らしくしてみようと思うんだけど、どう思う?」
「はっ……何言ってんのあんた!?」

 やっぱそうだよなあ、とあんた呼ばわりは特別にスルーしてやってぼやく。ここでこのまま騒いでいたら押入れはもしかしたら開くかもしれないが血を見そうな予感がした。それでは流石にあまりにも、山崎が不憫だ。

「あの、沖田隊長……俺ら別に全然気にしてませんから」
「ほら総悟、皆気にしてないってよ」

 その一言にとどめておけばよかったのに、どうして山崎はいつだって山崎なのだろう。一歩押入れに近づいて、ピンポイントで地雷を踏んでくれやがった。

「あれくらいで誰も引いたりしませんよ。酒の上でのおふざけなんだし、むしろ大ウケして――」

 返事はなかった。押入れも開かなかった。そのかわりに、鍔鳴りが。
 頭で考えるより先に手が、山崎の首根っこを捕まえて後ろに引き倒していた。しかし第六感が描いたような刃の軌跡はどこにもなく、押入れには穴一つない。それでも殺気だけが確かに堅牢な天岩戸を飛び越えた。

 まだカチカチと鍔鳴りは止まなかった。獣が低く唸るのと同じで、相当苛立っている証拠だ。
 このままでは本気で貴重な人材を失いかねないので目だけで下がるよう合図する。山崎も心得て、無言で静かにそろそろと後ろに下がった。部屋の外に出るや回れ右して、一目散に消えていく。

「行ったぞ」

 見送って、また押入れに目を戻した。一度このまま屋根裏づたいに逃げられたことがあったのだが今回は気配を探ればまだそこにあって、鍔鳴りが止んだことにひとまずは安堵した。

 拗ねたような、小さな呟きが聞こえる。独り言だったのかもしれないがかろうじて届いたので返事をしてやった。

「うん、知ってる」

 ふざけてなんか。そう、確かに聞き取れた。

「うるっさい、死ね!」

 どうやら本当に独り言だったらしい。聞こえているとは思っていなかったらしく動揺が押入れ越しにしっかりと伝わってきて、あまりに可愛いものだから手で押さえた口からはくつくつ笑いが溢れ出て止まらなくなった。

「何笑ってんだよテメー! 元はといえば土方のせいだろィ!」
「ああそうだよ、俺が悪かった!」
「笑うな!」

 だん、と激しく押入れが内側から殴られて激しく震える。おまけにぼっこり穴が開いて腕が生えてしまっている。まさか天岩戸を内側から壊してしまうだなんて思いもよらなくて、一層笑いはひどくなった。

 拳が抜けて、真っ黒い穴の向こうから二つの光がこちらを睨みつけている。もういいだろうと土方は押入れに手をかけ開いた。

「出といで、総悟」

 毛を逆立てて怒る猫のような沖田に向けて無防備に手を伸ばす。噛まれはせずとも引っ掻かれるくらいはするかと思ったが、意外にも触っても大人しかった。
 朝からずっとそのままの寝癖を指に絡め、それから髪をあやし、頬を撫でる。その間沖田はずっとむっつりとしてはいたがされるがままになっていた。いい子だ。

「機嫌直った?」
「ってない」
「おっ前、ほんとかわいいな」

 さっと頬に赤みがさしたと思いきや、唇をなぞろうとした中指に噛み付かれた。しかも咥えて離さない。とんでもなく痛い。

「……こういうプレイもたまにはいいけど」
「ふうひゃい!」

 人前でキスしたくらいでこんなにも沖田が照れるとは思っていなかった。山崎も言っていたが酒の席でのことなのだ。押入れに引き篭もるほどのことでもないだろうに。
 こんなウブな一面があったなんて、もしそう口にしたのならこの中指は食い千切られてしまうかもしれない。だからそれは飲み込んで、残った手で思いきりかわいがってやった。するとやがて歯の感触がなくなって、あ、と唇を持ち上げたのでようやっと指を引き抜く。

 指から透明の糸がひき、恥じらって目を逸らす。中指にはくっきりと赤く沖田の歯型が刻まれていた。このまま消えない傷になればいいのにと真剣に思う。

「なんで止めてくれなかったんですかィ」

 怒りはもうそこにはなく、拗ねたかわいい目が上目遣いに睨んでくる。

「まさかそうくるとは思ってなかったから、油断してた」
「そんなの言い訳になってやせん。もう俺、当分誰にも会いたくねぇし」
「じゃあ当分俺だけのかわいいにゃんこになるか?」
「なっ……」

 絶句しちゃって、本当にかわいいにゃんこだこと。今この場で全部ほしくなってしまって、せめて夜まで我慢しようと夜までの時間を数えた。長い。

「土方さんの馬鹿! 性病で死んじまえ!」
「はいはい。その時はお前はちゃんと生き延びてね」

 適当にあしらって両手で腰を引き寄せる。沖田は土方の意図を正確に汲んで両腕を伸ばし、首に絡み付けた。数時間ぶりにやっと押し入れの外に出てくる。

「腹減った」

 光を仰ぎ、ぼやく。自業自得だろうに。

「じゃあ飯な。誰にも会いたくねえなら俺の部屋で食うか?」
「え? ちょ、待っ……降ろせ! 降ろせコノヤロー!」

 抱きかかえたまま部屋から出ようとしたら沖田は案の定暴れだし、それもまた一興だったので強行することにした。うまくいけばこれで当分、本当に土方だけのにゃんこでいる決意を固めてくれるかもしれない。

 そのためあまり機嫌を損ねてはいけないので、油断ではなく確信犯だったなんて真相は闇に葬ってしまおう。この中指の痛みにかけて。




 土方ににゃんこと言わせたかったのでした。あとたまには甘い話というかかわいい沖田が書いてみたかったのでした。

08/08/21