拍手ログ46〜50 46.おわりとはじまり(土+沖 史実ネタ) あれから未だ、空は雨雲に埋め尽くされたままだった。 雨がざあざあと音を立て、俺の耳に爪を立てる。天から降り注ぐそれが赤く見えるのはきっと目に焼きついている証拠だろう。刀を染めた血の色が。暗い闇の中であったはずなのに、俺の中でそれは鮮明な赤として記憶されている。 「明日、葬儀ですってね」 「ああ」 土方さんは短い返事しか寄越さなかった。何か、考え事をしているのかもしれない。それでも俺は話しかけることをやめようとしなかった。何故だか無性に誰かと話がしたかったのだ。 「強かったですよね、あの人」 「そうだな」 「サシでやったら勝ててたかなァ」 「さぁな」 一応聞いてくれてはいるようだけど土方さんは上の空だ。その目には俺と違ってもう明日からのことが思い描かれているのかもしれない。もうとっくに死んだ人のことなど忘れて。 一人の強い男が死んだ。違う、殺された。仲間だったはずの人たちの手によって。 未来のために必要な死だった。殺すことが正しいのだと冷たく濡れた畳を踏んで誰かが口にしたのを覚えている。 でも俺は子供だからわからないんだ。それがどんな未来のために必要な死だったのか。なぜその未来は訪れる前から正しいと決まっているのか。殺されたあの人は未来の犠牲になることを望んでなんかいなかったかもしれないのに。 「土方さん、俺、あの人のこと嫌いじゃなかったですよ」 何気なく口にしたら、意外なことになおざりな肯定以外の答えが返ってきた。 「そうかい、俺は嫌いだったよ」 土方さんだけじゃない。あの人はいろんな人から嫌われていた。それなのに殺されたのはそんな熱い感情からではなく、冷たい話し合いによるものだったのだ。 俺は別に嫌いじゃなかったけど、あの人を殺したことに対する同情も罪悪感も全くない。ただその殺された理由に関してだけは、哀れだと思えた。 「明日は晴れるかなァ」 人の命を犠牲にして俺たちの手に入れた未来がどうか、少しでもよいものでありますように。 降り止まぬ雨空に向かって小さく唱えた。土方さんは何も言わなかった。 47.かじり虫(土沖) 首筋に突然噛み付かれた。 「……ってぇ!」 何も、気に障るようなことをした覚えはなかった。もちろん情交の最中の悪戯というわけでもない。仕事をしていたら突然、スカーフを外し寛げていたところにがぶりとやられたのだ。 「っにしやがるこの野郎!」 涙目になって後ろを振り返ると、きょとんとした顔の沖田と目が合った。いつもの邪悪な微笑がそこになかったことに面食らう。 「今ね、テレビでやってたんでさァ。こうすると幸せな気持ちになれるんですって」 またか、と思った。この一言で全て納得がいった。 昔から沖田はこうしてテレビや雑誌などから中途半端に知識を得てくることがあるのだ。しかも大抵間違っている。そしてその被害はほとんど例外なく、悲しいことに土方に巡ってくるのだ。 「幸せになりやした?」 なれるわけあるか。痛いだけだ。ふと噛まれたところに指を這わせてみると、ちりっとした痛みと一緒に赤い染みが付着した。よく見れば沖田の白い前歯もうっすらと赤い。 「痛いんですけど」 「思いっきりやんねぇと駄目かなって」 どうやらどこまでも信じ込んでいるらしかった。幸せを願ってくれているのかそれともただの興味本意か、前者であることを願うがきっと残念ながら後者だろう。 しかしどちらにせよ怒る気が失せてしまったのは確かだ。 「……ちょっと休むか」 やる気まですっかり一緒に失せてしまい、土方は沖田にもたれかかった。支える気がはじめからないらしく沖田は体重をかけられるまま一緒に寝転がる。 「休むの? すんの?」 「休む」 答えてから、頭に回された手をとって口付けをした。ついでに舌先でくすぐると、沖田が小さく息を呑む。その手を今度はさっきの噛み傷へともっていってみた。 「舐めて消毒してくれたら俺、幸せになれるんだけどな」 戯れに投げかけてみた言葉に沖田は少し考えていたらしかった。そして少し間を置いてから「ああ」と納得したように頷く。 「あの番組はこういうことを言ってたんですねィ」 「いや絶対違うと思う」 「あんたがどう言おうと俺はそう解釈して噛み続けてあげるんで」 「お願いだからやめてください」 取り留めのないやり取りに楽しそうな笑い声を零しながら、沖田は土方の体を押し退けて座り直した。そして今しがた歯を立てたところにちゅ、とキスをして舌でくすぐる。 そしてまた、舐めた上から噛み付いた。幸せになあれと呪文のように唱えて。 48.いつか来るかもしれない日(土+ちび沖) 一体今どんな顔をしているのか、土方の位置からは傘で隠れてわからない。 凍てつくような寒い日だ。白い空から降り注ぐ白い花びらが大地までをも同じ色に塗り替えてしまっている。その白の草原に埋もれるようにして一匹の子猫が横たわっていた。血を吐いて死んでいる。 動物に嫌われる性質の総悟が初めて、そして今のところは唯一懐かれた相手だった。たった一月ほどの間とはいえ本当に可愛がっていたのだ。 それなのに今朝突然姿を消して、やっと見つけたと思ったらもう子猫は手を伸ばしても決して届かない遠くへといってしまった後だった。 今、総悟は何を思っているのだろう。慰めの言葉が浮かばないまま土方はそんなことを考えた。十やそこらの子供にとって、総悟にとって、死とはどういうものなのだろう。子供時代を終えてしまった土方にはもう答えを知る術はない。思い出せもしない。 「俺たちは、探しに来ちゃいけなかったんだ」 雪の生み出す静寂に吸い込まれてしまいそうなか細い声で総悟は言った。 土方はなんと答えていいものかわからなかった。総悟の言う通り子猫が死期を悟って出て行ったのだとしたら、その動機はきっと見つけてほしくなかったからだろう。だから総悟は悔いているのだ。子猫を蝕んでいた死の影に気付けなかったことと、その思いを理解せずに見つけ出してしまったことを。 「お前が悪いんじゃない」 こんなことを言ったところで何の足しにもならないことはわかっていたが、他に何と言っていいのかわからなかった。どうして自分はこんなにも無力なのだろうとやるせなさが内側に雪のように降り積もっていく。 総悟は持っていた傘を猫の隣に下ろし、白い空を仰いだ。その瞳には意外にも土方が思っていたような光るものはなく、雪がじわりと頬を冷やすだけだ。 「土方さんは」 今度は空と共に土方を振り返り仰いで言う。 「もしもいつか俺がこんな風に消えたら絶対探さないでくだせェ」 それがこの年頃の子供の口にすることだろうかと驚いた。それともあるいは哀れんだのか。普通の子供なら死を受け入れるどころか理解すらできず、泣き喚いて駄々をこねるのではないかと思う。少なくともこんな風に自分に当てはめ終わりについて思いを巡らせることなどはないだろう。 総悟の目には白に蝕まれたこの世界はどのように映っているのだろう。土方ですら未だ直視できずにいる未来の終わりを、こんなにも静かに見据えることのできる子供のことがわからなくなった。 子猫はどうして一人で死ぬことを選んだのだろうか。誰にも看取られず、一人孤独に人生の幕を引いたのだろう。 それはもしかしたら猫の習性なのかもしれない。では、総悟は? 「探すよ」 総悟の気持ちを考えていたら自然に言葉は音になった。 「お前がなんと言おうが俺は、絶対お前を一人にしねぇ。どこへ逃げようが追いかけて探し出して、馬鹿野郎って殴ってやる」 土方の言葉に総悟は驚いたように口をぽかんと開けた。土方からすれば総悟のその反応こそが驚きなのだが、総悟にとって土方の言葉はひどく信じがたいものだったらしい。 総悟はそのまましばらく土方のことを見上げていた。そこにあるのは間違いなく驚きのはずなのに、なぜだかほんの少しだけ困っている風にも見えて奇妙だった。 けれど総悟はそれ以上この件に関しては何も言わなかった。そのかわり優しく猫を抱き上げる。 「こいつ埋めるの、手伝ってくれますかィ」 「ああ」 土方の返事を聞くと総悟は一人歩き出した。土方は雪上に残された小さな傘を拾い上げ、少し後ろを無言でついていく。 いつかこの誓いを守るような日は来るのだろうか。その時総悟は一体何と言うのだろう。 なんとなく、小さな背中を追い越して顔を覗き見るのはいけないことの気がして、土方はずっと白い足跡の上を歩き続けていた。 49.情熱ラブアタック!(土→沖) 「……悪いんですが、いりやせん」 その言葉は明日隕石が降ってきて地球は滅亡しますと置き換えてもいいくらいの衝撃だった。 金がないとか面倒だとか面倒だとか、あと面倒だとかの理由で気乗りのしていない様子の沖田のご機嫌を取って拝んで拗ねて賄賂を渡して、やっとのことで武功を上げた先月14日。そして今日はあの日以来指折り数えて待ちに待った神聖なる3月14日だった。 この日のために土方はあらゆる情報手段を駆使し何を贈ろうか考えた。途中まで銀のペアリングで固まりかけていたその計画は沖田がいい質屋を探しているという情報の入手により直ちに書き換えられることになった。どうやらまだ時期尚早だったらしい。 そうしていろいろ悩んだ末にホワイトデーといったら飴かマショマロだよなということで、贈り物はこの世で最も素晴らしい宇宙一の飴(土方調べ)に晴れて決定した。 そんなわけでごねる山崎を無視して有給を毟り取り遥々買いに行った神の至宝のごとき飴を手に沖田の寝所にやって来たのはちょうど日付が14日に変わった瞬間だった。 そして一分後、受け取りを拒否された。 「なぜだ総悟! ま、まさか俺以外に好きな奴が……!?」 「俺があんたのこと好きみたいな言い方は止めてくだせェ。全部あんたの妄想ですから」 「そうかわかった、照れてるんだなこいつぅ。大丈夫、今は夜だから俺とお星様しか見てないぜ」 「もうあれですかィ、いっそセクハラかストーカーで被害届けでも出した方が俺の思いは届くんですかね」 「安心しろ、俺もお前を愛してる!」 「……死ね」 小さな呟きと共に刹那、土方の顎に沖田のアッパーカットが炸裂した。そして畳に触れるよりも先に回し蹴りに捕らえられ、そのまま障子を巻き込んで派手にぶっ飛ぶ。そこに追い討ちをかけるように土方の顔面めがけて沖田の膝が落下してきた。さながら隕石のごとく。 はらりと着物が揺れて覗いた生足に目が眩んだのは一瞬のこと。あとには膝がめり込んだ痛みだけが残る。星が、目蓋の向こう側でチカチカと光って諦めるなと応援している。 「いいですかィ土方さん。耳かっぽじってよーく聞きなせェ」 ぱんぱんと着物の汚れを叩き落として土方の隣にしゃがみ、沖田は甘い声で言った。どうでもいいのだが両足で土方の腕を踏んでいる。というか乗っている。 「俺ァね、食えるもんか金に換えられるもんなら何だってありがとうって受け取って平和的に済ませるつもりでしたよ。でもですね、食えないし金にもなんねぇもん持って真夜中に叩き起こされた挙句会話も電波じゃそりゃもう慈悲とかかける余地はねーでしょう?」 「いや待て、食えるぞ。飴だぞこれは」 「食えねーよ! 何ですかマヨネーズ味ってどう考えてもネタアイテムでしょうが! バイト先に持って行ってノルマ一人一個とかの代物でさァ!」 スパーンと気持ちのいい音をさせて頭をぶっ叩かれた。14連打。誰かそろそろ回復魔法をかけてほしい。 「せめてギフト持って来いギフト! あるいは現生!」 「わ、悪かった総悟。環境に配慮してラッピングしなかったから怒ってるんだな? やっぱリボンの一つくらいはせめてつけるべきだったよな」 「……もういいでさァ。死ねこのクソ土方ァァァァァ!!」 「うぎゃあああああ!」 こうして土方のホワイトデーラブラブ大作戦は失敗に終わった。 全治一ヶ月の怪我を負い病院で意識を取り戻した土方は次のように医者に語ったという。来年は手作りでマヨネーズ入りのマシュマロを贈ります、と。 土方が沖田の心の氷を溶かす日は、まだ果てしなく遠い……。 50.幸せをもらう(土沖 沖誕) セレブ御用達という超高級ケーキ。その値段はもうケーキについていいようなものではなくて、でもそれにふさわしいだけの夢のような味がするのだと聞く。 庶民の自分たちの口にはきっと一生入ってくることなどないだろうと思っていた。それが今、なぜか目の前に15箱も並んでいる。中身はまだ一つしか確認していないが買ってきた本人の言葉を信じるならば各箱に件のケーキが入っていることになる。 「え……てゆーか、何これ?」 「ケーキだろケーキ」 それはわかっている。聞きたいのは当然のことながらそこじゃない。問題はなぜそれがこんな大量にあるのかということだ。 「お前去年言ってたじゃねえか。隊のみんなでホールケーキ食いたいって」 ……確かに言ったかもしれない。かなりおぼろげに、去年の今日の一日前の記憶を掘り起こしてみる。 真選組ができたての頃はまだ人数もそんなじゃなかったから、なんとかギリギリ分け合うことができた。しかし各隊10人前後の大所帯になってしまうとそういうわけにもいかなくなって、その月に生まれた隊士と血塗られたジャンケン大会を制した猛者限定になってしまったのだ。 それがどうにも残念で、みんなで食べられるくらいの超特大ケーキがあればいいのにと去年の七夕にふざけて短冊に書いたのだ。 でもまさかそんな馬鹿げた夢を叶えてくれる酔狂な彦星がいたなんて。 「超特大は探してもなかったんで、とりあえず数で攻めてみた」 しれっと涼しい顔で言うが、このケーキがとりあえずで大量に買える代物ではないことは知っている。だからこそ、信じられなかった。 「ねえ……いくらしたのこれ」 「あー、およそ給料三か月分?」 「……はぁっ!?」 なんて恐ろしい響きに更に絶句させられる。ボーナスを計算に入れなければ、目の前にあるこれらは年収の4分の1の結晶ということになる。それが今夜、宴により全て食べられて消えてしまうなんて! 「あんた馬鹿ですかィ!? つかマジで何考えてんの!」 どうしてこう、この人は常識人のふりをして唐突にサプライズな行動をするのだろう。沖田は何ももらえなくたって、おめでとうと言ってもらえたらそれだけで十分なのに。 「おま……っ、馬鹿って何だよ! 俺がこれのために一年間どんだけ節約したと思ってんだ!」 「だからそれがやり過ぎだって言ってんでさァ! 限度ってもんを知りなせェ!」 「っるせぇ! いいだろ好きでやってんだから」 屯所中に大声を響かせ二人してぎゃあぎゃあと口論をする。そのうち声を張り上げるのに疲れてどちらからともなく大人しくなり、今度は気まずい沈黙が落ちた。 「その……迷惑だった?」 まさか。そんなはずない。 「いえ。……うれしい、です。まさか本当に叶うと思ってなかったし」 よかった、と土方はうれしそうに笑う。本当はちょっと重いと感じてもいたのだけど、この上がっかりさせるのはあまりにも忍びないので素直に喜ぶことにする。きっと沖田の願い事のおこぼれに与れる他の隊士たちも喜んでくれるだろう。 「なあ、ところでさ」 「はい?」 「その……来年はアクセサリーとか贈ろうと思うんだけど、どう思う?」 尋ねる土方の視線は沖田の左手にあって、何を想像されているのかわかったから流石に赤面した。わかっていたけど、このケーキもただの親愛の情で贈られたのではないのだ。 「ええと……」 「駄目?」 「か、考えとく」 たぶん沖田が頷いたなら土方は来年の今日、本当に給料三か月分の値段の『アクセサリー』をくれるのだろう。しかしそんな幸せの象徴を、果たして自分は受け取ってもいいのだろうか。 無造作に並べられた15の箱が、沖田を幸せの道へと誘惑する。 なんていうか、非常に濃いものばかりが集まってしまった感が否めません。そして一年前に書いたものを今頃再録しているこの奇妙な時差に愕然。 08/12/20 |