ヅラ子のバイト大作戦 1.採用面接 「えー、まず名前をお願いします」 「ヅラ子だ」 「出身は」 「秘密だ」 「年齢は」 「二十代とだけ言っておこう」 「このバイトをやってみようと思った動機は」 「賃金はそこそこで三食飯付で幕府の情報が入ってきそうだからだ」 「えーと……じゃあ最後にもう一つだけいいですか」 「構わん」 「いっしょにいるそれはなんですか……」 「ペットのエリザベスだ。一人で散歩にもいけるし、食事も普通のもので問題ないので気にしなくていい」 「はぁ、そうですか。それでは他の二人と話し合って採用を決めますのでそのまま待っててください」 「了解した」 面接官の質問に淡々と答えるヅラ子。すぐ隣には変な生き物。というかエリザベス。 無言で別室に移り、三人は顔を見合わせた。 「近藤さん、あれ本当に雇うんですかィ」 「しかし他にバイト志願者はいないし美人だからいいんじゃないか」 「別に家事くらい今までどおり当番制でもいいと思いますぜ」 「それが最近隊士から苦情が多くてな。まったく、何が不満なんだか」 やれやれと肩をすくめ、溜息をついたのは土方である。 最近なぜか料理や洗濯の当番制を廃止しようという声が強く、そのためバイトを募集したのだが人はほとんど集まらず、やってきたのはヅラ子とそのオプションだけだった。 しかし名前は怪しいし他のことは曖昧だし動機がちょっと変なのでできればもう少し普通の人を雇いたいところである。 真選組代表の三人はこの変なバイト志願者の待遇に頭を捻る。 「でも土方さん、あの生き物俺ちょっと欲しい」 「え、あれやっぱ生き物か? 着ぐるみに見えるのは俺だけか?」 「なんかあの目とか睫毛引っこ抜きたくなりませんかィ」 「やるなよ。もし万が一生き物だったら動物愛護団体から苦情が来る」 「よし、じゃあ話はまとまったな」 二人の話も落ち着いたようなので、局長らしく近藤はまとめにかかる。 いつ話がまとまったのかはさておいて。 「じゃあ美人だし採用ってことで」 「あんたそれ全然相談した意味ないだろ。というか思いっきり独断だろ」 「じゃあ土方さん。目玉くりぬくのは?」 「だから駄目だって。レア物の食玩をゲットした子供みたいに目を輝かせるんじゃねぇよ」 「ヅラ子さん、採用決まりました!」 「っておい、だからあんた勝手に決めんなって!」 土方が沖田の好奇心を止めようとしている間に一人で勝手に採用の報告をしに行ってしまった近藤。 こうしてヅラ子こと桂の新しいバイト先は決定した。 2.採用面接2 「どうもどこかで見たような……」 近藤が鼻の下を伸ばしてヅラ子に採用告知をしているのを少し離れたところで見ながら、土方は首を傾げていた。その顔に見覚えがあるような気がするのだが、どこで会ったのかどうしても思い出せない。 「おい、お前」 「お前じゃないヅラ子だ」 「……ヅラ子さん。前に俺と会ったことないか?」 ひょっとしたら自分は覚えていなくても相手は覚えているかもしれない。そう思い尋ねてみると、思ったよりあっけなく答えは返ってきた。それも意表をついた形で。 「俺は昔オカマバーで働いていたこともあるから、たぶんその時の客だろう」 「え? オカマバー?」 土方の言葉に近藤と沖田の声もハモる。空気が凍りついたのが肌でわかった。 「なんてこったィ。土方さんがオカマバーの常連客だったなんて知らなかったぜ。早速みんなに教えてやらねーと」 「待て、俺はそんなところ行ってねぇ!」 「なに言ってんですかィ。たった今自分で白状してばかりだろィ」 「違うってそんなとこ俺行ったことないって!」 「土方さんうるさいからついてこないでくだせェ。俺はこれから隊長としての責務を果たしに行かねーと」 「お前の隊長としての責務は俺のスキャンダルを触れ回ることか? 待ってお願い総悟君、誤解だから変なことばら撒かないでェェっ!」 そして土方を腰にぶら下げて沖田が部屋から消えていく。土方の悲鳴だけが長いこと木霊していたが、それもやがてスピーカーの音に掻き消されてしまった。 「……えっと、ヅラ子さん。男の方なんですか?」 「案ずるな。今はただのヅラ子だ」 「はぁ……」 誰にも知られることもなく、近藤の咲きかけたかもしれない恋の花はこうして散った。やっぱり自分にはお妙さんしかいないと胸に思いを刻み直して。 3.人相書き 「あ、今日からバイトのヅラ子さんですよね。俺は山崎ですよろしく」 「そうだ。何か用か?」 「ちょっとこれからビラ張りに行くんですけどよかったら手伝ってもらえますか?」 「ふむ。いいだろう」 バイトのくせにやたら偉そうな態度でビラを受け取るヅラ子。しかしビラを見てみればそこに書かれているのは高杉で。 「おい、山崎とやら」 「はい?」 「あいつはこんなに格好よくないぞ。もっと我侭な子供っぽい性格の表れでた顔をしている」 そう言いながらヅラ子はビラを裏返し、鉛筆でさらさらと高杉の似顔絵を書きはじめる。人相書きの無表情なものとは違い、仏頂面で拗ねているような顔の高杉の絵がまもなくして完成した。 それを見て山崎は感心してまじまじと似顔絵を鑑賞する。 「へーすごいですね。ヅラ子さんって高杉に会ったことあるんですか?」 「まぁな。オカマバーで働いていたときの客の一人だ」 「ふーん。すごいなぁ。あ、じゃあこっちはどうです? 桂の人相書き」 「これはもっと格好よくて渋い感じでいいと思うぞ。貸してみろ書き直してやる」 こうしてこの日から攘夷派の人相書きは一新され、真選組に腕利きの似顔絵師がついたとの噂が囁かれるようになった。 4.ペットがほしいらしい スピーカーで土方のスキャンダルをばら撒き飽きた沖田はヅラ子と一緒にやってきたエリザベスと遊ぶことにした。一応ペットらしいのでペットと飼い主らしい遊びがいいだろう。 「よーし、エリザベス。取って来い」 沖田が弾を飛ばすと二足歩行の全力奪取でエリザベスはそれを追いかける。遥か彼方で墜落した音と爆音がとどろき、それが消える前にエリザベスは弾を拾って走って帰ってくる。 「偉いぜエリザベス。じゃあ次はあの辺の部屋めがけて投げるからな」 と言って土方の部屋に大砲の照準を合わせ、引き金に指をかける。 「やめんか総悟ォォォっ!」 引き金を引こうとした瞬間、背後から土方が攻撃を仕掛けてきたのを悟ってひらりと身をかわす。あのまま動かなければたぶん張り倒されていただろう。 「なんですかィ土方さん。俺はエリザベスと遊んでただけですぜ」 「投げるなら普通のもの投げろ。それ危ないってマジで」 「大丈夫でさァ。ちゃんとエリザベスが拾ってくるから。なぁ、エリザベス?」 「いやこいつが拾ってこれることも確かにすごいんだがどちらにしろ爆風でみんなやられてるから。これ以上屯所壊さないでくれ」 「ひでーや土方さん。エリザベスが運動不足になってもいいんですかィ」 「つーか何お前そんなこのよくわかんないものに懐いてんの。どうせなら猫とか犬とかまともなものにしようよ」 「嫌でさァ。俺はエリザベスがいいんだ。な、エリザベス」 「でもそれさ、ほら、ヅラ子さんのだから。総悟のじゃないんだよ。なぁ、わかってくれよ」 「もうあっち行けよマヨネーズ太郎」 「うわ、ひどっ。てめぇ人が下手に出てりゃつけあがりやがって」 「エリザベス。次はこの人の顔面狙うからのんびり歩いて取って来いや」 ゼロ距離で合わされた照準。いつでも取りにいけるよう身構えるエリザベス。にやりと沖田の口許に笑みが浮かぶ。 「え、待ってそんな冗談……」 「発射」 ためらわず引かれた引き金。怒号と悲鳴は全て爆音に掻き消されてしまった。 5.休憩時間 休憩時間なので山崎がお茶を飲みに行くとそこには給仕をするヅラ子とくつろいでいるエリザベスの姿があった。山崎はなんとなく一人と一匹の隣に座る。 「お疲れ様ですヅラ子さん。俺にも一杯もらえますか?」 「お安い御用だ。エリザベス、お前もおかわりをついでやろう」 ヅラ子はエリザベスに先に注ぎ、それから山崎の湯飲みに茶を注ぐ。ペットが優先というのはどういうことかと思ったがエリザベスの圧倒的な存在感のせいでそれを口にすることはできなかった。 他の隊士に茶を注ぎにヅラ子は立ち上がり、山崎は気を取り直していれたてのお茶に口をつける。 「あの、じゃあいただきます」 何の変哲もないただの日本茶をすする。マヨネーズで濁っていないし今のところ怪しい薬の混ぜられた痕跡もない。ごく普通のお茶というのはなんと素晴らしいのだろう。 そんな山崎のささやかな幸せをぶち壊したのは隣からぼそっと聞こえた声。 「あつっ」 ぎょっとして振り返る。しかしそこにはやはりエリザベスが座っている。エリザベスはいれたてのお茶を再び机に戻した。 ナンカイマシャベンナカッタ? 声(?)を聞いたのは山崎だけらしく周囲の人間の様子に変化は見られない。 そこへ戻ってきたヅラ子。 「どうかしたか?」 「い、いま、エリザベスがしゃべ、喋った……!」 その言葉にヅラ子は小さく首を傾げ、何を言っているのかという顔を浮かべる。 「当たり前だろう。犬はワンって鳴くし猫はニャーって鳴くじゃないか」 「鳴いてねぇよ喋ってたよ今! あつって言ったよこいつゥゥ!」 「エリザベス、ちゃんと冷ましてから飲まないと火傷するぞ。気をつけろ」 「おい、あんた今エリザベスがあつって喋ったこと認めたよな? 認めたよな!?」 「だからエリザベスだって動物なんだから鳴くに決まっている」 「だから喋ったって言ってんじゃんよォォォォ!」 結局それから山崎がどんなに言ってもエリザベスは喋ったのではなく鳴いたのだとヅラ子は言い張った。 休憩の終わった部屋の隅には膝を丸めて座る山崎の姿がいつまでもあったという。 続 05/09/20-25 |