シークレットデート sideA 非番の日の総悟は割と気分で動いているようで(仕事のときも似たようなものか)、今日は午前中はずっと部屋でごろごろしていて午後はどこかへ出かけていた。 どこへ行ったのかは知らないが、夕方になって副長室に顔を出した私服の総悟はやけにでかい紙袋を引っ提げていた。 「おこんばんわー。まだお仕事ですかィ?」 「んー、もう終わる」 ちらりと総悟を一瞥してからまた書類に視線を戻し、かわりにまだ一口しか飲んでいなかったコーヒーを前に押しやった。総悟は「そーですか」とだけ言って適当なところに座ると、差し出されたコーヒーに山崎が気を利かせて置いてった粉砂糖をざらざらとやばいくらい投入して、ごくごくと可愛らしく喉を鳴らして飲み始めた。 総悟がおとなしくコーヒーを飲んでいる間に俺は仕事をきりのいいところまで片付けてしまって、明日は非番なので続きは明後日に片付けることにした。 「終わったぞ」 「お疲れ様です」 総悟は飲み終ったカップの底を指先でつうっとなぞり、たまった砂糖を指で掬い上げてぺろりと舌で舐めた。そのガキっぽいだけの仕草につい反応して目がそれを追ってしまうのはなんとかの弱みというやつだろうか。 総悟はその甘さを十分に堪能してからやっとこちらを向き、遊びに来た用向きを告げた。 「土方さん、明日デートしませんか」 「は? デート?」 聞き馴れているようないないような微妙な単語に俺は思わず聞き返す。すると総悟は一つ頷いて「デート」と一言だけ繰り返した。 「土方さん明日非番でしょ。俺明日も休みなんで」 「つーかなんだよ突然」 「嫌ですかね」 「別に、嫌じゃねぇけど」 「じゃあしません? デート、一回くらいしてみたいんですよ俺」 つまるところは暇らしい。大方今日のうちにやりたいことやり尽くして明日の予定がなくなってしまったのだろう。総悟は計画性がないので休みを取るだけとって何をすればいいのか見失うことがよくある。そして大抵そういう時は俺のところへやって来るのだ。 「いいぜ。どうせ暇だし付き合ってやるよ」 この一言で総悟はぱっと顔を輝かせた。ちょっと不意打ちだったせいで、どきっとしてしまったり。 「じゃあ明日、××広場の噴水前に9時集合で!」 「集合って、はじめから一緒に行けばいいんじゃねぇの」 俺のもっともな意見にしかし総悟は指をちっちっと横に振り、わかってねぇなぁ土方さんはと呆れたような目つきで見てきた。 「デートってのは『ごめん待った? ううん今来たとこ』から始まって、日没と共にキスしてさよならに決まってるでしょう!」 「お前いつの時代の人だよ」 10年前の少女漫画かっての。それとも俺が知らないだけでいまどきの十代の若者たちはそんなこっ恥ずかしいことを平気でするわけか? しかし俺が何を言っても総悟は譲るつもりはないようで、まあどうせデートといってもごっこ遊びみたいなもんなのだろうし、俺も大概休日は暇人だからこいつの道楽に付き合ってやることにした。 「約束ですぜ。忘れたら本気で斬りますからね」 半ば冗談とも取れないことを平気で言って、総悟はまたでかい紙袋引っ提げてやかましく走って出て行った。 考えてみれば今まで俺と総悟は遊びに行くことはあっても恋人らしいデートみたいなことなんて一度もしたことがなくて、まあこういうのに付き合ってやるのもたまにはいいかななんて思った。 そして翌朝、8時に起きてみたらもう総悟はいなかった。山崎の話だと少し前に出かけたらしい。 一瞬待ち合わせの時間を間違ったかと思って少し焦ったが、昨日念のため手帳にメモっておいた時刻はやはり9時だった。まさかこれ本当に『ごめん待った? ううん今来たとこ』の布石とかじゃねぇだろうな。この台詞のどちらか(たぶんこのまま行けば前者のほう)を俺は言わなくてはならないのか。 下らない不安を胸に、しかし今から追いかけたのでは確実に俺のほうが遅いので(別に後者の台詞なら言ってもいいってわけでもないんだが)、諦めて時間通りに行くことにした。 デートってことは何か買ってやったほうがいいのかとも思ったが花なんかやっても邪魔になるだけだしお菓子じゃいつも通りだしで結局よくわからないので財布だけ持っていくことにする。通帳はいらないよなさすがに。カジノデートとかだったら引きずってでも路線変更させるぞ俺は。 今日がどんな一日になるのかという期待よりはむしろ不安を胸に抱き、やって来たのは待ち合わせ場所の噴水前。テレビだか雑誌だかで宣伝されていた、最近流行りの待ち合わせスポットだ。総悟のやつはどこでこんな情報仕入れて来たのだろう。 てっきり先に来て例の台詞を言わせるつもりだと思っていたのだが、総悟はまだ来ていなかった。 大してでかくもない噴水の周りをぐるりと見回してみるが、それらしい人影はいない。今日は平日のためそれほど人も多くないので探しやすかった。逆に目立つので恥ずかしい。20代半ばにまでなってこんなところで平日から待ち合わせをしているのは俺くらいなものだ。これってひょっとして傍から見たら出会い系で見つけた援交相手を待っているようにも見えないか。おいこれ実はすっげー羞恥プレイじゃん早く来いよ総悟のアホ。 考えているうちにますます恥ずかしくなってきて、すっかり俺は噴水の縁に座ったままタバコをくわえて草履と睨めっこを始めてしまった。懐に入れていた懐中時計を取り出すとちょうど時刻は9時ジャスト。 「そうしてるとなんかリストラされた平社員みたいですぜ」 見下ろしていた草履と懐中時計の上に黒い影がさす。それと共に待ちに待った声が上から降ってきて、職質かけられる前にこいつが来てよかったと心底安堵して顔を上げた。 「お待たせしました。じゃないや、えっと、ごめん待った?」 少し照れたようなはにかんだような顔で、10年前の定番の台詞を口にする。しかしそんな総悟に俺はつっこむとか、のってやるとか何かしらのリアクションすることが頭に浮かばなくて、ただただぽかんと口を開けて総悟を見上げてしまった。 いつもの袴姿かと思いきや、今日の総悟は私服にしては珍しく、否、たぶん初めての洋装だった。 白のパーカーに白のハーフパンツ、ついでにニット帽とスニーカーと靴下も全部白だった。おまけに肌の色まで白いので、乱暴なたとえかたをするならばまるで全身に雪をかぶったような。本人が自覚しているのかどうかは知らないが、見方によって男にも女にも取れた。 「……お前、そういう格好してくるんなら前もって言っとけよ」 俺は上げてばかりの顔を片手で覆い、深い深い溜息を吐き出した。 「お前今日どこか映画とか、そういう時間に縛られたもの行く予定あるか?」 「はぁ。ないですけど」 「じゃあちょっと付き合え」 その辺の灰皿に煙草の吸殻を捨て、俺はすたすたと歩き出す。そのやや後ろを慌てて総悟がついてきた。気がつけば手には昨日のでかい紙袋を今日も引っ提げている。昨日のあれはひょっとして今日のために服を買ってきたのだろうか。 「付き合うってどこ行くんですか」 「服屋。和洋バラバラじゃ格好つかねぇだろ」 ああもうこいつの言葉が足りないのはいつものことだけど無駄な手間と出費だよこれ。大体俺が出かけるっつったらこの格好しかしないんだから(非番なんて滅多にないから私服は一着で足りてしまうのだ)総悟も俺がどんな格好で来るかくらい予想しとけっての。そういやまだ9時なんだけど、このへん店開いてんのか? 新しい煙草を取り出しかけた俺のやや後ろをいつものように総悟はついてきていて、俺は立ち止まってそっちを振り返った。 「荷物、持ってやるよ。あと横歩け。今日は見廻りじゃなくてデートなんだろ?」 言って左手を差し出すと、総悟は昨日と同じ笑顔を浮かべて腕に抱きついてきた。仕方がないから右手も差し出して、今度こそ紙袋を受け取る。ちらりと見たら中身はいつもの袴のようだった。たぶんどこかで着替えてきたのだろう。 「服買うんなら俺が見立てていいですかィ」 「着ぐるみ却下な。ウサギのアップリケとかの類も。まともに外出歩けるものなら可」 「りょーかいっ。ところで俺、似合ってます?」 「似合ってる似合ってる。食べ物零さないよう気をつけろよ白は目立つから」 「へーい」 結局流れで『ううん今来たとこ』の台詞は回避して、デートを始める前にまず服を買いに行った。 総悟が選んだのは黒のシャツにジャケット、ジーンズでこちらは全部黒で統一したらしい。ついでに黒のブーツも買って、二人で店の鏡に並んでみたらなんとも対照的で笑えた。少なくとも下手なペアルックよりかはずっとハマっていると思う。 「子供はきっと灰色ですねェ」なんて総悟が結構洒落にならない冗談かまして、俺はその後ろ頭を軽く小突いた。 着替えた俺の服と草履も紙袋に詰め、俺たちの初デートはでかい紙袋二つと一緒にようやく本格スタートした。 待ち合わせ場所を聞いた時点で大体予想はついていたが、総悟は遊園地に行きたいと言った。いつだったか松平のとっつぁんに振り回された例の遊園地だ。 「大人二名で」 「はい。ただいま当パークではカップルの方を対象にキャンペーンを行っておりまして、こちらの無料ドリンクサービス券を差し上げております」 「え、カップルって」 「はい?」 「いや、なんでも」 両方男なんだけど、とつい言いそうになってやめた。首を傾げる係員に少し目を逸らして適当に誤魔化す。 逸らしついでに総悟のほうを見るとやけに上機嫌で、俺の代わりにチケット二枚とドリンクサービス券を係員から受け取った。ひょっとしたらこいつははじめから知っていたのかもしれない。だからこんな男にも女にも取れる格好をしてきたのだろうか。 先にゲートを抜けそうな総悟を金を払ってから俺も慌てて追いかけて、二人一緒にゲートをくぐった。 それからしばらく歩いて十分に人ごみに紛れてから、俺は総悟の持っていたチケットの半券とドリンクサービス券を受け取って自分の財布に押し込んだ。 「もう喋っていいぞ」 「やった。ドリンク無料ですぜ」 やはりそれが目当てだったらしい。だからずっと男だとばれないよう声を出さずに大人しくしていたのだ。 「これが飲みたくて来たのか?」 「別にそういうんじゃないですけど。でもほら、これデートだしこういうサービスあったほうがおもしろいでしょう?」 そんなもんかね。別に今までデートをしたことがないわけではないが、こういう艶っぽくないお子様デートは初めてでよくわからない。まあ総悟が楽しそうだしそういうことでいいかと思った。 「さて、じゃあまず何に乗る?」 「お化け屋敷」 「よしわかったミラーハウスだな」 とりあえず最初のアトラクションはミラーハウスに決定した。お化け屋敷なんて誰が行くものか。なんで高い金払って怖い思いしなくちゃいけねぇんだっての。 しかしこのミラーハウス。絶対係員の奴は親の敵のようにそれはもうごっしごっしと磨いているに違いねぇ。総悟は割と平気なのに俺ばっか馬鹿みてぇに鏡に激突した。 挙句の果てには完璧に迷子になって通りすがりの人間をストーキングして、やっと外に出てこられた。しょっぱなから疲れるっての。 次は乗り物に乗って銃でターゲットを撃つシューティングアトラクションに入った。この手の武器は総悟の十八番で、ほとんどのターゲットはあいつの銃の撃沈されて俺は見ているだけに近かった。どうやらよっぽどすごかったらしくここ一週間のハイスコアだとかで、記念写真を撮ってもらった。 とはいえこんなもん持ってても誰かに見られたら困るし面倒なだけなんだが、捨てるのもなんだしここに飾ってもらうのはもっと心臓に悪いので仕方なく俺が引き取ることになった。帰ったら総悟と一緒に絶対に見つからない隠し場所を考える約束をした。 それから今度は乗り物に乗ってメルヘン世界を冒険(というか見物)するアトラクションに乗った。こんなもんカップルで乗ってる奴、他にいねぇよ。並んでいる前も後ろもみんな子供連ればかりで、俺たちはやけに目立っていた。 しかしこれはやたら総悟のツボにはまったらしく、その辺のガキ以上のはしゃぎっぷりで俺が見張っていねぇとその辺の小人や妖精をパクってきちまうんじゃないかってくらいだった。とりあえず総悟が落ちたり破壊活動に走ったりしないように見張るのに必死で中のことはよく覚えていない。内装よりも係員の視線が冷たかったことのほうがよく印象に残っている。 なんだかいろいろ疲れることが続いたので、ここらで休憩がてらミュージカル仕立てのショーを見物することにした。これなら総悟も大人しくみていられるだろう。 とりあえず結果だけ言うならば問題は起こさなかったようだが、始まって15分もしないうちに寝ちまったんで細かいことはよくわからない。気がつけばショーは終っていて、肩を枕代わりにされていた総悟が腹減ったと俺の頭を殴り飛ばしているところだった。 そんなわけでやっと午前中は終わり、俺たちは昼飯を食うことにした。総悟は飯より入り口でもらったドリンクサービスのほうが楽しみらしい。間違いなくきちんともらってくるように買いに行く係の俺に何度も念を押した。ちなみに総悟はテーブルで留守番をする係である。 ちょうど時間が昼時のせいか店は混んでいて、少し並ばなくてはならなかった。 まあそれは大衆娯楽施設なのだから仕方ないと諦めよう。ただし、この飲み物はちょっといただけないんじゃないか。 総悟がくれぐれも忘れるなと言っていた例のドリンクはまず名前からして最低だった。 ラバーズドリンク。恋人の飲み物だ。まず真っ先に別のものを連想してしまうのは何故だろう。しかも中身も怪しいもので、何味かもわからない、少なくともストロベリーやピーチではなさそうな毒々しい真っピンク色をしていた。あーこういうわけわかんねぇもん好きだよな総悟。何度も念を押された理由がわかったぜ。 戻ってきたらなぜか総悟がナンパされていたので適当に追っ払い、俺たちは向かい合って座ってテーブルの真ん中に恥ずかしい名前の飲み物を置いた。その脇に二人分のサンドイッチも置く。 ラバーズドリンクは飲み方も恥ずかしいものを期待した品らしく、やたらでかい入れ物にくるくるしたストローが二本ささっている。つまりお互いこのストローで飲めってことか。 「……俺、飲まなきゃ駄目か?」 「飲んでくだせェ」 すっげぇ飲みたくなさ爆発の俺に、総悟は何が楽しいのかにんまりとした笑顔でそう返してきた。 味はミックスジュースの類なのかもしれないがあまり俺の好きな味ではなかった。カップルで飲ませることを想定して作るのならもうすこし男にも飲みやすいものにしてほしい。ああでも男でも総悟や万事屋の馬鹿みたいな奴もいるし、これは好みの問題だろうか。とにかくもしまたここに来る機会があるとしても、俺はこの飲み物だけは二度と飲むまいと心に誓った。 腹も満たされたので、再び俺たちはアトラクション巡りを再開することにした。 「次、どこ行きたい?」 「お化け屋敷」 「よしわかったジェットコースターだな」 「それだけはぜっっったいに嫌です」 珍しく本当に嫌そうな顔で総悟は首を振った。この前来たときの一件がよほどトラウマになっているらしい。まあそりゃ当然といや当然か。 しかし俺だってお化け屋敷なんて下らないもんに入りたくはない。結局今度は妥協案も出なかったのでジャンケンをすることになった。 「よっしゃ俺の勝ちぃっ。お化け屋敷に決定ですね」 「あーっ、っくそ」 パーなんか出すんじゃなかった。男はやっぱり拳だよな。しかし後悔しても遅く、俺は嫌々お化け屋敷に付き合わされてかかなくてもいいはずの恥をかかされるのだった。ラバーズドリンク以上に最悪だ。このことについては一刻も早く忘れることにしようと思う。 お化け屋敷からどうにか無事に生還し、今度は俺が嫌がる沖田を小脇に抱えてジェットコースターに乗る番だった。しかも運良く先頭で、途中で本気で総悟は脱走しようとしたが係員と俺に羽交い絞めにされて無理やり乗せられた。 降りたときには総悟はもうボロボロで、やっぱ乗るんじゃなかったと少し反省した。すっかり機嫌を損ねてしまったのでその辺でソフトクリームと土産用のクッキーを買ってやった。 「こんなもんで俺の心の傷が癒せるなんて思わないでくだせェ」 「謝るから食べて機嫌直せって、な?」 「あ、これおいしー。土方さんもう一個買って来て」 なんだかんだ言ってこいつの心の傷はクッキーで修復できるらしい。言ってることとは正反対に総悟はすっかり機嫌を直し、高い割には量の少ないクッキーを一人で3箱も平らげた。一枚だけ俺にくれたけど本当にうまかった。少なくともあのドリンクよりかはずっと。 それから俺たちは手当たり次第にまだ乗っていないアトラクションを極めていって、とうとう残すは観覧車だけとなった。先日どこかの人のヘリが園内に侵入して砲撃の対象となったあの観覧車だ。 「とうとう最後ですね」 「そうだな。これ乗ったら帰るか」 「……はい」 まだ夕方だが、あまり遅くなると隊の奴らが心配して探しに来る恐れがある。何せ俺は今日「ちょっと出かけてくる」としか言っていないのだ。もちろんそれは総悟も同じだろう。まさかデートに行って来ますなんて口が裂けても言えやしねぇ。 人気あるだろうし混んでるかと思いきや、平日なのが幸いしたのか思ったより空いていて順番は割と早く回ってきた。 「屯所ってどっちの方向ですかね」 「えーっと、あっちか? でも遠いからたぶん見えないだろ」 「そーなんですか。一度上から見てみたかったんだけどなぁ」 斜め向かい側に座って、総悟はさっきからずっと外ばかり見ていた。いつかこれをちゅーするための乗り物だって言ったのはどこの誰だったかね。 外は夕日に照らされていて、それを見下ろす総悟の後ろ頭も照らされて緋色をしていた。 窓に映った顔は真剣で、必死に景色を頭に焼き付けようとしているように見える。こんなに真剣な顔は刀を抜いているときでも滅多に見られないんじゃないだろうか。総悟は観覧車に乗り込んでからほとんどろくに喋りもせずに、ずっと世界を見下ろしていた。 このデートはきっと総悟にとって何か特別な意味を持つものなのだろう。わざわざ待ち合わせまでして、いつもと違う格好をして、このデートに対する総悟の思い入れは始める前から薄々理解していた。 こいつは自分で気づいていただろうか。はしゃいでいるようで時々ふっとものすごく泣き出すんじゃないかってくらい切なそうな顔をしていたことに。そのたびに聞こうとして、やめた。それをすればたぶんデートの雰囲気をぶち壊しにしちまうと思ったから。 こいつが何かあっても話さないことなんて本当もうしょっちゅうで、でもこいつはそのたびに俺がヤキモキしていることになんてたぶん気づいちゃいない。お喋りなようでいて、一番大切なことは絶対誰にも言わないのだ。 「なあ、総悟」 「はい?」 総悟は振り向かなかった。でもその顔はしっかり窓に映っていて、わずかに強張るのがわかった。 本当はこいつが言いたくないのなら、聞かないでいようと思っていた。でももう我慢の限界だった。なんていうか俺が嫌なのだ。こいつにこんな顔させたままでいるのが。 「何があったんだよ?」 「別に、何もないですぜ」 極力言葉が強くならないよう気をつけた。答えた総悟の声は掠れていて、あまりなんでもないって風には見えなかった。 「じゃあなんで突然デートなんて言い出したんだ?」 「そんなのただの気まぐれでさァ」 じゃあなんでそんな顔ばっかするんだよ。そう言おうとして、言葉を飲み込む。窓越しに総悟と目があった瞬間、絶対に聞いちゃいけないんだって悟った。なんでかなんてわかんねぇけど、聞けば今あるもの全て壊れちまうような気がした。たぶん俺たちに壊す意思がなくても、見えない何かがぐちゃぐちゃにしてしまうような、そんな予感が。 俺にそんなことを思わせるくらい総悟の顔は切なげで、真剣で、何か決意を秘めていた。 俺がその肩に手を伸ばすと、総悟もこちらを振り向いた。そのまま腕を引っ張って招き寄せ、膝の上に乗せてきつく抱きしめる。今日は真っ白い格好で雪を被ったみたいなのに、それでも感じる体温はいつもの総悟のものだった。冷たくなんかない、たしかな熱を帯びた。 「なんでもないなら、あんま泣きそうな顔すんなよ」 じゃないと、無理やり力ずくにでも聞きだしたくなるから。いてもたってもいられなくなるから。 俺がいつもするように手で髪を梳いてやると、総悟は気持ちよさそうに目を伏せた。 「本当に、なんでもないですから。それよりさ、今日はすっげー楽しかったから、また二人でデートしましょうぜ」 顔を上げ、やっと俺の顔を見た。その顔に切なさは消え、淡い笑みと共に静かな決意だけが変わらずそこにある。 「いいぜ。次はいつがいい?」 「来年の今日。それまで俺たちが平和にしていられたら、そのご褒美に」 「そんな先でいいのかよ」 「へい。だって誕生日も正月もクリスマスも、年に一度だから楽しいんでしょう?」 「そうだな。じゃあ約束な。帰ったらカレンダーにでも丸しとけ」 気がつけば俺たちを乗せたゴンドラは一番高いところに登りつめていた。しかし二人とも景色には目もくれず、寄り添いあって甘いキスをした。本当に冗談抜きで甘くて、クッキーの味がしたものだから口を離して二人で笑った。 こうして俺たちのデートは終わりを告げようとしている。再びゲートを抜け、預けていたそれぞれの紙袋を手に持って。 「今日はお疲れ様でした」 「ばーか。デートじゃこういうときは『今日は楽しかったです』って言うのが定番なんだよ」 俺の冗談に笑いながら、総悟は指示通りの台詞を言った。 「ところで土方さん、俺の言ってた定番のほうは覚えてますかィ?」 「げ。マジで?」 忘れてなんかいない。朝の待ち合わせで言わなくてはいけないのかとずいぶん悩んだあのシーンのお別れ編だ。たしか日没と共にキスしてさよならだったか。 「おい、まさかここですんのか?」 まだ夕方とはいえそろそろ帰る人たちもちらほら増えだしていて、ゲートの外は結構人が多い。こんな往来のど真ん中でキスなんかしようものなら目立つこと間違いなしだ。 「だって土方さん、朝も『ううん今来たとこ』って言ってくんなかったじゃないですか」 「そりゃ会話の流れでだなぁ」 「つーかしろ。しなきゃ斬りやす」 「はぁ!?」 やっべこいつ仕舞いにゃ脅迫してきたよ。しかも絶対俺が恥ずかしがる様を見たいだけだ。 俺はマジかよと思いながら周囲を見回して、それから最後に総悟を見た。総悟は期待するような目で、俺の出方を窺っている。 そういえばこいつとの付き合いは内密なわけで、こうやって人前で堂々としたことってなかったな。それはそれでスリルがあってたぶんお互いに楽しんでいたとは思うが、まあ年に一度くらい、デートのときくらいそういうのがあってもいいかもしれない。 「ったく、しょうがねぇな。目ぇ瞑ってろよ。絶対開けんなよ」 「へーい」 くすくすと笑いながら、総悟はそっと目を閉じた。今までキスだってそれ以上のことだって何度もそれこそ回数を忘れるくらいしてきてるってのに、ちょっとシチュエーションが違うだけでなんか変な気分がした。 俺は総悟の頬と耳の間に左手を差し込んで、右手で顎をくいと引く。何をするのかと気づいた通りすがりの何人かが冷やかしに足を止めたが、もう気にするのはやめることにした。 ゆっくり顔を近づけて、唇を重ねる。舌を絡めるでもなく、そっと触れるだけのやつを息が続かなくなるまで。 「……これで満足かよ」 「はい」 男だとばれないようにと気を使ってのことか、少し声をひそめて総悟は短く答えた。 「じゃあ俺は着替えてから帰るんで、土方さん先に帰っててくだせェ」 「車と不審者に気をつけろよ」 「いたら逮捕しときまさァ」 それからぺこりと一つお辞儀して、一度だけ振り返って笑いながら手を振って、だーっと走って人ごみに紛れて消えた。 ようやくデートは終わったらしい。楽しかったけどなんかいろいろあって疲れた。 そんな思いではあ、と息を吐きかけたそのとき。 「あぁー! 副長だ! 副長じゃないですか!」 最悪だ。声を聞いてまずその言葉が頭に浮かんだ。 声のほうを見たらやっぱり山崎だった。 「なんですかその格好、しかも今の、え、デート? デートですかこれ? 嘘だ副長がこんなお子様デートしてるなんてありえない。っていうか誰ですか今の子は!」 「お前にゃ関係ねぇよ」 よかったどうやら相手が総悟だとは気づかれていないらしい。総悟がやけに急いで消えて行ったのはひょっとしたら山崎の姿を見つけたからかもしれない。 「教えてくださいよー。よく見えなかったけどなんかすっごい可愛い感じの子じゃなかったですか?」 「あーもーうるせぇ。ほらこれ持ってろちょっと買い物して来るから。逃げたら切腹だからそのつもりで」 「えぇー!」 鬱陶しい山崎に着替えの入った紙袋を押し付けて、俺は今来た道を少し引き返した。 屯所に帰ってからも山崎の追及はしつこく、この情報収集への飽くなき執念はまさに監察の鑑といってもいい。しかも山崎のせいで屯所中に今日のことが広まってしまっている。総悟流に言うとあれだ。さいてー。 「いいじゃないですか教えてくださいよぉ。土方さんがああいうタイプの子と付き合うなんて初めてじゃないですかー」 「黙れ。斬るぞマジで」 もう何十回とした返答を新聞を読みながらしていたところに、総悟がひょこっと顔を出した。ちょうど今帰ってきたところなのかもしれない。 「なんでィ騒がしい」 「あ、聞いてくださいよ! 副長ったら今日遊園地で女の子とデートしてたんですよぉ。しかも相手が誰だか教えてくれないんです」 「ふーん。そうなんだー?」 楽しそうな含み笑いを浮かべ、総悟は新聞を読んで平静を装っている俺の背中にずっしりのしかかってきた。 「で、その子とはどういう間柄ですかィ?」 うっわ何こいつ。張本人がそういうこと言うか普通。しかも言わないといつまでたっても開放してくれる気はないらしく、山崎と二人で「言えー言えー」と歌い始めた。本当に最低だ。 ついに俺は負けて、言わされる羽目になった。 「……俺の、大切な人だよっ」 総悟のアホ。これで満足か畜生。俺今ぜってー顔赤いって思って新聞で必死に隠そうとしたけれど後ろから回り込んでいる総悟からは丸見えで、小さな笑い声に混じって山崎には聞こえないよう耳元でささやいてきた。 「大変よくできました」 何がよくできましただ。てめぇが言わせたくせに。今夜はあれだ。夜這いに行ってあとでひぃひぃ言わせてやる。それでそのときに山崎に荷物預けたまま買いに行った、お前のお気に入りのクッキーの詰め合わせも渡してやるから待ってろよコノヤロー。 恥ずかしがりながらもいろいろ付き合ってやる土方。わたしはミラーハウスって入ったことないんですが土方みたいな人は本当にいるのでしょうか。 → sideB 06/02/20 |