シークレットデート sideB

 最近ずっと風邪っぽいなーと思う日が続いてて、そろそろ近藤さんか土方さん辺りにばれて病院に引きずられていきそうな気配がした。だからそんな目にあうくらいなら一人で行こうと思って、午後はふらりと記憶の糸を手繰って病院に足を運んだ。

 なんかいろいろ調べられて、最終的に医者の前に座らされて俺はこんなことを言われた。

「残念ながら結核です」

 けっかく。角が欠けている。ケツを掻く。他にも何パターンかその言葉に当てはまりそうなものを考えて、結局わからなかったので俺は素直に「わかりません」て答えた。そしたら医者に「労咳のことですよ」って言われたんだけどこれもやっぱりわからなくて、俺はまた「わかりません」て答えた。

 それからいろいろ説明されて、向こうもようやく俺が馬鹿だということを理解したらしい。20分くらいいろいろ難しいことを話して最終的に「咳がいっぱい出て最後に死んじゃう病気ですよ」ってガキでもわかる至極簡単な教え方をしてくれた。最初からそう言ってくれれば俺の人生において20分節約できたわけだ。

 やっと理解できそうな説明がもらえて、でもそのころにはすっかり会話を見失ってて、「誰か死ぬんですか」って言ったら「あなたですよ沖田さん」って。
 それでやっとああ俺の話なんだって思って、俺死んじゃうのかってやっとわかって、わかったけど、どうしようかなって思った。

「それは困りましたねェ」

 本当に困ったから、俺は素直に医者に助言を求めた。でもなんでか医者はものすごく呆れてた。あとで看護婦さんに聞いたら俺の反応があまりにもドライだったかららしい。それはよく土方さんにも言われる。

 俺があまりにも物分りが悪いもんで保護者を連れてまたおいでって言われたんだけど、それはちょっといやかなり嫌だったからがんばって説明してもらって、俺もがんばって理解する努力をした。

 なんかやっぱりがんばってもよくわかんなかったんだけど、医者の話だとまだしっかりした治療法は見つかっていないけど、非合法の薬でならある程度どうにかできる可能性もゼロではないとか。その薬にはいっぱいお金がかかるし効果があるかどうかもまだよくわからないから、どうしますかって。
 麻薬ですかって聞いたら違いますって言うからじゃあたぶん使っても土方さんも近藤さんも怒らないかなって思って、お願いしますって頼んだ。お金の話は数が多すぎてまるでわかんなかったんだけど俺の給料話したらぎりぎり払えるかどうかってくらいですよって言われた。

 ちょっと風邪薬でももらおうかと思っただけだったのに、病院でやたら時間を食っちまった。難しい話をたくさんされてちょっと疲れた。

 町をぶらぶら歩きながらああ俺もうすぐ死んじゃうんだなーって思っても、やっぱりいまいち実感なんてわかない。
 俺はガキのとき自分がこんなに長く生きられるなんて思ってなくて、身長が170cmを突破する日が来るなんて考えたことがなかった。それに今はこんな明日をも知れぬ職についてるし、あと一年しないうちに死にますって言われてもそれってけっこう長いじゃんとか思っちゃったり。

 でも俺は死ぬならきっと戦場か、よくわかんないけどテレビの人たちが言う平和な世界ってやつを爺になるまで生きた後かなって思ってたから、これはちょっと予想外。とりあえず言ったら怖いことになりそうだから当分他の人たちには黙っていることにしよう。できれば死ぬ前日くらいまで秘密にしときたい。だってきっと土方さん怒るもん。怒った土方さんは怖いから嫌だ。

 死ぬまでに何か絶対しておきたいことってないかな。
 やりかけのまま押入れにぶち込んだゲーム、山崎に借りっぱなしの漫画、万事屋の旦那と俺のどっちが強いかの確認、チャイナとの決着、高杉の捕縛。他にもいろいろ浮かんできたけれど、やっぱり最初に浮かんだのは悔しいけど土方さんのことだった。

 土方さんで思い出した。明日の予定、まだ決めてなかったんだ。土方さんも非番だから遊んでもらおうかなって病院行く前に考えてたんだ。

 決めた。死ぬまでにしたいことひとつめ。

 土方さんとデート。
 ふつーの恋人みたいにして一日遊ぶの。うんなんかおもしろそう。ちょうど今行きたいとこあったし。
 そうだどうせなら最後の贅沢ってことで和服じゃなくて洋服を買って着ていこう。男か女かよくわかんない格好して屯所から離れたとこなら、堂々とデートしててもきっと誰も咎めやしない。うん決めた。そうしよう。
 俺は早速屯所への帰り道から進路を変更して、最近この辺にできた洋服専門店のほうへ足を向けた。死亡宣告食らった後だってのに、ちょっとうきうきしてきた。

 帰ってこのことを土方さんにおねだりしたら、思ったより簡単にOKが出た。この人は非番なんてめったに取れないから、一日休みになってしまうと一人で何をしていいのかわからなくなっちゃうんだ。だから土方さんもいい暇つぶしになるだろうってとこなんだと思う。

 そんな感じで俺は土方さんと待ち合わせして、朝はちょっと俺にしては早起きした。微妙に眠い。でも我慢。
 スタート地点が同じだからどっちかが時間ずらして行かないと待ち合わせ場所に二人で行く羽目になっちゃうのだ。それはちょっとデートっぽくないから俺のほうがずらしてやった。でも結局途中で公園のトイレで私服に着替えるのに手間取って、土方さんのほうが先に来ていた。

 土方さんはたぶんこういうのがよっぽど恥ずかしいんだろう。タバコくわえて懐中時計取り出して、じーっと地面ばっか見ていた。あっちのがよっぽど目立って恥ずかしいことに気づけばいいのに。

「そうしてるとなんかリストラされた平社員みたいですぜ」

 俺は足音忍ばせて、でも正面から近づいて、土方さんを見た印象をそのまま教えてやった。懐中時計を覗き込めば9時ジャスト。時間ぴったり。

「お待たせしました。じゃないや、えっと、ごめん待った?」

 一度言ってしまったあとで、用意していた台詞を俺は言い直した。これちょっと実際に言うの照れるかもしんない。
 土方さんは俺を見上げたままなぜかぽかんとしていて、台詞忘れちゃったのかな教えてあげたほうがいいかなって俺は考えた。

「……お前、そういう格好してくるんなら前もって言っとけよ」

 俺が教えてあげようとする前に、土方さんはそれはもう海の底のように深い溜息を吐き出しながら言った。顔を片手で覆ってまた地面と睨めっこ始めてしまう。なんなのこの人。
 俺はそこでようやく土方さんが台詞を忘れたんじゃないことに気づいて、この格好駄目だったかなってちょっと焦り始めた。

「お前今日どこか映画とか、そういう時間に縛られたもの行く予定あるか?」
「はぁ。ないですけど」
「じゃあちょっと付き合え」

 土方さんは急に立ち上がってその辺の灰皿に煙草の吸殻を捨てて、俺を置いてさっさと歩き出してしまった。俺は置いてかれないよう服の入った紙袋を大きく揺らして真っ黒い背中を追いかけた。

「付き合うってどこ行くんですか」
「服屋」

 やっぱこの服駄目だったかな。隊服が黒だから、たまには白で統一ってのも悪くないかなって思ったんだけど。
 そんなことを考えてちょっとへこみかけた俺のことなんか全然気づかず、土方さんは後の言葉を続けた。

「和洋バラバラじゃ格好つかねぇだろ」

 ああなんだそういうこと。俺の心配はどうやらまったく無駄なものだったらしい。別に俺はそんなに気にしないんだけど、確かにちょっと和洋折衷カップルってのはあんましいないかも。

「荷物、持ってやるよ。あと横歩け。今日は見廻りじゃなくてデートなんだろ?」

 土方さんは立ち止まってこっちを振り返って、ぶっきらぼうに左手を差し伸べた。
 土方さんは土方さんなりに精一杯俺の希望に応えようとしてるんだってことがわかってうれしくなって、俺は荷物も渡さないでその腕にしがみついた。今日は隊服じゃないから堂々と外でこんなことしたってきっと誰も見咎めたりしない。
 それから土方さんが右手を寄越してきたから別に軽いしいいんだけどお言葉に甘えようかなって思って紙袋を渡した。

「服買うんなら俺が見立てていいですかィ」
「着ぐるみ却下な。ウサギのアップリケとかの類も。まともに外出歩けるものなら可」
「りょーかいっ。ところで俺、似合ってます?」
「似合ってる似合ってる。食べ物零さないよう気をつけろよ白は目立つから」
「へーい」

 似合ってるって言ってもらえて、ちょっとだけうれしかった。ちょっとだけ。ほんのちょこっとだけ。まさか本当に女じゃないんだから、こんなことで大喜びなんかしてたまるかっての。

 予告どおり土方さんの服は全部俺が選んで、服も靴も黒で統一してやった。モノクロコンビだ。子供はきっと灰色ですねェって言ったらびっくりした後で小突かれた。まぁね。子供とか無理だしね。
 とりあえずそんな感じで俺たちの最初で最後のデートは始まった。



 そんでもってデート会場は俺の希望で遊園地。前に松平のとっつぁんと来たときはなんかドタバタしてて全然回れなかったから、一度ゆっくりしたいって思ってたんだ。この前雑誌で読んで今がカップルキャンペーン実施中だってことも知ってたから、ちょうどよかったかなって思う。

 なんといってもドリンクサービスのドリンクの名前が最高。ラバーズドリンク。何この恥ずかしい名前の飲み物。何色の何味だよ。今から楽しみで仕方ないけどお昼ご飯のときに飲むことにした。

 俺はお化け屋敷に行きたかったんだけど、土方さんの我侭で最初はミラーハウスからスタートした。
 壁も床も天井も全部鏡で、土方さんこういうの苦手だから一人でガンゴン鏡にぶつかって、建物壊すんじゃないかって感じだった。そんでもって二人して迷子になって出らんなくなって、通りかかった人の後をついて行ってやっと日の光の下に出られた。

 その後は乗り物に乗って敵を銃で撃つシューティングゲームのアトラクションをやった。
 俺は伊達に日頃土方さん暗殺を目論んでるわけじゃなくて、小さい銃も結構得意だ。ほぼ俺一人の力でここ一週間のハイスコアを叩き出して、係員の人が記念写真を取ってくれた。こんなの持って帰れないしどうしようって話になって、でもここに飾ってもらうのも心臓に悪いから結局土方さんが引き取ることになった。誰にも見られないような隠し場所を帰ったら二人で検討する約束をした。

 次は子供向けの、メルヘンな世界を乗り物に乗って見物するアトラクション。
 対象年齢は低めのやつらしいんだけど、ちゃんと細かいところまで造りこんであってすごかった。俺がつい身を乗り出しちゃうもんだから土方さんは俺を押さえつけるのに一生懸命で、降りた後に聞いた話だとろくに中を見る余裕はなかったらしい。ちょっと悪いことしちまったかな。

 それからちょうど今からですよって宣伝してたから、ミュージカル仕立てのショーなんか見ることにした。俺は結構おもしろかったんだけど土方さんはどうやらそうじゃなかったみたいで、頭の15分くらいで俺の肩に頭もたせかけてぐうすか寝てた。途中で肩が痛くなってきたけど我慢してショーを見続けることにした。俺ってば偉い。


 この辺で午前の部終了。ショーが終って土方さんを叩き起こして、二人で腹が減ったからそろそろ何か食べようって話になった。
 ちょうど時間は昼時で、混んでたけどなんとか空いてるテーブルを見つけることができた。やっと例のラバーズドリンクが飲めるときが来たのである。

 土方さんが何か買ってくる役で、俺はテーブルが取られないように留守番する役になった。といっても買う場所はすぐそこで、ここからでも土方さんの黒い背中がよく目立つ。
 頬杖をついて土方さんの後姿を眺めながら、俺は昨日のことをぼんやりと思い出していた。俺がこんなデートを思いついたきっかけ。結核っていう名前のよくわかんない病気。

 ねえ土方さん。俺もうすぐ死んじゃうらしいですぜ。このデートはきっと俺たちの最初で最後のデートになるんですよ。知ってましたかィ?

 言ったらどんな顔をするかなんて想像もつかないけど、それと同じくらいに自分がどんな顔して言うのかも想像つかない。
 死ぬって言われてもやっぱり実感なんかわかなくて、どういうことなんだろうって、そんな感じ。

 俺が死んだら土方さんはどうなるんだろう。

 死んだ後の自分より、そっちのほうがずっとずっと俺は気になっているんだってことに気づいた。
 誰と見廻り行くのかな。誰がこの人に死と隣り合わせのスリルという暇潰しをさせてあげるのかな。誰かと結婚とかして、子供つくったりすんのかな。そしたらきっと俺はちょっとだけ妬くと思う。でもこの人がそれで寂しくなくなるんなら、やっぱりそれでもいいと思う。だって死者に縛られて動けなくなるようじゃ、真選組の副長なんて務まらねぇし。

 そんな俺の珍しく頭使ってる考えごとをぶち壊しにするような連中が突然テーブルを取り囲んだ。

「ねえ君、何してんの? よかったら俺らと一緒に遊ばない? あ、友達とか一緒? そしたらその子も一緒にさ、なぁどうよ?」

 どうよって言われても俺は男なんだけど。それとも男とわかってて声かけてんのかな。ときどきいるんだよなそういう奴。
 ここでこいつら追い払うのは簡単だけど、あんまり騒ぎにしたくはない。そんなことでせっかくのデートに水を差したくないし、あそこで物売ってる店員に俺が男だってばれたらラバーズドリンク飲めなくなるかもしんないし。
 いろいろ考えて困って俺が無言で奴らを見上げてたら、こわーいお人がトレイを持って向こうから帰って来た。

「おいお前ら、誰の許可とってそいつに声かけてんだ?」

 土方さんだ。トレイにはピンク色の飲み物が1つ。ほんと何味だあれ。よく知んないけどテンカブツとか大丈夫なわけ。
 俺が飲み物のことばかり気にしているのをよそに、土方さんはわざわざ奴らのど真ん中通ってトレイをテーブルに置いて、俺の隣に回った。
 俺の手を掴んで立たせて、わざと見せ付けるように抱きしめる。

「これ、俺のだから」

 これわざわざ俺を抱きしめなくても言うだけでよかったんじゃねぇの。俺が抱きしめられることに何か意味あるのか。ないなきっとただ触りたかっただけだろうな土方さんのことだから。
 なにはともあれ土方さんの一喝でナンパ野郎共は仲良く退散して行った。それにしてもあの人たちってナンパするためにわざわざ入場料払ってんのかな。大変なんだなモテない男って。

「で、なんだこのジュース」
「なんでしょうねェ」

 俺も土方さんもナンパよりこっちが問題みたいだ。馬鹿みたいにでかい入れ物に真っピンクの液体が、そして途中がくるくるしたおもしろいストローが2本ついている。

「そんでもってこれは二人で一つなのか?」
「どうやらそのようで」
「……俺、飲まなきゃ駄目か?」

 すっげぇ嫌そうな顔で言う土方さん。だけどもちろん俺はにんまりと笑顔で頷いて、飲んでくだせェって言った。たしかにこれはちょっと恥ずかしいけど、恥ずかしそうにしながらちょっと不機嫌に眉を寄せる土方さんがおもしろいから俺としては大満足だ。
 味はたぶんミックスジュースの類だと思うんだけど、この色だから本当のところはよくわからなかった。


 腹ごしらえも済んだので、俺たちは次に何に乗るかの相談を始めた。俺はお化け屋敷で土方さんはジェットコースター。こう言っちゃなんだがお互いの魂胆が見え見えだ。
 結局どちらも譲らないから正々堂々ジャンケンで勝負して、俺が勝ったのでお化け屋敷に行くことになった。

 土方さんはなんでお化けが嫌いなのか知んないけど、こんなにおもしろい仕掛けばかりなのにずっとびくびくしてた。仕方ないからずっと手ぇ繋いであげて、なんか俺ってば子供連れのお母さんみたいじゃん? って思った。こんなでっかい子供いんねぇけどさ。
 たぶん俺たちは周りの人間からくすくす笑われてたんじゃないかと思う。お化け屋敷なのに楽しそうな笑い声が俺たちの周りだけいっつも聞こえてたから。

 ここまではよかったんだけど、お化け屋敷から無事に生還(土方さん曰く)して元気になった土方さんは俺を抱えてジェットコースターに連行しやがった。ひっでぇさいてー。しかも嫌がって暴れる俺を係員と一緒に押さえつけんの。これだけは俺が怖いの知ってるくせに。
 ジェットコースターは俺のトラウマをギザ刃のナイフでぐりぐり抉るかのごとくで、このときばかりは本気で降りたら土方さん斬ろうかと思った。

 そんなわけで俺はすっかり不機嫌でぶーたれちまって、そのあとしばらくベンチで土方さんがいろいろ食べさせてくれた。お土産やさんの値段が高くて量が少ないクッキーがおいしかった。これコンビニでも売ったらいいのに。
 こんなところで時間の無駄遣いしてんのもだんだん馬鹿らしくなってきて、俺は仲直りのしるしにクッキーを一枚土方さんにあげた。土方さんもこれは気に入ったみたい。

 それから俺たちはいちいち考えるのも面倒になってきたから目に付いたものから順に、まだ乗ってないアトラクションをこなしていった。休日だったらこんなことたぶんできなかったと思う。今日が平日でよかった。

 そして日が沈みかけたころ、ようやく残すは観覧車のみになった。

「とうとう最後ですね」
「そうだな。これ乗ったら帰るか」
「……はい」

 あんまり遅くなるとみんなが心配するし、はじめから夕方になったら帰るって決めてたんだけど、やっぱりこれでもうおしまいだって思うとちょっと寂しい。だってこれが俺たちの最初で最後のデートだから。

 このときだけは俺はいつまで経っても順番がまわってこなければいいって思ったんだけど、平日だからすぐに俺たちの番はまわってきてしまった。
 土方さんが先に乗って、手を差し伸べて俺を後から乗せてくれる。

 観覧車は思ってたより小さくて、二人で斜めに向かい合って座ってもなんだかすごく近かった。それを狙って造ってるのかもしれない。だってこれ、ちゅーするための乗り物だし。
 外の景色がゆっくりと高く遠くなっていく。夕日に照らされて、町中が緋色に染まっていた。

「屯所ってどっちの方向ですかね」
「えーっと、あっちか? でも遠いからたぶん見えないだろ」
「そーなんですか。一度上から見てみたかったんだけどなぁ」

 それっきりぷつんと会話は途切れ、俺は外ばかり見ていた。土方さんの言うとおり屯所は見えなかったけど、待ち合わせに使った噴水とか、土方さんの服を買った店の辺りとか、あとは遊園地のいろんなアトラクションが見えた。

 そういうの全部目を凝らして見下ろして、もうすぐこの世界から俺はいなくなっちゃうんだなって思った。
 でもきっと俺がいなくなってもここから見える景色は何も変わんなくて、この観覧車には今までどおりいろんな人が乗って、今俺が見てるのと同じ景色を見るだろう。
 俺一人がいなくても、この世界はちゃんと正常に回っていける。でもそれでも、俺がいなくなったという事実だけは絶対に変わらないんだ。

 俺はきっともう二度とこの景色を見ることはないし、土方さんとデートすることもない。屯所からも俺はいなくなる。そのことを、いつか俺はこの人にも言わなくちゃいけない。そしたらこの人はどんな顔をするだろう。俺はどんな顔をして言うのだろう。

「なあ、総悟」
「はい?」

 どうしても振り向けなくて、俺は外の風景に夢中になってる振りをした。なんか変なこと考えてたから、今土方さんの顔見たら泣いちまいそうな気がした。

「何があったんだよ?」

 静かな、静かな声。強く問い詰めるのでなく、ただ語りかけるだけの。俺はいつだってこの声に弱いんだ。

「別に、何もないですぜ」

 絞り出したせいで声が掠れていて、あんまり説得力がなかった。
 でも今は本当のこと言いたくないから、まだ俺は今のままでいたいから、この嘘を吐き通さなくちゃならないんだ。

「じゃあなんで突然デートなんて言い出したんだ?」
「そんなのただの気まぐれでさァ」

 最初は本当に、思いつきの気まぐれだった。一度くらいしてみたいかなって程度の軽い気持ちで始めたデートだった。でもいつの間にか俺はすっごいマジになっていて、俺ン中でこのデートは大きな意味を持つようになっていた。

 窓に映った土方さんの腕が俺の肩に伸びる。大して強くもない力で掴まれただけなのに、俺はこの人のほうを振り向かずにはいられなかった。ひょっとしたら俺という存在はそういう風に作られているのかもしれない。
 そのまま引っ張られてすとんと土方さんの膝の上、両の腕に抱きすくめられる。今日買ってばかりの服は全然煙草の匂いがしなくて、なんだかすごい違和感だった。

「なんでもないなら、あんま泣きそうな顔すんなよ」

 声が上から降ってくる。抱きしめるたびにいつもするように、土方さんは俺の髪を優しく手で梳いた。それがあまりにも気持ちよくて、土方さんの体温がすごく心地よくて、俺はこのとき初めて、まだ死にたくないって思った。

 そうだよ。考えてみたら俺死んじゃ駄目じゃん。だって俺が死んだらこの人どうやって生きてくの。俺の思い上がりでもなんでもなく、俺なしでこの人が生きてけるわけがない。これはたぶん紛れもない真実。
 そもそもこんな女たらしでエロくてその割には仕事命で、こんな人に付き合ってあげられるのたぶん俺くらいしかいない。だってこの人付き合った女は数知れずだけど、振られた女の数も同じかそれ以上だから。

 俺はここで、やっと顔を上げてまっすぐ土方さんを見ることができた。それから笑って、一つだけおねだりをした。

「本当に、なんでもないですから。それよりさ、今日はすっげー楽しかったから、また二人でデートしましょうぜ」

 これを最初で最後になんかさせない。難しくて俺にはよくわかんないけど、変な名前の病気なんか給料全部つぎ込んででも治してやる。あんたのためだけに。

「いいぜ。次はいつがいい?」
「来年の今日。それまで俺たちが平和にしていられたら、そのご褒美に」
「そんな先でいいのかよ」
「へい。だって誕生日も正月もクリスマスも、年に一度だから楽しいんでしょう?」
「そうだな。じゃあ約束な。帰ったらカレンダーにでも丸しとけ」

 ちょうど俺たちを乗せたゴンドラは一番天辺に登ったところで、夕日に照らされて燃えるように赤い空と町を視界の隅にとどめ、俺たちはキスをした。今日はあんまり吸ってないせいか珍しく煙草の味はしなくて、そのかわりクッキーの甘い味がした。



 予告通り、俺たちの初デートはこれでおしまい。
 預けていた荷物を受け取って、ゲートの前で俺たちは別れの挨拶をした。

「今日はお疲れ様でした」
「ばーか。デートじゃこういうときは『今日は楽しかったです』って言うのが定番なんだよ」
「そうなんですか。じゃあ、『きょーはたのしかったです』」

 言われたとおりの台詞をできるだけそのまんま返して俺は、土方さんにもう一つの定番のほうを持ち出した。

「ところで土方さん、俺の言ってた定番のほうは覚えてますかィ?」
「げ。マジで? おい、まさかここですんのか?」

 やっぱ嫌そうな顔。こういう恥ずかしいことを嫌う人なのだ。でも俺はそういう土方さんの嫌がる顔を見るのが大好きで、この上もなく楽しくて仕方ないから、全身で嫌々オーラを放つ土方さんにせがむのだった。

「だって土方さん、朝も『ううん今来たとこ』って言ってくんなかったじゃないですか」
「そりゃ会話の流れでだなぁ」
「つーかしろ。しなきゃ斬りやす」
「はぁ!?」

 といっても今日は大した武器持ってきてないけど。脇差と小銃くらいか。
 土方さんは周囲を気にして挙動不審にきょろきょろと辺りを見回して、そして最後に俺を見た。ここで目を逸らしちゃ負けだと思い、俺も負けじと見つめ返す。
 それで結局最後に折れたのは土方さんで、俺はどうやら勝ったらしい。

「ったく、しょうがねぇな。目ぇ瞑ってろよ。開けんなよ」
「へーい」

 もうちょっと照れる土方さんの顔を見てたかったけど、やっぱりここは閉じるべきだろうと思って俺はそっと目を閉じた。言い出しておいてなんだけど、こういう人がいっぱいいるところで堂々とすんのって初めてで、ちょっとどきどきする。

 少し間があって、土方さんの手が俺の頬と耳の間に髪の隙間を縫うように差し込まれた。もう片方の手で顎を上に引かれ、やがて唇にぬくもりが降って来る。

 いつも自分からするときは舌絡めたやらしー感じのしかしてこないのに、今日はたぶん土方さんからは初めてのお子様ちゅー。俺からはよくするんだけど、土方さんからされるお子様ちゅーはなんかくすぐったい感じがした。
 それから長い間俺たちはそうしていて、息苦しくなりそうな辺りで土方さんが離してくれた。

「……これで満足かよ」
「はい」

 これで本当にデートはおしまい。続きはきっとまた来年。
 俺は一度振り返って土方さんに手を振って、ぎょっとした。うちの隊服が歩いてんの見つけちゃったから。しかもあれは山崎だ。見つかったらいろいろ面倒になるんでせめて俺だけでも逃げとこうと、俺は急いで人混みを駆け抜けた。

 そうやってたくさん走って、息苦しくなって遊園地も土方さんもずいぶん遠くなったところで俺はやっと足を止めた。
 少し息を整えようとそのへんの塀に身を持たせ、ポケットに突っ込んだ携帯電話を取り出して昨日聞いてきた番号を呼び出す。しかも本人直通の特別のやつ。俺があまりにも馬鹿で心配だからってくれたんだ。いい人だ。

「もしもし、先生? 俺です沖田です。俺の病気の話、もう一度よく知りたいんですけど近いうちに伺ってもいいですかィ? ええ、非合法の薬のモルモットだろうがなんだろうが喜んでやらせていただきやす」

 用件を伝えて予約を入れて、俺はのんびり歩き出した。大きな紙袋が揺れて、沈んだ夕日が緋色を持ち去ってしまった空には薄闇がたゆたっている。

 この道はひょっとしたらすぐ先で行き止まりになってるのかもしれない。
 でもそれでも俺は行けるとこまで歩いて行きたいって思うから、そんな可能性は考えない。だから俺は難しい話もがんばって理解して、難しい病気を斬らなくちゃいけねぇんだ。


 だから、このことはもうちょっと秘密のまま。
 来年の今日、観覧車の中でこっそり教える日まで。




 書いててあまりの甘さにうちの沖田は土方さん大好きなんだなーと思いました。洋服デートなのはわたしの趣味なのですがこの世界に洋服って公務員用以外に存在するのだろうか。

sideA

06/02/20