声が聞こえる 1 刀を力いっぱい横に振り抜くと、派手に赤い華が散って胴体が真っ二つになった。断末魔の悲鳴が狭い室内で不快なまでに反響する。 本日晴天。体調最悪。ところにより血の雨が降るでしょう。 「……っくそ、てめぇら、俺に何したんでィ!」 気持ちが悪い。吐き気がする。今にも意識を手放してしまいそうで強く唇を噛んだ。呼吸すらもうまくできず肩を大きく上下させ、がむしゃらに本能の命じるままに刀を振るう。 一体今、自分の体に何が起きているのか。考えごとでもしていれば少しは気が紛れるかと思い沖田はこれまでの経緯を頭の中で繰り返した。それに殺すだけなら何も考えずに動いた方が効率もいい。 今日は確かに途中まではなんてことのない日常だったはずだ。珍しく丸一日オフですることもなく、昼寝は午後に太陽が一番高いところに来た頃にしようと決めていたのでそれまで外をすることもなくぶらぶら散歩していた。そうしたら怪しい連中を発見し、暇潰しに後をつけていった。 今にして思えばそれは沖田を誘き出すための罠だったのかもしれない。廃ビルの中に入ったところで突然連中は振り向いて、攻撃を仕掛けてきた。飛んできた変な玉をなぎ払った途端閃光に包まれて、光が失せると同時に体がおかしくなった。たぶん神経を麻痺させる類の毒でも食らったのではないかと思う。 何はともあれそういうわけで、現在微妙にピンチである。 怪しい奴は生かして捕らえろ。そう土方に言われているのにこの体調では手加減をする余裕がない。おまけに人数が死体をあわせても明らかに減っている。いつの間にか何人か逃げてしまったらしい。 ああ困った。土方さんに怒られる。 いつの間にか静かになった室内に一人ぼっちで立ち尽くし、沖田は憂いた。 もしここに誰かがいたならば、その発想はずれていると指摘したことだろう。しかし沖田にとってくどくどと何時間も説教を聞かされることや始末書を書かされることは、たった今まで晒されていた命の危機よりも重大な問題なのだ。 それにこんなギリギリの勝ち方をすれば絶対にあの人たちは心配する。生きていることを喜べばいいのに、それだけじゃ済まないんだ。かわいそうなほどに優しすぎる愛しい人たちは。 「あーあ……失敗したなァ」 さてどうやって謝ろうか。ない頭を絞って案を考えながら携帯を取り出した。とりあえず連絡をして迎えが来るまでにゆっくり考えよう。そう思い、一番最近にかけた番号にリダイアルする。もちろんそれが恐怖の鬼副長様に通じる番号だということはわかっていたが、アドレス帳から他の人の番号を呼び出すのも億劫だった。 携帯を耳に当て、コール音を3回聞く。3回目が鳴り終わったところで繋がったらしい。コール音が止んで向こう側の空気が流れる音を聞いた気がしたが、そこで限界が来た。 ついに立っていられなくなった身体が血の海に没する。携帯もその辺に転がって、沖田共々仲良く死体たちと並んだ。 静まり返った室内に、携帯から聞こえる声が弱く反響している。 少年は途方に暮れていた。 困ったことその一。ここがどこだかわからない。 窓という窓は割られ天井には蜘蛛の巣が張っている。家具と呼べるものは隅の掃除用具入れくらいしかなく、どう考えても人の住める環境ではない。しかし何故か自分はここで寝ていたのだ。 寝ていたのは幸か不幸か少年一人だけではなかった。しかしその人数は定かではない。なぜなら他の人々は首やら胴やらいろんなパーツに分断されていたり千切れかけたりしていて、どのまとまりで一人の勘定になるのかパズルを解かないとならなかった。 困ったことその二。自分が誰だかわからない。 とりあえず暇なので適当に立ててみた仮説は二つ。仮説A、実は自分は既に死んでいてこの人たちのどれかが本体。仮説B、実は自分は趣味が人体パズル作成のちょっとイっちゃった人である。 「……どっちも嫌だなァ」 少年は呑気に呟いた。そしてもう少しまともな仮説を考えようとして、自分に関して小さな発見をする。たぶん自分は馬鹿なのだと。 そうしてぼんやりとして、どれくらいの時間が流れただろうか。少年は、人の声を耳にしてふと黒い沼から顔を上げた。 「目撃証言はこの辺だな?」 「はい。他にも何人かよくない感じの連中の情報が入っています」 「……ったく、仕事増やしやがって。いい年してかくれんぼかあの野郎」 声はちょうど二人分だ。話からして誰かを探しているらしい。 もしかしたら仮設Bは正解で、ここに巣食う殺人鬼を捕まえに来たのだろうか。よくはわからないが本能的に危機を察知し、少年は慌てて立ち上がってどこか逃げ道を探した。 部屋の出口は一つ。これは駄目だ。逆に連中と鉢合わせしてしまう可能性がある。残るは窓だが、下を覗き込んでみると飛び降りるにはいろいろ覚悟がいりそうな高さだ。もしも仮説Aが正しいのなら楽勝だろうが、そうなるとそもそも逃げる必要すらない。 そして最後に見つけたのは、部屋の隅に置かれた掃除用具入れだった。その頃には二つの声はずいぶん近くまで来ていて、部屋の血の臭いを嗅ぎ付け早足で真っ直ぐこちらに近づいて来ている。 少年は大急ぎで掃除用具入れを開け、中身のないことにホッとしてするりと体を滑り込ませた。焦りながらも音だけは立てないように細心の注意を払って戸を閉める。ふっと光が遮断されて薄暗くなり、それでも光と一緒に血の匂いまでは遮断されず、入るなり狭いし臭いしもう早く出たくなった。 「こっちだ山崎。心の準備してから来い」 「はい! ……うわぁ、吐いて来ていいですかちょっと」 「現場汚すんじゃねぇ。よそで吐いて来いせめて」 「ふぁい……うぷっ」 足音が一つ、ふらふらと遠ざかる。その気持ちはわからなくもないがそんな臭いと一緒にこんな狭いところに閉じ込められても耐えている身としてはもっと根性入れろよと思わなくもない。 ぱちゃり。水が跳ねる音。おそらくはもう一つの足音の主が部屋の中に踏み込んだのだろう。 「……殺しすぎだっつの」 舌打ちと共に吐き捨てられた言葉は誰に向けてのものなのかわからない。あのたくさんの死体を作った犯人を男は知っているのだろうか。その足音は、確実に少年の入った掃除用具入れに近づいていた。そしてついに、掃除用具入れの前でぴたりと止まる。 「で、何をしているのかな総悟君」 総悟。それが殺人鬼の名前だろうか。少年はその名に心当たりがなかった。もしかしたら人違いをされているのかもしれないと考える。 まあ何はともあれ、今はいない振りだ。こんな死体のワンダーランドで見つかったとなれば容疑者にされかねない。実際犯人なのかもしれないが、覚えのない罪で逮捕されるのはごめんだ。 「おーい。観念して出て来いや。お兄さん忙しいんだよこう見えて。たった今仕事が増えちゃったからね」 いませんよ。ここには箒とちり取りしか入っていませんよ。 「……なあ、出て来いって。袴の裾が挟まって外に飛び出てんぞ」 「あ」 言われてようやく気がついて、思わず声が漏れてしまった。それと同時に外から呆れたような溜息が聞こえて徐に戸が開かれた。 「うわっ」 狭いところに無理やり入っていたのが突然支えを失って、掃除用具入れの外に放り出される。血溜まりの中に派手にダイブして、ただでさえ汚かった体が一層汚くなった。もう嫌だ風呂入って寝たい。 「……お前さ、マジで何してたわけ?」 上から振ってきた声に顔を上げる。てっきりヤクザ面の男と出会うかと思ったのに、そこにいたのは想像とまるで違って色男で驚いた。女の敵の代名詞みたいな面をしている。 「あんた、もしかして俺のこと知ってんの?」 お前、という呼び方が馴れ馴れしい響きをしていたので試しに聞いてみた。どうせ見つかってしまったのだし、後はなるようになれだ。 とはいえ普通、知り合いにせよそうでないにせよそんなことを尋ねられるとはまさか思いもしないのだろう。案の定、男は怪訝そうにしかめ面を作った。 と、そこに外で吐いていたと思われるもう一人が戻って来た。しかし相変わらず部屋には入りたくないのか、入り口からこちらに声を投げかけてくる。 「あ、沖田さん! 見つかりましたね副長」 おきたさん。今、確かにそう呼ばれた。やはり彼らは自分と知り合いだったらしい。 「俺、おきたさん? おきが姓でたさんが名前?」 たさんって、ちょっと格好悪くて嫌だな。どうせ覚えていないのだしいっそ改名しようかな。そんなことを思いながら確認として尋ねてみると、色男の方が眉間に皺を寄せた。 「何言ってんのお前」 「何も覚えてないんでさァ。起きたらここにいやした」 正直に告げると眉間の皺がますますひどくなった。ものすごく不機嫌そうで、色男が台無しだ。 探るように睨むように不躾な視線を寄越すのを、答えを待って真っ向から見つめ返した。知り合いであるらしいのに、どんなに目を凝らして見ても少年はその男に関する情報を何一つとして自分の中から取り出すことができない。 「……自分のことで何かわかるのは?」 「性別はたぶん男かなと」 「俺と、あいつのことは?」 「知りやせん」 「他には?」 「何も」 一つ問いを重ねるごとに不機嫌さが募っていくようだった。もうそれは不機嫌というよりも怒りといったほうが近い。何かいけないことをしただろうかと、少年はだんだん不安になってきた。 「つまり何も覚えていないと、そういうことだな」 「はい。……っうぐ」 頷いた途端、力任せに胸倉を掴み上げられた。びっくりして抵抗しようとするが、力の差がありすぎるのかびくともしない。すぐ近くにある顔は、怒りに満ち満ちていた。 「はいって、それで済むと思ってんのか馬鹿野郎! いつもあれだけ単独行動は控えろっつってんだろが! しかも忘れただぁ? ざっけんな、俺とお前の時間はそんな安いもんだったのかよ!」 「ちょ、やめてください副長! 落ち着いて!」 「うるせぇ山崎、死にたくなけりゃ引っ込んでろ!」 もう一人の方が慌てて、ちょっとおっかなびっくり部屋に入ってきて止めに入る。しかし男はまるで聞く耳を持たず少年の胸倉を掴み上げたまま離そうとしなかった。 苦しい、と思うよりもむしろ怖かった。男が怒っているという事実そのものに本能が恐怖しているように感じた。怖いから逃げたいと思うのに、体がいうことを聞いてくれない。蛇に睨まれた蛙というのはこういうことをいうのだろうかと思った。 「怯えてますよ沖田さん。それに、好きで忘れたわけじゃないでしょう!?」 「……ちっ」 舌打ちと共に少年はようやく解放された。軽く噎せながら血溜りの中を這いずって男の手の届かないところへ逃げる。そんな少年を見て男が一瞬だけ傷ついた顔をしたように見えたのは少年の気のせいだろうか。 「山崎、医者呼んでくれ。それから近藤さんに連絡。現場処理は任せた」 「はい。えっと、副長は?」 「こいつ連れて帰る。医者もそっちに寄越してくれ」 「了解しました」 男と少年にそれぞれ一礼して、もう一人の方は外へ出て行った。できたらあの人に連れ帰ってもらいたかったと思ったが、怖いので口には出さないでおく。 「立てるか?」 気まずそうに差し出された手をどうしようかと見つめて思案した。すると間を置いてから「悪かった」と謝罪の言葉が投げかけられて、少しだけ警戒を解く。 「もういじめない?」 「しねぇよ」 今度は少年が男を探るように見つめた。確かにその顔はもう怖くはない。そのかわり、ひどく疲れたような泣きそうなそんな表情をしていた。 それでもまだ信用はしていなかったがこの手を掴まないことには話が進みそうになかったので仕方なく、本当は一人でも立てたけど仲直りの印に手を借りてあげた。その手はさっき少年を掴んだせいで同じように赤く黒く汚れていて、こちらは元より血塗れなのでひどくぬるついた感触がした。 「怪我は?」 「平気。あんま痛くない」 「そうか」 今し方触れてばかりの手が頬に伸びてくる。長い指先でなぞられると小さな熱が走ってきゅっと目を瞑る。どうやら切れていたらしい。 「帰ったら手当てしような。いや、その前に湯が先か」 こちらが痛がっているのを見るとすぐに手を離し、そう言った。ついでに濡れていては冷えるだろうと上着まで脱いで貸してくれる。それはまるでさっきまでの怖い人とは別人のようで少年は不思議に思った。しかし何故かそれと同時に、頭の中に確信めいた一つの答えが浮かんできた。 「もしかして、あんたは俺を心配してたの」 頭の中に浮かんだことをそのまま口に出してみる。 あんなにピリピリしていて、何も覚えていないといったらひどく怒ったのは心配していたからで、掃除用具入れをなかなか開けなかったのも本当は最悪の事態を想定して開けられなかったのではないのか。本当は推測ではなく、少年は知っていたのだ。なぜだかわからないけれど。 「めちゃくちゃしたよ。この部屋見た時、心臓止まるかと思った」 尋ねたら、男は初めて少しだけ笑ってくれた。その笑い顔が気に入って、少年は完全に警戒を解いて問いを重ねてみる。 「ねぇ、俺は誰? あんたとどういう関係?」 「帰ったら話してやるよ」 曖昧にはぐらかして男は部屋の外へ向かって歩き出した。少年も少し後を遅れてついていく。 数歩分開いた距離に、少しだけ既視感を覚えた。 続 07/06/26 |