ネバーランド 4 沖田の怪我はそれなりに深くて、もしかしたら跡が残るかもしれないということだった。 それでも今後、刀を振るうのに支障をきたすようなことはないそうだから構わなかった。大事なのはそこなのだ。刀を手放すようなことにさえならなければ、それでいい。ちゃんとここにいられるのなら。 なのに周りの大人たちの反応は違って、泣いた。自分たちが同じ立場になったら勲章だと笑って褒め称えるくせにこの差はなんだろう。そう密かにむくれていたら、お前は女なんだから仕方ない諦めろと土方に諭された。みんな自分のことを心配してくれてのことだというのは沖田にも十分すぎるくらい理解できたので、仕様がないから許してあげることにする。 そうして数日後、沖田の周りの愛すべき大人たちは執念で沖田を襲った人斬りのバックを突き止め、ぶっ潰したのだった。といっても詳しいことは知らない。怪我が完治するまで外出禁止令を言い渡されて留守番させられていたから。 もちろんそんな横暴なことをしたのは鬼の副長様である。外出禁止どころか稽古すら禁止して、常に監察を見張り(土方曰く、子守り)につけている。腹が立ったので買い置きの煙草を全部捨ててやった。ザマミロ。 それでも皆に心配をかけてしまったことと、一番隊隊長としてふさわしくない勝ち方をしてしまったことは沖田なりに反省しているのだ。だからこそ沖田は今日まで大人しくいい子にに言いつけを守っていた。暇潰しに数々の悪事は働いたけど。 そして十日目、ついに沖田は脱走したのだった。短くなった髪を秋の冷たい風にそよがせて。 「よーろずーやさんっ、あっそびましょーっ!」 やってきたのはお馴染みの万事屋だった。 いつものようにインターホンを鳴らして呼んでみるとすぐに引き戸が開いた。ありえないものを見るような目で沖田を見下ろす。失礼な。 「何してんだよ……怪我したんじゃねえのお前」 「うん。なんで知ってんの?」 「なんかまあ、いろいろあって。……嫌がらせ的なのが」 「?」 銀時の話によると沖田の怪我の件で土方と近藤が怒鳴り込んできたらしい。おまけにそれ以来どこに原チャリを止めても駐禁とられるわ歩いているだけで職質されるわ半強制的な任意同行させられるわ、知らないうちに指名手配犯扱いだわ、とにかく非常に大変らしい。全然知らなかった。そんなおもしろそうな事態になっていたなんて。 「つーわけでだな、どうせ抜け出してきたんだろうが俺はこれ以上苛められる要素増やしたくないんで帰れ。そんでもって駐禁にかかったお金返してください」 「うん、やだ」 「即答ゥゥゥ!?」 だってこのままでは退屈に殺されてしまいそうなのだ。確かに怪我は完治していないがそっちの方が大問題だ。 それにどうしても確かめたいことがあって、この十日間早くこうして会いに来たいと思っていたのだ。あるいはもうずっと前から、沖田は一つのことが知りたくてたまらないでいる。 「万事屋さん、勝負しよう」 「ショーブ? やだよメンドくせー」 「どっちが強いかはっきりさせよう」 それがわざわざ脱走までしてやってきた沖田の用事だった。 もう長いこと時が経つから、いい加減はっきりさせなくてはいけないと思うのだ。それにその先には何か新しいものが待っているような予感がする。そう、たとえば雪が溶けて新しい季節がはじまるような。 沖田がそう真剣な目でお願いすると、銀時は困ったように頭を掻いた。しかしやがて根負けして、はあと息を吐く。ちょっと待ってろと言い残して一度奥へ消え、戻ったときには木刀を二本引っ提げていた。 「これ新八の。こっちのが真剣より軽いからいいだろ」 渡されたそれは確かに沖田の刀より軽くて振りやすそうだった。実はちゃんと肩が動いてくれるかどうか少し心配だったのだがこれなら大丈夫そうだ。 「これ、振っても折れたりしない?」 「しねぇよ。必要ねえだろ、今回は」 それもそうだ。近藤との決闘の時とは違い今回は何も賭けてはいないのだから。 「そのかわり帰ったら俺への嫌がらせやめるよう野郎どもに言っとけよ。あと哀れな一般市民から巻き上げた金返せ。利子付きで」 「うん、伝えとく。利子はおそらくつかないと思うけど」 そうして二人がやって来たのは、前に銀時と近藤が決闘したという橋の下だった。 沖田はその決闘を直接見てはいないのだが、自分は今近藤が立っていた舞台に立っているのかと思うと不思議な心地がした。ここで近藤が負け、その仇を取ろうとした土方もこの男に返り討ちにされたのだ。今度はついに、自分の番だ。負けはしない。勝って、二人に自慢する。 「真剣勝負だからね。手抜きはなしだよ」 「わーってるよ。でもお前、無茶すんなよ。文句言われんの何故か俺なんだからな」 「善処はする」 二人とも、構える。互いに思考が切り替わり無駄口は消え失せた。橋の上から興味深そうに見下ろす野次馬の視線や気配にも乱されることはない。とても静かで、震えるような空気だった。とても心地いい。 互いに間合いに入る隙を窺い、じりじりと距離を詰める。先に攻撃を仕掛けたのは沖田だった。 大きく踏み込み、刀身を前に突き出す。銀時はそれを受けることなく横に逸れ、沖田はそれを追うように並んだところで刀を片手に持ち替えて横に薙いだ。 手ごたえはあった。ただし、木刀の。 かち合った眼は同じように驚いていた。手に取るようにわかる。互いに今の一撃で決まると思っていたのだ。沖田は薙いだ不意打ちで、銀時ははじめの突きをかわしてのカウンターで、それぞれ決めるつもりだった。 おもしろい。二人して剣士の眼をして笑う。 銀時が刀を押したのに合わせて沖田は後ろに飛んだ。怪我のことを抜きにしても、女である沖田が押し合いをして勝てる見込みはないのだ。 もう一度間合いをとって立て直そうという甘ったれた考えは読まれていたらしい。沖田と距離をあけることなくついてきて、銀時は左下から右上へ刀を振り抜こうとした。 普通ならこの手の攻撃は自分の刀が上になる形で受け止める。流れからして当然の形だし、そちらの方が力をこめやすく有利だからだ。しかし沖田は体の小ささを利用してあえて銀時の刀の下に身を沈め、天へ向けて刃を弾いた。 結果的に沖田は銀時の懐に入ったことになる。そのまま一発いれてしまえばこちらの勝ちだ。今度こそ決まったと確信し、刀を握る手に力を込める。 しかし次の瞬間、沖田は地面へと沈んでいた。 「え――?」 頭に慣れた手の感触があった。視界いっぱいに大地に生えた雑草と黒い影が映る。 不意の重さに耐えかね両膝をつく。背後で軽いトンという音がして、ようやく何が起こったのか理解した。銀時は沖田の頭に手をついて跳び箱の要領で後ろに飛んだのだ。トンはつまり着地音。そうなると自分は今、背中をとられているわけで。 「……っ!」 間に合うか。腰を捻り、片手で刀を背後へ振るう。 ――――。 ややあって、世界に音が戻ってきた。白髪の男と小娘の戦いに橋の上から歓声や口笛が振ってくる。それと少しだけ小銭も。 首の脇には木製の刃があたっていた。沖田の刀はほんの僅か、間に合わなかったのだ。 「……参りました」 沖田の敗北宣言を合図に二人は刀を収めた。 顔を見合わせてどちらともなく笑い出す。負けたとはいえものすごく楽しい戦いだった。沖田は木刀を投げ出して地面にごろんと仰向けになる。見えるのは橋の上の観衆と、青空。 「あーあ。やっぱ敵わないかー」 「んなことねーよ。最後のあれ、怪我がなきゃ間に合ってたんじゃねえの。つか反応してくるかァ普通」 銀時も沖田の隣に腰を下ろし、自分の脇腹をさすった。たぶん沖田を転ばせた時にこちらの攻撃が浅く入っていたのだろう。 「たとえ間に合ったとしてもあの体勢じゃあ後が続かないよ。ていうかまさかあそこで人を跳び箱にするとは思わなかった」 「小柄なのを武器にするのはいいけどよぉ、あれは考えた方がいいんじゃね? 実践なら跳び箱じゃなくて柄で殴り飛ばしてたぜ」 「あー、そっかー」 帰ったら早速対策を練ろう。そう思ったら負けたくせにわくわくしてきた。もっと腕を磨いて次こそは勝つのだ。天下の真選組が一般人に三人抜きされたままでいいはずがない。これは真選組最強である沖田の仕事なのだ。そしていつか胸を張って、二人に仇はとってやったと自慢するのだ。 「で、納得したのか」 「うん」 こちらを見下ろす銀時に沖田は満面の笑みを返した。 知りたかった答えは手に入れることができた。一度手合わせして実力の距離がわかったのでもう満足だ。もちろん勝負を諦めたわけではないが、好奇心は十分に満たされたから。 そしてこれが沖田の中にあった特別な好きの一つの正体だった。自分より圧倒的に強い者への憧れと、好奇心。 じゃあ、もう一つの正体はなんだろう? 「なあ、約束覚えてる?」 突然銀時はからかうような口調で言った。それが何のことだったかすぐには思い出せなくて、この前のと言われてようやく思い当たった。答えをみつけたら一番に教えると約束したのだ。 「ごめん、やっぱあれなしにして」 約束を破るのはいけないことだから少し悩んだけれど、やっぱりこれは譲れないと思った。じゃないと一生、後悔するかもしれない。 「あたしが一番に教えたいのは万事屋さんじゃなかったから」 いつだって頭の中にあるのも、困ったとき一番に助けを求めるのも、何かをほしいと思うのも、みんな別のたった一人の人なのだ。銀時に勝ちたいと思ったのだって、思えばあの人が負けたことが発端だった。近藤一人だけだったなら、仇を取るのは沖田よりまず先にそれをすべき人がいたから。 「じゃあ今度かわりになんか奢りな」 「たっ」 でこぴんされた。両手で額を押さえて恨めしげに見上げたら変な顔とおかしそうに笑われる。仕方がないから沖田も笑う。それくらいで許されるなら安いものだった。本当に、この人にはたくさん世話になってしまっている。 「んじゃ用も済んだし帰るとすっか。送ってくから俺」 「え、いいよー別に」 「馬鹿、これでまた万が一お前に何かあったら苛められるのは俺なんだよ。破産するからうち」 そう、心底忌々しそうに言う。銀時が木刀を二人分持って立ち上がったので沖田もその後に続いた。ちゃっかり降ってきた小銭を拾って大事そうにしまい、ふと思い出したように沖田を振り返る。 「そういやお前、その髪ちょっと歪じゃね? 直してやろうか俺」 「ううん、これはいいの。気に入ってるから」 そっかと味気ない返事を一つして、髪についた葉を一つ取り除いてくれる。自分でも汚れていないかパタパタと手で払って、それから屯所を目指して二人で出発した。 銀時はそれ以上何も聞かなかったが、たぶん全てわかっていたのではないかと一人で勝手に思う。沖田にとって銀時はいつか倒すべき壁であり、よき相談者であり、もう一人の兄のようであり、全てを見通す目を持った魔法使いでもあった。これもやっぱり、一つの「好き」の形なのだと思う。 「ねえ万事屋さん。これからもあたしと遊んでね」 「やだよ。お前うるせーんだもん」 それでも沖田はこの先も、この関係が続いてほしいと思う。 半ば予想していたとおり、屯所の入り口には怖い門番が怖い顔をして立っていた。しかも相当不機嫌なのが。 「ええと……ただいま?」 「ただいまじゃねえんだよアホ娘!」 べしっと頭をいい音させて叩かれる。もしかして今までずっとここで待っていたのだろうか。足元に吸殻が集落を築いている。一体誰が掃除させられるんだろう。山崎だろうか。 「お前なんで外出禁止令が出てるかわかってんのか? 俺がその説明にどれだけの時間と労力を割いたと思って」 「うん、ごめんなさい」 いけないことをした自覚はあったので沖田は素直に謝った。土方にはそれが意外だったのか少し驚いて、それから吊り上がっていた眉がはあと溜息一つ零していつもの場所に戻る。これお説教の強制終了の手段に加えておこうとこっそり思った。負けるが勝ちってたぶんこういうことをいうのだ。一つ利口になった。 「お前さあ、そんなにソレに会いたきゃうちに呼んでいいから、頼むからせめて怪我が治るまでくらい目の届くとこにいてくれ……胃にくるからマジで」 そう、疲れきったように土方が言うので沖田はあれと首を傾げた。なぜなら沖田は用があって会いに行っただけなのだ。今までだって土方が忙しそうにしていて構ってくれないから散歩の中継地点にしていただけで、わざわざ呼び寄せてまで会いたいというわけではない。 そこまで考えて沖田はようやく思い出した。そもそも自分に誤解を植えつけたのはこの馬鹿野郎だったのだ。それなら今度は自分が土方の間違いを正してあげなくてはいけない。 「あのね、土方さん。違うんだよ?」 寄っていって、逃げられないようぎゅっと服の裾を掴む。まっすぐに目を見つめて、沖田は沖田のみつけた答えを教えてあげた。 「あたしはね、土方さんと一緒が一番いいの」 「え……」 もしも銀時と土方のどちらか選べと言われたら、はじめから答えは決まっていた。けれどそれが本当に大人たちのいう「好き」ということなのか、沖田はまだわからない。消去法でいくとそういうことになるのかもしれないが、それは沖田の答えではなくただの消去法なのだ。 「だから延長戦しよう、土方さん」 戦うのは土方と銀時ではない。土方と、自分なのだ。好きだというなら、好きだと確信させたいなら、思う存分お得意の策略使ってわからせてくれればいい。これは二人の問題だから、一人で勝手に答えを出して終わりにしてしまうなんて許さない。認めない。 「負けたくないならがんばってね」 にっこりと笑う。見上げた顔は大きく目を見開いたままぴくりとも動かなくて呼吸すらもしているのか怪しくて、どれだけ待っても反応は返ってこない。こいつ立ったまま気絶してんじゃねえのと銀時が後ろで零した。 「ちゅーしたら起きるんじゃね」 「マジでか」 そんなものなのかと思って見つめていたら、突然再起動した。こんな寒いところに立っていたからだろう。トマトのように真っ赤になって、発熱している。あれ風邪ってこんな急なものなんだっけ? 「えっ、や、待て、起きてる! おお起きてるから!」 「根性なしめ……」 「っるせぇ白髪ァァァァ!」 沖田が土方の風邪について考えているうちに喧嘩が始まってしまい、屯所の前はあっという間に大騒ぎになってしまった。熱があるなら休めばいいのに。やっぱり大人の考えることはよくわからない。 でもちゅーはちょっと恥ずかしいかなあ。二人の喧嘩を眺めつつ、沖田は心の中で呟いた。まあもう動いたし必要もないのだけど。 そんなわけでとりあえず、宣戦布告に後ろから飛び蹴りをかましてみた。見事にヒットしてひっくり返る土方に向けてVサイン。銀時がおもしろそうに苦笑して見下ろしている。 「じゃあ今からスタート!」 何はともあれ、二人の関係はここから始まったのだった。 そして後に土方はこうして俺の受難の第二幕は上がったのだと語る。 最初のプロットの原型はもはや銀さんとのバトルしか残っていません。二転三転どころか七転八倒でしたが、今ではそれもいい思い出です。 髪切ったりなんだかもうどこまでも本家初期設定をガン無視で非常に申し訳ない気持ちでいっぱいですが、少しでも楽しんでいただけたならいいなと思います。でなきゃ救われない(笑) 戻 08/11/20 |