一年後のイブ 2


「……たら、わたしと付き合って」

 タラ? 廊下を歩いていたら窓から北風と共に衝撃的な文句が吹き込んできた。びっくりして足を止める。だって魚類だ。海の幸だ。
 壁の向こうの外は木があるだけの何もない空間で、人通りがないせいかよくこうして告白タイムに利用されているらしいとは聞いたことがあった。しかし実際に目撃したのは初めてである。

 タラってなんだろうと気になって抱えているダンボールを持ち直し右へ左へ首を伸ばす。女の方は同じ学年の女だとすぐにわかったが肝心のタラ男の方は手前にある枝が邪魔でよく見えない。海の幸のくせに生意気な。

「おい高杉ー、何してんだよ早くこいって昼休み終わっちまう」

 あともう少しというところで銀八に呼ばれてしまった。業者に頼んでいた冬休みの教材が届いたので、運ぶのを手伝わされているのだ。

 今行くと返事をしてそっちへ向かう。途中窓から微かに届いた了承の声はよく知っているもののような気がした。高杉がこの声の正体を悟ったのは教室に戻ってからのことである。






 全くこの時期はどいつもこいつも浮き足立っていていけない。
 期末テストの終わったあとの授業なんて誰も興味がない。教師すらもがそう考えているらしくどの授業も薄っぺらい。唯一の例外は年中休み前のごときやる気のなさでこれ以上は下を目指しようのない駄目担任の授業くらいだ。

 いや、もう一つ例外があったかと、高杉は正面を見た。コンビニのサンドイッチが机の上にはあるものの、手のつけられる気配はさっきから一向にない。無表情に頬杖をついて、まるで目の前にいる高杉のことも見えていないようだ。

 視線の先には一組のできたてカップルがいる。いつもなら昼休みは他で過ごしているくせに珍しく今日はうちの教室にいた。二つ向かい合って並んだ机の上にはおそろいの機種の色違いの携帯電話が揃えて横たわっている。

「場所変える?」
「いいよ別に。あれのために変えんのも癪でィ」

 びりびりとサンドイッチの袋を破いて大口開けて頬張ったものの全然おいしくなさそうだった。高杉も自分のタラコおにぎりを黙々と口に運ぶ。
 もうこんな気まずい昼休みが続いて結構経つ。テストも全部返ってきて、明日はもうラスボスの通知表が襲ってくる日だ。そしてその翌日からは冬休みが始まるというのに。

「なあ、いいのかこのままで」
「いんじゃね?」

 そんなことを言って、少しもよさそうな顔をしていない。これでも暴れださなくなっただけ大人になったのか臆病になったのか、どちらが正解なのかはよくわからない。

 そもそもどうしてこういうことになったのかは沖田にもわからないらしい。あの日突然メールで絶縁宣言されて、それから何も説明はないらしい。
 沖田の方も意地になって自分から聞こうとしないから、そのまま無駄に時間だけが過ぎていった。そのうちに土方は彼女と一緒に携帯電話を買い換えて、高杉にはアドレス変更の連絡が来たけれど沖田には来なかった。それを知ったときに初めて沖田が傷ついた目をしたのが印象的で、他人事なのに胸が痛んだ。こういうのを同情っていうんだろう、たぶん。

「やっぱタラかなー」
「タラ? つかお前なんで3つともタラコなわけ」
「ああ、マイブーム?」

 とはいえさすがに三つは飽きるので沖田の前に一つ供え物のように置いてみる。かわりにサンドイッチが一切れ差し出され、ありがたく受け取った。沖田の手作り以外なら大歓迎だ。沖田の料理は見た目しか追及されないので破滅的な味がする。あれをおいしいと言って食べられるのはこの世にたった一人だけだ。

「俺じゃ駄目だったのかなァ」

 例のカップルを見て沖田はぽつりと呟いた。そんな風には見えなかったと言ってやっても自分では意味がないのはわかっていたので聞き流す。こうして無言でいると二人がクリスマスの予定を立てる話し声が割り込んできて鬱陶しい。そういえば沖田は今年のクリスマスを誰と過ごすのだろう。それは自分にも言えることなのだけど。

「もう俺で手ェ打っとけば? やめちまえよあんな馬鹿」

 試しに口にしてみたら沖田が目をぱちくりさせた。くれてやったおにぎりを開封する手が止まる。おもしろいので口の端を持ち上げて更に追い討ちをかけてみた。

「クリスマス、予定ないなら俺と遊ばねぇ?」

 がたん、と席を立つ音。待ってと女が慌てたように後を追う。教室を出て行く瞬間こちらに寄越した一瞥は明確な敵意がこもっていて、やっぱタラだと胸の内で一人唱えた。
 そして、沖田にニヤリと笑って見せる。

「よかったじゃん。嫌われたわけじゃないみたいだぜ」
「どうだかなー。何番目かはわかんないぜ」
「でもちょっとすっきりしたろ?」
「そうだな。ちょっとだけ」

 ちょっとだなんて言うけれど、どう見ても喜んでいるようにしか見えなかった。本当にたった一人のことしか見えていない沖田の真っ直ぐさが素直に羨ましい。俺もこれぐらいの可愛げがあればよかったのにと、嘆いてみてももう育ってしまったものはどうしようもなかった。三つ子の魂百までだ。

「ま、あんまクサんなくても長続きしないだろうよ」

 だって魚類だし。確証がないからそれは言わないけれど。
 高杉の言葉にやっと沖田は小さく笑って頷いた。タラコのおにぎりを目一杯口に詰め込んで、飲み下してから続ける。

「あんな野郎に付き合えるのは世界中で俺だけでさァ」
「だろうな。ま。慰めてほしけりゃいつでも俺が相手してやるけど?」
「遠慮しとく。俺はかわりにされるのはごめんでィ」

 からかってやるつもりだったのに。逆にこっちが凍りつく。
 確信めいた目が弁当を突付きあう別のグループの方へ動いた。その中の誰を見ているのかはわざわざ尋ねるまでもなく、あっという間に動揺を通り越して絶望する。

「…………なんで」
「まあ短い付き合いでもねえし?」

 どっちとも、と付け加える沖田も相手が相手なだけに気まずそうだった。おまけに真顔で同情めいた忠告までされて、ここまでくると居た堪れない。

「無理だろあれは……やめとけってマジで」
「……いいんだよ付き合いたいわけじゃねえし」

 負け戦だからというわけじゃない。本当にはじめから、沖田が土方に抱くような熱い思いではないのだ。どうかなりたいと思ったことは一度もないし、むしろ彼女の片思いが実ればいいとさえ本気で思っている。

「つうか今はお前らだろ……」

 もう放っておいてくれと、最後のおにぎりを放棄して机に突っ伏す。これで沖田に握られている弱みは二つになってしまった。なんたることだ。

「そういやお前センセーとは和解したの?」
「そっちもほっといて」

 年内に片付けたい問題が山積みなのは、何も沖田だけではないのだ。どうしてこんなにも自分たちは子供で、物事にうまく対処できないのだろう。その不器用さが美徳なのだとあの白髪のもじゃもじゃは言うけれど、そんなものは全部過去に変えて大人になってしまったから言えるのだ。ガキだから一人で勝手に気まずくなっているなんてこと、あの大人はきっと気付いていやしない。ああ忌々しい。箪笥の角に足の小指をぶつけてしまえ。

「……ストレス発散に、二人でカラオケデートでもする?」
「俺ゲーセンがいい」
「むしろ大暴れしたい」
「それは俺もしたい」
「じゃあ、ゲーセンで歌いながら暴れるって事で」
「待て待て待て。俺はやらねえぞそれは」
「えーなんで」
「なんではこっちの台詞だっての馬鹿かお前」

 それからあとは半ば現実逃避気味に放課後の予定を立てることに費やした。しかし昼休みが終わりに近づき土方が一人で帰ってきた頃にまた思い出して、本気でクリスマスはどうするのかと蒸し返したら今にも壊れそうな笑い方をされた。

「クリスマスはもう約束あるから」

 それとこれ、返しといてと手に小さな平べったいものを握らされる。やっぱりお前全然俺より大丈夫じゃねえだろとは、チャイムのせいで言いそびれた。

 自分のことだけでも面倒くさいのに沖田のことまで背負わされて、これというのもあのタラ男のせいだ。沖田との放課後の予定は結局穏便にゲーセンに決まってしまったが、やはり精神衛生上ここいらでちょっと暴れておくのがいいかもしれない。まだガキだけど、サンタクロースが助けてくれる年でもないから、自分たちの問題は自分たちで足掻くしか手なんてないのだ。




 

09/02/22