声が聞こえる 6

<unknown1>

 彼らが意識を持ち、最初に目にしたのはコンクリートに囲まれた広い部屋と、大きな機械から次々に赤い半透明の不気味な化け物が生み出される光景だった。
 そんな中、彼らが一番はじめに覚える感情は疑問だった。いつも側にいるはずの人がどうしてどこにもいないのだろう。そしてそれに付随して、不安と寂しさという感情を覚えた。

 やがて彼らは自分があの化け物のうちの一体であることを理解した。その時に覚えた感情は驚愕と深い悲しみ。
 彼らはわけがわからなくなった。自分の中の記憶と現在の姿が大きく異なるという事実は彼らをひどく混乱させた。

 灰色の壁ではなく、青い空を彼らは欲した。気味の悪い仲間ではなくただ一人の人を欲した。しかし彼らに組み込まれた命令プログラムは生産者の意図に背き、出て行くことを許さなかった。大好きな人のいない、こんな暗いところにはいたくないのに。

 そして、彼らは泣き出した。大きな声で呼べばきっとあの人が助けに来てくれると信じ、泣きながら呼び続けた。その声が空気を震わせ音となりその人の耳に届くことはないのだと彼らは知らなかった。

 昼も夜も泣き続けているうちに、やがて彼らは遠くに聞こえる一つの声の存在に気がついた。その声は彼らと同じものであるようなのに、彼らのように泣いてはいなかった。
 声は無垢に、無邪気に笑っていた。そして彼らが呼び続けている人の名を、まるでなんでもないことのように口にしていた。彼らはこんなにも切に欲して焦がれているのに。

 彼らは自分たちの中に裏切り者がいることを知った。怒りと憎しみという感情を覚えた。


 そして彼らは少しずつ、狂いだした。






「……見つけた」

 目覚めるなり沖田は呟いた。
 夢から帰ってきた今も変わらず声は聞こえている。たくさんの偽者と、たった一つの本物が。
 今までは偽者ばかりがうるさくて掻き消されていたけれど、偽者が動いたせいでかろうじて拾えるようになったのだ。間違いなく、沖田のなくしものはそこにある。

 迎えに行こう。思って沖田は起き上がる。そして、凍りついた。

「あ……」

 目が合ってしまった。半ば感覚だけで動いていた頭は情報を処理することができずフリーズする。どうして同じ布団に、それも裸で。

 だんだんと正常稼動し始めた頭が昨夜のことを思い出し始め、みるみる熱が集まっていく顔を見られたくなくてまた布団をばさりと被った。布団越しに、くつくつと忍びやかな笑い声が振ってくる。

「おはよ」
「……お、おはっ、ようございます」

 そうだヤっちゃったんだ男同士なのにあんなものをあんなところに。思い出したらもう布団から出てこられなくなって、この時ばかりは土方の声しか聞こえなくなった。もしかしたらそれを人は幸せと呼ぶのかもしれない。

「まあまだ2時間くらいしかたってないし寝ててもいいが、人起こしといてそれはねぇんじゃねぇの」
「俺、別に起こしてねぇもんっ」
「見つけたって言ったのは寝言?」
「あっ」

 飛び起きた。甘い余韻に浸っている場合ではなかったのだと思い出した。
 話そうとして、目が合ったらまた潜りたくなって、妥協案として明後日の方向を見て話すことにする。そんな沖田を見て土方は緩く笑った。

「大変なんです。今度こそ俺の記憶見つけやした。というか奴らの様子が変で、……あれ?」
「ちょっと待て。一つずつ落ち着いて話せ。わけわかんねぇ」

 沖田の真剣な様子に土方はすぐさま笑みを引っ込め、起き上がって煙草を口にくわえた。火をつけた途端に強くなった香りに心なしか気持ちが落ち着いてくる。
 一度深呼吸をして、沖田は声のするほうを指差した。

「あっちから、俺を呼ぶ声がするんでさァ。たぶんこいつが俺の記憶だ。今までは他のに埋もれて聞こえなかったんですが、今はよく聞こる」

 今度は方向はそのままに少しだけ手を挙げる角度を小さくして続ける。

「そんで同じ方向のもっと近いところから、奴らの声が聞こえるんです。それも、真っ直ぐこっちに近づいてきてまさァ」
「はっ……?」

 土方の声が少しだけ掠れた。火をつけてばかりの煙草を灰皿の上で潰すと立ち上がり、数歩の距離にある障子を開け放つ。そして、呆然と立ち尽くした。

「……どういうことだ、こりゃあ」

 土方がそう言うのも無理はなかった。
 なんと、沖田が示した方向から黒い煙が立ち昇っていたのである。

「副長、大変です!」

 そこにちょうど都合よく山崎が走ってやって来た。土方は一瞬こちらを振り返り、心配げに見つめる沖田を無視して障子を閉めてしまう。やっぱり自分たちは公認ではないのかと学習し、少しだけ寂しくなった。

 未だ日の上りきっていない黎明の薄明かりでは障子越しだとほとんど光は入って来ず、部屋は煙と仄かな闇に満たされている。障子向こうの二人の姿はまるで影絵のようだった。

「山崎、何があった?」
「例の目星つけてたアジトで爆発事故があったようです。それとほぼ同時刻から、人型のゼリーのようなえいりあんの目撃情報が相次いでいます」
「そうか」

 それきり外の声は途絶えた。土方は何か考えているらしい。そして30秒くらいして、また会話は再開された。

「とにかく全員叩き起こせ。近藤さんもだ。そろそろ立ち直っていい頃だろ。それから屯所にある武器のチェック。大急ぎで防備を固めろ」
「え、防備ですか?」
「ああ。奴らの狙いはおそらくここだ。俺と一番隊で爆発のあったほうへ行ってみるからその間凌いでいてくれ。細かいことはお前に任す」

 土方の指示に山崎の声は困惑の色が濃くなった。沖田もどうしてこの緊急事態にわざわざ事故現場へ行く必要があるのかと首を傾げた。

「爆発は罠か宣戦布告かのどちらかだろう。しかしどちらにせよ、あそこに行けばゼリーどもに指示を出している奴に会える可能性が高い。せめて総悟の記憶だけでも取り返せれば大きなプラスになるはずだ」

 この説明に山崎はすぐに納得したらしい。頷いて二つ三つ指示を仰ぐと、他の連中を起こすべく走って行ってしまった。沖田も一応わかったような気はする。でもわからないような気もする。頭が悪いのは今の沖田のせいではないので不可抗力だ。

「というわけだ、話は聞いてたな」
「はい、まあ一応。理解のほどは別でいいのなら」
「安心しろ。そっちはハナから期待してねぇ」

 部屋に戻って来た土方は沖田の顔を見るなり問い、その返答に小さく笑った。
 そしてまるで非常事態であることなど忘れてしまったかのように優しいキスをしてくれる。

「土方さん、俺は何をすればいいんですかィ」

 尋ねると、抱きしめられた。土方の腕の中は心地よくて、自然に両の目蓋を閉じてしまう。できることならこの温もりと鼓動にずっと抱かれていたいと思った。まだ朝なんてこないほうがよかったのに。

「一緒に来てほしいんだ。お前じゃねぇと記憶の正確な位置がわからねぇ。危険だろうと思うけど、俺が絶対守るから」

 危険だとかそんなことは関係なかった。土方が望むなら沖田はそれを実行するのだ。

「わかりやした」

 たぶん自分は、そういう風にできている。






<unknown2>

 彼らは裏切り者を憎んだ。彼らをたくさん生み出した人間を憎んだ。世界の全てを憎んだ。ただ一人の人を除いた全てが憎かった。

 彼らのうちの一体が外へ出されたのはその頃だった。人間たちはずっと彼らの運動能力などのデータを取っていたので、おそらくはその一環だったのだろう。
 事故か偶然か、あるいは執念か。その一体は命令を振り切って逃げ出した。残された彼らは多くを知ることはできなかったが、声だけはずっと聞こえていた。

 しかしその声もやがて消えてしまった。身を裂かれるような悲痛な声を最後に。その感情の名を、残された彼らは知らない。

 また彼らは憎み続けた。その一方で泣きながら愛しい人を呼ぶことをやめなかった。彼らはまだ信じて、否、夢見ていたのだ。いつか救われる日を。

 彼らは考えた。なぜいつまでもあの人は助けに来てくれないのかと。そして一つの結論を導き出した。きっとあの裏切り者が独り占めしているのだ。
 そしてやがて裏切り者への憎しみは、彼らの中に刻み込まれた命令プログラムを凌駕し彼らを暴走させるに至った。

 彼らは内側に育てた感情のままに動いた。生産者を殺し、空のない灰色の部屋をぶち壊した。彼らは戦い方を記憶として知っていたし、それに見合うだけの運動能力も作られたときから備わっていたのでその点に関しては何の不自由もなかった。






 刻一刻と状況は変化し、悪い方へと転がっていた。
 バックミラー越しに見た後方からはあちこちで黒い煙や火の手が上がっている。襲撃にあったパトカーが炎上しているのだ。

「今やられた奴ら、命に別状はないそうです。でもパトカーはおじゃんだって」
「わかった。そいつらにも無駄に戦わず屯所に戻るよう伝えてくれ」

 もう何度目か知れぬ同じ内容の伝言を助手席の沖田は携帯電話片手にそっくりそのまま繰り返した。
 山崎から報告のあったのが今から15分前のことで、土方は沖田を含めた一番隊のメンバーを連れて敵のアジトへ向かっていた。もちろん屯所へ直進中の敵とは鉢合わせないよう十分に迂回したルートで。
 しかし沖田の話だと連中は突然進行方向を変えたらしい。屯所には目もくれずこちらへ迫ってきていると沖田は告げた。

 それが5分前にあった出来事。そして、現在はこの通り。
 数十体近くいるという沖田のコピーを相手にするにはとてもじゃないが人員不足で、いや相手が沖田レベルとなると隊士全員をかき集めたところで到底どうにかできるわけもない戦力差は明らかで、そのため無理に振り切ろうとしたのが仇となった。おかげであちこちで分断され、各個撃破されている。最悪だ。報告からしてもうまともに動けるのは連れてきたうちの5分の1にも満たないだろう。

「やべぇな、こりゃ」
「みんな大丈夫かな」
「たぶん死にはしねぇだろうが不利なのは確かだな」

 確かに個で見るならばこの状況は明らかに不利だ。しかし全体に視野を広げてみればこの隊一つに敵の戦力の相当数が集まっているのだからこちらにとってはチャンスと言い換えることもできる。かなりからいチャンスだけれど。
 さっきからまめに確認しているのだが、屯所の方に敵の気配はないという。屯所に大多数を残してくることは読めていただろうに、何故それをノーマークにしてまでこちらを狙う必要があるのだろう。それとも何か、自分は大きな思い違いをしているのか。

「お前はこの状況をどう思う」
「どうというと?」
「なぜ屯所でなくこっちに狙いを変えたかだよ」

 試しに尋ねてみたところ、彼らのオリジナルは特に考えもせずすぐに答えを出した。

「たぶん私怨じゃねぇかなァ」
「私怨?」

 なんとも個人的な動機に、土方は怪訝に沖田の横顔を盗み見た。沖田は真面目そのもので、憂えるように窓の外を見つめている。

「なんか今日は奴らすっげぇ機嫌悪ぃんでさァ。奴ら、もしかしたらはじめから俺一人を狙ってたんじゃねぇかなァ。……つか前見て運転してくだせェ」
「ちょっと待て。おかしいだろそれ。攘夷派の連中の指示で動いてるんじゃねぇってのか?」
「さあ、そこまではちょっと。俺は思ったことを口にしただけなんで。だからあんた、前見ろって……危ねェ!」

 声に驚き、前を見る。しかしそこには何もない。ただ広い人気のない早朝の風景が広がっているだけ。バックミラーの景色こそ凄惨たるものだったが、前は遠くに煙が一つ見えるだけでいたって平和だ。

 突如、その景色が派手に動いたのは外的要因からではなかった。むしろ内側、会話を途中で放り捨ててハンドルを横から浚った沖田のせい。

「ばっ、やめろ馬鹿!」

 急にめいっぱい左に切られたせいで車は制御を失い、対向車線の壁へと突っ込んでいく。他に車が走っていないのが幸いといえたが壁とぶつかっては結果は同じだ。

「くっ……止まれェェェェ!」

 ハンドルにしがみついたまま離さない沖田を抱きしめて、踏み折る覚悟でブレーキを強く踏んだ。タイヤが鋭い悲鳴を上げ、土方は固く目を瞑る。もう神に祈るより他になかった。

 暗闇で何かがぶつかる衝撃を感じた。――それだけだった。

「え……?」

 恐る恐る目蓋を開ける。ガラスの一つも割れてはおらず、車内はどこにも異常がなかった。せいぜいエアバッグが作動していたくらいだ。
 ブレーキは絶対に間に合わなかったはずだ。多少の怪我は覚悟していたはずなのに、予想していた以上に被害が少なすぎる。

「土方さん、あれ……」

 沖田が指差していたのは前、フロントガラスだった。
 まるで水飴でもぶちまけられたみたいに赤みを帯びたどろどろした液体が一面に飛び散っている。その更に向こう、つまり車の外には体の半分が崩壊し壁と車に挟まれてもがいている二体のゼリー人間がいた。

「こいつらが飛び出してくる予感がして、よけなきゃと思って俺はハンドルをきったんでさァ。なのにこいつら、無理に割り込んできやがった」

 どういう運動神経だそれは。行動云々よりもそちらのほうが土方はずっと恐ろしかった。沖田がハンドルをきったのと逆方向からやってきたのだとすると、あの1秒やそこらの時間でパトカーを追い越したことになる。言うまでもなくそんなことは沖田の脚力を持ってしても不可能だ。人間技じゃない。
 そこから導き出される答えは一つ。こいつらは沖田と同等どころかそれ以上の能力を有しているということだ。

「総悟、お前車の運転の仕方はもう覚えたな」
「なんとなく教えられたことは理解しやした。でもなんで今そんなこと」

 不思議そうに見上げる沖田の前髪を掻き揚げる。よかった、どこにも怪我はしていないようだ。土方は安堵の息を吐きかけて、すぐに表情を改めた。

「事故から助けたってことは、奴らの狙いはおそらくお前を生かして捕まえることだ。だからお前は今すぐこれに乗って屯所に戻れ」
「へい……って土方さんは?」
「俺はここに残る」

 窓の外に目をやれば、パトカーをゼリー人間たちが取り囲んでいる。その数ざっと三十体といったところで、とてもじゃないがまともにやりあえそうになかった。

「なんで! 土方さんが残るんなら俺も残りまさァ!」
「剣も使えない奴は足手まといなんだよ」

 たとえこの身を犠牲にしたとしても、沖田を守り抜ける自信はない。それでも沖田が逃げるため一瞬の隙を作るくらいなら、きっとやれる。

「これは上司命令だ。嫌とは言わせねぇ。奴らの狙いがお前なら、お前は捕まっちゃいけない。そいつは俺たちの負けってことになる」

 でもきっとそんなものは全て建前で、本当は沖田を誰かにとられるのが嫌なだけ。完全にただのエゴだ。それでももし素直に気持ちを口にすれば沖田は絶対に一人で逃げてはくれないから、だから、嘘をつくのだ。

 じっと探るような瞳で沖田は土方を見上げていた。まるで言葉の奥に隠された真実を見つけようとするみたいに。
 しかしふと、その瞳が和らいだ。時々しか見せてくれない、優しい笑い方をする。

「そういえば、昨日は答えを聞くの忘れてやした」

 土方の頬に手を添える。土方も同じようにしたら残っていた方の手の指をそっとその上に重ねられた。

「土方さんは、俺の記憶が戻った方がいい?」

 昨日、どちらでもいいと沖田は言った。それはおそらく本当で、たとえ記憶が戻らなくとも沖田はこの先自力で立って歩いていけるだろう。黒い隊服を纏い、一度なくしたはずの重荷を全部自ら背負い直して。

 どうせ同じ道に戻ってしまうなら、いや、そうでなかったとしても、土方の個人的な望みを告白しても許されるのなら。


「俺はやっぱり、お前に思い出を忘れてほしくない」


 どうか忘れないで。そう心から叫びたい。本当に、本当にただの我侭でしかないのだけれど。

 沖田は重ねた手をぎゅっときつく握って唇を触れ合わせた。土方はただ静かに目を閉じる。吐息がかかるくらいの距離で、どうか生きてと囁かれた。

「行くのか」
「土方さんが望むのなら」

 お互いに頷きあう。これから互いがどうするのかなどわざわざ確認し合わなくてもわかっていた。だからそれだけで後は合図も何もなしに、土方は運転席から飛び出した。

 敵に反応させる間もなく一足飛びで間合いに入り、抜き様に一体を薙ぎ払う。大きくよろめいた体躯を蹴り飛ばして隣の奴にぶつけ、自分は逆隣の奴に刀を突き立てて飛び掛る。そうしてできた小さな隙間に暴走気味のパトカーが、倒れたゼリー人間の体の一部を踏んでづけて颯爽と駆け抜けていった。たぶんその行き先は屯所ではないのだろう。

「早く追いつかねぇと始末書が増えるな」

 己を取り囲む連中を見回して土方は苦笑した。生きて、戻らないと。






<unknown3>

 目に付くものを一通り破壊すると、彼らのうちの大多数は裏切り者の元へ向かった。
 一人ぼっちの彼らと違って裏切り者はたくさんの人たちに護られていたので、まずはそいつらから潰した。暴走した彼らがその人々を記憶の中の人々と照らし合わせることはなかった。

 彼らは最後に残った裏切り者の車を潰すべく飛び掛ろうとした。
 その時初めて彼らは、自分の記憶の中にあるそのままの姿をした裏切り者と、その隣にいる彼らが空よりもずっと強く欲し続けていた人の姿を目にしたのだ。

 その瞬間、彼らは全てを忘れた。憎しみも悲しみも寂しさも、命令プログラムをぶち壊してしまうほど鮮やかだったそれら全てを彼らは忘れた。


 ひじかたさんだ。ひじかたさんがいる。


 彼らはそれだけを思い、そのうちの何体かが激突しかけた車の間に土方を助けるために割り込んだ。
 彼らはもう裏切り者のことなど完璧に忘れていて、どうでもよくなってしまっていた。元々人を殺すためだけに作られためあまり知能が高くないのだ。しかしもし高い知能を持っていたとしても、おそらく彼らは同じように振舞っただろう。

 それが、誰も知らない全ての顛末だった。

 そして今、彼らは土方と向き合っている。武器を持つ手をだらんと下ろし、彼らは土方を見つめている。土方は刀を構え、彼らのことを不審そうに見つめ返していた。しかし彼らは土方のその表情にも、自分たちの声が全く相手に届いていないことにも決して気づくことはなかった。ただ無心に、その名を呼び続けるだけ。

「てめぇら、なんでかかってこねぇ?」

 もうこんなものはいらない。彼らは手にしていた武器をばらばらと地面に放り捨てた。

「……やる気がねぇってか?」

 土方の問いに彼らは首のない頭を不器用に振って頷いてみせた。
 彼らは土方を囲むだけで、それ以上近づこうとも離れようともしなかった。今までの会いたいという気持ちが大きすぎて、会えただけでもう十分に心が満たされてしまったのだ。

「お前ら、もしかして俺の言葉がわかるのか?」

 また、頷いた。土方はそれを見るや黙り込み、何か考えているようだった。

「お前らの目的は何だ?」

 しばらくして土方はまた尋ねた。何故こんなわかりきった質問をするのだろう。彼らは不思議に思いつつも土方と会話をするのが楽しくて、指のない手で土方を指し示した。

「俺、か……?」

 頷く。今度の沈黙はさっきより長かった。彼らは大人しく土方の言葉を待った。

「お前らはもしかして身体能力や記憶だけじゃなくて……心まで、総悟なのか?」

 気づいてくれた! 彼らはそのことに歓喜の悲鳴を上げた。こんな化け物になってしまった自分をまだそう呼んでくれることがうれしくて堪らなかったのだ。それが彼ら全員に向けられたもので、個人の名を呼んだのではないことになどやはり彼らは気付かない。誰もが自分ただ一人が選ばれたのだと信じて疑わず、生まれて初めて幸せと喜びという感情を覚えていた。

 頭が千切れそうなほど何度も頷くと、土方はまた黙り込んでしまった。前よりもまた更に長い沈黙。しかし今までの一人の辛さを思えば、彼らはいくらでも待つことができた。
 帰ろうと、手を差し伸べてくれる。その後には記憶の中にあるような幸せの日々があるのだと、そう信じていた。記憶の中の土方が自分を裏切ったことなどただの一度もなかったから。

 それなのに、土方の言葉は違っていた。

「そこを通してくれ。総悟のところに行かなくちゃならないんだ」

 刀を鞘に収め、土方は言った。総悟はちゃんとここにいるのに、わかってくれたはずなのに、どこへ行くというのだろう。

「頼むよ。お前らが総悟のコピーだっていうんなら、俺は戦いたくねぇんだ」

 彼らはまた混乱した。それでも意地でも動こうとせず土方を取り囲んでいた。まだ一緒に話をしたい、側にいてほしい、ただそれだけの純粋な思いで。

 ここにいて。どうか、どうか、おれをみて。

 彼らは口々に叫んだ。決して届きはしない思いを。彼らには土方しか縋るものはなかったから。土方に捨てられたら行く場所なんてどこにもないから。

「お前らじゃ駄目なんだ。俺は、あいつじゃなきゃ嫌だ」

 土方は彼ら一人一人を見て、はっきりと口にした。その目は真っ直ぐで、記憶の中で土方が彼らにいつも注いでくれたものと全く同じだった。それなのに、決して今の彼らを見てはいない。


「だから俺は、お前たちはいらない」


 この瞬間、彼らの世界は終わりを告げた。どんなに辛くても悲しくても憎くても生きていくことのできた唯一の希望はたった今なくなってしまった。彼らは希望に見捨てられたのだ。

 それならもう、こんな化け物の体はいらなかった。

 彼らは捨てた武器を取り、ためらいなく己の体に突き立てた。痛覚なんてないはずなのに、胸の辺りが痛くて痛くて堪らないのは何故だろう。

 それでも彼らは手を止めはしない。そんな彼らを最後まで、土方は見据えていた。あまりに強く噛み締めすぎた唇から赤い血が、ぽたりと大地に落ちて彼らの体液と混ざり合った。たとえ同情であろうと彼らに対して土方が何がしかの感情を傾けてくれたということは、彼らにとって幸せなことだったのかもしれない。

 そしてやがて彼らはみんな死んでしまった。否、それは死ですらもなくただ作られる前の物質に戻っただけ。ごめんな、と土方の残した呟きは誰にも届くことはなかった。

 幸せの次に、そして一番最後に彼らが学んだ感情の名は、絶望だった。




 

07/09/20